第11話「天馬の強さ」

「天馬君は小太刀も扱えるの?」


 今更ながら理帆は天馬が当たり前のように小太刀で試合をしようとしていることに疑問を抱く。


 授業で天馬が使っているのは籠手型ADsのため、格闘を主に戦うのが得意だと理帆は思っていた。


「大した練度じゃないけど、一通りの武器の扱いは身に付けてるよ。だから遠慮せずに全力で戦ってくれ、そうでないと意味がないから」

「うん、わかった。よろしくお願いします」


 理帆は天馬に頭を下げると、その背に天翼を展開する。


 天馬が天翼を展開できないことを理帆は知っているが、それと同時に天馬の強さも知っているからこそ、初めから全力で挑むと心に決めていた。


 両者が構えると同時に弥生が試合開始の合図を出す。


 先に動いたのは理帆だった。


 長剣型ADsの使用者が多いということは他の武器種よりも戦術、技術においての研究が進んでいるということに他ならない。


 長剣技の中でも特に有名とされるのが斬鉄と呼ばれる技。

 踏み込みと同時に上半身を捻ることで力を溜め、下段から中段へと斬り払う単純にして強力な一撃。


「せいあああ!」


 気迫の込められた声と共に接近してくる理帆を前に、天馬は回避することなくその場に立ち止まる。


 間合いに入ると同時に理帆が長剣を振り抜いた。


 バシィィンッ!


 天馬の小太刀と理帆の長剣が接触すると、電気が弾けるようなADF特有の光景が広がった。ADFでは攻撃がぶつかり合う際にこのようにスパークするような光と衝撃音が発生する。それ自体に害はなく、ゲームでいうところのエフェクトのようなものだ。


 その一瞬の攻防の結果、理帆の長剣は天馬の身体から離れるように外側へと振り抜かれた。


 理帆は斬鉄を振り抜いた影響で身体が前のめりになって転びそうになる。


 咄嗟に天翼を動かして前方に飛翔することですぐさま振り返って態勢を整えるも、正直なところ理帆は何が起きたのか理解できていなかった。


 長剣と小太刀が接触するのは目にしたが、その刹那に何故か自分の長剣が天馬の横を空振りしていた。


 理帆はスクリーンに表示された体力ゲージを見て目を見張る。


(受け流された!?)


 攻撃を受け流す技術は確かに存在する。しかし理帆の放った斬鉄はそう簡単に受け流せるほど生半可な威力ではない。


「凄い……」


 理帆は試合中にも関わらず感嘆の声を漏らしてしまう。


 天馬は大したことないと謙遜していたが、今の攻坊だけでも相当な技量なのは間違いない。


 それから理帆は何十回にもわたり攻撃を繰り出すが、その全てを天馬は圧倒的な技量で捌いていく。


 風奈が天馬の姿から一瞬たりとも目を離さずに注目していると、天馬は大きく跳んで風奈と弥生の近くに着地した。


「小太刀はサイズが小さいからまともに打ち合うには分が悪い。だけど小さい分、タイミングと角度を合わせれば僅かな力を加えるだけで攻撃を受け流すこともできる」


 天馬は風奈に聞こえるように少し声を張って説明する。


 その間にも理帆は果敢に攻撃を続いているが、意に介すことなく天馬は説明を続けた。


「小太刀を使うのであればまずこれができないと始まらない。そして受け流しができるようになったら今度は攻撃だ」


 これまで防御に徹していた天馬が攻撃に転じる。


 間合いを詰めて来た天馬を迎え撃とうと理帆は長剣を横に薙ぎ払うが、天馬は潜り抜けるように身を低くして理帆の横を通り過ぎる。


 接触エフェクトが二度、理帆の横腹で発生して体力ゲージが僅かに減少した。


 振り向きざまに理帆は長剣を薙ぎ払うも、またしても攻撃を回避されて反撃を受けてしまう。


「こんな風に回避と同時に攻撃を行えるのも軽くて取り回しの利く小太刀の強み、小ささは何もデメリットばかりじゃない」


 再び天馬は理帆との間合いを詰めた。


 理帆は先ほどのように大振りをせずに手数重視の細かい攻撃で天馬を牽制する。


 するとこれまでまともに刃を合わせることのなかった天馬が、理帆の長剣に向かって自ら踏み込んで行った。


 真正面から長剣と小太刀が接触すると何故か理帆の長剣が大きく弾き飛ばされ、無防備な態勢を晒してしまう。


 天馬はその大きな隙を見逃さずに身体を回転せた勢いで理帆を斬りつけた。


 直撃を受けた理帆の体力ゲージが大きく減少するが、怯むことなく今度は理帆から仕掛けに出る。


 下段から振り上げられる攻撃を天馬は少し下がりながら後方に向けて受け流したことで、引き寄せられるように無防備な態勢のまま理帆の身体が天馬へと向かって行く。


 すれ違いざまに小太刀を一閃させ、理帆の体力ゲージがまたしても大きく減少してしまう。


 そこで天馬は理帆を手で制して試合を中断させた。


「今見てもらった通りカウンターには大きく分けて二つ、攻撃的カウンターと守備的カウンターが存在する。前者が剛の捌きで無防備な状態を自ら作り出すのに対し、後者は柔の捌きで相手の態勢を崩し、相手の力を利用して攻撃をする」

「……なるほど」


 間近でその技を見たことで風奈にも天馬が言わんとすることを理解できた。


「前者は力に頼る部分が大きいから新田の場合は後者の戦い方が向いていると思う。小太刀は攻撃力のない武器と思われがちだけど、武器の長所を活かせば今みたいに他の武器に勝るとも劣らない攻撃力を生み出すことができる」


 天馬は小太刀形ADsの電源を落として弥生に返却すると、予備で持ってきていた学校でも使っている籠手形ADsを装着する。


「佐々峰、一つ気付いたことがあるんだけどまだ動けるか?」

「う、うん! まだやれるよ!」


 肩で息をしていた理帆は突然話を振られて驚いてしまったが、すぐに長剣を構えて天馬に大丈夫だとアピールする。


 そんな理帆に対して天馬は息一つ乱さずに部屋の中央へ向かって歩いて行く。


「……風奈ちゃん、彼はいったい何者なの?」


 弥生のその言葉には二つの意味が含まれていた。


 一つは単純にその強さだ。


 弥生は理帆本人からADFの実力はクラスでも上の方だと聞かされていた。


 しかしその娘の言葉が嘘だったのではないかと思ってしまうほど、圧倒的な実力差が二人の間には存在した。


 そして何よりも、弥生の頭の中で絶えず浮かんでいた疑問が確信へと変わった。


 モニターに映っているデータには天馬が装着した籠手型ADsが小太刀型ADsと違う出力値になっている。

 だと言うのに今モニターに表示されている数値は完全に同調していることを表していた。


 その事実が意味するのは天馬がエンジェルフォースを完全にコントロールしていることに他ならない。


 弥生はこれまでの常識が根底から崩れ去って行くのを肌で感じていた。


「学園最弱と言われている。でも、本当は凄く凄く強い」

「最弱!? あれだけの実力なら学園一と言われても不思議ではないわ。それこそ、聖天祭に出場できるほどに」

「隠している意味はわからない。前に不用意な言葉で怒らせてしまった。だからもう聞かない」


 悲しげな表情を浮かべた風奈を前に、弥生はそれ以上追及することはできなかった。

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