4 昔別荘、今は孤児院

 翌日の昼。


 私とアズとティマナさんは、山道を歩いていた。


 街道を走る乗合馬車を峠道の途中で見送って、そこからはでこぼこした道をずっと歩いている。


 林の間を抜ける道は、どうやら昔は馬車が走れるほどの道幅があったようで、石畳が敷かれていた形跡も残っている。

 だけど、その石は欠けたり傾いたりして、今や車を通すどころか障害物になっている。あちこちから草木が浸食して、酷いところだと道のど真ん中に木が生えていたりする。


「昔の下級貴族が建てた別荘だったらしいんですよね」


 ティマナさんは、食料やその他子供たちのための荷物が入った大きなリュックを背負って歩いている。

 普段ならば両手にも荷物を下げているらしいのだが、それはさすがに申し訳ないと私たちが運んでいる。片手には野菜の袋。片手には小道具のカバン。


「昔、というとどのくらいの?」


 アズが聞き返す。


「五十年ぐらい前らしいです。でも、ほとんど使われることもなく、そのうち売却されて……で、ここ二十年ほどは完全に空き家だったらしいですね」


 なるほど、だからこんな町外れに孤児院があるのか。古いとはいえ貴族の別荘ならば孤児院には十分な広さがあるだろうな。


 と言ったちょうどそのとき、急に視界が開けた。

 湖――というよりは池に近いような大きさだが、山麓に急に水面が広がって、太陽を浴びて光っている。対岸まで軽く水泳も出来そうだ。


「うわぁ……」


 私は感嘆の声を思わず挙げた。……確かに、これは別荘を作ってみたくもなるだろう。街道からも離れているから誰の邪魔も入らない。

 道は湖岸の途中で途切れて、反対側には赤レンガの壁に囲まれた灰色の屋敷が控えている。貴族云々と聞いていた印象よりはやや小ぶりだが、


 隣でアズが思わずつぶやいた。


「……ぼろっ」


 私は無言でカバンからハリセンを抜き取ると、アズの頭に叩きつけた。よし。つむじにジャストミート。


「どうしました?」

「あはは、なんでもないです」


 素知らぬ顔で地面に置いた野菜の袋を持ち直す。

 そうしながら、頭を押さえ込むアズをちらっとにらむ。思ったことをなんでもかんでも正直に言ってはいけません。


 でも、アズが思わず声を漏らしてしまう気持ちはよく分かる。


 塀のレンガはあちこち欠けて、酷いところでは半分崩れかけている。ひどいところはロープが張られて、「ちかよるな」と厚紙に書いた札が下がっていたりする。

 そしてその奥の屋敷自体も、かなり傷んでいるのが分かる。壁の漆喰は昔は白かったんだろうけど、すっかりくすんだ灰色になってしまい、あちこち欠けてでこぼこになってしまっている。屋根の端が少し歪んで見えるのは、きっと私の平衡感覚がおかしいわけじゃない。


「修理したいんですけど、余裕がないんですよね……」


 少し傾いた門柱を見ながら、恥ずかしそうにティマナさんが言った。

 門は開いたままになっている。意味がないから開けっ放しなのか傾いて閉まらなくなってるのかはよく分からない。


「てぃまなおかえりー」

「おかえりなさいー」


 ティマナさんの姿が門柱の陰から現れた途端、子供たちが何人も駆け寄ってくる。

 その中でもいちばん早く駆け寄ってきた金髪の六、七歳ぐらいの女の子が、少し離れて立ち止まっている私たちを見てきょとんとした顔をする。


「今日は旅芸人の人たちが来てくれましたよ」


 おおーっ、と歓声が上がって、不審そうな眼差しが一瞬にして期待に満ちた表情に変わる。


 愛想笑いを浮かべながら、私は内心でため息をついた。

 ……この期待が、失望に変わらなければいいけど。

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