第12話「捨て去った天翼」

 準備を終えた二人を見た弥生は調整室のパソコンを操作して試合を仕切り直す。


 天馬が小太刀形ADsの電源を落としたことで試合が強制的に終了したためだ。ADFの試合中にADsの電源を落とせばその時点で敗北になる。


「佐々峰、全力で斬鉄を使ってくれ」

「うん、今出せる全力で行くよ!」


 理由はわからなくても天馬の言うことには何か意図があるのだろうと、理帆はただ信じて従うことにした。


 理帆は何度も映像を見返して頭に焼き付けた理想の斬鉄のイメージを思い出す。


 その場で一回、二回と大きく深呼吸をした後、天翼に意識を集中して全力で床を蹴りだそうとする。


 しかし理帆の意識とは裏腹に身体がその場から動くことはなかった。


 まるで嵐の中に立たされていると錯覚するほどに、暴風のようなプレッシャーが前方から襲い掛かってきたからだ。


 その原因は言わずもがな、目の前で見たこともない独特な構えを取っている天馬だ。


 小太刀を手にしていた時とは明らかに別人と言っていい存在感。


 理帆が頭の中でイメージしていた理想の斬鉄の踏み込みよりも大きな遅れが生じてしまう。


 一度仕切り直そうかと考えた次の瞬間、全身を襲っていたプレッシャーがまるで嘘だったかのように突然消え失せ、身体が自分の意思とは関係なく自然と天馬の懐へ向かって踏み込んでいた。


 試合を見守っていた弥生と風奈はそのあまりの速さに息を呑む。


 当の本人がその状況を一番理解できていなかったのだが、思考を巡らせる余裕は今の理帆にはない。


 気付いた時には既に自分が天馬の懐で長剣を構えていた。まるで誰かに操られているような感覚で理帆の身体が動いていく。


 理帆が長剣を下段から中段へと斬り払おうとした瞬間、天馬が自ら前へと踏み込んだ。


 天馬は踏み込んだ足で理帆の軸足を半歩外へ動かすように押し込むと、右拳を理帆の左肩に軽くぶつけるようにして接触させる。


 体勢が僅かに変化したことで理帆は踏み込んだ際に生み出した膂力を軸足に無駄なく乗せることに成功し、押されるようにして後ろへ引かれた左肩の影響で上半身には大きな捻りが生まれた。


 その結果、理帆の斬鉄はこれまでにない威力を発揮することになる。


(っ、不味い!?)


 唯一つ天馬にも誤算だったのは修正した理帆の斬鉄が想像以上に強力な技になったことだ。


 踏み込むために左足を大きく開き、右手も前に突き出してしまった状態で今さら防御は間に合わない。


 その状態で天翼のない天馬に攻撃を回避することは不可能。


 天馬は敢えて全身を脱力させ、右腹部を襲うであろう衝撃に一切逆らわないように身構える。


 理帆が長剣を振り抜くと凄まじい接触エフェクトが発生して天馬の身体は吹き飛んでいく。床を転がるようにして勢いを軽減させたことで、何とか壁に激突する前に停止することに成功した。


 負傷具合を確かめるように攻撃を受けた右腹部に手を当てるが、脱力して上手く力を逃せたおかげで軽度の打撲程度で済んでいたようだ。


「天馬君、大丈夫!?」


 慌てて駆け寄って来た理帆に対して天馬は問題ないとその場に立ち上がって答えて見せた。


「軽い打撲だから大丈夫だ。それより、今の感覚を忘れない方がいい」

「え? あ、うん。大したことなくて良かった。正直自分でも何が起きたのか……」


 理帆は未だに自分の身体に起こったことが信じられなかった。


「佐々峰はプロ選手とかの動きを模倣しているんじゃないか?」

「うん、いろんな選手の試合動画とかを見て参考にしてるんだけど、どうしてわかったの?」

「所々動きがぎこちなく感じたんだ」

「そっか、天馬君がそう言うならまだまだだね……」


 理帆はあからさまに肩を落として笑顔を取り繕う。


「いや、そうじゃない。動きを模倣するという点に関しては既に完璧と言っていいよ」

「そ、そうかな」


 打って変わって今度は満更でもない様子で頬を染める。そんな理帆の隣に風奈がやって来た。


「完璧じゃだめ?」

「佐々峰の模倣は精確過ぎるんだ。寸分違わず見本と同じ動きができたとして、それで同じ力を発揮できるわけじゃない」


 体格、反応速度、筋力、あらゆる要素が全く同じであれば可能だろうが、そんな人間はこの世に存在しない。


「人の動きを参考にするのは悪いことじゃない。普通なら模倣する段階で自分に合わせるようにアレンジが加わるはずだけど、佐々峰の場合は模倣が完璧過ぎるあまりそれがないんだよ」


 理帆と風奈は天馬の説明に感嘆の声を漏らす。


「まぁ、寸分違わず動きを模倣するなんてやろうと思ってもできることじゃない。それぐらい佐々峰の観察眼が優れているということだな」


 幼少の頃から整備士として働いている両親を間近で視続けて来た理帆だからこそ身に付いた才能と言えるだろう。


「さっきの感覚を忘れずに自分の形を探して行けば、もっと強くなれると思うよ」

「うん! ありがとね天馬君」

「ありがとう。たくさん練習する」


 理帆と同じタイミングでまだお礼を言ってなかった風奈も頭を下げた。


 すると三人の元へやって来た弥生が真剣な表情を浮かべて天馬に視線を向ける。


「一つだけ聞いてもいいかしら?」

「はい、何でしょうか?」

「本当は天翼を展開できるのではないかしら? 天翼を持たない人でもADsは動かせる。でも、あなたの動きは明らかに常人のそれを凌駕しているわ」

「ちょっとお母さん――」


 あまりにも無神経な質問に理帆が慌てて止めに入ろうとしたが、天馬はそれを手で制す。


 天馬自身、安易に触れられたくないことに変わりはないが、ADsの調整を任せる以上予め話しておくべきだと判断した。


「天翼を展開できないのは本当です。ですが正確に言うと俺は天翼を持っていないわけじゃない」


 意味深なその言葉に三人は息を呑んで天馬の言葉に耳を傾ける。


「捨てたんですよ、自分の意思で。俺には必要のない物だったから……なので俺が今いくら望もうとも、心の奥底にある意思がそれを否定する」


 湧き上がる怒りを抑えるように、天馬の拳がわなわなと震えながら握りしめられる。


「でもそれがあることに変わりはない。だから意識すれば多少、身体能力を向上できます」


 現代において天翼は手足と同じようにあるのが当たり前とされる物だ。


 新人類と呼ばれる存在が生まれて以来、二十万年以上も停滞の時を重ねていた人類が進化する切っ掛けにもなった、天から与えられた自由の象徴。


 そんな天翼を自らの意思で捨て去る。

 いったいどれだけの境遇を経験すればそんな決断をするに至るのか。


 天馬の言葉を聞いた三人は想像すらできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る