雁字搦めにする鎖の温ささえ拠り所にして
「家に帰りたいって、常に思うのよね」
「ホームシックってやつですか?」
「いや家にいても思う。残業で帰ってきて一息ついて『家に帰りてぇ』って思う。今家にいるのに」
「ただのワーカーホリックでしたか」
「そこまで立派じゃない。常に働きたくないとは思っている……」
「何が違うんです?」
「あれは仕事に身を進んで捧げている。私は嫌々捧げている」
お仕事系映画は、現実に働くようになってから見れなくなった。嘘っぽく見える、のではなく、どこかでもう少し頑張れたら私もああキラキラしていたのかな、と。嫉妬して、惨めになるのだ。
「懐郷病の治し方って知ってます?」
「実家に帰ること」
「でも私たちみたいに、帰る場所。家って確かに言える場所がなかったら? あったかもしれない風景を探し続けて、あてもなく彷徨うしかないんですかね」
「ですかね、って言われても」
「だって川面が煌めいて遠い空に入道雲が聳え立っている夏休みとか、両片思いの子と他愛もないふりしながら話す放課後の教室とか、家族4人が鍋を囲んで今日あったこととか明日のお出かけのことを話す夕食とか。画面の向こうでしか見たことのない世界に『返りたい』って、思ってる」
「でも、なかったなら巻き戻しも何もないでしょ。行くんじゃない?」
「そうなんです。私たちのホームシックは帰るのではなく行くことが特効薬なのです」
その行くまでが。
「心折れるんですよね」
「蜃気楼みたいに、まざまざと見せつけられて夢と現実のギャップに死ぬ」
「どうすればいいんですかね」
「……主人公に思いを託す」
「夢を追ってる系の話も苦手なんですけどねぇ」
「あなたって結構雑食だけど、好みあったの?」
「真剣にバカをやっている系が好きです」
ないものねだりかな、と口に出すのはやめておいた。諸刃の剣だ。
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