最終回?
私は、昏い世界に投げ出された。
まず、異常をきたしたのは耳。
酷い耳鳴りに、鋭い痛み。頭痛まで発症した。
次に、痛かったのは、肌。
全身が泡立つ感触に、血が沸騰したみたいに熱さを感じる。
そのくせ、全身は凍える様な冷たさを訴えた。
そして、喉。
吸い込もうとして、空気が無かった。
可愛らしい私の口はパクパクと動くだけ、呼吸が出来ない。
最後に、平衡感覚。
クルクルと体が回転し、ひたすらに回り続ける。
止められない、止まらない。
ここは酷い所だ。普通の人間なら数秒と生きられない。最悪の場所。
でもそれら全てが、景色の良さだけでお釣りが来る。
それほどの光景。
「綺麗……」
思わず呟いた。
呟く空気もないけれど、沸騰した血を吐き出して声を絞り出す。
めくるめく視界。
全周360度。
全てが煌めく星空だったから。
ここは、宇宙。
人の立ち入れぬ、死の領域。
そこに、私は居た。
私の名前は、ユマ。
ユマ・クロス・セレナーデ。
表記は、ユマ
中二な感じが癖になる。
…………いやいや、だってさ。
今の私がガーシェント家の名前とか、エンディアンの国名を名乗るのはどうかなって。
まぁ、あれだ。
なんてったって最終形態だからね。
名前だって盛れるだけ盛りたいだろ?
本当は、ユマ&セレナ・
止めたのはワシじゃよね……
「あの……マスコットさんは黙って貰えます?」
なんと肩には、子ウサギみたいなマスコットまで乗せている。
魔法少女には小動物が必須だよね
……呑まれておるな。
「…………」
お主、完全に力に呑まれとるじゃろう。
そりゃ、呑まれますよ。
惑星の力を手に入れたときですら、良く解らんハイになった。
それが、神はさらに桁が全く違う。
ただ、在れ。と願うだけで、衣服なんて簡単に作れた。
もちろん、ヒラヒラでふわふわ、ミニスカートにガーターストッキング。頭には秘宝の王冠、胸にはセレナのブローチ。ファンシーな杖まで装備した。
そう、今の私は完全に魔法少女スタイル。
だからって、ワシがこんな格好。
「…………」
尊い犠牲だよ。
そうだ、コイツは神だ。アイオーン爺さんだ。
そりゃそうだよね、どうしても付いて来たいって言うなら、いまの私のスタイルに合わせて貰わないと。
来たかった訳では無いわ!
「またまたぁ~」
お主が好き勝手に暴れたからだろうが!
……まぁ、ね。
神に近い力を手に入れた私は、まずは肉体を求めた。
だけど、ソレをゼロから作ったらどうだろう?
ただの人形になってしまう。
かといって縁もゆかりも無いオッサンの体を奪ったって面白く無い。そんなのは私じゃない。
と言うワケで、あの日の俺から、怪物になりかけた私を切り離した。
世界を救い、過去の自分を救い、今の私も救う。一石三鳥の企み。
そのついでに、アレだ、ちょっとはっちゃけ過ぎた。
やり過ぎじゃ! アレはあやつも見ていたのだぞ? ワシが一緒で無ければ、お主がコチラに来る事も認めなかった。
「サーセン」
幾ら私が神になったからって、何でも出来る訳じゃない。
彼の許しが無くては、ココに来る事も叶わなかった。
彼とは?
そして、ココはドコか?
背を反らし、
私はくるんと宙返り。
それまでの天地が逆さまに。
視界一杯、大きく輝く青い惑星。
地球。
そうだ、私は地球に帰ってきた。
彼とは地球の神様だ。
冴えない大学生みたいな見た目は木村か、それとも黒峰の入れ知恵か?
とにかくアレだ、地球の神様はこんなに好き放題暴れる私が、ひとりで地球に来る事を認めなかった。
仕方無く、お目付役として異世界の神、アイオーンさんがマスコットとして付いて来たのである。
マスコットにしてくれとまでは頼んでいないがな。
「いやいや、この格好の私に浮世離れした派手な爺さんが一緒って、援交みたいだし……」
そんなワケあるか!
怒られた。
いやでもだって、せっかく可愛くしてるのに保護者同伴って恥ずかしいじゃん。
保護者以外の何物でもないのだが?
「サーセン」
新米の神様だしね。
仕方無いよね?
――ゴォォォ
と、そんな馬鹿な漫才をしている私達のすぐ横を、巨大な質量が通過していった。
実際は全くの無音。宇宙だからね。
だけど、それが却って恐ろしい。
肌にビリビリと感じるぐらいの途轍もない質量が、何の音も無く超音速で飛んで行く恐怖。
その正体は石。ただただ、巨大な石。
それが地球の引力に吸い込まれていく。
地球に、落ちる。
行ったか……さぁどうする?
アイオーン爺の言う所はひとつ。
追いかけるか、否か?
「もちろん!」
そうか……。
追うに決まってる! その為に、私は来た。
魔力を噴射して、加速。
ジェット機みたいな速度を得た。
大気圏に突入。体が灼けそうに熱いけど、今の私は火傷とは無縁だ。今更そんなので怪我をするハズが無い。
徐々に熱さが収まる。試しに呼吸をひとつ。薄いながらも、空気がある。
昏かった世界が、明るい水色に包まれる。
空だ! 大気圏を抜けた。
耳から血の塊が吹き出すと同時、ようやく音が存在を伝えてきた。
聞こえて来たのは轟々と風を切る音。
そして、落下する隕石の衝撃波。
破壊するか?
「もうちょっと待とうかな」
だって、せっかくの魔法少女。登場は派手な方が良いだろう?
滅多に見られない光景だ、眼下の景色は地図帳のページを広げた時みたい。関東平野の形がハッキリ解る。
アレは富士山かな? あっちは北海道?
おい、そろそろ行くぞ。
「うん」
私は名残惜しくて地球の景色から目が離せない。
だって、本当に神様になったら、二度とこんな風に地球には来れないだろう。
こんな干渉が許されるのは神になる寸前の今だけだ。
私はこの景色を目に焼き付けた。
「よし!」
すぐさま隕石が斬り裂いた空気の隙間に入り込む。
ちょっとしたスリップストリーム。殆ど真空になった空間を、私は垂直に落下する。
そうして地表に迫ると、地元の景色が見えてきた。もちろん真上から見るなんて初めて。
あれは市内で一番高い山、小学生の遠足コース。あれは学校の近くの川、それに近所の寂れた商店街まで。それに、それに……
あ、あった!
アレは、私の家。母さん居るかな? 父さん元気かな。
そして遂に。
――パァァァン!
私は隕石に追いついて、無尽蔵の魔力を叩き込んだ。
隕石は衝撃波と閃光の余韻を残し、風船みたいに弾けて消えた。
いま目の前に広がるのは、私の通っていた、いや
そうだ、私は救った。
あの日、あのとき、あの時間、学校で隕石に殺された自分自身を。
火球となった隕石の名残が、次々とグラウンドに落下する。周囲はたちまちパニックだ。
でも、人間を吹き飛ばすような威力はない、直撃する人だって居ない。その位は計算している。今の私にその程度はなんでもない。
それに混じって隠し味、魔法でオーロラみたいなエフェクトを追加した。ユマ姫だったとき、得意だった演出のひとつ。ソレの強化版。
キラキラと虹色の軌跡を描いて、私は校庭に着地する。
「魔法少女ユマ! 見参!」
降り立つと同時、自分でも良く解らん謎の決めポーズ。
なにしてんの?
神の冷たい言葉。
いや、確かに見参ってのはどうかな? 時代がかっている。
もっと魔法少女らしいファンシーな決めゼリフある?
そうではない!
……はい。
落ち着こう。ちょっとテンションがおかしい。
私はもっとこう、清楚系の魔法少女のハズなのに。
……はぁ。
と、周囲を見渡すと、コチラをポカンと見つめる三馬鹿トリオと目が合った。俺、田中、木村だ。黒峰さんも居る。
全員が腰が抜けたように、ひっくり返っているもんだから、何故か吹き出しそうになってしまった。
いや、良く考えたら空から隕石と魔法少女が降ってくりゃそうもなる。そりゃそうなんだけど、危ない所だった。魔法で驚かせて、取り乱す姿を笑いものにする魔法少女とか最悪だ。理想の私とは程遠い。
深呼吸をひとつ。誤魔化す様に私はトトトと近付いた。まともに歩くのが久しぶりな気がする。可愛らしく、女の子らしく。清楚に。
「ご無事ですか? お怪我は?」
心配そうに、眉根を寄せて。
するとどうだ? 男三人、いや黒峰さんまで、顔を赤くしてポカンとコチラの顔を見つめている。
やっぱりそうだよな、それぐらい今の私はかわいいハズだ。
優越感にニッコリと微笑むと、田中も、木村も、黒峰さんも硬直した。
そんな中、スッと立ち上がったのは、意外にも俺だった。
「あ、あの……!」
カチコチに体を硬直させて、どもりながらも口を開いた。
どうも俺は、滑稽なほど緊張しているらしい。なんだか私は嬉しくなった。
今の私は、ヒールを履いても俺よりも少しだけ身長が低い。だから、私は小首を傾げて上目遣いに見つめてみせた。今の私の一番可愛い角度で俺に迫った。
「なんですか?」
「あ、あの……」
俺は途端に顔を赤くして俯いてしまう。
ああ、そうだよ。今の『私』は、『俺』の好みのど真ん中。
そうなるように調整したんだ。
自分で自分を救いたいなんて、建前。
本当は、完成した最強に可愛い私を中学生の俺に見せつけたかった。
お前が夢に見た、それでいて居る訳ないって諦めた。完璧な美少女がココに居るぞ、ってな。
だから、私は俺の手を取って、ずずいと下から見上げて迫る。
「どうしましたか? お体の調子が?」
「え、あの、あなたは?」
どもりながらも俺はソレだけ言ったのだ。
ソレだけ言ってくれたのだ。
何より欲しかった、そのひと言。
「私、ですか?」
「は、ハイ!」
「私は……」
よくぞ、よくぞ聞いてくれた!
私はコレを、コレだけを待っていた。
だから、ばっちりポーズまで決めて、ご挨拶!
「私の名前はユマ。魔法少女ユマ
これだ! これを言うために私はここに戻って来た!
魔法少女は実在する!
何だってー?
そんな軽快な反応もなく、後ろの三人は、いよいよ非現実に押しつぶされていた。
木村は渋い顔だし、田中は警戒している。黒峰さんは頭を抱えて混乱していた。
だけど、俺はどうだ? 俺も同じだろうか?
「魔法少女、ほ、本当に?」
「ええ!」
そうだよな。信じるよな。
俺はいつも、そんな下らない妄想をしていたから。
「あの、じゃあ君は何かと戦ってたりとか? 魔法が使える? そのマスコットに力を貰ったの? それにどうやってそんな力を……」
あたふたとオタク特有の早口でまくし立てるじゃありませんか。
良く見ると俺は本当にウーパールーパーみたいな顔をしている。可愛いような、可愛げがないような、まぬけで微妙な顔だ。
私は、そんな俺の言葉を遮った。
どうやって? 上手く回らない俺の唇を人差し指で押さえたのだ。
そんな事をされれば、女の子に耐性のない俺なんてイチコロである。
「あう……」
照れている。
女の子に唇を触られる、俺はそんな事すら初めてだから。
私は小悪魔みたいな微笑みで、俺に尋ねる。
「その前に、私からも、ひとつ質問して良いですか?」
「う、うん!」
俺は顔を真っ赤に頷いた。我ながら可愛いモノだ。
私はニッコリ笑って質問する。
「あなたの名前はなんですか?」
「え? あっ!」
そこで、俺はようやく自分がまだ名乗っていない事に気が付いたらしい。
今思い出したみたいに、ゆっくりと口を開いた。
私は、俺の名前を知っている。
当たり前だ、自分の名前、知らないハズが無い。
『高橋敬一』だ。知ってるに決まっている。
だけど、それを私は俺から聞きたい。
聞く事で、私は高橋敬一じゃなくなるから。
新しい神としての私が始まるから。
いま、その言葉が紡がれる。
「俺の? 僕の名前……?」
「そう、あなたの名前は?」
ああ、ここで全てが始まり、そして、終わるのだ。
私はその言葉を聞くために来た。
「僕の名前は……『偶然』だよ」
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