第50話 難題は解くためにある④
「ナ、ナオ……どうしたんだよ、その体」
談話室へと舞い戻った俺の肉体を見て、偶然そこを通りがかったサトヤが唖然としたようすで俺に話しかけてきた。
「ふふふ……気づいたかサトヤ。この肉体の美しさに!」
「いや、一日目を離した隙に同僚の体積が二倍近く膨れてたら驚くに決まってんだろ……」
「体積というな体積と! これは筋肉だ! 見よ、この鬼の角のような前腕二頭筋を! そびえたつ山脈のような僧帽筋を! ひろがる大地のような大胸筋を!」
「その割にはチキンレッグじゃね?」
「それは言わないお約束だ!」
そう、今の俺は筋肉の徒……いな、神なのである! 服の上からでもわかるほどにはちきれんばかりの強さの塊が、今の俺の全身を覆っているのだ! そう、それはまさしく筋肉の鎧。この鎧ならば、きっとワンフーの一撃をもってしても揺るぐことなく佇むことができるはずだ!
「というわけで来い、ワンフー!」
「がうがう~!」
どういうわけかちょっと引き気味なミィの前に仁王立ちした俺は、好調のままにワンフーの名前を呼び、両手をガバッと広げた。
どっしりと待ち構える俺に目を輝かせたワンフーは、そのままいつものように俺の方へと突進してきた――
「ぐはぁ!?」
「がうがう~!」
そして、まったくどういうわけか微塵も理解できないままに、いつものように俺は吹き飛ばされ、背後の壁にたたきつけられたのだった……。
なぜだ。
「おーい、ナオ。生きてるか~?」
「がう~」
おそらくは様子を見ていたであろうサトヤが、俺の身を案じるようにぺしぺしと体を叩いてきたかと思えば、
「あん? これもしかして張りぼてか」
「はい?」
なんて、耳を疑うようなことを言いだした。
俺のこの筋肉が張りぼてだと……? 骨の上にべたべたと重厚に纏われた肉の鎧が張りぼてだと……?
「一体どいうわけだルルゥ!!!」
「いや、説明聞く前に飛び出してったあんたが悪いわよ。あと、一応張りぼてじゃないわよ」
どうやら、全ては説明も聞かずにはしゃぎ回っていた俺が悪かったらしい。
というのも、俺がサトヤも吃驚仰天するような筋肉を手に入れているのは、ルルとアイリの案内によって手に入れた宝物庫のアイテムが関係していた。
「増筋のネックレス。効果は見てのとおりよ」
「装着するだけでムキムキのマッチョに……見せかけるってだけなのがまた、宝物庫のアイテムらしいな」
「宴会芸用のアイテムよ。まあ、増筋っていうだけはあって、多少は力が上がるそうだけど……様子を見る限り、あんまり効果はなかったみたいね」
「くそがぁ……」
どうやら、俺の筋肉を肥大化させムキムキのマッチョマンにしてくれた素敵アイテムは、その実は見掛け倒しの宴会芸でしかなかったようす。くそぅ……こんなの、只のデブと変わらねぇじゃねぇか!!
そうか。今の俺は筋肉Tシャツを着て調子に乗っていた筋肉小市民でしかなかったのか……くそぅ……。
「……なあルル。なんでこいつはこんなことしてるんだ?」
「実はかくかくしかじかってことで」
「ほーん。つまりワンフーの突撃をどうにかしたいと」
倒れ伏しワンフーにげしげしと踏まれる俺を見下ろす二人が何やらしゃべっている。一人にしてくれ……今俺は傷心中なのだから……
「よし、ナオ。筋肉の鍛え方は知らないが、ワンフーを受け止められる技なら教えてやれるぞ」
「……マジ?」
「まじまじ。とりあえずそのネックレス外して、起き上がるんだ」
なんとも魅惑的な申し出とともに、サトヤの手が差し出される。そのあまりにも都合のいい話は、俺からしてみれば悪魔の誘いのようにも見えた。
しかし、全てはワンフーのため!
「きつくないよな?」
「保証はしかねる」
そうして、俺は悪魔の手を取った。
そして――
◇~~~◇
「ワンフー!」
「がう~♪」
突進してくるワンフー。その勢いはミサイルの如く。常人が受けたら後方へとひとっとびしてしまいそうな勢いだが――
「新技……後方バク転!」
俺は、ワンフーの突進のタイミングを合わせて、後方へと跳躍。転がるようにしてワンフーの突進の勢いを殺し……受け止めた。
「完璧だな、ナオ」
「おかげでな。成功するまでに死ぬかと思ったわ」
「だが、これで心配せずにワンフーのことを受け止められる。感謝してくれてもいいんだぜ?」
あれから数日。俺はサトヤの指導の下、ワンフーの一撃を受け止めるための特訓を行っていた。主な特訓内容は、ワンフーに見立てたボールをサトヤが全力で投げ、俺がそれを無傷で受け取られるように訓練するというモノ。
最終的に、後ろに自分の体ごと転がることで勢いを殺し、無傷で受け止めるすべを手に入れた俺は、こうしてワンフーの突進を受け止められるようになっていたのだ。
何度も血反吐を吐いた特訓だったが……
「がう?」
こうして、元気なワンフーを何の憂いもなく撫で繰り回すことができるとなれば、地獄の特訓もしてよかったと思えてしまう。
「しかしサトヤ。もう少し別の方法があったんじゃないか?」
「突貫で仕上げるなら体で覚えるのが一番なんだよ」
まだ残る特訓の痛みを胸に、俺はワンフーをなでながら、呆れた目でサトヤを見つめるのだった。
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