天使の武踏

ポヨン

プロローグ

 西暦二千百四年、突如として世界中で不可解な事象が相次いで報告された。


 その日に生まれてきた赤子の背には白い翼が生えていたというものだ。


 原因究明を図るべく多くの研究者が奔走するも、数年に及ぶ研究の成果も虚しく原因を突き止めるまでには至らなかった。


 判明した事といえば、その後生まれてくる赤子にも例外なくその翼を持っているという点のみだった。


 やがて二千百四年に生まれた子供たちが六歳となって小学校へ通い始める頃、人類は遂に不可能を可能とした。


 人が自由に空を飛ぶ。


 誰もが子供の頃に一度は思い浮かべたであろうその光景は、時代の変革を告げ、人類の歴史にこう刻まれる。


『人類は進化した』


 それから百年後、長期に渡る研究の成果がようやく実を結ぶ。


 人間が空を飛ぶためには翼があればいい、などという単純な話ではない。


 世界最大の飛ぶ鳥、アンデス・コンドルの体重は凡そ十五キログラム。進化の過程で軽量化を重ねる鳥の中では異端な存在だ。


 アンデス・コンドルは翼開長三メートルと、その重量に見合うだけの大きな翼を有している。


 その例から人間の体重を五十キログラムと想定して計算した場合、翼開長十五メートルという途轍もなく大きな翼が必要になる。


 しかし現実として人間は二メートル程度の翼で空を飛ぶことを可能としていた。


 結論から言うと、翼からは今までの科学では説明できない超常的な力が発生していることになる。その力が反重力因子のような作用を引き起こし、常識ではあり得ないはずの事象を実現させていたのだ。


 更に翼を展開している状態では身体能力を通常の二、三倍にまで引き上げる効果も確認されていた。


 人間が空を飛ぶその姿はまるで神話に登場する天使を彷彿とさせることから、翼は『天翼』生み出される力は『エンジェルフォース』と呼称されるようになった。


 更に月日が経過すると、エンジェルフォースの力を一部利用する技術が広まり始めた。


 その最たるものが『エンジェル・デバイス』通称ADs。


 ADsは使用者のエンジェルフォースを利用することで様々な恩恵をもたらす物だ。


 警察では防弾チョッキのような用途で重宝されている。

 エンジェルフォースをADs装着者の身体に薄い膜のように纏わせることで、刃物や銃弾などによる外傷を防ぐ効果を発揮した。


 他にも災害救助での活用や労働現場での安全性の確保、医療技術への応用などありとあらゆる分野でADsはその有用性を示していた。


 しかし世間で最も認知されたのは全く別の分野だった。


『エンジェル・ダンス・ファイト』通称ADF。


 ADFとは地上、空中で行われる格闘技の名称。


 格闘技とはいえ素手だけで戦うわけではない。ADsの形状を剣や槍、斧といった近接武器として戦うスポーツ競技。


 人が地上、空中を縦横無尽に飛び回る見た目の派手さも相まって、ADFは全世界で爆発的に大流行することになる。


 ADFは天翼の扱いや基礎運動能力の向上にも役立つと考えられ、教育機関では体育の分野とは別にADFという科目が追加される程だった。

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