昔の好物はふとした時に食べると幸せになったりする

「生八ツ橋のほうが後輩なのに主役面してるの、ハツ橋がかわいそうだ」

京都出張の土産を開けるなり、ミコがぼやいた。

「でも、八ツ橋といえばこっちの柔らかい方って思っている人多くない? 私もこっちが好き」

一つ摘んで、口に放り込む。あるんだかないんだが、どっちつかずな感触が広がる。

「そうやって信仰が奪われていくんだ。八ツ橋の神様も泣いている」

「八ツ橋にも神様がいるの?」

「人に思われる万物全てには神が宿る。言葉の力、思いの力。言霊ってすごいんだ。だからこそ、こうやって忘れられていくと弱っていって、いずれいなくなってしまう」

「もしいなくなったら?」

「どうもならない。ただやり直すだけ。でもリセットって悲しいんだぞ」

「いつも泣きながらボタンを押してるものね」

テレビの前に無惨に転がるゲーム機を見やる。赤青黒白、色とりどりに揃えたものだ。

「あれは相手が悪い」みこが頬を膨らました。「人が好きなものをずっと好きでいてくれればいいのにな」

「あかりだ」

「あれは奇人だよ。普通、何かを新しく好きになったら、それまで好きだったものはどこかに追いやられる。忘れられるまではないとしても、思い出の箱に入れて、たまに見返すくらい。それだけでもうれしいけど、やっぱり寂しい」

「それは、部屋を片付けない言い訳かしら」

「みこは全ての付喪神を救いたい」

「あかりの影響ね」

「でも、しまっちゃうと忘れちゃうだろ!」

「私はずっと覚えてるけれど。あの本はそこの戸棚にしまってあるし、コロッケはたまに食べたくなる」

「そういえば、あの約束は覚えているか?」

「約束?」

「配信機材!」

この自称狐の神様は、居候のタダ飯くらいの分際で、一丁前にも動画配信者になりたいと、先週私に宣言したのだ。

「今はアバターとかで動物とか物とか、分身を使うのが当たり前なのだろ? みこがそのまま出てもおかしくない。そしてそのまま人気を集め、グレードアップを目指すのだ!」

「そう簡単に受け入れてもらえるとは思えないんだけど」

「そんなことない。みこたちの姿はみんながそうあれと願った形の集合だ。こうあって欲しいと思われてこうなったんだから、理想の姿だろう?」

「この場合は……特殊なんじゃない?」

幼い女の子を姿をした、頭から狐耳が生えている存在。特定層の汗と涙の結晶と思うと、思いの力とやらのすごさにちょっと引く。

「理想は理想のままにしてあげたほうがいいんじゃないかな」

「どうして? 思い続けたものがその通りに見つかったら、うれしいだろ」

「そんなことはあり得ない。みんながみんな、正確にイメージできるわけじゃない。常に頭の中の最良が現実の一歩先をいく。だったら答え合わせはしないで、こうだったらいいなを考え続けていたほうが幸せだと思う」

「いやでも……」

「本当の理由をあげなさい」

「スパチャで新しいゲーム買いたい」

お賽銭を使い込む、碌でもない神様だ。

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