サイレントと弾丸
「この前の水曜日、有給取ったの」
「えっ、いつの間に」
「そんなに驚くこと?」
「いつの間にそんなホワイト企業に転職していたんです?」
「……あながち反論ができないのが悔しい」
まとまった休みを取ったのは3年ぶりくらいだ。繁忙期の合間と合間。奇跡のような9連休。でも2日に1回は仕事していた記憶がある。
「何していたんです?」
「映画館」
「浮気じゃないですか」
「だってここ新作やらないじゃない」
「古い方から消化していかないと。いつまで経っても見終わりませんから」
「いつになったら追いつくのかしら」
この世界には君と僕しか存在しなくて、お互いの気持ちだけがこの宇宙を埋め尽くしていて、けれどもそれは絵空事でしかない。知らないふりをして恋に落ちて、知らんぷりができなくなって大人になる。新海誠の初期の作品が、座席に比べて手入れの行き届いたスクリーンに映し出されている。まともに座れる椅子はもう、5つくらいしか残っていない。
「もうすぐ新作やるって言うのに」
「ジェネリック新海誠が2作品くらい先行上映されて、満を持しての新作。出来過ぎですね。『これが本物だ……』みたいな主人公みを感じる」
「ジェネリックとか失礼言うな」
「結局何見てきたんですか?」
「沈黙のパレードとブレットトレイン」
「何です、そのGLAYかラルクかみたいな。昔の小学生のけんかですか?」
「版元も分かってやったのかしら」
「方や映像化において日本で負け無しの人気作家。もう片方は実写化に恵まれませんね」
「ゴールデンスランバーと死神の精度は好きよ」
「死神の精度は別映画だったじゃないですか」
「続きを待ち望んでいた原作ファンとしては新しい物語に触れられるだけでも嬉しい」
「東野圭吾はなんであんなに優遇されてるんですかね。いやむしろなんで伊坂さんはあんなに……」
「瑛太と松田龍平を並べておけばだいたい成立するような雰囲気にぴったりの作風だからでしょう?」
「格好の標的ってことですか? てか、アヒルと鴨だけじゃないですか」
「大丈夫、ほかも脳内変換できる」
残り全部バケーションとか、いける。
「結構ファンだったりしてます?」
「デビュー作以外読み漁った。東野圭吾が隆盛を極めるなか、私はいつも少数派だったし、みんなはGLAYの話で盛り上がっていたわ」
「ラルク派だったんですね」
「どっちも聞くけれど、強いてお金を出すなら、ね」
「空さんって、こてこての日本人ですね」
「どういう意味?」
「エルレガーデンでさえ新譜を出しているのに、空さんの好きなアーティストは」
「判官贔屓って言いたいわけ?」
「まあ私は百鬼夜行シリーズをひっくり返しながら『背表紙でも立つなこの本』とかやっていたわけですが」
「勝ち負けどころか、那須与一みたいなふっわふわの立場ね」
「白黒つけるの、嫌いなんです」
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