第10話「エンジェルフォース」

 小太刀型ADsの使用者を目にすることはほとんどない。かなり不人気な武器種と言っていいだろう。


 得物の小ささから幼少時にはお試し用、主に遊び目的として使用される機会は多いが、身体が大きくなった後でも使い続ける者は稀だ。


「まぁ、ここから先は言葉で説明するより実際に目で見てもらった方が早いと思う」

「わかった」


 聞きたいことはいくつもあったが、天馬が言うならと風奈はそれ以上何も言わなかった。


「佐々峰、自分のADsを持って来てくれるか? 俺は佐々峰の母さんに小太刀形のADsを貸してもらえないか頼んで来るから」

「うん、わかった。部屋から取って来るね」


 理帆が調整室を後にすると、天馬はデータを整理している弥生の元へ向かう。

「すみません、小太刀形のADsで試用できる物ってありますか?」

「店の方にあるにはあるけど、どうしてかしら?」

「武器種を変えようと考えてる」

「風奈ちゃんの? 今の時期に武器を変えるのはお勧めできないわ」

「もう決めた」


 決定事項のように風奈は言うが、試してみないことにはわからないと天馬は補足する。

「新田、一応言っておくけど実際に試してみて合わない場合もあるんだぞ? さっき言ったのはあくまでも俺の考えだから、最終的に試した後でどうするか自分で決めてくれ」

「星ヶ谷が言うなら間違いはない」

「あら、信頼されているのね。風奈ちゃんがそこまで言うなら仕方ないわ、お店から取って来るから少し待っていて」


 それから二人がADsを持って調整室に戻って来るのはほとんど同時だった。


 調整室では実際にADsを試用しながら調整するため、ある程度身体を動かせるだけの広さは確保されている。


 流石に実際のADFの試合のように縦横無尽に飛び回ることはできないが、地上付近で戦うことは可能だ。


「少し準備するから待っていて」


 弥生は小太刀形のADsを天馬に合わせて調整するために機材の準備を始めた。


 天翼を展開させるとエンジェルフォースが身体から溢れ出るが、その量は個人によって異なる。


 ADsはその身体から溢れ出るエンジェルフォースを利用することで直接的な接触を阻む結界のような膜を作り出すのだが、最大限の効果を発揮するには使用者とADsを完全に同調させる必要がある。


 同調が不完全だと衝撃を吸収しきれずにダメージを直接身体に受けてしまうことがあるため、ADFにおいて最も重要な安全性が損なわれてしまう。


 ADs整備士が難関と言われる国家資格に分類されるのもその技術が命に関わるものだからだ。


 それをあろうことか天馬は調整する前の小太刀型Adsを起動して試用スペースに向かう。


「出力は五十パーセント。使用人口は少ないし初期設定なのも当然か」


 使用者のエンジェルフォースとADsの出力が同調する値は人それぞれなため、完全に同調するまで整備士が同調幅を見極める必要がある。


 過去に誰かが使用したことがある物だとその限りではないが、新品のADsは出力が五十パーセントとされるのが一般的だ。


 天馬が独り言のように呟いて歩いているとそれを見かねた弥生が慌てた様子で呼び止める。


「ちょっと何してるの! 調整もしてないのに試合なんて許可できないわよ!?」

「同調は問題ないと思いますが、心配ならモニターで確認をお願いします」


 弥生はパソコンを操作して調整室に備え付けられたカメラを起動させた。

 調整用のカメラはエンジェルフォースを可視化させる機能に加え、その数値まで計測することができる。


 弥生はモニターに表示された映像と数値を見て自分の目を疑った。


 同調しているかどうかは整備士なら一目見れば明白だ。しかし一切の調整なしにたまたま同調することなど普通なら考えられない。


 可能性として決して零ではないが、弥生の経験上一度も目にしたことはない。そしてもう一つ、弥生は天馬の放った言葉が気になって頭から離れなかった。


『出力は五十パーセントか』

『同調は問題ない』


 それはまるで己の感覚のみでエンジェルフォースを正確に感じ取り、自らADsの出力に合わせてエンジェルフォースを調整したという意味にも捉えられる。


 そんな馬鹿な話はない。


 弥生はすぐさま自分の考えを一蹴した。

 エンジェルフォースを意識的にコントロールすることは理論上可能とされている。しかしそれを現実で可能とした者はこれまで誰一人として存在しないのだ。


 それに近い『天極の境地』と呼ばれる現象は確認されているが、発動条件が複雑かつ明確化されていないことから立証するには足りていない。


 弥生の頭の中では様々な疑問が絶えず浮かんでくるが、データが問題ないことを示しているのだからこれ以上口を挟むことはできない。


 整備士にとってデータは全て。それを信用しないというのはこれまでの自分を全否定することに他ならないからだ。


「……問題ないわ、試合を許可します」


 弥生は渋々そう口にすると大型スクリーンに二人の体力ゲージを表示させた。

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