14 耀太回想 アンバランス

カランコロン。

大通り沿いの小洒落た喫茶店の扉が開くと、外から太陽光の筋が店内に差し込んだ。

それと共に高校生くらいの若い男女が入ってくる。


「ああー涼しいーー」


キャミソールにショートパンツ姿の女が手で顔を仰ぐ。

外のセミの声は店内に一瞬入り込んで、扉が閉まると共にどこかへ消えていった。


若い男の店員はカウンター内での作業を中断して、すぐに入口まで近寄って来る。


「いらっしゃいませ。二名様ですか?」


「二人でーす」


派手な髪色の男は、店員に言われる前から手でピースサインを作っていた。


窓際の四名席に案内されてから席に着くまで、男は店員の顔を楽しげにじっと見つめていたが、店員は気にすることなく手際良く水の入ったコップを二つ出す。お決まりになりましたらお声掛け下さい、と言って立ち去った。

カウンターに戻った店員の姿をまだ追っている男には気づかず、女はメニューを見ながら話しかける。


「何にする?こういうお店って純喫茶って言うんでしょ?あたし初めて来たー」


「ねー、俺も」


「この分厚い玉子サンドおいしそー!でも、こんなに食べれないかな?」


「じゃあ半分こしよっか」


「本当?そうしよー。飲み物は…うん、決めた!」


「じゃあ店員さん呼ぶよ。すみませーん」


さっきの店員がこちらに気付いてキビキビと歩み寄ってくる。


「お決まりですか?」


「やっぱり。G組の中村君だよね?」


機嫌良さげにニコニコと話しかけられて、耀太は形式的に微笑んだまま、不思議そうに男の方を見る。


「俺、A組の東尾。同じ学校」


耀太は瞬時に記憶を巡らせた。

東尾?…って、クラスの女子がたまに噂してる奴か。俺とどっちがかっこいいかで派閥が分かれるとか。

あー、こいつは背が俺より少し高くてスラッとしたモデル体型。垂れ目の甘い顔立ち。茶髪にピアスでチャラそうに見えるが。常に笑顔で女には特に優しい優男タイプってとこか。

俺は爽やかスポーツマンの優等生タイプだから系統が違う。好みが分かれるのも無理はない。どうでも良いけど。


「…ああ、東尾君。ごめん、しゃべったことはなかったよね?」


「だよねー、クラス離れてるもんね。でも中村君は有名だから、知ってたよ」


「はは、ありがとう。あ、ご注文は?」


「あ、アイスコーヒーを一つと…」


「あたし、クリームソーダ!」


「え、アイス乗ってるやつ?やっぱ俺も…コーヒーフロートで!あと玉子サンドください」


「かしこまりました」


耀太は微笑むとそのまま静かに立ち去り、マスターに注文を伝えて、飲み物の準備を手伝う。


もう少し駅に近い所に大手チェーンのコーヒーショップがあるのだが、店内は、若い女性客で賑わっていた。女性客はちらちらと耀太を見ては女同士で何か楽しそうに会話を弾ませている。

また、カウンターに座った常連らしい年配の女性客は耀太に親しげに話しかけていた。


「あたし、ちょっとトイレ行ってくるね」


「うん、いってらっしゃい」


女がトイレに行くのと入れ違いに耀太がドリンクを持って東尾の席にやってきた。


「お待たせしました。クリームソーダと、コーヒーフロートでございます」


「ありがとうー!うまそう!」


耀太が立ち去ろうとすると、東尾が「あ、待って」と話しかける。


「俺、ずっと中村君と話してみたかったんだよね。近くで見ると、マジで綺麗な顔だね」


「はは、でも東尾君の方がかっこいいじゃん」


「またまたー。で、本命はどの子なの?」


「え?」


耀太がぽかんとした顔をすると、東尾は微笑んだまま声を潜めた。


「ここのお店のお客さん、ほとんど中村君目当てでしょ?どの子が彼女?」


「…ああ、そんな人いないよ」


「そうなの?あ、かわいい子ばっかで選べないとか?分かるー」


東尾は耀太の返事も待たずに勝手にうんうんと噛み締めるように頷く。


「いやいや、ただのお客さんだから」


「なんだ、本命は他にいるんだ」


「別に今はいないよ」


「そっかー。でもだいぶ遊んでるんでしょ?他校の友達から結構聞くよ?中村君の悪いウワサ」


「…なんのこと?」


思わずばつが悪そうに言い淀むと、東尾はにっこりと笑った。


「あ、別に責めてるわけじゃないよ。ただ、女の子はかわいいだけじゃないからさ。大事にしないと、いつか痛い目見ちゃうかもよ」


すみませーん、と店員をよぶ客の声に反応して、耀太が返事をする。

ごゆっくりどうぞ、とだけ残してその場を離れると、耀太と入れ違いに女がトイレから戻ってきた。


「あれ?何か店員さんと話してた?」


「んー?なんかもったいないねーって話」


「え…それ、超わかるー。ここのお店、雰囲気良いしトイレもキレイだし、もっと早くから知ってればよかったー」


女は口を尖らせながら席に着くと、目の前のクリームソーダに気づいて歓声を上げた。


「うっそ!アイスと生クリーム両方乗ってるじゃーん!やばーい!この店やばくない!?」


「はは、ほんと良い子だよね」


東尾は楽しそうに微笑んだ。


カウンターで洗ったコップの水滴を布巾で拭いながら、耀太は東尾と女のはしゃぐ様子を一瞥して、すぐに視線をずらした。


なんだ、あいつ。


女なんてかわいくもない。自分勝手で都合の良いように男を使いたがる、くだらない生き物なんだ。

だから、俺は、こっちが利用されないように、逆に利用してやる。ただそれだけだ。


あいつの連れてる女もバカそうなふりして、強かに違いない。東尾はあの恵まれた見た目でそんなことにも気づかないのだろうか。宝の持ち腐れにも程がある。

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