第1話「羽無し」
東京都立蒼天学園では今まさにADFの授業が行われていた。
雲一つない青空の中、二人の生徒が縦横無尽に試合場を飛び回っている。
大柄な男子生徒が体格差の有利を活かすように小柄な女子生徒を相手に猛攻を仕掛けていた。
対する女子生徒は防戦一方となって苦しい戦いを強いられている。俊敏性を活かして致命的な一撃こそ受けていないが、体力ゲージを少しずつだが確実に減らされていく。
その後も打開策を見い出せなかった女子生徒が体力ゲージを削りきられたことで試合終了となった。
ADFのルールは単純明快。
相手の体力ゲージを削りきるか、試合終了の時点で相手より多くの体力ゲージを残していた方の勝利となる。
ADF専用のADsは装着者の身を守ることを大前提とされており、ADFの試合では素手や武器で攻撃したとしても攻撃が直接相手に触れることはない。
これはエンジェルフォースが他者のものとは交じり合わないという性質を利用しているためであり、接触する前に反発現象が発生して衝撃だけが装着者を襲う仕様になっている。
攻撃の威力に比例して装着者を襲う衝撃も強くなるが、どれだけ強い衝撃でも装着者の命を脅かすようなことはないとされている。
それ故にADFは見た目の激しさ以上に安全なスポーツとして認知されていた。
「勿体ないなぁ……」
教壇の前に立つ教師の話に耳を傾けつつ、窓越しに外で行われていたADFの試合を見た
結果的に見れば男子生徒の圧勝という形で試合は終了したが、天馬の見立てでは女子生徒が本来の力を出せていれば全く逆の結果になったはずだ。
体格を生かした男子生徒の猛攻は確かに脅威だった。しかし言ってしまえば力任せに剣を振り回しているだけ。
対して女子生徒の強みはその小柄な体格を生かした身軽さだろう。試合開始直後はその長所を生かして立ち回っていたのだが、試合が進むにつれて男子生徒の気迫に圧されてしまい、最終的に相手のペースに呑み込まれてしまった。
序盤の戦い方を徹底していれば勝利できたのは間違いないが、そう簡単にいかないのもADFだ。
ADFが心技体のスポーツと言われる所以。
戦闘技術はもちろんのこと、激しい戦闘に耐えられる身体作りも必要不可欠。
そしてどんな状況でも冷静さを失わない心の強さが重要となる。
「まぁ、あの人ならその辺の指導も抜かりないだろう」
天馬が指すあの人とは蒼天学園のADF教師、
彼女はかつて世界ランカーに名を連ねるほどの実力者だったが、今は指導者として後進の育成に力を入れている。
校内に授業終了のチャイムが鳴り響き、昼休みが始まった途端に多くの男子生徒が慌ただしく席を立つ。
我先にと教室を出て行く彼らが向かう先は校内にある購買だ。三十個限定で売られる焼きそばパンは競争率が非常に高い。
その焼きそばパンはテレビ番組で紹介されるほどの人気を誇るパン屋の代表メニューなのだ。
何故そんなパン屋の焼きそばパンがあるかというと、パン屋が蒼天学園の近くにあることに加え、店主が蒼天学園の卒業生だからという理由らしい。
そんなある種の聖戦に挑みし生徒たちを遠目に、天馬は悠長に机の上の教科書を片付けてから購買へと向かう。
選り好みしなければ五分、十分遅れたぐらいで購買のパンが売り切れになることはない。
「ちょっといいかな?」
その言葉が自分に向けられたものだと思っていなかった天馬は教室から出て行こうとしたのだが、引き留めるように後ろから制服を掴まれる。
「理帆が話しかけてる。無視するな」
「えっ、俺?」
「うん、星ヶ谷君に用があって」
最初に声を掛けて来たのは
彼女は同学年だけに留まらず上級生や下級生にまでその名が知れ渡っているほどの有名人。肩まで伸びた艶のある美しい黒髪を靡かせ、十人中十人が可愛いと褒めるあろうその容姿は学年問わず多くの男子生徒を魅了している。
そしてもう一人、天馬の制服を掴んだ女子生徒の名は
小柄でショートボブヘアの風奈は寡黙な性格で理帆以外とはあまり喋ることはないのだが、そんなミステリアスな一面が男子生徒からの人気の一端となっていた。
この二人は天馬がこの学園で絶対に関りを持ちたくないと思う三人の内の二人だった。
理帆と風奈は人気がありすぎるがために少しでも関わってしまえば嫌でも注目を集めてしまう。だからこそ天馬は二人の関心に触れないよう最大限注意を払ってきた。
同じクラスになってしまった二学年からは特に。
しかしそんなこれまでの努力がいともあっさりと無に帰してしまった。
「おい、羽無しが佐々峰さんたちと喋ってるぞ!?」
「なんであの二人が羽無しに構うんだよ」
「弱みでも握って脅してるんじゃないか?」
「マジかよ、なら助けに向かうべきだな」
教室にいる一部の男子生徒が天馬たちの様子を見てざわつき始めた。
『羽無し』
天翼を持つことが当たり前とされる現代でその翼を持たない者たちを指す蔑称。先天性や後天性など原因はいくつか考えられるが、天馬もまた翼を失った者の一人。
昔から事ある毎に羽無しと揶揄され続け、私物を隠されたり人がいないところで暴力を振るわれたりもしてきた。
それが天馬にとっては当たり前の環境であり、今更気にしても仕方がないと割り切っている。下手に抵抗すればより面倒ごとに巻き込まれてしまうからだ。
しかし二学年になってからはクラスが変わった影響か、不思議と直接的ないじめを仕掛けて来る生徒はいなかった。
今回のような陰口を叩くのは日常茶飯事だが。
理帆と風奈は気付いていないが、天馬の目には二人の背後から侮蔑の視線を向けながら近づいて来る男子生徒たちが見えた。
天馬自身が訳のわからない状況に頭を悩ませている中、どうすることもできずに男子生徒はやって来る。
「二人とも大丈夫?」
「こいつが何かしたのか?」
「俺たちに任せてくれ! こんな奴、軽く懲らしめてやるよ」
二人を守るように間に入って来た男子生徒に対して風奈は苛立ちを隠すこともなく呟いた。
「邪魔、消えて」
「「「す、すみませんでしたっ!」」」
どうやら効果てきめんだったようで、男子生徒たちは天馬を残してそそくさと退散して行くのだった。
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