一緒の布団で寝てあげるのなんてこれで最後なんだからねっ!

戯男

第1話 夜伽


 ……。

 やっ。

 こんばんは。

 来ちゃった。

 隣……いい?

 へへ。まあまあそう言わず。

 失礼しまーす……。

 よいしょ。

 ……ふふ。

 え?何よ?狭いから出ろっての?

 へへ。そんな照れなくてもいいじゃん。たまにはさ。どうせ今日が最後なんだから。

 しかし今日も冷えるねえ。さぶさぶ……。

 あんた寒くないの?

 ……はは。そりゃ寒いだろうね。

 ねえ。あたしが暖めてあげよっか。

 どうやってって……そりゃね。肌と肌をくっつけ合ってだよ。

 へっへ。

 ……。

 あっそ。ノリ悪いなあ。

 まったく。

 ……でもさすがにやっぱ狭いね。

 こうやってあんたと同じ布団に入るのなんていつぶりだろうね?小学校とかかな?

 あの頃はちょいちょいお互いの家で泊まったりしてたもんね。二軒隣なんだから帰りゃいいのに、わざわざ一緒にご飯食べてさ。テレビ見て。自分ちでやれって話だよね。何がしたかったんだろうね。

 でも楽しかったよね。

 あの頃が最後か。うん。

 まあこの年になるまで同じ布団で寝てたら、それはそれでヤバいけどね。

 へへ。

 ああ。そっか。最後はキャンプか。あの……なんだっけ。そうそう。夏の。星空キャンプ。小四だっけ?五?まあそのくらいか。あの時は布団じゃなくて寝袋だったけど。あ、あそこの公園、もうすぐなくなっちゃうらしいよ。なんか建つんだって。どうせアパートかなんかでしょ。知らないけど。

 いやーでもあれは最悪だったよね。星見に行ったのに曇ってて全然見えないし、途中からパラパラ雨まで降ってくるし。んで何でか知らないけど、寝袋がひとつ足んなかったんだよね。

 知ってる?あれって田口のおばちゃんが人数数え間違ってたんだって。借りる時に。ねえ。そのくせ「大人用だからいけるいける」って一番ごり押ししてきたのも田口さんだったじゃん。「あんたら仲いいんだから一緒に寝な!」って。信じらんないよね。まあ入れたには入れたけどさ。

 あれは狭かったなあ。

 今とどっちが狭いだろうね?

 ねえ。もうちょっと向こう行ってよ。あたしお尻が寒いんですけど。

 ……よっと。

 ふう。

 ん?何これ。うわ。なんてもん着てんのよあんた。おばさんが着せてくれたの?ふーん。でもこれ……ああ。これはこれでいいのか。へえ。変なの。

 ……手、冷たいね。手の冷たい人は心も冷たいって言うけど……あれ?言わない?逆だったっけ?手の冷たい人は心が温かいんだっけ?え?なんで?なんで逆になるの?おかしくない?

 ふーん……まあどっちでもいいけど。実際関係ないんだろうし。

 そういえば心が温かいってどういうことなんだろうね。別に食べるわけじゃないんだから、温かかろうが冷たかろうがどうでもいいと思うんだけど。気持ちとか発想が温かいってことなのかな。温かい気持ちって何だろうね?よくわかんないけど、温かい発想ってなんかちょっと馬鹿みたいじゃない?すごい脳天気な感じするよね。現実的じゃなさそうな感じ。

 っていうかあんた、結構手ぇ大きいんだね。いつの間にかまあ……こんなに立派になっちゃって……。まああたしもそうなんだけどさ。今じゃさすがに一緒の寝袋に入るのはきついだろうな。何とか無理矢理入れたとしても、それはそれでとんでもない感じになりそうだよね。なんか……。

 へへ。

 ……あー。そうだ。ごめんね、昨日は。先帰っちゃって。だって花井の面談長引きそうだったんだもん。なんか雨降りそうだったし。あたし傘持ってなかったし。

 実際あのあとすぐ降り出したじゃん。すごい雨だったよね。あんたも持ってなかったんでしょ。傘。だから走って帰ったんだってね。

 ったく。どっかで雨宿りでもすりゃよかったのに。

 本当馬鹿だねえ。

 ……。

 あんた、もみあげんとこ、なんかクリンってなってるよ。

 ふ。すごい馬鹿みたい。

 直してあげよっか? 

 うん。いいよ。

 ……ふーっ。

 あはは。びっくりした? あははは。って全然直ってないし。あはは。もういいじゃん。そのままで。そのままでいなよ。似合ってるよ。馬鹿みたいで。

 あはは……。

 ……。

 あんまり大きい声出したらおばさんに気付かれちゃうね。静かにしないと。

 ……。

 ……うーん。なんだろね。ちょっとドキドキするね。若い男と女がさ。布団の中でさ。こうやってくっつき合ってさ。

 しない?

 ええ~?ホントかあ?おい~。どうなのよ。実際。あんたも内心ドキドキしちゃってんじゃないの?この~。

 あー。そうだー。腕枕とかしてもらっちゃおっかなー。ねえ。ほら。いいよね。それぐらい。ねえ。

 ……ちょっと。なによ。抵抗すんの?この……。ちょっと……。

 ……ねえ。

 ……。

 あー。はいはい。

 まあいいや。腕枕なんて。ゴリゴリして痛そうだし。

 ふん。

 そういえば面談、どうだったの?進路。やっぱ消防?ふーん。まあそうだろうね。ずーっと前から言ってたもんね。あんたも大概頑固だねえ。よく言えば意志が強いってことになるのかな?初志貫徹、的なね。よく言えばだけど。

 で、先生にもそう言ったわけ?でも無理でしょ、花井じゃ。まともに聞いてくんないでしょ。あいつ大学行け行け病だもん。あたしはもともと進学するつもりだったからいいけど、香澄なんかかなり酷い目遭ってるみたいだからね。専門行くっつってんのに「大学出てから行け」って。マジ意味わかんなくない?そういうことじゃなくない?

 うん。まあでもあんたには向いてると思うよ。消防士。そこそこガタイもいいしね。どっちかってっと脳筋だし。あははは。ちょっと火に突っ込んだくらいじゃなんともなさそうだもんね。あははは。

 ……。

 ……よく見たらあんた、結構鼻高いんだね。

 へーえ。こんな顔してんだ。ふーん。ほー。

 あんたの顔、こんなまじまじ見るのなんて初めてかも。それもこんな近くで。しょっちゅう顔合わせてんのに、ちゃんと見れてなかったんだね。まあだからこそ余計にだろうね。そんなじろじろ見て面白いもんでもないし。

 あ。ホクロ。こんなとこにホクロなんてあったんだ。増えた?いや、前からあったかな?

 わかんないや。

 でも、ホントにいつの間にやらだね。知らんうちに大きくなってたんだねえ。背はだいぶ前から負けてんなーと思ってたけど、腕とかもかなりだね。へえ。私より断然太いじゃん。胸板も。ほほう。なかなかの……かた……は、よくわかんないけど。

 へええ。なんかあれだね。男の体って感じだね。帰宅部の癖に。なに?もしかしてちょっと鍛えたりとかしてたわけ?……あー。なるほどね。消防だもんね。ああ。あれか。あの……鉄アレイ?っていうの?へえ。何キロあんだろ?まあどっちみちあたしには無理そうだわ。両手でもきつそう。

 ふーん……。

 ってかこの部屋入るのも結構久しぶりだよね。中学の頃まではちょいちょい来てたけど。マンガとか借りに。そうそう。裏のブロック塀から、勝手口の庇に足かけて。今日もそうやって来たんだよ。台所の電気点いてたから、もしかしたらバレるかなーってちょっと思ったけど、おばさん気付かなかったみたいだね。

 でも正直ヤバかったかも。……いや、動きは体が覚えてたから大丈夫だったんだけど……あー……なんて言うかね。その、体重がね。庇がさ。足かけた時にベキッて鳴ったんだよね。やっぱ重くなったのかな?

 ……あ、違うからね。あんたんとこの庇がボロくなってたってのもあるから。かなり。うん。私の体重のせいだけじゃないから。……でもまあ。うん。それもあるけどね。多少はね。そりゃね。

 しかし代わり映えのしない部屋だねえ。鉄アレイはなかったけど。もしかして小学校の時から全然変わってないんじゃないの?うわ。棚のマンガとかもまんまじゃん。ねえ。あんたちょっとは模様替えとかしたらどう?体ばっかり大きくなってさあ。せめてあの子供部屋丸出しのカーテンだけでもなんとかしたらどうなのよ?気になんないの?

 あたしの部屋はそりゃすごいよ。そりゃね。おっしゃれだよ。なんせ年頃の娘の部屋だからね。……アロマとかね。うん。買って。置いて。うん。くっさかったからすぐ袋に入れて、口縛って押し入れに仕舞ってあるけど、そのせいで最近押し入れが臭いんだよね。次からはもうちょっと選んでから買わなきゃだわ。うーん。そもそも体質に合ってないのかな。なんかあの手の店に行くだけで頭痛くなるんだよね。だから早く出たくて適当に買ったら、まあそんなことになったわけだけど。

 ん?

 あんた、もしかしてアロマとかやってんの?じゃなくてただの芳香剤?

 これ……。

 ……あ。これは違うのか。

 そういえばあんたも、あたしの部屋にあんまり来なくなったよね、いつの頃からか。まああたしの持ってる漫画はあんたの趣味には合わなそうだけど。ゲームとかもないし。

 でも昔はしょっちゅう来てたじゃん。意味なくさあ。ゴロゴロして。そういえばあれ……一回あたしのベッドにきったない靴下のまま上がったことあったよね。あん時はもう本当にぶち殺してやろうかと思ったからね。あたしですらパジャマでしか上がんないようにしてるのに何してくれてんの?って。

 もしかして、あの時あたしがマジギレしたから来なくなったってわけじゃないよね?あ、でもあれは三年生くらいの時だったから違うか。中学上がるちょっと前まではちょいちょい来てたもんね。そんでうちのお菓子食ったり。あたしの部屋で。ポテチ食った手をそのへんでパンパンはたいたときはマジもう死んでくれと思ったけど。

 ……もうあれも五年くらい前の話になるのか。

 いやはや。お互い大人になったねえ。

 本当に。

 ……ねえ。私も大きくなったんだよ。ふふ。背は負けてるけど……何つうの?女の体?ってやつ?へっへ。どうよ。なかなかのもんでしょうが。ほれほれ。

 …………。

 ……あーあ。

 アホらし。

 私は明日だよ。面談。まあいつもと変わんないけどね。進学。うん。東京。今んとこね。でも花井はそれだけで大喜びだよ。あはは。ただ東京行ってみたいってだけなのにね。

 へへへ。もちろんそうよ。一人暮らしよ。東京で。一人暮らし。ふふ。やっぱねえ。一生に一度はやっときたいよね。その先のことは……まあ正直あんまり考えてないんだけど。

 いいんだよ。若いうちしかできないんだから。

 でもゆくゆくは戻ってくるつもりだったんだよ。こっちに。だって……ほら。さあ。……あんた消防じゃん?消防って転勤とかあんまりないらしいじゃん?あるにしてもこのへんでしょ。せいぜい隣町とかじゃん。

 だから……。

 ……とかね。

 ふふ。

 ……。

 静かだね。

 おばさん、まだ起きてるのかな。さっきまで電気点いてたけど。もうさすがに寝たかもね。明日も早いみたいだから。

 あたしはいいんだよ。別に。全然眠くないもん。もともと夜更かしだからね。この時間なんか夕方だよ。夕方。夜はこれからってね。まあその代わりに学校でちょいちょい寝てるけど。ちょうどね、あれくらいの時間があたしにとっての夜なんだよね。

 ……あ。また降ってきたみたいだね。雨。

 あーあ。濡れちゃうなあ。来るときは降ってなかったのに。これじゃあ帰れないなあ。

 どうしよっかなあ。

 ……。

 ……へへ。悪いね。もうちょっとだけいさせてもらうよ。

 大丈夫。明るくなるまでには、ちゃんと帰るから。

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