最終章 NZ

傾ける者NZ

「僕の名前は……『偶然』だよ」


 え??

 いま、何て言った?



「偶然さ、僕が、僕こそが『偶然』だ。君が誰よりも憎んだのが、僕だよ」



 俺は、高橋敬一はそう言った。

 ウーパールーパーみたいな可愛げの無い顔で、そう言ったのだ。


 パチンと指を弾く、音はスカスカで姿勢も悪い。格好付けてるのに格好悪い。

 まさしく俺だ。指を鳴らすのは何時だって意味の無い格好付け。


 だけど、今回に限って、効果は劇的だった。



「なに、ここ……」



 世界は瞬時に暗転した。


 隕石に混乱するグラウンドも、耐震工事で不格好に補強された校舎も、全て一瞬で消え去った。


「何? 何なの?」


 どんな光も、魔法も、気配すら感じられない闇の世界。

 神になった私に、観測出来ないモノなんて無いはずなのに、何も感じることが出来なくなった。


 今まで感じていた、無敵とも思える全能感なんて一瞬で吹き飛んだ。宇宙だろうが、灼熱の星のコアの中だろうが、私は無敵だった。


 なのに、ココでは何も感じない。

 完全な、虚無。


「なんで? なんで?」


 人間だった時も、暗闇は恐かった。

 音がない地下も、味覚をなくした時も恐かった。


 だけど、神に至った今だからこそ、何も感じぬ世界がなにより恐ろしい。


 この世界から私以外の全てが消えてしまったみたいだった。置き去りにされたみたいだった。

 これは、これこそが、世界のバグ? ゲームの中でポリゴンの隙間から下へ下へ落ちていくみたいな感覚、喪失感だけが体の中をグルグルと巡る。


 ほんの数秒、たった数秒で、私は発狂しそうになっていた。


落ち着くんじゃ。

「ヒッ」


 腕を、掴まれた!

 パニックになって、引き剥がそうとして、気が付いた。


「アイオーン?」

さよう。


 神だ。爺さんの姿で私の腕を掴んでいた。


「なんで? いつの間に?」

気が付けば、この姿だった。ココでは嘘がつけないらしい。自分が自分だと思う姿になる、形のある姿を強制される。私が存在を保てたのは、お主に見せていた爺の姿があったからだ。そうで無ければ、この空間でワシは消えていただろう。

「そんな、じゃあ、私は?」


 今の私は、自分で好きに調整した姿だ。ニセモノの姿と言っても過言じゃない。ひょっとして今の私は高橋敬一の姿に?


そうではないようじゃ、お主はお主のまま。よほどその姿が馴染んだらしい。

「そっか……」


 良かった。


 素直に、そう思った。


 もう高橋敬一の自分より、ユマ姫みたいな自分で居たい。

 なんだか、そんな自分がおかしく思えた。


「ねぇ、ココがどこだか解る?」

いや、サッパリじゃ。でも、まさか……。

「何か知ってるの?」


 私は必死に神へと縋る。ココは全く意味が解らない場所だから。


 神の力で転移しようにも、座標も何も解らない。適当に転移しようとしたら、無限に広がる世界の中で、私はきっと消えてしまうだろう。

 全く意味不明な世界、だけどアイオーンは何かに思い至った様だ。


そうじゃ! ここは、ひょっとして!

「ようこそ、Nの世界へ」


 爺さんの言葉を遮る様に、馬鹿っぽい声がした。俺の声だ。

 俺は、高らかに唄う。


「初めまして、私。

 初めまして、ユマ×クロスセレナーデ」

「ッ!」


 他人に、いや自分に。改めて呼ばれてしまうと、あまりにも恥ずかしい名前だった。


……だから言ったのだ。

「黙って下さい」

「そうさ、君はオーディエンス、黙っていてよ」

「えっ?」


 俺は、高橋敬一はそう言うと、アイオーンを物言わぬ小さなウサギに変えてしまった。

 コチラの意志をまるで無視して。


「少女と変なお爺さんじゃ、まるで援助交際みたいだしね」


 私と同じ思考。あり得ないシンクロ。


 紛れも無く、コレは俺だ。

 でも、俺に、高橋敬一にこんな事が出来るハズがない!


「アナタは、一体??」

≪さっき言いましたよ?≫

「ッ!??」


 コイツ! 知っている。

 惑星になった俺が、ユマ姫をからかって言ったセリフ。オウム返しにしたセリフ。

 それを、更にコイツに返された。魔力波で、返された!

 俺が何をして、どうやってここに来たのかもコイツは全て知っている。


 だったらコイツは、紛れも無く。高橋敬一じゃない!

 断じて俺にそんな力は無かった。


「果たして、そうかな?」

「なにを?」

「本当に、高橋敬一には何の力も無かったのか?」

「そんなの!」


 一番私がよく知っている。俺は何の力も無い、不運なだけの中学生だった。


「本当に?」

「…………」

「不運どころか、高橋敬一は誰よりもツイている中学生じゃんか」

「え?」


 俺がツイている?


「そうだよ、俺はツイてる。欲しいモノは何でも手に入った。絶対に外れたくないってハガキを出して、抽選で手に入れたモノが部屋に幾つもあるだろう?」

「それは……そうかも?」

「そうさ、大好きだった漫画のサイン本も、エロゲーの限定版も、割と都合よく揃っただろう?」


 そうだ、ここぞという時、欲しいモノは大体手に入った。手に入らなかったのは、なくても良いかと思ったモノだけ。


「でも、俺は、高橋敬一は何度も死に掛けて」

「それはただバランスを取っただけ。実際には死ななかったしね」

「バランス?」

「別にバランスなんて取る必要なかったけどね、でも無意識に俺はそれを望んだ。自分はついてるだけの男だって思いたくなかったんじゃないかな? むしろツイてないなと自嘲したかった」

「…………」


 そうかも、知れない。

 俺は、ゲームでも適当に運だけでクリアするのが嫌いだった。実力で攻略した達成感を欲していた。


「だから、僕は君の中にずっと居たのさ。僕は『偶然』そのもの、ずっと君の傍に居た。君がユマ姫に手渡した奇蹟。アレだって僕の一部」

「そんな!」


 僕? 僕とは? 俺の中に僕が居た? なんだ、それ。


 自分でもよく解っていなかった力。

 ユマ姫に渡した奇蹟。


 アレがコイツの欠片だった?

 運命を破壊して、神すらも欺いたのはコイツだったのか!


「アナタは、一体?」


 俺の中に居たコイツの正体は、神を越えるコイツはなんなのか?

 私はその本質が知りたい。


「……そうだなぁ、説明すると少し長くなるけど良い?」

「ええ」

「じゃあ、座ろうか」


 途端に世界が一変した。

 黒から白へ。真っ白な空間は神の領域に近い。


 でも違う、今なら解る。

 あそこよりずっと広い。無限に広い。


 そんな中で、目の前の高橋は椅子に座った。教室にある、パイプと合板で出来た簡素な椅子だ。

 中学生の俺に、よく似合っている。


「でも、君にこの椅子は似合わないね」


 気が付けば、私はふかふかのソファーに腰を下ろしていた。

 柔らかくて、肌触りは滑らか。なのにどうやっても壊せない、壊せないのだと解ってしまう。


 神に近付いた私にして、どうやって出来ているのか解らない。

 でも、そうだ、ここまで来たら腹を括る!


「あら素敵、ところでお茶のひとつも出して下さらないのかしら?」

「コレは失礼」


 俺はニチャリと粘つく苦笑を浮かべ、ユマ姫時代に愛用したティーセットを現出させる。目の前に、突然に、何の感知もさせないままに!


 やはり、格が違う。


 目の前で、ポットが浮かんでひとりでにお茶が入った。震える手でカップを掴む、味だって同じだ。

 私はそこに、シノニムさんの幻影を見る。彼女のお茶の淹れ方を完璧に再現している。


 だからそう、このお茶を飲むと何時だって私は落ち着けるのだ。


「それで、私にも解るように説明してくださるのかしら?」


 艶然と微笑みを浮かべると、俺は、高橋敬一は、まぬけ面で少し見とれたように顔を赤くした。


 そうだ、神の力なんて所詮は借り物。

 私はユマ姫として、最強の美少女として生きて来た。その時間だけが私の力!

 私は少しだけ自分を取り返した。


「僕が何者かって話だよね?」

「そうです、教えて下さいますか?」

「いいよ、僕は君が言うところの『偶然』。だけど自分ではこう名乗っているんだ

『NZ』ってね。意味解る?」


 私は静かに首を横に振る。


「いいえ、解らないわ。今からソレを教えてくれるのでしょう?」

「じゃあ、説明するよ」

「ええ、お願い」


 俺による、『僕』のNZの解説が始まった。


 教室みたいな黒板が現れる。これは学校のつもりか? そうなると豪華なソファーも、私の格好もアウェーに感じる。

 居心地の悪い思いをしていると、俺が笑顔で私に尋ねた。


「ねぇ、ユマちゃんは世界がどうやって始まったと思う?」

「ユマちゃん?」


 自分に私をそう呼ばれると気持ちが悪い。


「じゃあ、何て呼べば良い?」

「そう言われても」


 よく解らない。どう呼ばれても違和感がある気がする。


「まぁいいや、『君』は世界の始まりをどう考える?」

「いえ、そんなの」


 コレだって、解るハズが無い。


「僕が知りうる最初の世界は、ドコまでもフラットだった。ドコまでも直線で、ドコまでもムラがない世界だった。ちょうどここみたいにね」

「ここみたいな?」


 ここは本当に何もない、何もないから自分のありようも定まらない。


「僕は気が付くと、そんな世界に一人で居たんだ。僕は僕がどうやって生まれたのか、実はそれは僕にだって解らない」

「……それって?」

「どこまでも真っ平らで何もない世界なんだ、本当にここみたいな感じ」


 俺は、高橋は、黒板に図を書いた。


 Nと書いてからひたすら長い横棒を一本だけ。





 ――――――――N――――――――





「コレが、フラットな世界。ドコまでも真っ直ぐな世界。コレをニュートラル、僕はNの世界と呼んでいる。Nは何もなくて本当につまらない。こんな所に居れば、すぐに発狂してしまうよ」


 覚えがある。

 私だって、さっき数秒で気が狂いそうになったから。


「だから、僕が何かと問われれば、この世の全てが狂った僕の妄想かも知れないし、何もない世界で狂った果てに、誰かが僕を生み出したのかもって思うんだ」

「そんな話は良いから、続けて下さい」

「ふぅん、まぁ解ったよ」


 僕はつまらなそうに口を尖らせた。

 チラチラとコチラを盗み見ている。


 やはり、コイツは私の反応が気になるのだ。きっと私が好きなのだ。今の私ならそれが解る。

 でも、どうしてだろう? 神を遙かに超える力を持ちながら。私に?

 NZの話は続く。


「まぁ、良いや。とにかく僕は退屈だった。狂いそうだった、既に狂っていたかも知れない。だから世界を傾けた」

「え?」


 次に、コイツはさっきの図を傾けた。横棒が縦棒に、そして……


     |

     |

     |

     |

     Z

     |

     |

     |

     |


「NがZに?」

「そう、だから僕は言うならばNZ、そう思ってる」


 ソレが、コイツの正体? でも、意味が解らない。


「まぁ、本当は垂直に傾けたワケじゃないんだ。でも、無限に広がるNの世界。1度傾けるのも、90度傾けるのも違いはない。無限に長い棒が少しでも傾けば、それだけで高い所は無限に高くなるし、低いところは無限に低くなる」

「そ、そうね」


 解る、解る気がする。

 コレはその位途方もない世界の話だ。


「でさ、位置エネルギーっての解る? 無限に高い所と無限に低い所が出来たって事は、無限の位置エネルギーを持つ所と、無限の負の位置エネルギーをもつ場所が出来たって事なんだ」

「待って? ちょっと」


 意味が、解らない!

 無限の位置エネルギー?


「いや、実際に位置エネルギーがあるワケじゃないよ? 重力なんてない世界だ。でも近いモノはある。フラットな世界が傾くとエネルギーのムラはとんでもない事になる。途轍もなくエネルギーを抱える所はドコまでも高エネルギーになり、途轍もなくエネルギーが奪われた所は負のエネルギーが充満する」

「負の、エネルギー?」

「そう、熱いところがあれば寒いところがあるように。負のエネルギーと言う概念がある。こちら側の世界では決して観測出来ないけどね」



 意味が、解らない!!

 神に近付いた私でも、コイツの言葉が理解出来ない。



「仕方無いよ。本質的に理解わかってしまったら。もし、こちら側から負のエネルギーを観測してしまったら、君は消えてしまうからね。だってコッチはあらゆる全てが正のエネルギーから成り立っているんだもん」

「????」



 解らない。でも、何か不思議と飲み込めた。



「それで? どう言う事なの?」

「そうそう、こんなのは何となくで良いんだよ」


 俺は、高橋は満足そうに頷いて、続けた。


「でね? 無限にエネルギーを煮詰めると、どうなると思う?」

「え、それは……」


 不定形なエネルギーが圧縮されて、固まって、そうすると?

 私はその答えを知っていた。新米の神様だけど、既に実践していたからだ。


「エネルギーが固まって、物質になる?」

「そうだ、そうやって君も星がひとつ死んで生まれるような超エネルギーから、小さな衣装を作ったよね?」


 そうだ、私は「ただ、在れ」と、エネルギーを固めるだけで衣装を作った。


 巨大な星がひとつ砕けるような、無尽蔵のエネルギーを注いで、魔法少女の小さな小さな衣装を作った。


「そうさ、上へ上へと高まって、行き詰まった無限のエネルギーはやがて物質になる。それも左右真っ二つに。プラス物質とマイナス物質に分離するんだ」


「マイナス物質???」


 なに、それ?


「厳密には正エネルギー属性のプラス物質と、正エネルギー属性のマイナス物質だね」

「正エネルギーのマイナス物質????」


 正なのか、負なのか?

 もはや意味がわからない。


 NZは黒板に追記する。






 正属性の物質

  -物質⇔+物質

     |

     |

     |

     Z

     |

     |

     |

  +物質⇔-物質

 負属性の物質







 いよいよ意味が、解らない。


 図を見ると下には、負属性の正物質と反物質まである。


「上が正で、下が負? 右が+で左が-、かと思えば下側は、プラスとマイナスの向きが逆じゃありません? 右側が-物質になってるけど」

「コレであってるんだ。負の世界は全てが対称になるからさ」


 そうなのか? 頭がおかしくなりそうだ。


「正属性のマイナス物質は不思議な存在だ。解ってるだろ? 君は既にソレを見たハズだ、だって、エネルギーから物質を作ったら残りカスが出来るはずだから」

「…………そういえば」


 私は、無から魔法少女の衣装を作った。

 星が壊れるほどのエネルギーを固めて、500グラムばかりの衣装を作った。


 すると、同じだけ、500グラムのゴミが生まれた。


 ――いや、500グラムの爆弾だった。


 この爆弾は不安定で。すぐにエネルギーに戻ってしまう。

 破壊をもたらすゴミだった。


 星が壊れるほどのエネルギー。そっくり全てを秘めていた。


 半分ではなく、全て。


 エネルギーを煮詰めて、500グラムの衣装を作ると。500グラムのゴミが出来る。

 そのゴミを、それこそホンモノのゴミ。その辺の生ゴミにぶつけると、生ゴミと対消滅して、500グラム分のエネルギーに戻る。



「それこそがマイナス物質だよ」

「反物質……」



 私は、ずっと昔から、そんな存在を知っている気がする。

 SFかどこかで聞いたような。


「まぁいいや、とにかく煮詰まったエネルギーは物質に変わる。でも、知っての通り+の物質と-の物質はぶつかると対消滅して、またエネルギーに戻ってしまうんだ。グルグルグルグル。コレじゃ全く面白く無い」



 エネルギーから二つの物質が生まれ、二つの物質がぶつかるとまたエネルギーに還る。無限ループみたいな地獄の世界だ。


 きっと神様だって数秒で消えてしまうだろう。そんな世界があるのだと、何となく理解出来た。出来てしまった。


 私はゴクリとツバを飲み込む。


「それで?」

「それでも何も、そんな世界、まるで面白くないだろう?」


 確かにそうだ。一生爆発し続ける世界が面白いハズがない。


「だから、僕はまた世界を傾けた」








       /

      /

    /|

   / |

 _/  _|

<     Z

 _\  _|

   \ |

    \|

      \

       \






「え?」


 なにこれ……こんなの、コレって?


 左側がくっついた。

 90度右に傾いた∀みたいになった。


「見ての通り! 傾いた世界で、正のエネルギーの-物質と、負のエネルギーの+物質がくっついたのさ」

「そうすると、Nになる?」

「そう、だって+物質と-物質が対消滅して、生み出された正のエネルギーと負のエネルギーも対消滅して、全てが完全に消滅する。Nに戻るんだ」


 そんな、事が?

 そんな事があるのだろうか?


「あるんだよ、あるからこそ、残された正の+物質と負の-物質が拡散し、世界は拡大していった。それこそが君らが言うところのビッグバン」


「途方もない話ですね……」


 私はティーカップを引き寄せて、グッと飲み干した。

 頭がおかしくなりそうだったから。


 だとしたら、そうだ、目の前にいるコイツは……。


「つまり、アナタが世界も私も、ゼロから作ったと、そう言う事ですね?」

「うーん?」


 しかし、俺は、目の前のコイツは、何故だか悩み出した。

 なんでだろう? だって何もなかった虚無のNからエネルギーを生み出して、物質を作り出したのがコイツなのだろう?

 だったら、コイツこそが全ての生みの親。全ての元凶。


「いや、直接的には、そうでも無いかなって」

「それは?」

「君は、神ってヤツはどんな存在だと思う? そこの小動物がさ」

「え?」


 思わず見つめる。アイオーン神は子ウサギになり果てて、豪華なソファーの肘掛けに座り込んで、悲しそうにコチラを見ていた。


 どうも、喋れないだけで知能はあるっぽい。


「えと……」

「地球よりも、ずっと原初のエネルギーに近い存在なのさ、コイツらはね」


 NZは図の右上に、『神』と書く。




        <神>

       /

      /

    /|

   / |

 _/  _|

<     Z

 _\  _|

   \ |

    \|

      \

       \




「世界のこの辺で、コイツらは生まれた」

「+物質で?」

「いや、+物質とエネルギーが混じった、意識エネルギー体。それが『神』だ」

「意識エネルギー体……」


 解る気がした。


 神に近付いた時。

 私の意識が膨大な魔力と紐付いたのだ。

 それこそ、星を壊したり作ったり出来る程の無限のエネルギーを意識一つで制御出来る。

 それが、神。


「で?」


 NZは黒板をコツコツと叩く。


「地球はこの図で言うと、ドコにあると思う?」

「それは……」


 手渡されたチョークを持って、黒板の前に立つ。


 きっとこの辺だ。

 神よりもずっと右上。


 エネルギーから遥か遠い場所、地球と書く。



          <地球>

          /

        /

       /

    <神>

   /

  /

/|




 そして、恐らく惑星ザイアは地球と神との中間にあるのだ。

 ザイアは巨大な魔力を秘めていたのだから。


 自信満々の回答。


 なのに、NZは私の回答に大きく×をつけた。



「はい、赤点! 落第でーす」

「なんで?」


 神よりも、ずっとエネルギーから遠い場所のハズ。

 なのにココではない?


「なぁ、オマエは知ってるだろ? 教えてやれよ。地球がある場所をさ」


 NZがそう言うと、ピョンとウサギが……アイオーンが跳ねた。


 差し出した黒板の上、ある一点を差した。悲しそうに。


「そ、そこは??」

「そう、地球があるのは、ココだ!」




        <神>

        /

       /

     /|

    / |

  _/_  |

地球    Z

  _\_  |

    \ |

     \|

       \

        \




 左端!!??


 生と負が、+と-が相殺し、全てが虚無に還る。

 小さきN!



「そうだよ! コイツらは次元を越えて世界の果てに、小さなNまで辿り着いた。世界の欠片を手に入れてしまった」

「世界の欠片?」

「そうだ、Nから全てが始まったなら、Nから全てを作る事だって出来る。世界そのものを!! ちなみに、ザイアも地球もこの図では同じ場所。左端のNだよ、二つの惑星の差なんて無いも同じさ! どちらも神がでっち上げた世界なんだから!」

「なんで、そんな事」

「そんな事?」


 俺は、NZ高橋はきょとんとしている。


「だから、コイツらは君達の神様なんだよ、好き勝手出来る世界を手に入れた。正真正銘君達の生みの親さ」

「そんな」


 小さきNを箱庭にして。

 神はそうやって、地球や、異世界を作った?


「なんでそんな事を?」


 私は子ウサギに向き直る、でもアイオーンは俯くばかりで何も言わない。


 そう言えば、神は完全に制御可能な世界を欲していた。でも、どうしてそんな世界が欲しいのか? それは全く説明して貰っていない。

 神は世界を管理するのが当たり前だと、そう思わされていた。


 だけど、わざわざ世界の欠片を拾って、世界を作っていたとすれば話は全く変わってくる。

 アイオーンは答えない、喋る事を忘れたみたいだ。話せないように作り替えられてしまった。


 代わりとばかり、あざける声で俺が笑った。


「コイツらは知りたかったんだよ」

「知りたかった? なにを?」

「なにって、人間だってそうだろ? 猿から人間がどうやって生まれたのか、ミッシングリングを探している。自分のルーツを欲している。コイツらだって、そうだ」

「え?」

「どうして、世界にエネルギーが生まれたのか、それを知りたかったんだ」

「そんなの……」


 解るハズが無い。

 だってコイツが、NZが世界を傾けていたんだから。


「そうだよ! 小さなNを手に入れたコイツらは、どうしたら世界にエネルギーが生まれるかひたすらに観察した。でも、Nから勝手にエネルギーが生まれるハズが無い。何もないNを観察して、ひたすらにヤキモキしていた。外からエネルギーを注入して、歪んだ世界を作ったりもした。それでも世界誕生の切っ掛けが解らず困り果てていた。そうだ、僕が傾けないと世界は生まれない」


 NZが笑って、ウサギであるアイオーンを摘まんで、ポイッと投げ捨てる。


「だから僕がコイツらが持ち帰ったNも、こっそりと傾けてあげたんだ。そしたらコイツら驚くのなんのって、どうして世界にエネルギーが生まれたのか必死に研究を始めたさ。でも理由が解らない。解るハズが無い」


 酷いイタズラだ。


 スーパーで買ってきた卵を子供に散々温めさせて、こっそり有精卵にすり替えてしまうようなもの。

 何も知らない子供は、温めた卵からヒヨコが生まれたと大喜び。

 それがイタズラだとも知らずに。


「良いたとえだね、そうさ、その通り。」


 NZはゲラゲラと笑う。


「でも、もっとヤツらは滑稽さ。ヤツらは考えたのさ、コレが世界の成り立ちだと。この謎を解明すれば、制御がとれた完全な世界をつくって、時間を巻き戻して世界の始まりを観測すれば、世界の成り立ちの秘密が解るんじゃないかってな」


 その為に、それだけのために、ザイアを作り、地球を作り。

 果てしない実験を繰り返したのか……


 神は一体どれほどの世界を創造したのだろう?


「僕はね、面白がってそれを見ていた。色々な世界が泡のように生まれては消える。こんなに愉しい事はない。誇って良いよ。僕が自分で作るよりも、神の方がよっぽど世界の作り方が上手かった。僕は毎日、新しい世界を見つめて過ごすようになった」


 それで、そうやって神様をからかっていたのか。


「ソコで見つけたんだ、ドコまでも虚無に、何がしたいでもなく毎日を暮らしている人間を」

「??? それって、まさか?」

「僕だよ、そして君だ。高橋敬一を見つけたんだ」


 なんで、そこで、『俺』が出てくる?


「シンパシーを感じたんだ、だから僕は俺になった」


 だから、俺は欲しいモノは何でも手に入れていた?

 ツイてないんじゃない。ツキ過ぎていた?


「平和な世界、ちょっとした幸せ。普通過ぎる俺は、そんなので喜んでいる。でも、それこそが宝物。僕が見たかった、感じたかった世界の全て。だからこそ、僕は俺に欲しいモノを何でも用意したさ」


 小市民な俺は、神を越える力でちょっとした幸せを噛み締めていたのか。

 そうして、愉しい時間を過ごしてきた。何でも思う通りだったに違いない。実際に、あの時の俺は幸せだった。


 でも、だとすると、何でだ?


 何で私は、ユマ姫になって、アレだけの苦労をさせられた?

 俺は、それとも私は、可愛い女の子に成りたかったのか?


 違う、中学生の俺は性同一性障害ではなかった。TSモノの小説は読んだけど、取り立てて、女の子になりたかったワケじゃない。


 じゃあ、なんで???


 疑問に思っていると、目の前の高橋は呆れた様に肩を竦める。


「でもね……たったひとつだけ、どうやっても用意出来ないモノがあった」

「え?」


 神を越える力をもってして、あらゆる確率を傾けて偏らせ、それでも叶えられない俺の願いって、何だ?


 俺は、高橋敬一はそんな大それた願いなんて無かったハズだ。


「そうでもないさ、君は神をも匙を投げる奇蹟を望んだ」

「それは、どんな望みです?」


 そう聞けば、NZはどうにも言いたくないらしい。

 ただボリボリと頭を掻きむしる。


 それでも最後には、降参とばかり、言葉を絞り出す。勿体ぶって口を開いた。

 それは余りにも下らない願いだった。


「彼女だよ、俺が望んだのは彼女だった」

「ハァ?」


 それの、どこが! 神をも匙を投げる奇蹟の望みだよ!

 男子中学生として、めちゃめちゃ平凡な望みだろうが!


「違うだろうが! 胸に手を当てて思いだしてみろ」

「え?」


 思わず、自分の胸に触れる。確かな柔らかさ。丁度良いサイズ。


「それも望みのひとつだ。完璧なサイズ、完璧な形。普通ではあり得ない」


 私の自慢の胸である。そういう風に育ってくれた。これこそが私だと思える。


「それだけならまだ、何とでもなった。でもさ、無理だろ? エルフでピンクの髪で、猫耳、しっぽ、最強の力をもつ魔法少女で、痛くされるのも嫌いじゃない。自分だけを愛してくれる女の子。こんなのは無理だ、何度世界を作り、滅ぼしても、こんなのが偶然出来上がるなんて無理がある」


 中学生の妄想の塊だ。理想の彼女。アニメみたいなキャラクター。


「…………」


 私は言葉をなくした。不格好な自分の妄想を突き付けられたみたいであった。


「どこまでも都合が良い、自分好みの女の子! どうやっても作れないなら、自分でなって貰えば良い。それでしか絶対に作れない!」

「えっ?」



 まさか、そうなのか?



 不幸に巻き込まれて『偶然』に立ち向かうために、同情をかうために女の子になったつもりだった。誰からも愛される、理想の女の子を演じてきた。


 でも、違った。


 理想の女の子になるために、私は転生させられた。

 理想の女の子になるために、私は不幸になっていた。



 一万回、十五歳にならずに死んだ?


 全部、嘘っぱちだ!

 後から因果を調整して「そうであった世界」に構成しなおす位、コイツには何でもない。



 はじめから、逆だった。

 目的と、手段が!


「それに、君は望んで居たはずだ。異世界に転生して大冒険」

「そん……な」

「君はお手軽チートを貰って、悠々自適の異世界冒険なんて物語は嫌いだったハズだ、本当の冒険を求めていた」


 確かに、そうだ。お手軽チートで好き勝手に暴れる主人公が私は嫌いだったのだ。


「それでいて、君は不安だった。誰も居ない異世界で自分なんかが活躍出来るだろうかと悩んでいた。頼もしい味方が欲しかった」

「まさか……まさか!」

「そうだよ、だから君は、友達と異世界で大冒険する世界を望んでいた」


 そんな、まさか、全部、全部、私が犯人だった?

 私が望んで皆を巻き込んだ?


「違うさ、君に巻き込まれたなんてモンじゃない。あんな異世界なんてのは、君が望んだ事で初めて存在しえた舞台なんだ。アレだって僕が、そう在れと作ったモノに過ぎない。因果を弄って生まれた存在。ソコの神は、そんな事は夢にも思っていなかったけどね」


 神すらも、全てがコイツの手の平の上だった?


 全ての因果律をコイツが制御していた?


 でも、私は私で、自由に勝手に行動していた。そうでなければ意味が無いからだ、誰かに操られるだけの女の子なんて俺は好きじゃないから。自分から理想の女の子を演じていた。


 だとしたら疑問がある。もし、私が異世界で間違いを犯したら?

 聞くのが恐い。でも、聞くしか無い。


「私を異世界に送り込んで、もし私が他の男と結婚したら、エッ!……な事したらアナタはどうするつもりだったんですか!」


 俺は、高橋敬一は処女厨でもあった。

 経験済みの女の子は理想じゃないハズだ。


 一方で、実のところ女の子になった私はエッチな事にも興味津々だったのだ。


 自分で言うのもアレだけど、私はガードの緩い女だった。一歩間違えばあやまちも起こり得た。


 そうでなくとも、異世界の治安の悪さで私が犯されてしまったら、コイツはどうするつもりだったのか? それこそ黒峰さんみたいに。


「そりゃさ、因果律は調整した。そう言う人間は死ぬ運命だ」


 やっぱり、ボルドー王子が死んだのも私のせい……。


「もちろんそれだけじゃない。不安だからって呼び寄せた親友だって、一歩間違えば間違いを犯す可能性があった。どう調整したって、間違いが起こる可能性は幾らでもある」


 まさか、いざとなったら田中や木村も殺そうと?


「いいや、アイツらなんて確率を弄れば、いつだって簡単に殺せるよ。だけどさ、世界をやり直すには君を殺さないとならないだろ? むしろそっちが難しかった」

「???」

「ハハッ! 知らないか! 知らないよな! 無理もない、コレまでずっと、危機一髪のギリギリを上手いこと切り抜けたつもりで居たか? 違う! 危機一髪で切り抜けた君だけが残された! 何万人、いや何億人もの君が失敗作として死んでいる。おめでとう、君こそが完成品、君だけが辿り着いた。一億分の一の最高傑作だ!」


 ……俺が、私が、死んでいる? 神の力をもってすれば、何回でもサイコロを振れるのと同じ。コイツもただひたすらにサイコロを振り続けたのだ。敢えて危険な世界にぶち込んで。


 私が、ギリギリの大冒険を望んだから? スリルの在る展開を望んだから? ちょっとした恋愛要素もあれば良いなって思ったから? それが一億回も?


 そんなのって!


「間違いが起こる度。僕は世界をリセットした。トリガーは君さ! ただ君が死ぬだけで最初からやり直すルールになっている。リセマラさ、SSRが出るまで引き直した。ループの片鱗は君だって感じたハズだ。あの二周目はそれの応用に過ぎない」

「アレも、本当のユマ姫に交代したあれも、アナタが仕込んだルールを利用した変則技だった??」

「そうさ! その通り。どうしても困ったのは君が強くなり過ぎて、その上で田中や木村あたりとヤッちまった時だな、無敵の化け物になってしまうルートだよ、コレが一番恐かった」

「えぇ……」


 考えたくないが、実はひょっとしてギリギリだったかも?


 凶化して意識をなくした俺が、アイツらを強引に犯したり殺したりする? 人間らしさも失って?

 あり得ない可能性じゃない。いや、良く考えたら人間で居られたのが奇蹟。


「そうなると、もう誰も君を殺せない、世界がリセット出来なくなってしまう。その為に僕はリセットボタンも用意した」


 ……そうか、やっと解った。

 その為に、彼女が居たんだ。


「それが、ネルネ!」

「そうさ! おかしいと気付いていたかな? 彼女は僕が君を殺す為に用意したスイッチだ。理想の君をつくるのに失敗したら、彼女が君を殺してリセットする。その為の力を持たせた」


 そう言えば、何かとネルネは私を殺そうとしてきた。

 そういう風に作られていた?


 そんな! 全部、全部が、作られたモノだった?

 今までの冒険は、私の頑張りは?


「そりゃあ、君が俺の彼女になるためさ」


 そんな事のために!


「嫌かな?」

「当たり前でしょう!」


 自分なのに、私は俺が高橋敬一の姿が心底気持ち悪い。

 じんましんが出るほど悍ましい。


「そうかな? 本当に?」


 ウーパールーパーみたいな間抜け面しやがって、気持ち悪い。

 いや、なんでだ? コレだっておかしい。あんなナリでも、過去の自分だ、こんなに嫌いなのがあり得ない。


 そして、嫌いなハズなのに、どこか惹かれてしまう!!!


 何だコレ、なんで? なんでそうなる? これじゃツンデレヒロインみたいじゃないか。


「君は、そうやって出来ている」


 私は、どこまでも、都合の良い存在?


「なぁ、俺達付き合わないか?」

「ふざけるな! なにを、なんで?」


 テンプレみたいな告白をするな! こんな奴に、こんなクズに!

 それでも、私は、俺を、憎めない。


 どこまで行っても、俺は私だ。この姿だって、自分に見せつけたくて、遙かな世界を渡ってここまで来たのだ。その時点でおかしい。


 俺を見つめていると、私の頭がおかしくなる。

 私が、俺を、好きになる。


 頭がボーッとして、気が付けば信じられない事を口走っていた。


「ねぇ俺君、キス、して良い?」


 なんだよ俺君って、出来の悪い二次創作か?


 さっきまで自分が気持ち悪かったハズ。いや、それだって不自然だ。なんで自分を気持ち悪く感じていた?

 きっと、第一印象が裏返るのを期待して、悪感情すらも仕込まれていた。

 だから今は、全てが愛おしくて堪らない。


 初心で、女の子をリードなんて出来ない俺に、女の子の方からグイグイ迫る。



 これじゃまるで出来の悪いラブコメヒロイン。



 私はなんて都合が良いんだろう。

 悔しい、でも、逆らえない。

 私は、自然に顔を寄せ、そのまま俺に口付けた。



「あっ」



 声が重なる。コレがお互いのファーストキスだったから。

 シャリアちゃんやユマ姫とキスしたのはノーカウントだろう、女の子同士のキスは都合よく気にしないのだ、高橋敬一と言う人物は。


 一度、キスをすると止まらない。愛しい気持ちが溢れてくる。

 私は、俺を、俺は、私を好きになる。


 それで……それで?


 それで自分は何を望むのか、自分は彼女が出来たらどんな事がしたかったのか?


 どんな恋愛に憧れていただろう?


 どんな恋愛ゲームが好きだったっけ?


 俺が望む全てをしてあげたくなる。

 どうにもそこら辺の記憶が曖昧で……


 それを思い出したとき、私のお腹に鋭い痛み。

 目の前で高橋敬一が不気味な笑みを浮かべていた。


「ありがとう、僕も好きだよ、だから……



 死んでね」




 ナイフで、刺された。




 そうだ、俺はリョナ陵辱ゲームが好きだった

 誰よりも、歪んだ性癖をもっていた。

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