第13話「剣聖」
――天馬がADsの調整のために理帆の実家に訪れてから六日後。
「Bグループに上がるための試験をしてほしい」
金曜日の五時限目、風奈は授業が始まる前に楓にその意思を伝えた。
ADFのグループ分けは生徒の実力を視て楓が振り分けている。
相応の実力が身に付けば上のグループに昇格することもできるが、それには実際に試合をして成果を見せることが絶対条件だ。
「ほう、いったいどういう心境の変化だ? その見慣れない得物に関係があると……」
楓は風奈の持つ小太刀形ADsを見て訝しげに口にする。
風奈は天馬に小太刀を勧められてから自主的に練習は行っていたが、ここ数日の授業ではこれまで通り長剣を使用していた。
本人が言うにはいきなり武器種を変更したいと言っても許可は下りないだろうから、ぶっつけ本番で力を示す必要があるとのことらしい。
確かにCグループに所属し、戦績も下から数えた方が早い風奈が自ら進言したとしても無理だと一蹴される可能性が高い。
風奈の言いたいこともわからなくはないが、この機会で評価を得られなければ今後武器種の変更を認められない可能性も考えられる。
一か八かの賭けをするにはもう少し小太刀の扱いに慣れてからでも良いのではと天馬は思ったのだが、既に賽は投げられてしまった。
話を終えた風奈は理帆と共に天馬の元へ足を運ぶ。
「大丈夫なのか新田? あれからまだ一週間も経ってないだろ」
天馬は今更引き返せないとわかっていたが、そう聞かずにはいられなかった。
「問題ない。理帆とたくさん練習した」
「そ、そうだよっ、フウちゃんは凄いんだから」
自信満々の風奈の横で明らかに動揺した様子の理帆が胸の前で両手を握りしめる。
そんな理帆の様子を見て本当に大丈夫なのかと不安に駆られる天馬だったが、授業開始のチャイムが鳴り響く。
「そうか、頑張れ」
天馬がそう声を掛けると、風奈は嬉しそうに笑って頷いた。
「うん、頑張る」
楓の授業ではグループ毎に分かれてペアを組み、試合形式での練習が主になっている。
しかし今回は昇格試合ということで多くの生徒が風奈の試合を観戦しに集まって来た。
他の生徒の試合を観戦することは後学のためにも役立つため、サボっていると咎められることはない。
天馬も観戦に集まった生徒たちから少し離れた場所で試合を見守った。
昇格を賭けた試合が始まると風奈はBグループに所属する女子生徒を相手に予想以上の健闘ぶりを見せる。
昇格するには必ずしも勝利する必要はない。
しかし風奈は一進一退の攻防の末、見事勝利を勝ち取ったのだ。
所々で受け流しに失敗してダメージを受ける場面もあったが、ミスに動じることなく冷静にカウンターを狙い続けたことで、自分の体力ゲージが尽きる寸前で相手の体力ゲージを削りきることができた。
番狂わせとも言える勝利に試合を見ていた生徒たちは大いに盛り上がりを見せる。
明らかに格上だったBグループの生徒相手に勝利したのだからそれも当然だろう。
試合を見ていた楓も風奈の奮闘ぶりに驚きを隠せないでいた。
「なるほど、良い試合だった。まだ荒削りで技術も拙いが及第点と言っていいだろう」
「ありがとうございます」
「それで、誰の入れ知恵だ? まさか自分一人でその答えに辿り着いたわけでもあるまい」
楓の的を射た質問に風奈は笑って応えて見せた。
「凄く、凄く強い人からアドバイスを貰った」
言葉を濁す風奈を見て楓はすぐに誰だか見当がついたのか、とある人物に向けて視線を送る。
「……そうか、あいつがな」
これまで他人との関係を拒んできたその人物が、どういう風の吹き回しで同級生にADFのアドバイスをすることになったのか。
それが不思議でしょうがない楓だったが、それは決して悪いことではないのだろうと笑みを浮かべたのだった。
その日の放課後、天馬が帰宅すると何故かいつも出迎えてくれる母と妹の姿が見えなかった。
買い物にでも出掛けているのだろうと考えた天馬は制服を着替えてからリビングのテレビを付ける。
テレビ画面には夕方の情報番組が映し出された。
『先ほど行われた剣聖の会見ですが、どう思われましたか?』
司会のアナウンサーは有識者として呼ばれているADFの元日本ランカーに向けて質問する。
『正直なところ同世代で彼と互角に戦える相手は存在しません。それは今の高校生のレベルが低いという訳ではなく、彼の才能が突出しているためです。その彼がどうして高校生の大会に拘っていたのかはわかりませんが、プロ入りすれば日本のADF界はより一層の盛り上がりを見せるでしょうね』
今議論されているのはADF日本ランキング九位、
『今年の聖天祭を最後にプロへ転向する』
天馬と同じ高校二年の隼人は実績があるにも関わらずまだプロ資格を取得していない。
プロ資格を取得すればこれまで参加できなかった大会や、世界ランキングにも登録することができる。
しかしその場合は学生大会への出場資格が失われるため、何かしらの理由を持つ隼人は頑なにプロ入りを拒んできた。
そんな隼人が遂にプロへの転向を示唆したことで日本中が注目する事態となったのだ。
『今や日本の至宝。剣聖と称される彼は世界でも通用しますかね?』
『まだ精神的に不安定な部分はありますが、私は今の時点で十分に戦えるだけの実力はあると思っています。何より彼はまだ高校生ですから、これからの成長を考えれば期待せずにはいられませんよ』
『それは刀神と同じ高みに彼も辿り着けると?』
『可能性は十分にあるでしょう』
刀神、
刀神と称される所以でもある刀形ADsを扱う彼の姿は、侍という言葉を再び世界中に知らしめた程だ。
その影響で刀形ADsは日本で二番目に使用人口の多い武器種となり、世界でも愛用者が急増した。
しかし刀神が現役を引退して以来、日本から世界で通用する選手は僅かしか現れず、その殆どが世界との差を痛感していた。
そして須王隼人は幼少の頃から天才と称され、新たな時代を担う者としてその期待に恥じない結果を多くの大会で示してきた。だからこそ須王隼人のプロ転向は日本ADF界にとって大きな意味を持つのだ。
出演者たちの話が盛り上がる中、天馬はテレビを消してソファーに深くもたれ掛かりながら天井を見上げた。
『次に戦う時は今よりもっともっと強くなって見せる。だからその時は、僕の挑戦を受けてくれるかい?』
『いつでも受けて立つよ。でも、次も勝つのは僕だ』
遠い昔に交わした最大の好敵手との約束。
しかしこれまでその約束が果たされることは無く、これから先も変わりはしない。
他の誰でもない、自分自身がそれを否定し続けているのだから。
だがこの時の天馬は知る由もない。既に運命の歯車は動き出してしまっていることを――
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