第4話 真夏の椿


二十四時間営業でないコンビニ佐和商店の話。


 

とある夏の日の夜。


私は、自分の店である佐和商店に向かっていた。

この時間帯のシフトで任せているちゃらんぽらんなさかきと、しっかり者のすみれちゃんは、なかなかの凸凹コンビで店は安心して任せておける。

でもどうしても、店長である自分が確かめねばならない書類があり、面倒ながら足を運ぶことになった。

業者の奴らめ……私の楽しい晩酌の時間をどうしてくれるのよ!

自宅から店までは、徒歩十五分くらい。

こんな適当なことを考えていても、さっさと着けるはずなのに。

「あり?……同じ場所?」

結構歩いたはずなのに、景色に変化が無い。

酒を飲む前に家を出たから、酔ってる訳も無し。道だって、間違う程複雑じゃないし。というか、幼少の頃から歩いている道を間違えようが無いじゃない。

「この空き家の生け垣、こんな長かったっけ?」

私は、自分の進行方向の向かって左側にある、古い空き家の生け垣を見る。

何の変てつも無い、ただの生け垣。

まあいいや。進めないなら戻ってみよ。

私はくるりと方向転換して、自宅に向かう。


でもーー


「あれ?また進めない?」

行けども行けども、生け垣の向こうの電柱に辿り着けない。いい加減くたびれて、私は足を止める。どうやら、空き家の前から一歩も動けなくなったみたいだ。何の気無しに、また生け垣を見た私は、思わず声を上げた。

この真夏に、真っ赤な椿の花が咲いている。

鮮やかな赤は美しいが、季節外れの花は違和感丸出しだ。

「こんなこともあるのねぇ……」

近寄って繁々と花を見つめていると、何かのマジックのように、花がぶわりと大きくなった。人一人呑み込めそうなほど、花びらが広がって大きくなる。

「ちょ、何……!?」

蒸し暑いはずなのに、ぞわりと鳥肌が立つ。

広がった花びらは、こっちを向き始めた。逃げようにも、この先にはどっちにも行けない。

鮮やかな赤が、ゆっくりと私に近付いて来る。

後退さった私の背に、歩道の柵がぶつかった。


ーーどうする?


誰か、どっきりならどっきりって言ってよ。

策も浮かばず立ち尽くしていると、不意に携帯が鳴った。

ぎょっとしたけど、とりあえず出る。

「もしもし?」

吉瑞きずきさんですか?』

「菫ちゃん!」

いつもと変わらない声に、私は酷く安堵した。

『何かあったんですか?さっき店に来るって電話頂いてから、三十分以上経ってますけど……』

「え?いや、それがね、」

私は言いながら、巨大椿に目を戻した。けど。

「あれ?」

椿が無い。椿どころか、あの空き家の前でもなかった。後数十メートルほど先に、店のドアがある。

『吉瑞さん?』

「え?ああ、今もう店着きそう……って、」

店のドアの前に、人影を見つけた。小走りで向かうと、若干青い顔で携帯を握っている菫ちゃんだった。

「菫ちゃん!」

私は、耳から携帯を離して彼女の名前を呼ぶ。

菫ちゃんは私を見ると、酷く安堵した顔で笑った。

「ーーああ、良かった。何かあったんじゃないかって、榊さんと話してたんですよ」

何か、は大アリだったけど。ホッとした表情の菫ちゃんを見て、私も自然と笑みが浮かぶ。

「菫ちゃんのおかげで助かっちゃったわー。ありがとね」

「え?何の話ですか?」

「聞きたい?」

「聞きたいです」

私はもう訳も無く笑いが込み上げてきて、しきりに首を傾げる菫ちゃんの頭を笑いながら撫でた。


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