第3話「強者と弱者」

 二人から当時の状況を詳しく聞いた天馬は「そんなこともあったな」と辛うじてだが思い出すことができた。


 しかしここで認めてしまえば後々面倒なことになるとわかりきっているため、何とか誤魔化せないものかと模索する。


「申し訳ないけど、やっぱり人違いだよ」

「あの時、私は見捨てた。あなたがどんな目に遭うか理解した上で」

「いや、だから……」


 既成事実だと言わんばかりに二人は天馬の言葉を無視して話を続ける。


「警察の人と一緒に戻った時はビックリし過ぎて声も出なかったよ」

「目を疑った。一人残らず打ちのめされていた」

「……」

「相手は天翼を展開して凶器を持った大人たち。警察の人も信じてくれなかったよ、これをやったのが中学生の男の子だって教えても、こんな真似ができるのはプロのADF選手ぐらいだろうって相手にもされなかった」


 二人は既に何か確信があるかのように天馬をあの時の中学生だと思い込んでいる。今更否定しても無駄だろうと観念するが、天馬はその確信が何なのか気になった。


「……その根拠は?」

「あの場所の近くにある中学校は二つだけ。でも私たちの学校に星ヶ谷君はいなかった」


 天馬が何処の中学校なのかは同じ中学出身の生徒や、教師にでも聞けばすぐに調べられることだ。


「高校に入学してすぐに星ヶ谷君がその人じゃないかって思ったんだけど……」

「想像していた人物像とはかけ離れていた」


 二年前のその人がまさか周りから虐げられている存在だとは思いもしなかっただろう。


 圧倒的な強さを持っているはずが、学年最弱どころか羽無しと揶揄される。


 そんな現実を見せられれば如何に顔を覚えていようが別人と疑ってしまうのも無理はない。


「二週間前。星ヶ谷と試合をして確信した」


 蒼天学園のADFの授業では実力に合わせてA,B,Cグループに振り分けられるため、学年最弱の天馬はもちろん、運動が苦手な風奈もCグループに所属している。


 基本的に練習試合は同グループの生徒同士で行われ、今年同じクラスになったことでその機会が天馬と風奈にも訪れたというわけだ。


「私は弱いから技術云々はわからない。だけど、一つだけわかったことがある。それは明らかに手を抜かれているということ」

「手なんか抜いてない、羽無しがまともに戦ったところで勝てるわけないだろ? 戦績だって未だに勝ったことすらないんだから」

「私は間近で見た。天翼を展開した大人を生身で圧倒する姿を。この学園に入学して同じクラスになって星ヶ谷がどんな目に遭っているかも知ってる、だからこそ聞きたかった。何故弱者を演じている? 星ヶ谷はいったい何者なの?」

「演じてなんかいない。俺は紛れもない弱者だ、初めから……」

「嘘」

「嘘じゃない」

「フウちゃん、一旦落ち着いて? 星ヶ谷君も、ね?」


 睨み合う二人を見て険悪な雰囲気になりつつあることに焦った理帆が場を宥めようとするが、何気なく発した風奈の言葉が天馬の触れてはならない心の内に触れてしまう。


「理解できない。周りを黙らせることぐらい雑作も無いはず。それだけの力をあなたは持って――」

「――力だけじゃどうにもならないことはあるんだよ! そんなことは十年以上も前に嫌というほど身に染みた!!」


 思わず感情を顕わにした天馬は怒りのままに机を叩きつけ、その場に立ち上がりながら叫んだ。


 その声はクラス中に響き渡り、騒がしかった教室内が一気に静まり返る。


 周囲を見渡して状況を理解した天馬は逃げ出すようにその場を離れることにした。


「……ご馳走様でした」


 残された理帆と風奈はしばらくの間、呆然と固まってしまう。


「……悪くない」


 俯きながら呟いた風奈を見て理帆は慰めるようにそっと頭の上に手を置いた。


「星ヶ谷君のことを思っての言葉だっんだよね?」

「んっ」

「フウちゃんの気持ちはわかるよ、私だって同じ気持ち。あの時助けてもらったように、今度は私たちが助けてあげたいもんね。幾ら平気な振りをしたって傷付かない人なんていないんだから」

「そう」

「でも、星ヶ谷君には星ヶ谷君の考えがあると思うんだ。だから焦っちゃだめだよ、まずは知ることから始めないと」

「……わかった」

「後でちゃんと謝ろうね? 私も一緒に謝るからさ」

「うん、ありがとう理帆」


 風奈が顔を上げると理帆は手を叩いてから箸を持つ。


「よし、じゃあ残ったお弁当食べちゃおう。フウちゃんもたくさん喋ったから疲れたんじゃない? 結局二人で食べることになっちゃったけど食べきれるかなぁ」

「問題ない。エネルギー補給にはちょうどいい」


 それから理帆と風奈は天馬にどう謝罪するかを考えながら昼食を再開したのだった。


 天馬はというと、人気のない階段に座って売れ残りのあんパンを齧っていた。


「……最悪だ」


 天馬は教室での出来事を思い出して頭を抱える。


 唯でさえあの二人と昼食を取っていただけで悪目立ちしていたのに、それがあんなことになってしまっては間違いなく悪者として晒されているはずだ。


 このまま自宅に直行したい衝動に駆られるが荷物は教室に置いたまま。加えてそんな真似をすれば水本楓からどんな罰を与えられるか分かったもんじゃない。


 まるで死刑宣告のような五時限目開始前の予鈴が鳴り、授業開始の一分前に天馬は教室へと戻った。


 そして六時限目が終わると同時に天馬は早々に帰宅しようと準備をするのだが、教室を出ようとした瞬間にまたしても後ろから声を掛けられる。


「ちょっと待って星ヶ谷君!」


 顔を見ずともつい先ほど同じような状況になったばかりなので声の主が誰なのかは容易に想像がつく。


 このまま無視して立ち去ろうとも考えるが、さすがにそれは不味いと思い止まった。


「さっきは怒らせるようなこと言ってごめんなさい!」

「無神経だった。ごめんなさい」


 二人は敢えて教室中に聞こえるような声量で天馬に謝罪をする。


「いや、さっきのは明らかに俺の方に非が――」

「――違う、私たちが悪かったの」

「私が悪い」

「もう気にしてないから、とりあえず頭を上げてくれ!?」


 あたふたしながら天馬は二人に頭を上げるように促した。教室にいる生徒からの注目度がとんでもないことになっているからだ。


 この状況を見ている生徒は昼休みにあった出来事が理帆と風奈に非があったのだと思うだろう。天馬は二人がそれを敢えて狙ってこの状況をわざわざ作り出したのだと予想する。


「許してくれてありがとう。それとこれはできたらのお願いなんだけど、良かったら明日もお昼一緒にどうかな?」

「嫌なら断ってくれて構わない」


 昼の誤解を解いてくれたことには感謝しているが、本音を言えばこれ以上関わりたくないのが天馬としての本心だ。


 しかし流石の天馬もこの状況で否と言えるほどの胆力は持ち合わせていない。この状況に陥ってしまった時点でどう考えても選択肢は一つしかないだろう。


「……わかった」

「ありがとう!」

「ありがとう」


 不本意ながらも明日の昼の約束をして天馬は今度こそ教室を後にした。

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