第49話 難題は解くためにある③


「ナオ~」


 ミィの声に俺がビクリと体を震わせるが、ひょっこりと顔を出したミィの頭の上に乗っているワンフーは、俺の方ちらりと見るばかりで突進してこなかった。


 どうやら、ワンフーはかなり聞き分けがいいようで、あれから俺を見ても突撃してこなくなったのだ。なんといういい子。おりこうさんにはチュールを上げましょうねぇ!


「ナオ。少しいい」

「どうした?」

「ワンフーのことなんだけど……」


 ちょいちょいと俺の裾を引っ張るミィは、何か話したいことがあるようで……聞いてみれば、どうやらワンフーについてらしい。


 ワンフーに何かあったのか、なんて心配してみれば、


「なんか最近元気ない」

「マジか」


 どうやら元気がないとのこと。確かに、彼女の頭の上に乗っかっているワンフーを見てみれば、どこか気が沈んでるようにも見えなくもない。いつもの明るい黄色の毛色も、どこか沈んだ影を落としているようにも見えなくもない。


「好きだったおやつもあんまり食べないし、寝るときにちょっと寂しそうにしてる」

「そうなのか……にしても、今あげてるチュールはがつがつ食べてるけどな」

「うん。だから不思議。ナオといると調子いいみたい」

「へー……いやまて。まさかだが……」


 ミィの証言から、俺はワンフーの不調の原因に一つの心当たりがあった。それを確かめるために、ミィに確認をとってみれば――


「ミィ。ワンフーの不調が始まったのは二日前か?」

「うん。そのぐらい」

「まさか……俺に対する突進をやめさせたからか?」

「ああっ! 確かに、一理ある」


 考えてみれば、あの突進はワンフーの愛情表現の一つだ。好きだからこそやっていた行為を無理やり悪いことと教えられるのは、嫌に決まっている。


 いやしかし、これはワンフーが誰彼構わず突進しないための躾なのだ。俺は鬼。本物の鬼が隣にいるが、俺は心を鬼にしなければならないのだ。


「でも、ナオ。ワンフー、あにいもアイリも大好きだけど、あれやるのナオだけ。ナオが特別なのでは?」

「うっ……や、やめろミィ。俺の心を揺さぶるんじゃない!」

「でも、ミィはワンフーがかわいそうなのはいや。だめ?」

「く、くそおおおお!!!」


 ワンフーの過激な愛情表現は、すでに俺だけに集約されている。となれば、ワンフーの暴走により、俺以外の誰かが傷つく懸念は取り払われる。取り払われてしまうのだ!


「はっ!?」

「がうぅ……」


 ミィの証言によって揺さぶられる俺の心に、ワンフーの潤んだ瞳が突き刺さる。くりくりとした宝石のような瞳に映るのは、甘くとろけるようなおねだりの意思。揺れ動いている俺の隙を丁寧に穿つおねだり上手なワンフーに俺は――


「来い! しっかりと受け止めてやる!!」

「がう~♪」


 根負けした。


 そして俺は、壁に埋まることとなる。



 ◇~~~◇



「というわけで、躾ける方向じゃなくて俺が耐える方向で何か案を出してくれ」

「なんか、馬鹿らしくなってきたわ……」


 俺にしか突進してこないというのなら、わざわざワンフーに辛い思いをさせてまで躾ける必要もないだろう。そう、ワンフーは相手を選べるいい子なのだ! 


 となれば、自ずと俺がやるべきことは決まってくる。すなわち、俺がいかにしてワンフーの突進を耐えきるか、である。回避はだめだ。もし回避でもして壁にぶち当たったワンフーが怪我でもしたら、俺は自責の念で首をくくりかねない。


「ま、事情は分かったけど……耐える方法ねぇ。正直、見ての通り私は妖精だから、攻撃を受けるとかそういうのには詳しくないわよ」

「確かにルルはそうだよな……」


 相談相手となるルルだが、彼女は身長十数センチしかない妖精だ。無論、その小柄すぎる体躯の耐久性はお察しの通り。もし俺のようにワンフーに飛び疲れようものなら、羽を使わずとも空へと飛んで天国へと言ってしまうことだろう。


 そして、ルルがそうならないようにできることといえば、魔法を使うことだが……もちろん、俺は魔法なんて使えない。生粋の科学世界に生まれた益荒男には、魔法学理論なんて微塵も理解できなかったぜ……へへっ……。


 ならば、新たな助っ人が必要だ。


「な~にしてるんですか、ナオさん。あ、ルル姉も居たんだ」


 と、俺の背後から、なにやら訝し気な声色のアイリが登場した。


「あによ、私をおまけみたい扱っちゃってひどいわね。それで、何かあったのかしらアイリ」

「いや、談話室の方が騒がしいのに、混ざらずとも遠巻きで見物してそうな二人が、人気のない裏庭の方に来てるんだから、何かを察して飛び出てくるのは当り前じゃない?」


 とのこと。どうやら彼女は、随分と周りのことをよく見ているようだ。


「察するって何をよ」

「何ってほら……逢引き的な?」

「バッ……! 何言ってんのよこの子は!?」


 訝し気にルルを見るアイリに、顔を赤くしながら声を荒げるルルという、なんとも面白い二人のやり取りを見物していたが、彼女たち二人のやり取りで作戦会議の時間がつぶれるのは御免だ。


 だから、二人のやり取りに俺は口をはさんだ。


「そうだぞアイリ。俺たちは今、重大な難問に対して七転八倒しながらも立ち向かっているところなんだ。それに、二人の男女が困り眉で眉間にしわを寄せながら、逢引きしているわけもないだろ」

「それもそうですね。ところで、その難問ってなんです? 私も力になれたらな~……なんて」 


 おっと、願ってみるものだな。さっそく、頼もしい協力者が来てくれたではないか……。



 ◇~~~◇



「ああ、あれですか」

「そう、あれだよ」

「確かに、あんなものを受け続けてたら、硬い種族でもない限り、受ける側の方が先に壊れちゃいますもんね……というか、よく今まで無事でしたね……」


 一応、俺の上司なだけあって、アイリはワンフーの突進のことを知っていた。そして、それを何とかしようという俺の考えもすぐに理解してくれたようで、うーんと頭をひねって何か手はないかと考えてくれている。


「あ、そういえばルル姉」

「何? いい案でもひらめいた?」

「ほら、宝物庫の中にパワフルになれる奴なかったっけ」

「ああ、あれ――」

「な、なんだと!?」


 彼女たちの会話に立ち入って、俺はアイリのその話に食らいついたのだった。



 

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