第9話「風奈の覚悟」
弥生の指示に従って身長や体重、身体能力など様々なデータを収集する。
「お疲れ様、一先ず今日はこれで終わりよ。後はADsのソフトウェアを更新したりプログラムの点検とかやることが詰まっているから、また来週ここに来てちょうだい。その時に細かい調整をしましょう」
「わかりました。よろしくお願いします」
理帆が用意してくれたお茶を飲んで休憩していると、神妙な顔をした風奈が天馬の前にやって来る。
「頼みがある」
「頼み? いきなりどうしたんだ?」
「強くなる方法を教えてほしい」
「強くって……ADFをか?」
「そう」
唐突に切り出してきた風奈の頼みに天馬は頭を悩ませる。そもそもなぜ急にそんなことを言い出したのかがわからない。
「フウちゃん、急にどうしたの?」
「才能がないのはわかってる、でも理帆の練習相手になれるぐらいには強くなりたい。いつも私の練習に付き合ってもらうばかりで申し訳ないと思ってた」
風奈がADFの授業でCグループなのに対して理帆はAグループに属している。練習するにしても実力差が明白なのだろう。
「そんなことないよ! 私は全然迷惑なんて思ってないもん」
「それでも、私は理帆の隣に立っていたい」
正直なところ天馬に心当たりがないわけではなかった。前に自分の正体を知られた切っ掛けでもある、風奈との試合をした際に気になっていたことがあった。
「ADFのことなら水本先生に聞いた方がいいんじゃないか?」
「今は迷惑だと思う」
「そっか、もうすぐ聖天祭だもんね」
聖天祭とは学校対抗で行われる高校生のADF大会だ。
男女ペアによるタッグ戦。女子生徒による個人戦。男子生徒による個人戦の計三戦によるチーム対抗戦。
順当に進めば地区予選、県大会、全国大会へと進むことになる。
高校生のADFとはいえ、県大会からは全国ネットで生中継される。各県ではテレビ中継もされるほどの絶大な注目度を誇っている。
毎年聖天祭で注目された選手はプロチームからスカウトされることがあり、そのままプロ選手となる者も多い。
学校の威信をかけた戦いになるのは言わずもがな、生徒個人からしても将来への道に繋がる重要な大会だ。
九月に行われる聖天祭まで残り三カ月と少し。ADF教師の楓は当然その対応に追われることになる。
授業中に楓に教わることは可能だが、風奈が求めている水準には達しないということなのだろう。
「何より、私は弱い自分が嫌い」
そう口にした風奈の瞳から並々ならない覚悟が伝わってくる。付き合いの長い理帆は風奈が人並み以上に負けず嫌いな性格だと知っているが、まだ付き合いの短い天馬にすらその瞳を見ただけで覚悟は伝わった。
「心当たりがない訳じゃないけど、あまりお勧めはできない」
「教えて。何でもする」
天馬が思いついた方法は邪道という表現が正しいようなものだ。
「まず前提として、ADsの武器種を変える必要がある」
「えっ!? でもそれって……」
「今まで練習してきたことのほとんどが無駄になる」
ADsの武器種を変えるというのはそう簡単なことではない。当たり前のことだが武器毎に得意な戦術、苦手な戦術が存在する。
地上、空中で行われるADFはそれが特に顕著で、戦いの定石や武器毎の戦術を合わせると優に百は超えるだろう。
ADFの戦い方が体に染みついている一流選手は武器種を変えてもそれなりに戦うことができる。
しかし風奈のようにADFの実力が低い基礎を学ぶような段階の場合、中途半端に修得した技術はむしろ邪魔になってしまうことが多い。
だからこそ学生の間に武器種を変えることには相応の覚悟が必要になる。必修科目となっているADFの成績にも関係するため、本来なら担当教師と話し合って決めるべき問題だ。
「理由が知りたい」
風奈は事情を知った上で前向きに天馬の考えに耳を傾ける。
「二人が使っている長剣は攻守において非常にバランスの取れた武器だ。その扱いやすさ故にADF人口の六割は長剣型ADsを使用している」
「小学校の時に特別な理由がない限りは長剣型ADsにしなさいって言われたもんね」
「私も覚えてる」
理帆の言った通りADFが必修科目になってからは、学校などの教育機関の方針で基本的に長剣型ADsの使用が推奨されている。
長剣型ADsの使用を希望する場合、学校から無償でADsが配布されるのもそのためだ。
「幾ら扱いやすいとはいえ例外は存在する。新田のように小柄な体格の人は特にその傾向が強い。体格の違いは単純に力の差に直結するから」
「でも、フウちゃんと変わらない身長の子もAグループにいるよ?」
「長剣を扱うプロのADF選手にも小柄な人はいるけど、そういう人は力の使い方が上手いんだよ」
「使い方?」
「小柄な人が単純な力比べをしても体格差で押し負ける。でもADFは力だけで戦うわけじゃない。違う見方をすれば小柄な体格はその分、人よりも素早い俊敏な動きができるとも言える。実力のある人達はその長所を活かすことで体格差を補ったり、覆したりしてるんだよ」
速さは何も回避だけに求められるものではなく、単純に速さは力と言っても過言ではない。剣を腕だけで振るおうとすると当然威力を出すために相応の筋力が必要になる。
しかし縦横無尽に空を飛び回れるADFの場合、全身の加速を剣の振りに加えることで並外れた力を発揮することも可能になるのだ。
「私はどんくさいから無理」
風奈は天馬の言わんとすることを理解した。
運動が苦手な風奈はそれほど機敏に動けないので、足りない力を速さで補うことができない。それどころか速さでも後れを取ることの方が多い。
「ADFは心技体が重要なスポーツ。長剣というバランスの取れた武器において新田は体が無いに等しい。技術で補うことも不可能ではないけど、それには類稀なる才能と努力が必要になる。正直、新田がそれだけの技術を身につけるのは無理だと思う」
「天馬君、もう少し言葉を選ばなきゃフウちゃんが……」
遠慮の欠片もない天馬の言葉を聞いて理帆が眉を顰めた。
言いたいことは理解していても、親友が傷付いてしまうのではないかと心配になってしまう。
「大丈夫、変に同情される方が嫌。それに星ヶ谷の言葉は間違ってない」
「……それならいいんだけど」
理帆が身を引くと天馬が話を続ける。
「とはいえそれはあくまで長剣を使う場合での話、別の武器でも同じとは限らない。前に試合をした時に気付いたんだけど、新田は攻撃を受ける時に目を瞑らないだろ?」
「ん? 気にしたことなかった」
「なら実際に試してみよう」
理帆と風奈が向き合って顔の前で手を叩く。最初は手を叩くタイミングを知らせてから行い、次に会話をしながらタイミングを知らせずに手を叩く。
「凄いねフウちゃん!? 一度も目を瞑らないなんて」
「平気」
実際に試してみた結果、風奈は一度も目を瞑ることは無かった。理帆もタイミングがわかっていればかろうじて我慢できたのだが、いつ来るかわからない状況では不可能だった。
「意識していれば我慢できる人は多いけど、これをADFの試合中に行おうとすると大抵の人には真似できない」
「試合中なんて絶対に無理だよ!」
「簡単に言えば目を瞑るってことは驚いたり恐れたりすることと同義だ。これは身体が反射的に行ってしまう行動だから、克服することは容易じゃない」
風奈は真剣に天馬の言葉に耳を傾ける。
「意識せずにこれをやってのけるってことは、異常なほどの胆力、一切物怖じしない精神力の持ち主ってことだ」
風奈の横で話を聞いていた理帆が確かにというように頷いた。
「ジェットコースターに乗ったりお化け屋敷に行っても、フウちゃん怖がったり驚いたりしないもんね」
「全然平気」
「プロのADF選手でも目を瞑ってしまう人がほとんどだ。攻撃を受けても相手から目を離さないことができるのはADFにおいてかなり大きなアドバンテージになる。攻撃を受けた後にすぐ反撃に転じることができるし、フェイントに引っかかることも少なくなる」
「なるほど」
「さっきも言った通りADFは心技体のスポーツ。新田の場合、心においてだけ言えば既にプロ並み。その長所を生かさない手はない」
「……嬉しい。ADFで褒められたのは初めて」
風奈は思わず笑みを浮かべて声を漏らした。普段から感情の起伏が少ない風奈にとっては珍しい反応と言えるだろう。
「長剣を扱う場合いくら心が優れていても技と体が足を引っ張ってしまう。だからこそ新田の長所を活かした武器を選択する必要がある」
「それは?」
「新田には小太刀が合うと思う。簡単に説明するなら、完全防御型のカウンタースタイルって感じだな」
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