第55話「男子個人戦④約束の時」

 天翼を展開させた天馬を見た隼人は静かに地上へと降りてくる。


 しかし隼人は何も言葉を発するこもとなく、鞘から抜いた双剣を身体の前で交差させた。


燦爛不落けんらんふらく!!」


 天翼操作によってその身の重量を増大させてまるで大地に根を生やすように両足が地面にめり込んだ。


 常人離れした隼人の天翼操作精度が誇るその防御技はどんな攻撃でも防ぎきる自信があった。


 それを見た天馬も隼人の意図を悟る。


(本当にやれるのか証明して見せろ、そういうことだろうな)


 常人であれば一年間、天翼を使わなかっただけでまともに飛ぶことすら難しくなる。

 空を飛ぶことが当たり前になったとはいえ、手足と同じように衰えた感覚を取り戻すにはリハビリが必要不可欠。


 それが天馬の場合は十年という途方もない期間だ。隼人が疑心暗鬼になるのも無理はないだろう。


 しかしそんな隼人の気持ちとは裏腹に、今の天馬には一抹の不安も存在しなかった。


 実際に空を飛んで感覚を確かめたからこそ確信できた。十年もの空白など存在しなかったと言わんばかりに天翼の感覚は研ぎ澄まされたものだった。


 覚悟を決めた天馬は隼人の気持ちに応えるように天空拳の構えを取って大きく息を吸い込んでいく。


「お母さん、お母さん! 由美奈もお兄ちゃんと同じがいい!」


 天馬の漆黒の天翼を見てから由美奈は目を輝かせて興奮した様子ではしゃぎ出していた。


「駄目よ、あれはお兄ちゃんだけのものなの。由美奈にだって由美奈だけのものがあるでしょう?」

「んーっ!」


 納得できないと言わんばかりに由美奈は頬を膨らませて抗議するも、愛子はさらりとその視線を受け流して試合場に目を向けた。


「ほら、応援はしなくて良いの? カッコイイお兄ちゃんの姿が見られるわよ?」


 由美奈はハッと我に返ると天空拳の構えを取った天馬の背に向かってあらん限りの声を振り絞って叫んだ。


「がんばれーーー! お兄ちゃーーーん!!」


 そんな由美奈の声援に背を押されるように天馬が動き出す。


「天空拳、上伝――」


 天馬は一瞬消えたと錯覚するほど爆発的な初速を以てその場から飛翔する。それはこれまでの天馬とは比べものにならない凄まじい加速だった。


 三十メートル以上も離れていた距離は一瞬で縮まっていく。


 俺の今の全てを、この一撃に。


「――烈破轟雷!!」


 天馬の掌底が隼人の双剣に接触すると凄まじいエフェクトが試合場に広がった。


 接触エフェクトの大きさはその衝撃の強さを物語るが、試合場の半分を占める規模の接触エフェクトは今までに例がないだろう。


 天馬の掌底は易々と隼人の防御を突き破ってその身体を遥か後方へと吹き飛ばした。


 隼人は凄まじい衝撃によって地面を跳ねるように転がる中で、双剣を地面に突き刺して強引にその慣性を打ち消した。


 気づけば隼人の身体は試合場中央から外周の防護障壁ギリギリまで吹き飛ばされていたのだった。


 そして何よりも驚愕すべきなのは、全力で防御したにも関わらずほとんど無傷だった体力ゲージが今の一撃で半本も消し飛ばされていたことだ。


 それが意味するのは天馬の攻撃が隼人の防御を上回ったことに他ならない。


「くくく、あはははははは!」


 隼人はその事実を前に気が狂ったように大声で笑い出す。


「そうだ、そうでなくては意味がない! それでこそ、僕の最大の好敵手」


 隼人は十年前の天技会で敗れて以来、打倒天馬を掲げてひたすらに強さを追い求めてきた。しかしその走り続けてきた十年もの努力をまるで嘲笑うかのように、天馬はひとっ飛びにして追い縋って来たのだ。


 常人であればその馬鹿げた才能に心をへし折られてもおかしくはないのだが、隼人はその現実を前に嬉しさのあまり笑ってしまったのだ。


 まるでそれこそが強者としての証明だと言わんばかりに。


 その状況の中で隼人は双剣を鞘に収めると、誰もが予想しなかった行動に出る。


 防護障壁に向かって自ら両手を突き出したのだ。


 当然の如く反発現象によって隼人の体力ゲージが減少して両腕が弾き返される。

 隼人はADF史上初とも言える自傷行為を何度も行うことで自らの体力ゲージを削っていった。


 そして自分の体力ゲージが天馬と並ぶ半分になったところでその手を止めて自らの試合開始位置へと飛翔していく。それを見た天馬も示し合わせるように自らの試合開始位置へと移動した。


「偽りの栄光に価値はない。今の君を倒してこそ真の価値がある……星ヶ谷天馬、覚えているかい? 十年前に交わしたあの約束を」

「あぁ、当然だろう」


『次に会う時は今よりもっともっと強くなって見せる。だからその時は、僕の挑戦を受けてくれるかい?』

『いつでも受けて立つ。でも、次も勝つのは僕だ』


 かつて交わした約束を思い出した二人は互いに笑みを浮かべた。


「あはははっ、ならば今がその約束を果たす時だ! あの日、君に敗れてからこの十年、僕は強くなった。だからこそ言わせてもらおう、僕は君に挑戦すると!!」

「受けて立つ! だが、今回も勝つのは俺だ!!」


 十年前の戦いの続きが今、再開される。

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