第14話「闇に消えた天才」

 剣聖の会見がテレビで報じられる頃、都立蒼天学園の生徒会室では重要な会議が開かれていた。


 この場に集まっているのは聖天祭に出場するメンバー三人に加え、整備士としてサポートメンバーに抜擢された理帆と、その付き添いの風奈、そしてADF教師の楓だ。


「聖天祭出場選手の決定まで残すところ一週間となりましたわ。何か進展のあった者はいらして?」


 都立蒼天学園理事長の孫であり、学園の生徒会長でもある迅堂麗花じんどうれいかが集まった面々に向けて尋ねる。


 静まり返る生徒会室で最初に口を開いたのは麗花の隣に立つ栗宮紗月くりみやさつきだった。


「やはり当初の予定通り、タッグ戦と女子個人戦の二試合を確実に取りに行く方針でよろしいかと」

「……まぁ、そうなるっすよね」


 そう言葉にしたのは天馬や理帆と同じクラスに所属する時雨龍一しぐれりゅういちだ。


 龍一本人は知る由もないが、天馬がこの学園で最も関わりたくないと思っている人物でもある。


 二年連続聖天祭の代表メンバーに抜擢された龍一の実力は折り紙付き。龍一の実家は全国で最も門徒の多い棒術の流派、心源流の本家に連なる家系だ。


 龍一自身も幼少の頃から神童と称され、高校生にして免許皆伝を持つほどの心源流棒術の使い手。


 その龍一でさえ昨年の聖天祭準決勝の男子個人戦では惨敗しているのだ。だからこそ蒼天学園としては男子個人戦を捨てて二本先取の方針を考えていた。


 一見すると了承しただけに思われた龍一の言葉に麗花はどこか引っかかりを覚えた。


「時雨龍一、何かあるのですか? 些細なことでも懸念があるのならば発言しなさい、今はそういう場ですわ」


 少し迷いを見せていた龍一はおもむろに口を開く。


「なら一つだけ……黄金世代って言葉は知ってますよね?」

「そんなことは当たり前だ。恵まれた才能を持った者たちが多く集まった世代。お前もその内の一人だろうが」


 紗月が訝しげな視線を向けながら龍一の質問に答えた。


「まぁ、一応そう言われてるんすけど、俺の実力なんてその中じゃ下の方だ。本物の天才ってのは須王みたいな奴を言うんすよ」

「確かに須王隼人は誰もが認める天才ですわ。次代を担うであろう若い世代の中でも頭一つ抜けているのですから」

「なら『闇に消えた天才』ってのは聞いたことありますか?」


 龍一のその言葉に唯一人、楓だけは他の者とは異なる反応を示していた。

 闇に消えた天才とは黄金世代と近い世代の間では有名な噂。聞いた事がない者の方が少ないだろう。


「黄金世代と称される要因になった天技会で、須王隼人と双璧を為すほどの天才がもう一人いた、だったか。しかしそんなのは眉唾物の噂話だろう?」

「唯でさえ黄金世代は注目されているのですから、中には悪戯に噂を助長する輩も現れるでしょう」


 一般論として否定的な意見を口にした麗花だが、龍一の様子から何かあるのだと確信していた。



 天技会はADF協会が主導になって毎年行われる集会。そこには全国からADFの才能がある五、六歳の子供たちが召集される。


 そして召集した者たちでトーナメント形式の試合をさせて実力を競わせるのだ。


 対象が小学校に入学する前の子供なのは、まだ身体も技術も発展途上の五、六歳の時期が一番才能の有無を見分けやすいと言われているためだ。


 ADF協会が天技会を開催するその目的は世界に通用する選手を育成する際、早い時期から才能がある選手を見定められることにある。


 しかしながら天技会に呼ばれなかった者がADFで名を挙げることも多くあるため、一概に天技会だけで全てが決まるわけではない。


「いや、それは噂じゃないんすよ。何故なら、俺がその噂を流した張本人ですから。更に言えば、俺はそいつと天技会で戦ったんすよ」

「「っ!?」」


 麗花と紗月は思わず息を呑んだ。遠巻きに話を聞いていた理帆と風奈も驚きを隠せない様子だった。


「実在しているのだとしたら何故、噂の域に留まっていますの? 仮に須王隼人に並ぶ才能を持つのだとしたら、世間の目に入らないはずがないですわ」

「理由まではわかりません。ガキの頃にそいつの話に触れると露骨に口止めされましたから。親父にはその度にぶん殴られた」

「意図的に情報が秘匿されていたと?」

「今にして思えば可笑しな話なんすよ。天技会で優勝したのが須王ってのがまず俺には信じられねぇ」

「ADF協会が天技会の優勝者を偽ったと言いたいのですか? そんなことをしてもメリットがあるとは思えませんが……」

「そもそも須王隼人に並ぶ才能を持っている奴がいること自体信じられん。お前もあいつの強さは知っているはずだろう」

「そりゃあもちろん、ガキの頃から何度も戦ってますからね。それでも断言できますよ、当時のあいつは間違いなく須王の奴よりも上。実際に肌で感じたからわかるんすよ、あいつの強さは文字通り別次元だった」


 衝撃的な龍一の告白によって生徒会室がしんと静まり返る中、理帆の頭にはある疑問が浮かび、隣に立つ風奈にそっと話しかける。


「ねぇ、フウちゃん。もしかしてそれって……」

「……私も同じことを考えた」


 心当たりのある人物の姿が二人の頭の中で鮮明に思い浮かんだ。


「ん、お前らは知ってんのか?」

「た、たぶん……最近ADFを教えてもらったことがあって」

「私もそのお陰で強くなることができた」

「最近よくつるんでると思ったらそういうことか」


 ここ最近のクラス内での行動を見れば一目瞭然だ。

 龍一の所属するグループでもそのことが話題になることは多い。


「その闇に消えた天才とやらがいるのですね、この学園に」


 龍一たちの会話を聞いて何かを察した麗花が目を細めながら口にする。


「はい、先輩たちでも知っているはずです。そいつの名は……星ヶ谷天馬」


 静寂を破るように龍一がその人物の名を口にした。

 その名前を聞いた麗花はただ黙り込んで龍一を見据える。紗月は露骨にがっかりした表情を見せていた。


「確かにその生徒は知っているが、評判の良いものではない。お前の言葉を信じろと言われても無理があるぞ」


 紗月のその至極当然な反応を前に龍一は当たり前だからこそ認めることができないのだと声を震わせる。


「……今のあいつに当時の面影なんて見る影もない。そんなことはわかってるんすよ! でもあの時のあいつは誰よりもADFを楽しんでた。戦ってぼろ負けした俺ですらあいつのADFに惹かれて憧れを抱いちまった。それがどうして、あんな死んだような眼でADFをするようになったんだ!? 教えてくれよ!? あの日、あの時あいつと一緒にいたあんたなら何か知ってるんだろ、水本先生!!?」


 龍一の言葉を聞いて教室内の視線が一気に楓に集中する。

 全員の視線を向けられた楓は一切動じることなく、ただ静かに龍一の問いに答えた。


「あぁ、知っている。全てな」


 楓は自らに問いかけるようにそっと目を瞑って考える。


(この選択が正しいかどうかはわからない。だが、それでも……)


 楓は覚悟を決めると同時に生徒会室の出入り口に移動して扉を開けた。


「覚悟のない者はこの場から去れ。ちょっとした興味本位で聞くような話ではない」


 今まで学園で見せたことのない雰囲気を醸し出す楓を前に全員が息を呑む。


 しかしそれでも、立ち去る者は誰一人いなかった。


 その場にいた全員の顔を見渡した楓は、始まりにして終わりとも言えるその過去を静かに語り始める。

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