第4話「星ヶ谷家」

 天馬の家から学園までの距離は徒歩十五分程度。高校の平均的な通学時間からするとかなり短い部類に入るだろう。


「ただいま」


 玄関で靴ひもを解いていると背後からバタバタと騒がしい足音が聞こえてくる。その直後に背中に衝撃が走った。


「おそーい!」


 駄々をこねるように背中を揺らすのは天馬の妹、星ヶ谷由美奈ほしがやゆみなだ。天馬と十歳違いの由美奈は今年小学校に入学したばかり。


「悪かった、謝るからあんまり暴れないでくれよ」


 優しく頭を撫でてやると由美奈は「えへへ」と嬉しそうに照れながら手を離してくれた。


 小学生になってからはもう子供じゃないと言い出すようになったのだが、この様子を見るに残念ながらまだまだのようだ。


 思わず頬が緩む天馬の顔を見てその意図に気が付いたのか、由美奈は「はっ!」と目を見開いて頭に置かれた天馬の手を引き剥がす。


「由美奈は子供じゃないもん! お兄ちゃんのバカ!」


 顔を真っ赤に染めた由美奈はリビングへ向かって一目散に走り出してしまった。


「理不尽な……」


 ため息を吐きながら二階にある自分の部屋に向かい、着替えを済ませてからリビングへと向かう。


「お帰りなさい天馬。ごめんなさいね、夕飯は少し遅くなりそうだわ」


 キッチンで夕飯の支度をしている義母、星ヶ谷愛子ほしがやあいこが忙しなく手を動かしながら天馬に声を掛ける。


 愛子は天馬が九歳の時に父親が再婚した相手であり、その一年後に由美奈が生まれた。由美奈は腹違いの妹と言うことになる。


「少し庭で身体を動かしてくるよ」

「ご近所さんに迷惑かけない程度にしておくのよ」

「わかってるよ」

「由美奈もやるー!」


 天馬が庭へ向かうと愛子の隣で料理を見守っていた由美奈が天馬の元へ駆け寄っていく。


 星ヶ谷家は広さだけなら近所の家々の三倍の敷地面積を有しているが、建物自体は普通の家屋と大差はなく、敷地のほとんどは父親がトレーニング用に設計した庭だった。


 天馬も幼い頃によく父親と共にこの庭で先祖代々受け継がれている天空拳の修行に明け暮れていた。


 今では天馬が父親の代わりに妹の由美奈に修行をつけている。


「一つ勝負をしようか。夕食ができる前に俺に有効打を当てられたら由美奈の勝ちだ」

「うん、わかった! 絶対勝つもん!」

「その意気だ」


 由美奈は気合を入れて宣言するとその背に天翼を展開した。

 天翼の輝きには個人差がある。大抵は淡白く発光する程度だが、由美奈の天翼は特別な物。


 白銀色に輝くその翼は誰もが憧れ、誰もが美しいと褒め称える。


 まるで自分と対極にあるかのようなその穢れのない翼に、天馬は過去に憎しみすら覚えもした。


 しかしそれはあくまでも昔の話。今の天馬は自分が求めた全てを持っている由美奈のために、己の命すらも懸けて支えて行くと心に決めている。


 かつて自分という存在が引き起こした悲劇を贖うために。


「行くよ、お兄ちゃん!」


 勢いよく飛翔した由美奈は膂力をつけて天馬の顔面目掛けて拳を突き出した。

 速さだけなら目を見張るものがあるが、言ってしまえばそれだけだ。天馬は上体を反らすことで難なく攻撃を回避する。


「うわっ」


 空振りに終わった由美奈はあたふたしながら空中で静止する。振り返った由美奈は突きや掌底、蹴りを織り交ぜた連続攻撃を仕掛ける。


「くらえー!」

「速さは十分だが、動きが単調過ぎるぞ」


 顔色一つ変えずに余裕を見せる天馬は攻防の最中にアドバイスを口にする。


「まだまだっ!」


 由美奈は身体を回転させて威力を乗せた蹴りを放つと見せかけ、直前で強引に天翼を操作して背後を取る。


 しかし由美奈の動きを読んでいた天馬は攻撃される前に振り返った。


 お構いなしに由美奈が怒涛の連続攻撃を仕掛けるが、天馬はそれらの攻撃を受け止め、弾き、躱し、確実に捌いて行く。


 それからしばらくして夕食の用意を終えた愛子が二人を呼びに来た。


「ご飯できたわよ、練習はそれぐらいにしておきなさい」

「わかった、すぐ戻るよ」


 愛子の方に顔を向けて天馬が返事をすると、千載一遇のチャンスとばかりに由美奈が飛び蹴りを繰り出した。


「隙ありー!」


 しかし由美奈の攻撃は呆気なく躱され、天馬はその足を掴むと同時に身体を回転させて威力を完全に相殺する。


 足を掴まれた由美奈は釣り上げられた魚のように宙ぶらりんにされる。


「捕まったー」


 その様子を見た愛子は呆れるようにため息を吐いた。


「頑張るのも良いけど、二人とも怪我にだけは気を付けなさいよ」

「心配しなくても大丈夫だよ、母さん」


 天馬が掴んでいた手を放すと、由美奈は空中で鮮やかに一回転してから着地する。


「ちゃんと手は洗うのよ?」

「わかってるよー」

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