第48話 難題は解くためにある②


「さてと、まずは経緯を教えてほしいものね」

「何でワンフーが俺にとびかかって来るかってことか?」

「そうよ。仮にも一介の神様に、一体何をしたらあそこまで嫌われるのよ」

「い、いやあれは嫌われてるってわけじゃなくてだな……」


 裏庭のベンチに腰を据えて、ワンフーの突撃をどうすればいいかという作戦会議、のその前に、ルルは例の袋の一件を知らないため、その説明から始めることとなった。


「ふーん。つまり、あの突撃は憎しみからくる殺意じゃなくて、好意の表現方法の一種ってわけね」

「恐ろしいこと言うなよルル……」

「いやだって、完全にナオを殺しに来てるようにしか見えないわよ、あれ。それに、壁に激突させた後、追い打ちで踏まれてたじゃない」

「あれはよくわからん……ともかく、どちらにせよ対策は必要だ」


 はっきりと言って、あのワンフーの愛情表現は凶器だ。今更ではあるが、心の底からミィが飼い主に名乗りを上げてくれて感謝している。


 ミィの持つ鬼としての肉体があれば、ワンフーのやんちゃにも耐えられる。あのまま誰も飼い主が見つからなくて、俺に白羽の矢が立つ様な事態にならなくて本当に良かった……。


 さて、気持ちを切り替えよう。今は、件のワンフーの突撃をどうするかだ。


「なんかいい案あるか?」

「いい案も何も、突撃してこないように躾ればいいじゃない。神様だけどペットなんでしょ?」

「た、確かに……」


 ルルの言う通り、ペットといえば躾だ。個性豊かなペットたちと言えど、守らなければいけない規則は当然存在する。飼われている以上、飼い主の言葉にちゃんと従うようにしつける必要があるのは至極当然の常識だ。


「ワンフーだって、いくら愛情表現とはいえ、誰彼構わず飛びつくような子に育ったら、それこそ大問題でしょ? 若いうちにそういうことは覚えさせておくべきだと、私は思うけど」

「そうだな。しかし、どうやってやったもんか……」

「それこそ、飼い主を頼ればいいじゃない」

「ああ、そうか。……ついでにロウも呼んでおくか」


 ワンフーの飼い主といえばミィだ。彼女ならば、興奮したワンフーを力づくで止めるパワーを持っている。足りなかったとしても、ミィの兄貴であるロウのパワーも足せば事足りることだろう。


 そして、止めたところにメッと人に突撃することが悪いことを教えればいい。


「流石はルルだ。いい案を出してくれる」

「普通じゃない、これぐらい」

「でも、俺一人じゃそんな簡単なことも思いつかなかったんだから、ルルのおかげなのは確かだよ」

「そ、そう。そこまで言うんなら、素直に受け取っておくわ」


 くるくると俺の周りを飛ぶ妖精は、照れくささを必死に隠すように羽を動かしていた。全く可愛らしい奴め、なんて思うが、日々の悪戯を考えれば今感じていた可愛らしさがどこかへと飛んでいってしまった。日々の態度とは、こうも根深く残るものなのか。


 まあ、そんなわけで当分の目的を定めた俺は、さっそく行動を開始する。


「さっそく今から実行しようと思うんだけど、俺はロウを呼んでくるから、ルルはミィに作戦のことを伝えてきてくれないか?」

「そうね。あなたがルルの前に行けば、ワンフーに見つかってさっきの二の舞だものね。いいわ、言ってきてあげる」

「ありがとな。また今度、大通りの露店でなんかおごってやる」

「ふんっ、やすく見られたものね……まあ、ありがたく貰っておいてあげるけど」


 なんとも素直じゃないルルの一面を見てから、俺はロウを探しに走るのだった。



 ◇~~~◇



「おうおう、ナオの頼みなら何でも聞いてやるぜ!」

「とりあえず、ワンフーがミィの拘束を振り解こうとしたら加勢してやってくれ」

「了解したぜ!」


 今日も今日とて元気いっぱいのロウは、二つ返事で俺の手伝いを承諾して、現在ミィのもとにてってこてってこと駆けて行った。


 さて、ルルから送られてくる準備完了の合図を見てから、俺は身構える。あとは、俺がミィの頭に陣取っているワンフーの前に姿を現すだけだ。


 いつも通り、俺の胸に飛び込んでくるワンフーを鬼が二人掛かりで拘束する。そして、動けなくなったところに、俺がむやみやたらに人に突進してはいけないとメッするのだ。


「よし、行くか」


 そうして、廊下の角から俺は談話室に姿を現した。


 待ち構えるは鬼二人と、神様もとい虎が一匹。俺の登場に目を輝かせたワンフーが、後ろ脚に力をためて、突進の姿勢に入ったその時――


「えいっ!」

「がお!?」


 ミィがひょいっとワンフーのその体を持ち上げたのだ。


「ワンフー。だ~め。」

「が、がうがう……」

「ナオが迷惑してるからダメったらダメ。ほら、魚チュールあげるから我慢して」

「がうぅ……」


 飼い主であるミィに諭されてしょげるワンフーは、口元に出された猫用チュールをぺろぺろと舐めながらも、寂しそうに俺の方を見た。


 流石にかわいそうだと思ったが、誰にでも飛び込むような虎にするわけにもいかない。俺は心を鬼にして、こちらを見るワンフーの頭をなでた。


「これからは、とびかからないようにしてくれよ」

「……がう」


 こちらの言葉がわかっているのか、ワンフーは俺の言葉に頷くように鳴いたのだった。

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