私は今日も、相方を魔法の桃色ハリセンで突っ込み続ける

雪村悠佳

0 北風ぴゅーぴゅー

 コルビトの町の広場は、いつもにも増して人で賑わっていた。


 町の西側寄りを南北に突き抜ける街道。幹線道路、とまでは言えないが、州都から南に伸びてたくさんの町や村を貫く道筋となっていて、荷馬車や牛車が行き交っている。

 その速度がなんとなくのんびりしているのが、街道の雰囲気を物語っているだろうか。


 街道から広場まで続く道には石畳が敷かれ、両側には商店が並んでいる。平家建の家ばかりが並ぶ中、広場の向こうにはそこだけ一つだけ飛び抜けて背の高い屋敷が見えている。おそらくはこの町の領主の住む館なのだろう。


 広場の中央には誰か判らない凛々しい青年の銅像――実物よりずっと格好良く作ってあるのだろうが――が立ち、植え込みがその周りを囲んでいる。


 長々と書いたが、一言で言うとこうなるだろう――ごくありふれた街道沿いの小さな町。



 そんなコルビトの町の銅像の前で、少年からようやくランクアップした程度の青年が熱弁を振るっている。

 拳を振り回し、足を踏みならし、全身で自らを表現しようとしている。

 その様子を、何重にも群衆が取り巻いている。

 物珍しそうなたくさんの瞳には、青年の次に発する言葉への期待が満ちあふれている。


 寒さを吹き飛ばすような熱気の中で、青年は言った。


「つまり、チョコレートをちこっと食べた、というわけさ」

「なんでやねん!」



 そして私はポニーテールを振りかざして、彼の後頭部にハリセンを叩きつけた。

 


 桃色の閃光がハリセンからきらめいて、わざとらしく大きな破裂音を立てる。

 広場の端のホットドッグ屋さんが、何事かとこっちを見るのが視界の端に見えた。

 どこかにこだました音が、もう一度響いてから、静まりかえる。


 ……ぴゅー。


 今年いちばんの北風が、その場を吹き抜けた。




「あー、途中までは面白いと思ったんだがね」

「期待はずれだったな」

「あー、さむさむ」

「ぼうやはあんなふうになっちゃいけないよ」

「あそこまでいくと哀れだな……」


 あっという間に散り散りになっていく人ごみから、そんな声が漏れ聞こえてくる。足下に置いた木箱には哀れみの硬貨がぽつぽつと入っているだけ。


「ねーちゃんがんばれよ」


 やんちゃそうな少年がそう言うと、銅貨を一枚投げ込んだ。営業スマイルでお礼を言おうとした私に、さらに付け加える。


「でも、そのピンクのハリセンはどうかと思うな」

 こっちが顔を赤らめる暇もあらばこそ、捨て台詞を残して少年もまた走り去っていった。


 私は無言で、自分の手に持った毒々しいまでにピンク色のハリセンを見つめた。

「ふぅ、笑いの判らない人が多いなぁ」

「それはあんたの方でしょ!」


 私はハリセンを炸裂させた。

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