第10話 運命
「……珍しいこともあるもんだな」
俺の話を聞いていたサトヤは、珍しく目を見開いて驚いていた。まあ確かに、いろんな世界の狭間にできたこの世界において、同じ世界の同じ国の同じ町の同い年の人間ってのは珍しいだろうな。
「ある意味運命ってやつなのかもな」
サトヤの驚きに、俺は今現在アイリにひどく嫌われていることも忘れて、運命という言葉を使って惚気ていた。
ただ、サトヤの驚きは俺の想像を超えていたようで――
「あー……そうだな。これが運命だってんなら、相当な奇跡の上に成り立ってるぞ、ナオ」
「そうなのか?」
あきれた顔をしたサトヤは、小さなため息をついた後に、行儀悪く箸を使って遠くで朝飯を食べているとある男を指した。
「あの人もお前やアイリとおんなじ日本出身だ」
「え、まじで?」
どうやら、俺やアイリ以外にも日本出身の人間がいたようだ。
サトヤの指した方をつられてみてみれば、確かにいろんな人種――中にはミィやルルのような見るからに人間ではない者――がいる中で、日本人特有の平坦な顔立ちをしていた。
珍しいこともあるものだな、と思いつつ、俺はあとであいさつにでも行こうかと考えた。
「なあ、ナオ」
「なんだ?」
「あの人、いつの時代の人間だと思う?」
「はぁ? いつの時代の人間って……そんなの……え、まじで?」
いつの時代の人間が。サトヤから下されたそんな問いに、俺は何をばかなことかと始めは笑っていたが、昨日の夜のことを思い出してその笑いは鳴りを潜めてしまった。
昨日の夜のことだ。ミィと話して寝落ちする前に、俺は元の世界の時計が狂ってしまっていたことに気づいた。
つまり……この世界と、元の世界は流れる時間が違うということに他ならない。
「あっしは違う世界だから、それがどんな世界のどの時代を指した言葉なのかは知らないが……あの人、天命六年の日本から来たんだとか」
「天命って……江戸時代じゃねぇか!」
「そういうことだ。中には、同じ世界だけど、一万年も生まれた時代に差がある奴もいる。……ここは、そういう場所だ」
「はぁー……なるほどな」
サトヤの話のおかげで、俺が抱えていたとある一つの疑問が解消された。
それは、なぜアイリがあの時――八年前、俺の前から姿を消したあの時の姿のままなのかという疑問だ。
つまり、俺は元の世界で八年の時を過ごしたが、当のアイリはここに来てから八年も過ごしていないということだ。
そういえば、ここに来た時にアイリは自分のことを従業員見習いと言っていたな。……となれば、ここで働くことになってからそう長い時間は経っていないはずだ。
ともかく。俺は、ここに来るのがまだ二十四歳の時期であったことに、心より神に感謝した。
これがもししわくちゃの爺であったら、アイリに出会ったショックだけで死んでしまっていただろう。
しかし、それなら俺のことに気づかないのも納得だ。俺だって、半年前に見たばかりの幼馴染が八年も老けていたら、気づける自信なんてない。
たとえ名前を聞いたとしても、同姓同名の人だ程度で済ませてしまう。
「しっかし、そんなに運命的な話なら、もっと絆を大切にしなさいな。運よく再会できたからとはいえ、嫌われちまったら元も子もないだろ」
「……それもそうだな」
確かに、嫌いだった人間が、実は幼馴染でしたとすり寄って来たときほど気味の悪いことはないだろう。
それに、俺は職場内の不和がどんな影響を起こすのかを、嫌というほど味わっている。
我慢をしたから改善された、なんてうまい話はない。何もしない人間を助けてくれるほど、社会というものはやさしくできていないのだ。
「ナオ。俺は職場の先輩として、そして友人としてお前に最初の大仕事を任せようと思う」
「おう、ドンと言ってくれ」
「よし、じゃあお前、アイリと仲直りをしろ」
「望むところだ」
今度こそ、俺は失敗しないために立ち上がる。前の職場とは違うのだ。これは、俺が動けば何とかなる話なのだから。
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