めでたしめでたし?

 めでたし、めでたし。


 ユマ姫は死ななかったし、シャリアちゃんは……まぁあんなもんで良いだろう。


 ネルネがあんなに恐いとは思わなかったけど、良く考えたら前周あのときもアレだけ星獣が現れて、ギリギリ軍が壊滅してなかったのはネルネの活躍が想像以上に大きかったらしい。



 そして何より、今回はセレナが生きてる。



 惑星おれがセレナの為に、必要な魔力を分け与えられる。だから、もうセレナが死ぬ事だってない。


 ……もう、俺はお姉ちゃんじゃないけどな。


 俺の名前は高橋敬一、どこにでもいる普通の中学生……では無いよな。


 俺は、星になってしまった。

 みんなとお喋りする事は出来ないけれど、ずっと彼らを見守っていける。


 だけど、そうだよな。

 星の一生と、人の一生は違い過ぎる。


 ふと気が付くと、もう数年の時間が流れていた。


 いつの間にか、ユマ姫が結婚していた。

 それも、マーロゥ君とだ。


 今回の彼は、役者を続けていたらしい。面食いでミーハーなユマ姫の事、イケメンの彼を見るなり一目惚れ。彼女から猛烈に迫ったとか何とか。


 何と言うか、俺の時とは真逆になってしまったな。


 それで、肝心のセレナはと言うと、コレが酷い。


 なんと、田中と結ばれてしまった。それも、セレナの方が好きになったらしくて、田中が根負けした格好だ。


 最強のエルフと、救国の英雄。

 二人の結婚は大変に歓迎された。エルフの未来は明るいと、大盛り上がり。


 だからこそ、ユマ姫が役者と結ばれても誰も文句を言わなかったのだから、悪い話じゃないだろう。


 ただ、俺がちょっと目を離している隙に、田中とシャリアちゃんの間にまで、子供が居たのはいただけない。


 ……コレもシャリアちゃんが迫ったみたいだ。

 田中総受けかな?



 彼女としては、自分がユマ姫を殺せないなら、子供に託そうと思ったらしい。それで身近に居る一番強そうな遺伝子を取り込んだと。


 いや、まぁ、本気で好きだったかも知れないけどね。一応、そんな節もある。


 とにかく、田中はセレナだけでなく、シャリアちゃんとの間にも子供を作った。


 彼女達との間の子供だ、世界を巻き込んでとんでもない事になるのは言うまでもないが、それはわざわざ俺が話す事も無いだろう。


 帝国はミニエールの統治が長く続いた。

 名君と言って差し支えなく、戦乙女は内政も見事にこなすと大評判。瞬く間に国境線をフィーナス川にまで戻してしまった。


 ただし、彼女の愛馬が老衰で亡くなった後は酷かった。途端に治世もおざなりになり、国が一気に荒廃した。


 そんなに馬が大切だったのかと、豪族達はこぞって皇帝に名馬を献上したが、ミニエールは気落ちしたまま。


 結局、愛馬サファイアの息子が名馬へと成長すると、そこからまた安定した統治が続いたとか。

 それだけ、皇帝ミニエールは白馬を愛していたと、そう言われている。


 ……いや、間違いなく馬が統治してるだろコレ。


 恐ろしい事だ。

 あの馬はマジで何なんだろ? 星になった今でも良く解らん。

 魔力値が高いから多分魔獣の一種だ。


 そして、王国。


 王国は、木村とヨルミ女王が結婚した、んだと思う。


 あんまりベタベタする二人じゃないからな。結婚というより同盟に近いモノがあった。

 それでも結局、ヨルミちゃんは例のアブナイ趣味が覚醒しそうになってたから、やっぱり俺の影響で変な趣味に走ったワケじゃなかったみたい。


 俺は無罪です、無罪。


 ……そんで、肝心のネルネは誰とも結ばれなかったのだ。


 俺にはソレが気になった。

 シノニムさんだって近衛兵の……誰だっけ? グリードだかなんだかと結ばれてたって言うのに。



 まぁ、星になってしまった俺が言える事ではないよな。


 なにせ時間の流れが全然違うんだ。

 気が付けば、みんな寿命で死んでしまった。そしたらすっかり彼らの息子や孫の世界だ。その辺まではまだ楽しく見て居られたが、その次、更に次と世代を重ねると次第にソレほど興味も持てなくなって、ふと目が覚めると百年ぐらい時間が経過している。


 人間はまた魔力を文明に活用し始めて、古代人が作ったみたいな施設を何個も作った。俺だって無理矢理魔力を吸い出されて、軽く怒った事も何度もある。


 で、あいつらとうとうやりやがった。

 ――核戦争だ。


 魔法ってのは、核兵器を簡単に作れるワケだ。

 だから一歩間違えれば何時だって核戦争が起こりうる。


 そう言う意味で、あの古代人だって、考え得る限りは最高に上手くやっていたとも言える。惑星に怒られるなんて無理ゲーが発生するまでは、一応は平和に統治してたんだから。


 そして、今回の人類は派手に失敗してしまった。


 見渡す限りの荒廃した大地。放射線が飛び交って、虫も生きられない世界になった。

 死に絶えた世界は、俺にとって益々退屈になった。


 寝て起きて、また眠る。ニート生活。


 数億年の月日が経ったとき、体が冷たい事に気が付いた。

 惑星の、死だ。


 気が付けば、巨大になった太陽が地表の全てを焼き尽くしていた。


 俺の健康値の守りがなくなったのだ。

 巨大に成長した太陽の魔力や紫外線に、俺の健康値が削られている。


≪ ああ、最期はそんなのか ≫



 死の間際、呟いた。


 惑星になっても、魔力の濃さと太陽の暑さに苦しめられるとは、夢にも思っていなかったから。


 思えば、最初がそうだった。


 この世界で生まれた俺は、濃厚な魔力に押しつぶされそうな子供だった。


 あの頃俺は、ユマ姫だった。


 ああ、思い出す。避暑地の湖に、セレナや父様、母様、兄様も、家族と遊びに行ったこと。

 病弱な俺は、巨大な太陽を見上げ、殺す気かって愚痴ったモノだ。


 ザイアが健康値で電磁波や紫外線から、人間を守っているとも知らずにな。

 あの時の俺は水で温度を下げたけど、もう地表は川も海も干上がってしまった。


 きっと、惑星としてはこのまま太陽に殺されるのだ。


 形としては生き残っても、太陽の魔力に貫かれれば、残るのはただの惑星の死骸だ。核が動かなくなれば、惑星が生きているとは言えないだろう。


 ……ああ、悪くない人生だった。

 いや、星生か? なんだか色々あったなぁ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


大往生じゃのう。


 気が付けば、俺はまた例の空間に居た。目の前には神様。


「いや、もうオーバーワークでしょ、もうなんもしないよ」


 もう、疲れた。

 流石に人間の精神で星の寿命は堪えたわな。


そんな事は言わんでくれ。


 ……なんだか神様の元気がない。ドヤ顔で『魂とは何か?』って説明してくれた尊大さを感じさせない。


もう、ワシにはわからないんじゃ。



 それも、そうか。


 神様にしてみれば、世界の予測率を上げる事は悲願だった。

 物質的な状態全てに止まらず、魂なんてシステムを作り上げ、誰が何を考えているかまで収集して、世界の全てを把握しようとした。


 その結果、遂に手に入れた完全に予想された世界。


 惑星ザイアに魂を付与することで、全てを予想可能になった世界。


 なのに、世界は滅茶苦茶になった。何一つ予想は外れてしまった。


 それもこれも、俺が神の言うことを聞かず、ザイアを暴走させたせい。

 でも、コレはまだいい。俺の意識を投入すること自体が既にイレギュラーだからだ。実験の為に手を加えた事で、直後の観測結果が狂ってしまうなんて良くあること。


 問題は、その後の予測もまるで的中しなかったことである。



 壊れていく運命をリアルタイムで観察していたから、良く解る。


 ちょうど、元々のユマ姫の意識を俺が押し出したみたいに、今回の俺の意識はシステムの狭間を彷徨っていた。


 システムから観察する異世界は、初めこそイレギュラーにまみれていた。

 俺がプラントを暴走させたからだ。



 だからとりあえず神様は前周あのときと同じ結果が出るように、量子のゆらぎを制御した。


 世界を変えようとした俺に対し、何も変わらぬ世界を構築することで、完全なる世界を証明しようとした。

 そして、同じ様に、帝国も王国もエルフの国も出来た。前回と同じ舞台が整った。


 ユマ姫も、セレナも生まれ、田中や木村だってわざわざ同じ様に配置したんだ。

 全く同じ世界が繰り返されるように。


 だけど、ユマ姫が、運命を次々と破壊した。

 死ぬべき人間が死なず、ねじ曲がった運命は破綻していく。


 そして、運命の破壊が進むにつれて、俺の意識もハッキリして、最後には俺が惑星をのっとった。


 こんな筋書きは断じて神が用意したモノでは無い。


 神様はデータにズレが出る度に、何度も再計算を繰り返し、世界を元の形に保とうとした。


 保とうとして、保てなかった。


 結局、全てが制御された世界など作れなかった。

 予測率100%なんてまやかしだったのだ。


もう、ワシには生きる気力が湧かんのだ。


 そんな事を言うぐらいには、神は萎んでいた。


「えーと、アイオーンさん?」

なんじゃ・・・


 アイオーン。時の神だっけ?


 コレだって偽名だ。木村が言うには人間が認識出来るような名前を付けるハズがないんだとか。

 そう言えば、惑星ザイアってのも人間が勝手に付けたモノ。


 星獣達とザイアは魔力波でコミュニケーションを取っていたから、音で出来た名前なんて持っていないのだ。

 神様だって同じだろう。古代ギリシャの神様の名前を解りやすく名乗っているに過ぎない。


 彼はきっと科学者だ。

 完全に制御された世界を求めていた。


わしの悲願は叶わなかった。完全な世界と、お主の『偶然』が、量子の揺らぎと世界の不確かさの原因を教えてくれると思ったんじゃ、しかし、全ては徒労に終わった。何の意味も無かった。お主に苦労を掛けただけ。


 まぁ、そう言うなって。俺は結構楽しかったよ、今となってはさ。

 酷い目に何度も遭ったけど、何だかんだ異世界で大冒険ってヤツが出来たからな、夢が叶った。


そうか・・・そう言って貰えると救われるの。


 いいって事よ。悪くなかった。

 あのまま隕石に擂り潰されて終わりだった俺の人生がユマ姫として生きる事で救われた。俺はそう思ってる。

 今となっては全てがいい思い出だ。

 そんな風に感傷に浸っていたら、アイオーン神はとんでもない事を言い出した。


――なぁ、お主、ワシの代わりに。神になってみんか?

「は?」


 流石に意味不明だ。神って簡単に継承出来るの?


出来んな。ワシは消える。そうして権能全てをお主に引き渡す。

「いやいやいや」


 いきなりワケが解らない。


神と言うのはな、言わば意志を持ったエネルギーの塊なのじゃ。エネルギーとはつまり魔力のことじゃな。

「え?」


 意味が、解らない。神が魔力?


魔力は意志の力に影響を受ける。だから大量の魔力も、何かの拍子にまた意志を持つ。

「そうなの?」


 いや、実際、魔力を生み出す惑星ザイアもいつの間に意志を持っていた。


普通はひとりでに意志など持たん。臨界付近まで高まった魔力が指向性を持ち、それこそ『偶然』に意志を持つ。

「それが、神?」

そうじゃ。そして、ワシが死ねば制御を外れたエネルギーが無法図に放たれる。

「ど、どうなるの?」

幾つもの世界が吹っ飛ぶだろう。ワシが管轄している世界は勿論。直接管轄しない、地球だって例外ではない。

「そ、そんな!」


 滅茶苦茶に迷惑な死に方じゃんか。


迷惑だろうな。だから、お主の意志でワシのエネルギーを制御せんか?

「つまり、ソレって俺が、神になるって事?」

そうじゃ。


 とんでもない話だ。

 神になるってのは、何でも出来る力を得るに等しい。


 さっき、神は完全に制御された世界を得られなかったと言ったけど、望む通りになった世界が欲しいだけなら、神様は余裕でそんな世界を作れるのだ。


 欲しい世界になるまで、何度だって繰り返せば良い。


 神様は全ての情報が書き込まれたサーバーを持っている。

 木村が言うにはアカシックレコードとか言う概念。世界の全てが詰まった箱。


 惑星ザイアに魂を付与した段階で、サーバーと世界の同期が取れてしまった。

 同期した世界は、サーバーの時間を巻き戻せば本当の世界も巻き戻る。コピーされたデータと本当の世界に違いが無くなった。


 だから、時間を巻き戻して俺がマーセル・マイドの体に入る事だって出来たし、神は同じ事を何回でも繰り返せる。


 つまり、何回も何回も世界をやり直せば、神様は望んだ世界を手に入れられる。

 でも、そんなモノは神様にとって意味が無いのだ。


 サイコロを振って、次に何の目が出るかが解るようになりたいのに、六が出るまでサイコロを振って良いよと言われても、そんな事に何の価値も無い。


 神様にとっての世界とはサイコロと一緒だ。

 全ての事象を把握して、望んだ目が出る様になって初めて意味がある。


 意味が無い世界の管理にすっかり嫌気がさしてしまったと。そう言う事らしい。


そうじゃ、今度こそと思っても、世界にブレが出る理由がどうしても解らない。

「そうなんだ……」

なぁ、興味は無いか? お主なら『偶然』の正体を突き詰められるかも知れん。ワシはどうしても、もうやる気が起きんのだ。このままではタダ意志のないエネルギーに戻ってしまう。

「うぅーん」


 まぁ、興味が無いと言えば、嘘になる。


 結局の所、俺がユマ姫に渡した奇蹟だって。どう言うモノか解って居ないんだ。俺だって何となく直感的に、何かを掴んだに過ぎない。

 アレこそが神の言う『偶然』のカタマリと、そう言う可能性もある。だとしたら真実に一番近いのが、俺だ。




「良いよ、やってみる」


そうか、では・・・。


「でも、ちょっとだけ待ってくれ」


なんじゃ?


「俺は、神になる前に、俺が俺である内にやっておきたい事がある。救ってあげたい人が居る」


それは・・・妹のセレナ嬢かの?


「違うよ、セレナは救えた。救う役目だった本当のお姉ちゃんが、確かにセレナを救ったんだ、アレがアレこそが本当のハッピーエンド」


じゃあ、誰じゃ? 一体全体、誰を救いたい?


「それは……」


それは?



「俺だよ」



 真っ白な空間で、俺はニヤリと笑った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 真夜中のダンスホール。

 切り抜かれた夜空の向こう側には、無数の怪獣。

 決戦の予感に胸を高鳴らせ、遠足の前みたいにワクワクしながら俺はベッドに潜ったっけ。


 今、俺の目の前には、グースカと寝ている俺の姿がある。

 俺は時間を巻き戻した。


 翌朝、突如現れた星獣の群れに帝都は大騒ぎ。それでも一向に目覚めないお姫様。


 これは呪いか、はたまた姫の霍乱か。


 解らぬ内に軍隊は出陣し、眠り姫を守る為に世界中が結束してしまう。

 国民皆兵となって、星獣に無謀な戦いを挑んでしまう。


 神に近い権能を手に入れた俺が訪れたのは、そのタイミング。

 世界中の軍隊が、星獣と戦ってしまうその前だ。


 精神だけになった今の俺に、肉体はない。

 神に近い権能を持ちながら、それでも世界に直接影響を及ぼせない。


 だから、俺は肉体を手に入れる。

 俺は俺の精神に乗り込んだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「何ですか? アナタは!」


 我ながら混沌とした精神だ、あらゆる人格が混じり合いカオスとしか言えない。

 そんな中にありながら、望まれぬ客として乗り込んだ俺に、お姫様らしく誰何するのがこの世界での俺だ。


 こんな時、こんな場所でも、外面はお姫様を保っている。我ながら大した物だ。


 そして、誰かと問われれば、答える言葉はひとつ。


『私は、俺だよ』


 ハッキリと、日本語で言ってやる。


『なんだと?』


 荒っぽい日本語が返った。

 相手の混乱が手に取るように解る、俺だしな。


『それって、俺の、高橋敬一の深層心理とか、そういう?』

「違います、私はユマ・ガーシェント・エンディアンでもある」

『ええぇ?』

「私は、未来から来たユマ姫。そして過去から来た高橋。全てを知る神として、今アナタの目の前に立っています」

『あの、サッパリ解らないんですけど……』

「安心して下さい、私にも解りません」

『くっそムカつくわ、お前、ひょっとして俺だな?』

「話が早くて助かる」


 まぁ、俺だしな。


 俺の事は俺が一番解る。ならば相手だって俺の事が解るだろう。

 流石に星として数億の経験を積んだ俺の全ては解らないだろうが、俺が俺だってぐらいは解るに違いない。


『それで、何をするんだ』

「アナタの肉体を乗っ取ります」

『断る!』

「どうして?」

『誰が、突然現れた化け物に体を明け渡すんだよ』

「それはそうですね、でもこのままじゃアナタの体は崩壊する」

『…………』


 黙るよな、俺は俺の体が崩壊寸前な事に気が付いていた。


 この後、俺は自分の体をなんとか形にして、空を飛んで星獣を撃破。古代遺跡で戦車と戦ったりするのだが、そんな人外の力を振るえる存在がまともに生きられるハズが無い。


 アレは怪物になる寸前の、不安定な体だったのだ。


 星に溶かされなくたって、数日と生きられなかったに違いない。


 ソレでも俺は、戦える体を望んだ。

 その結果、ギリギリに間に合った、間に合わせたのがあの時の俺だ。


 星獣と戦って死ねるなら、凶化した体の暴走で他人を巻き込んで死ぬよりもマシだと、あの時の俺は心の底から世界の崩壊が嬉しかったっけ。


 戦いの中で無惨に死んで、それでも世界を守る。


 皆が俺の死に打ちひしがれて、無力感に苛まれながら泣いてくれる事を考えると、ゾクゾクするほど興奮したっけな。


 まぁ、趣味が悪いよな。

 でも、それが俺だ。どうにもならない事を悟って、気持ち良い死に方を求めていた。


「でも、私なら。神に近い私ならアナタの肉体を制御出来る。暴走させずに上手く使える」

『だからって、誰が!』

「アナタが駄目と言っても、奪います。遠慮はしません」

『何でだよ、俺はココまで来て、それで、俺の手で全部終わらせたいのに』

「ソレで出来たのが私ですよ。それでは何も起こらない。全て私に任せておきなさい」

『そんな……』


 俺は私に飛びついて、柔らかな首筋に噛み付いた。


「頂きまーす」

『あ、ぐっ』


 俺は、私を乗っ取った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「で、結局何です? アナタは!」


 そして、俺は目覚めた。俺の目の前には瓜二つな私が居る。


 ココは天蓋付きのベッドの上。精神世界でも何でもない。

 俺は、いやは、ニッコリと微笑んだ。


「俺は、私です」

『あ、う……』


 それだけで、目の前のユマ姫は顔を真っ赤に目を逸らす。

 それもそのはず、今の私は、俺よりも美しいのだから。


「あなたは一体? ソレに私は……乗っ取られたハズじゃ?」

「解るでしょう? もうアナタの体は壊れない」


 もうユマ姫は凶化していない。


 魔獣の遺伝子を取り込んでいない。ただの人間。


 何故なら、化け物みたいな部分を全部私が奪ってしまった。


「化け物の部分をアナタが? でも……アナタは私より、美しい」

「それはそうでしょう」


 ユマ姫は、下半身が吹き飛んだ所に星獣の体も混じったし、その他諸々の魔獣を喰らった。

 ネコ耳に、羽まで生えて、ピンクの髪がキラキラと輝く姿だった。


 ギリギリで人間かどうかの姿。不安定だからこそ、恐ろしくも美しい。


 そうした人間離れしたユマ姫の美しさの構成要素の殆ど。

 人外の美しさを抽出して、私を作った。



 一方で、直近で一番多く食べたのは何かと言うと、ユマ姫は人間を多く喰らった。


 だから、そっちが余っていた。

 人間を繋ぎ合わせて、もう一人自分を作れるほどに。


 それが目の前の俺。

 銀髪エルフのユマ姫だ。


 普通のユマ姫。両目ともに銀色。


 凄く可愛いし、色々知識を吸収し、星獣の魔力を膂力に変換する技もある。魔力値だって並のエルフの戦士よりずっと高い。

 優秀な人間のパーツを選りすぐったから、普通の人間よりはずっとずっと強いだろう。それに抜群に可愛い。



 でも、星獣と一人で戦えるような埒外の強さは無いし、人を一瞬で狂わせる様な美しさもない。


 対して私は、猫耳、しっぽに羽まで生えて、髪も両目も、アニメみたいなどピンクときた。


 ユマ姫の禍々しい部分を全てコッチに引き取った姿。

 今の私は星獣をダースで相手にしても、数秒で退治出来る。それぐらい強い。人外の存在そのものだ。そして、人外の美しさも手に入れた。


 もしも目の前の『俺』がこんな肉体に宿ったならば、モノの数秒で制御を保てず崩壊する。それぐらい不安定な体だ。


 それを神に近しい私の力で強引に纏め、人間の姿に保っている。


 ソレほどに滅茶苦茶で、強さと美しさだけで作られた怪物が、今の私だ。


「それで、そこまでしてアナタは?」


 何をするのかと? 間抜けにも俺は私にそう聞いてくる。

 ちょっと苛立った私は、とぼけた調子ではぐらかす。


「そうですねぇ、何だと思います?」

『いや、わからんて』

「ふふっ」


 本当に、解らないのか? 解って居るんだろ? 日本語で答えてはぐらかす始末。悪い俺だ。

 だから、いたずらに微笑んで。


 私は、俺にキスをした。


『あ、う』


 目の前のユマ姫は、顔を真っ赤に錯乱する。


 頭が真っ白になって、キスした唇を切なげに撫でている。

 ソレが、私にとって最高の快感だった。


 同じ女、同じ自分を、美しさで屈服させるのが、コレほどの愉悦とは思わなかった。


 目の前の俺は、いやユマ姫は、美しさの化身となった私の抜け殻である。

 じゃあ、美しくないのかと言うと、違う。元々のユマ姫が、この世界で一番美しい少女なのだから。


 たけど、禍々しいまでの美しさだけを抽出した俺には敵わないというだけの話。


 戦士の一番の快楽とは、美女に強さを褒められる事ではなく、同じ戦士にとても敵わないと言わしめる事である。それと同じ。


 私を一番喜ばせるのは、同性である俺が、私の美しさに打ちのめされる姿。


 私こそ一番可愛いのだと、自分に見惚れさせるのは、何と気持ちが良いことか。


 私は、突然のキスに顔を赤くして目を彷徨わせる俺の首筋を、優しくなでた。


『ん、やだっ』

「あら? 本当に嫌なの?」


 自然な仕草で、パジャマのボタンを上から順に外していく。

 優美な曲線を描く私の人差し指が、俺の柔肌を下に下にとなぞっていく。


『あ、う』

「あらあら、女の子みたいな声で鳴くのね」

『ぐぅ……』


 とうとう、目には涙を湛え、恨めしげに私を睨んだ。


『や、優しくして!』

「ふふっ、アナタ男としてのプライドは?」

『ぐっ! うぅ……』


 恥ずかしさに、必死に顔を隠そうとする。

 私は俺の手を強引に開いて、真っ赤になって涙でグチャグチャになった顔を、力尽くで無理矢理さらけ出してやった。


「見ないで……」

「可愛い」


 女としてのプライドも、男としてのプライドも、どちらもグチャグチャに引き裂いてやる。

 何と愉しいのだろう。自分で自分を屈服させるのは。


 克己心こそ何より大事ってホントだな。いや、意味が違うか?


 このまま一晩中遊んであげても良いのだが、流石にソレは可哀想かな。


「遊んでないで立ちなさい、良いモノを見せてあげるから」

『え?』


 私がそう言うと、ベッドに突っ伏していた俺は絶望的な顔をする。


「何を期待していたの? ほら立って」

『ちょ、ちょっと!』


 パジャマをはだけさせたユマ姫は、立ち上がらない。真っ赤に紅潮した体は興奮に震えて、どうしてもボタンを付けられない様子だった。


「何なら、裸にひん剥いてあげてもいいのだけれど?」

『な? あ、うぅ』


 仕方無いと諦めて、パジャマをはだけさせたまま、ユマ姫は立ち上がる。

 真っ白な肌が、羞恥に真っ赤に染まっていた。


 そんな俺の手を引いて、私はベランダに、バルコニーに向かう。


 なのに、外に出る段になって、俺は、ユマ姫は弱々しくも抵抗した。

 ……どうやら恥ずかしいらしい。


「あの、その……」

「どうしたの?」

「だって」


 チラリとコチラを見る。

 そうか、ユマ姫の肉体を分離しただけの私の体は素っ裸。一糸纏わずさらけ出している。


 自分の体に近いモノが晒されるのが恥ずかしいのか。


 いや? 待て、私は自分の体が恥ずかしかった事などあっただろうか?


「うぅ……」


 そこで、俺が、銀髪のユマ姫が、自分の体を悲しそうに見下ろしているのが目に入る。


 はだけたパジャマのボタンを必死にとめている。


 ソコで私は気が付いた。


 気が付くと同時に、ある種の快感が脳を灼いた。化け物となった私の脳を狂わせるのだから大したモノだ。

 そう、俺は、ユマ姫は、何だかんだ自分が一番美しいと自信があった。だから肌を晒すのも、そこまで抵抗がなかった。半裸みたいな格好で人前に出られた。


 だけど、自分よりずっと美しい私が現れた。

 だから、自分の体が恥ずかしくなったのだ。


 はだけたパジャマでバルコニーに立つのが堪らなく恥ずかしいのだ。


 初心な少女に、初めて羞恥心を植え付けた背徳感。屈服感よりも更に甘美な心地よさ。

 私は強引に俺の腕をとる。


「いいじゃない、見せつけてあげましょう」

「あぅ……」


 そうして、バルコニーに飛び出した。

 ま、そうは言っても真夜中だ。誰が見ているワケでも無い。


 北の平原では、星獣が勢揃い。もうすぐ地獄の様な戦いが始まる。

 まずは星獣の熱線が夜の闇に煌めいた。十㎞以上は離れているのに、ここまで閃光が届く程。


「うっ」


 明るくなった夜に浮かび上がった裸体、目の前のユマ姫はパジャマを抑える。

 おいおい、あの光で何人もの兵士が死んだんだぞ? それなのにパジャマかぁ?


 ま、コレからが本番だけどな。


 俺は軽く、神の権能を使う。無理矢理に望む結果を引き寄せる。

 失敗したら戻せば良い、それぐらいは何でも無い。


 夜にも拘わらず、夜空はオーロラが輝いて美しいイルミネーションを描いている。

 時折輝くのは大砲の光と、星獣の熱線。


 そんな光のパレードに、流星の輝きが加わった。幾筋も。


「え?」


 俺がポカンと口を開く。奇蹟とデタラメのバーゲンセール。

 流星群が星獣を残らず葬り去っていく。


「これだけじゃありません。惑星ザイアの暴走も、今、私が止めました」

「そ、そんな! これでは本当に神ではないですか」

「だから、神になったのです。いえ、正確には私はもうすぐ神になる」

「うぇぇ」


 驚きながらも、俺であるユマ姫は、チラチラと私の裸体を横目に見ている。

 目の前で、世界の形が変わっているのに、それよりも私の体が気になるのだからよっぽどだ。


「嫌らしい目で見ないで頂けますか?」

『無理だろそんなん!』


 男の精神で逃げられても面白く無い。


 もう一人の女の子の意見でも聞こうかな。


「アナタは、どう思いますか?」

「ヒッ!」


 私が首筋を鷲掴みにして、バルコニーの壁に押し付けたのは、シャリアちゃんだ。

 彼女は、主人が起き上がった気配を感じ、やって来た。


 ソコで私を見てしまった。


 あの時は、無敵のユマ姫を見て腰を抜かしたシャルティアだが、その後は、何とか殺してやろうとひたすらにストーキングを繰り返した。


 しかし、今の私はその比では無い。無敵で最強なのだから。

 彼女は悟ったのだ、私が思うだけで、自分など簡単に死んでしまうのだと。


「ハァハァハァ」


 過呼吸になるほど息を吸い、完全に私に怯えている。

 ……怯えながら、美しさに飲み込まれ、一歩も動けずに立ち尽くしていた。


 そこを無理矢理取り押さえて、壁に押し付ける。首筋を掴んでの壁ドンである。


「ねぇ? 私の事、どう思う?」

「ゆ、許して……」


 いきなりの命乞い。

 思わず、ニンマリと笑ってしまう。


「あらぁ、人を化け物みたいに、酷いですわ。傷付きましたわ。謝ってくださらない?」

「ご、ごめんなさい」

「ふふっ」


 殺意の塊みたいなシャリアちゃんが、完全に屈服している。

 サディスティックな喜びが溢れてしまう。


 世界は雑に救われた事だし、後はどうやって遊んであげようか?

 まずは無粋な黒い戦闘服を剥ぎ取ってあげよう。


 と、思ったら右手を掴まれた。

 俺だ、ユマ姫だ。


「苛めないであげて」

「…………」


 恐いだろうに、プルプルと震えながら、女の子らしく懸命に訴えかけてくる。

 うん、そうだね、やり過ぎたね。


 まさか、神に近付いた私が、ただの俺に諭されるとは思わなかった。


 これが強過ぎる力に飲まれると言う事か。

 私は、何だか自分が恥ずかしく思えてきた。


「ふふっ、冗談よ」


 そんな事を言いながら、素っ裸のままベランダから身を投げる。

 投身自殺である。


 ま、死ぬわけ無いけどな。俺は世界を転移して、神の元へと戻るのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


なにしてんの?


 戻ってみれば、アイオーン神にはすっかり呆れられてしまっていた。

 必死に言い訳で取り繕う。


「いや、レンタルして貰った神の力の使い方を試したんだって。丁度良い練習じゃん?」

……ただ己の快楽に身を任せただけに見えたがの。


 いやー面目ない。


で、そろそろいいかな? 神になる決心は?

「いや、もう一人救いたい人が居るんだって、それだけ、それで最後」

はぁ・・・癖になったんじゃなかろうな?

「否定出来ないけど、ホントに初めから考えてたから」

ソレは誰じゃ?



 いやいや、解っている癖に。



「勿論、俺だよ!」

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