第5話 逢魔が時の日常
気付けば、もう夕方だった。
駅前の図書館に居た私は、ああ、と意味の無いため息をついて、少し憂鬱になる。
急いで帰り支度をして飛び出したけど、空は八割方夜だった。
一人で帰ることは何てこと無いが、周りに人が居ないのは少々まずい。
治安の意味もあるが、私はある意味ーー
“見つけた見つけた”
“聞こえるんだろう、我らの声”
“見えるんだろう、我らの姿”
“こっちにおいで”
視界の隅から現れる、様々なモノ。
私は決して見向きもせず、立ち止まらず、足を動かす。怖いというより、鬱陶しい。否、やっぱりまだ怖い。でも、怖がればつけこまれる。いつものことだし、この体質では仕方ない。
私は、競歩の勢いで道を行く。おかげで不審者も寄り付かない点だけは、有り難かった。
“どうして応えてくれないの?”
一際甲高い声に、内心ドキリとする。他のモノに比べると、それはとても鮮明な声だった。
だから余計に、緊張が走る。
“こっちに来てよ”
“そうさ、こっちにおいで”
“何故来ない?”
変な汗が噴き出して来て、私は無言で走り出した。
私は行かない。行くもんか。
老若男女の真っ黒な影が、後から追いかけて来る。
私はがむしゃらに走っていた。何処に飛び込もう。誰か、心霊110番の施設作ってくれないかな、本当。
“何故、何故?だってお前は”
“だって貴女はーー”
言葉は続かなかった。
きらきらしたものが降って来た、と感じた瞬間、影と声が瞬時に消える。
え、と思ったら、腕を掴まれて、何かにぶつかった。暖かい。人だ。
「大丈夫か、すみちゃん」
あんまり緊迫感の感じられない、いつもの声。知らず強張った身体から、力が抜ける。
「……
恐る恐る顔を上げると、いつものちゃらんぽらんな笑顔の榊さんがいた。
片手に、アジシオの袋を抱えている。きらきらしたものは、塩だったのだ。
「また、凄いの来てたな」
「此処……」
習慣とは何と恐ろしいのか。
私は、無意識に佐和商店の前へ来ていたのだ。
掴まれていた手が離れて、頭に被った塩を払ってくれる。
榊さんの背後では、店の明かりが煌々としていた。
いつもの、当たり前の景色なのに、酷く現実感が無い。
「ーー風邪でも無いのに、さっき凄い悪寒が走ってな。用心で塩持って出たら、すみちゃんが追われて来たわけ」
「そう……ですか。ありがとうございます」
まだ息の上がっている私を、榊さんが笑って見ている。
「休んで行け。震えてるぞ。ーーついでにちょっと手伝ってくれねぇか?後で店長も来るんだけどさ」
「……違う場所に逃げれば良かったです」
「そんなつれないこと言うなよー。おじさんが飲み物奢ってあげるから。出血大サービスで」
「一言多いんです、榊さんは」
小さく笑いながら、今日休みなんだけどな、と冷静に考えている自分がいた。
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