第47話 難題は解くためにある①


 いつもよりも少し騒がしい従業員の休憩所で、俺とルルは喧騒を遠巻きに見ながら雑談に興じていた。


「へぇー。あの子が例の神様ね」

「虎の神らしい。とりあえず、龍とかドゥナさんに見てもらったが、扱いは神様ってよりもペットだな」

「あぁ……まあ、見ればわかるわ」


 帝鯨が俺に渡してきた袋の件が済んでから少し経った。まさか袋の中に別世界がひろがっているなんて思わなかった俺たちは、例の袋を旅館の奥深くへと封印することになったのだが――帰ってきたとき、一匹の同行者を連れ帰ってしまったのだ。


 その同行者こそが、今現在ぽわぽわと旅館の仲間たちに新しいペットを自慢して回っているミィの、その頭の上に鎮座している黄色く羽毛のような毛皮にところどころぶち模様のように黒い柄が入った猫……もとい、虎のワンフーである。


 龍曰く神様であるというワンフーであるが、俺たちの間ではもっぱらペット扱いだ。それもそのはずで、俺の知る神様のようにワンフーはしゃべらないし、基本的には食う寝る遊ぶと欲求に素直な態度は、子供の猫を想像させる。


 しかし、なぜワンフーがあの袋の中の世界に居たのかは謎だ。腹を空かせていたことから、何かしらの訳アリを感じてはいるが……詳しいことはわかっていない。


 まあ、深く気にするほどのことでもないだろう。


 少なくとも、今の様子を見る限りワンフーはミィに良く懐いているし、問題もそう多いようには見られない。


 いや、問題といえば一つあったな。


「がうぅ? がう!」

「あれ、あの子こっち見てるわよ――ってナオ!?」

「がうが~♪」


 それは一瞬の出来事。てとてとと気分よくワンフーをみんなに紹介していたミィの頭の上で、これまた飼い主につられて上機嫌だったワンフーが俺のことに気が付いた瞬間、目にもとまらぬ速度で俺に突撃してきたのだ。


 その勢いは音速を超えて――とまではいかないが、想像を絶するものであることには変わりなく、只の余波だけで俺の体は後方へと吹き飛ばされて、壁に叩きつけられたのだった。


「と、とりあえず回復魔法使うからじっとしてて!」

「あ、ありがとう、ルル……」

「がうがう~♪」


 流石に気の毒に思ったのか、魔法を使って俺を看病してくれるルルを労いながら、俺の膝を楽しそうにふみふみしているワンフーの頭をなでた。


 流石は神様。子猫の様な体躯から発されるパワーは、一人の人間でしかない俺には耐えきれるようなものではなかったらしい。


 さて、話を戻そう。問題というのが、このワンフーのやんちゃにある。何を思ったのか、俺を見かけるたびにこうして飛び込んでくるのだ。


 例の袋の世界で、腹を空かせていたワンフーにクッキーを恵んでやってから随分と懐かれている感じではあったが、ここまでだとは思っていなかったのだ。


 そして、神様の基準で放たれる飛びつきは、何時かは俺の命に届きうるだろう。こうしている間にも、ゆっくりと子供であるワンフーは成長している。対応をおろそかにしてしまえば、俺の明日はないだろう。


「おい……ルル……」

「なによ、急に真剣な顔して」

「手伝ってくれ……早急に対策が必要だ……ワンフーの突撃に俺の身が持たない……」

「ああ、なるほどね……。といっても、私にできることは限られてると思うけど」

「いや! 俺よりも長い時間を生きているお前が協力してくれるなら百人力ってもんだぜ!」

「そ、そう? そういうなら、頑張ってやらないでもないけど……」


 ちょろいもんだぜルルは。俺が褒めて調子に乗らせてれば、テレテレとそっぽを向きながらも、手伝いを了承してくれた。


 こいつ、こんな調子でおだてれば木にも登るんじゃ? ……いや、ルルは羽があるから登る必要もないか。


 ともかく、ルルの協力を取り付けた俺は、さっそくワンフーをミィの頭に固定してから、人気の少ない裏庭の方に向かうのだった。

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