第46話 相対するは永遠のライバル⑥


「えいっ!」

「ぎゃああああ!!」


 随分と可愛らしい掛け声とともに床をゴロゴロと転がれば、どすんと壁に体が打ち付けられる。


 そして――


「うぎゃっ!」

「きゃっ!」


 続く二人の声も聞こえてきたかと思えば、俺をクッションにするかのように地面を転がって壁に追突した。


「……おまえら、早くどけ」

「うわ、ごめんナオ」

「す、すすすいません!」


 とりあえず、俺は上に乗っかってきた二人を下ろしてあたりを見渡してみれば……ここが、俺の部屋であることにやっと気が付いたのだった。


「うっそだろ……」


 喜びよりも呆れの色が濃く出たため息を吐きながら、俺は開けられた袋の隣でサムズアップしていたミィの方を見る。


「戻ってこれたみたいだな!」

「い、いったいなにがあったんですか……?」

「あー……ミィだろ。今、俺たちを袋の中から引っ張り上げたの」

「えへん」


 おそらく、俺たちが遭遇した天にふたをするような巨大な手はミィの手だったのだろう。そして、その手に引き寄せられた俺たちは、そのまま袋の外に引っ張り出されたわけだ。


「そりゃそうだ。袋の中から出るには、袋の外にいる人間に引っ張り出してもらうのが一番だ」

「えへん」


 何度も薄っぺらい胸を自信満々に張るミィは、てとてとと俺の傍らに頭を寄せてきた。

 ……ほめてほしいのか?


「ナイスだミィ。お前のおかげで脱出できた」

「お礼に血ぃ飲ませて」

「それは断る」


 どうやら救出の報酬に血をせがんできていたようだ。一回は許したが……流石の俺も何回も吸血を許しては身が持たないため、丁重に断らせてもらった。


 そんなわけで、不機嫌そうにぶーっと頬を膨らませるミィのあたまをぽんぽんとなで繰り回して、なんとか帰還した喜びを実感していると……


「がう」

「……あ?」

「あれっ、付いてきちゃったみたいですね」


 その横に、俺たちが引っ張り出されるのについてきてしまったぶち猫がいたのだった。




 ◇~~~◇




「……おいナオ。その猫はどこで拾ってきたんだ?」

「あー……」

「前に旅館に来た帝鯨さんが渡された袋の中の世界にいたんですよ、主様」

「袋の中の世界か……ああ、そういえば帝鯨の奴がつかさどるのは備蓄と堆積だったか。なるほど、どこぞの世界で拾った欠片が、紛れ込んでいたってわけだな」


 袋の中の世界から帰還してすぐ、アイリは袋のことを龍に報告した。すれば、中に閉じ込められてしまうような道具を野放しにしては置けないと、龍は俺の部屋に飛んできたのだが……。


「……」

「……がう」


 袋よりも先に目についたぶち猫が気になった様子。

 しかし、俺は以前の龍との喧嘩の件もあって非常に気まずい空気を背負っている。そのことを察知したできる女ことアイリは、事の次第の説明役を買って出てくれた。


 そんなわけで、俺と袋とぶち猫にまつわるあれこれのすべてが龍の耳に入ったわけだが……彼女は、そのすべてを聞いた後に驚くべきことを口にするのだった。


「まさか、ナオが神を拾って懐かせているとは思わなかったよ」

「……神?」

「ああ、そうだ。見たところ、その猫はぶち猫のようにも見えるが……纏う神気から虎の神であることがわかる」

「うっそだろ……」


 もう何度口から吐き出したかわからない驚嘆と呆れの声を漏らしながら、俺は黄色い毛色に黒い模様をしたぶち猫の顔を見る。


「がう」

「……なんか、俺変なことに巻き込まれてないか?」

「まあまあ。そう嘆くな。その虎はまだ神としての個に成りたてのようだし、しばらくこの旅館で預かろう。どうする、ナオ?」

「いや、懐いてるところ申し訳ないが俺は断る。正直、世話をできる気がしない……」

「そうか。じゃあ、ほかのものに――」


 一応、神らしいこのぶち猫だが、龍が言うには生まれたての赤子のようなものらしい。アイリから、荒野の真ん中で野垂れ死にそうになっていたという報告からも、自立できていない様子なのは考えるまでもない。


 しかし、俺には神とはいえ一匹の命を背負う覚悟などなく、俺の意見を聞いた龍が他の人間にぶち猫のことを任せようと考えていると――


「ミィが飼う」

「「「……え?」」」


 ぶち猫を頭にのせたミィがそう申し出た。


「お、おいミィ。一応そいつは神様だが、命を扱うってのは遊びじゃないんだぞ……?」

「わかってる」

「ちょっと待ってくれミィ。いったん考え直してもいいんじゃないか?」

「大丈夫」


 俺と龍がミィの突然の提案におどおどと慌てて説得しようとした。それほどに、今までのミィが子供っぽく、とてもじゃないがペットを飼育できるような人間ではないことを知っているからだが――


「おいおいお前ら。うちの妹をばかにしてくれんなよ。ミィならしっかりとこの子猫を育て上げて見せるぜ!」

「そゆこと」


 という彼女の兄貴の言もあり、なし崩し的に彼女がかの猫の世話をすることになった。


「よろしく。ワンフー」

「それ、猫の名前か?」

「猫じゃなくて虎。ほら見て、この凛々しい顔」

「がう」


 随分と可愛らしいぶち猫と、年齢にそぐわない小さなミィが俺の顔を可愛らしくにらみつける。おそらくはそれが彼女たちの精いっぱいの凛々しい顔なのだろう。


 ……にしても。


「あの世界は何だったんだろうな」

「帝鯨さんのプレゼントだったんですよね。何かそういう話とか聞いてないんですか?」

「いや、あんな世界のことは聞いてないな。……中身でも間違えたんだろうか。まあ、また来るとか言ってたし、次に会ったときに問い詰めればいいか」


 あの袋の中の世界に謎を残しながら、今後事故で中に入ってしまい途方にくれないようにと、あの袋は龍に引き取られて、この旅館に存在する宝物庫の中に厳重にしまわれることになったのだった。




 

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