王国の行方Ex

『カディナール王子死す、ボルドー王子が殺害か?』


 ゴシップ誌にデカデカと見出しが躍る。見出しは事実でも中身は嘘も多い、いや嘘ばかり。

 矯めつ眇めつ、胡散臭げにゴシップ誌を読んでいたユマ姫は、ハァとため息。


「世間は大変な事になっているようですね」

「えっ?」


 アンタ、事件のど真ん中に居ただろと、ネルネは仰天した。

 実際、いま王都は大変な事になっている。


 王子が王子を殺した未曾有のスキャンダル。ソレだけで話題性十分なのだが、貴族令嬢ルミナスの剥製が、噂の拡散に拍車を掛けた。

 あまりにも美しく、あまりにも重要な証拠品。隠せるモノでは無かった訳だ。

 極上のゴシップを前に、人の口に戸は立てられぬ。王都は大変な騒ぎになった。憶測が憶測を呼び、何が真実か解らない。


 ルミナスを剥製にしたのはカディナール。ソレを発見したボルドー王子が激昂し、殺害に及んだ。


 これが真実ではあるのだが、カディナール派貴族は全ての罪をボルドー王子になすりつけた。つまり、ボルドーが死んだ婚約者を惜しみ、ルミナスを剥製にしたと主張したのだ。

 なるほど、剥製趣味の王子が弟の婚約者を殺して剥製にしたなんて物語よりも、ずっと飲み込みやすい。


 しかし、宰相率いる中央政府のメンバーが本格的に調べれば、程なく真実はつまびらかになる。カディナールの隠し部屋はひとつでは無かったからだ。他に何体もの剥製人形が見つかった。

 更に、その隠し部屋、作った技師はルミナスの玄室を作った人間と同じだったのだ。こちらにも隠し通路が見つかった、秘かに死体を運び出すために違いない。

 カディナールならルミナスの死体を手に入れて剥製に出来る。いや、これほど見事な剥製を作れるとしたら、カディナールしか居ないのだ。


 主犯はカディナール、そしてダックラム公が共犯だ。


 ただし、その主犯も共犯も、既に居ない。自白が望めない以上、この奇想天外な事件に決着がつくことが無い。


 皆が皆、信じたいストーリーを信じて、誰もが納得しない。王都は大混乱に陥った。

 だから、落とし所が必要になる。


「俺は……隠居する」


 そう宣言したのは、一気に老け込んだボルドー王子。

 ユマ姫が間借りするオーズド伯のお屋敷にやってきて、ソレだけ言った。


「それは……わたくし何と言ったら良いのでしょう? あの、謝った方が良いですか?」

「いや、良い」


 明日には関係者を集めた内々の説明会をするらしい。その前にいち早くユマ姫に知らせてくれたのだ。


「むしろ、言うべきは礼だ。復讐を遂げられた。俺は元より王位なぞ興味はなかった。だから感謝してもしきれない」


 ちっとも感謝している様には見えない。取り繕う言葉も少なく、ボソボソと語った。それほど精神的に追い詰められている。


「誰が何の為に、どうしてルミナスは死ななきゃいけなかったのか? 俺はずっとソレを追い求めて居たんだがな、真実は気持ちの良いモノでは無かった」

「はぁ……」

「いや、悪い。本当は誠心誠意礼を重ねるべきだ。それは解ってるんだ。きみのお陰で俺は知りたかった真実を知れたんだから」

「別に構いませんよ」

「それは、助かる。元気に礼を言える気分じゃないんだ……」

「じゃあ、お兄の代わりに私が言うねーありがとー」


 元気良く飛び出したのは、ボサボサ髪で地味な印象のとぼけた女性。


「どなたです?」

「ヨルミちゃんですよー」


 ヨルミだ。あまりにも、気が抜けた態度。図々しいユマ姫にして面食らう。


「あの? この人は?」

「ああ、妹のヨルミだ。王族の中では俺と気が合うのはヨルミだけでな。代わりに、な」

「ああ……そうですか」


 王位継承権の争いから身を引く。口で言うのは簡単だし、そうでもしなければもう収まりがつかない所まで来ているが、今まで支援してきた人にしてみれば、ハイそうですかとはならない。

 形だけでも、代わりに担ぐ馬が必要だったと、ユマ姫は正しく理解した。


 それも本当に形だけだろう。

 なんてったって、出馬する本人にやる気が見られない。


「ま、私は人気なんて皆無だからねー」

「はぁ……」


 ユマ姫にしてみれば、勝手にして下さいと言ったところ。だが、まじまじと覗き込んでヨルミが放った言葉は聞き逃せない。


「でも、ユマ姫と目を合わせると死ぬってのは、嘘だねー」

「あの、その噂、どこまで広がってるんです?」


 嫁入り前の女の子に付きまとう噂としてはあんまりである。まだロマンスを諦めきれないユマ姫は、この騒ぎで自分の噂も忘れられるだろうと楽観的に考えていた。

 ところが、だ。


「ん? そりゃ王都中だよ? だって、実際に死んだでしょー? カディナールは」

「ええっ? 殺したのはソコの人でしょ!」

「あ、いや、すまない」


 ばつが悪そうに謝るボルドー王子をヨルミは鼻で笑って見せた。


「んー、お兄は隠居せざるを得ないし、だから、ね?」

「えと、どういうことですか?」

「ま、噂を広めたのはウチらの派閥って事?」

「ええっ? 困るんですけど?」


 やっと、ユマ姫も理解した。

 つまり、ユマ姫の噂をカディナール派残党への抑止力に使ったのだ。軍部に強い影響力を持つボルドー王子が隠居すれば、今までボルドー王子を支援していた人間が粛正されかねない。ユマ姫の脅威は、その為の牽制だ。


「あの、本当に迷惑なんですけど……」

「いやー謝るしかないねー、ほら、万が一私が王位継承すれば、埋め合わせはするからさ」

「うー」


 ヨルミは見るからに王位を取りに行く気が無さそうだ。空約束も良いところ。不満に思うユマ姫と裏腹に、シノニムはニコニコだ。


「悪い事ばかりではありませんよ。ユマ様の存在感は益々高まるでしょう」

「それ、絶対ダメな存在感じゃないですか!」


 ユマ姫の絶叫に、この時ばかりはボルドー王子も大声で笑った。ヨルミなんてゲラゲラと笑った。


 ……笑えなくなったのは次の日、説明会の最中だ。


 病床の王が亡くなったと報せが入ったのだ。これでもう余裕がなくなった。有力な王子二人が舞台から消えて、遺言もなく、王太子も決まっていない。動乱の幕開けが予想された。


 有力な継承候補と見られたのは、二人。どちらもカディナール派に属し、人脈が広かった第一王女。同じく優秀な調整役の第二王女。


 そして、何が起こったか?


 カディナール派が真っ二つに割れた。その後に始まったのは、お互いの暴露合戦だ。するとまぁ、出るわ出るわ、人間を剥製にするのと同レベルの悪行三昧。

 使用人を面白半分に殺したとか、ダーツの的にしたとか、無実の罪をなすりつけたとか。

 そうして、元々大して人気の無かった王女二人の評判は地に堕ちた。


 一方で、王位なんぞ興味のないヨルミちゃんは、ユマ姫と一緒に呑気に劇に出演したりする。これは支援者に宣伝を頑張っているよというアピールでしかなかったのだが


 ……これが予想外の作用をもたらした。劇場の控え室、顔合わせしたユマ姫は呆然と見つめる。


「案外、化けましたねぇ」

「案外ってー? 幾ら何でもすごい失礼ー、え? 嘘! これ私?」


 間延びした口調が引っ込むぐらい、ヨルミは鏡に映った自分の姿に驚いた。

 念入りに化粧を施されたヨルミは、まるで別人だったのだ。


「いやぁ、ヨルミ様は化粧映えする顔立ちですからね、腕が鳴りましたよ」


 犯人はもちろん木村である。

 南方の少数部族の血を引いているとかで、ヨルミは日本人的な、ほりが浅い顔立ちだ。適切なメイクをこの世で唯一知っているのは木村だけ。

 更に言うとヨルミの素朴で癖の無い顔立ちは化粧が映えた。場合によって色々な印象を作れる顔は、為政者にとって大変な強みになる。

 ユマ姫の横に立って、見劣りしない顔が作れる。


 可愛らしいユマ姫と、エキゾチックな魅力溢れるヨルミ王女の組み合わせは、あっという間に評判になった。

 それに、少しスピーチなどさせてみればヨルミの地頭の良さは明らかで。他の王女二人とは比べものにならない。

 社交界には顔を出さず、兄ボルドーのサポートのためと、趣味と実益を兼ねて家で勉強していたのは経済学。

 すると、まぁ、収まるところに収まる訳だ。


「なっちゃった、王様に……」


 様々な歯車が噛み合って、今回もヨルミ女王が誕生した。

 もちろんユマ姫は喜んだ。これで嫁ぎ先も心配が要らないと、平らな胸をなで下ろす。


「よかったぁ! あの、約束通り、協力して下さいね?」

「ううっ」


 しかし、ヨルミ女王は『約束』の中身を勘違いし、歯ぎしりする。


 こんな時に念押しに来るのだから、祖国の奪還の話に違いない、と。

 女王になれたのも、主戦派の重鎮、オーズド伯からの援助が決め手だっただけに、もう戦争は避けられない。


「ううぅ、大変な出費になるよぅ」


 大森林への出兵となると、掛かる予算など想像もつかない。だが、天はヨルミちゃんを見放して居なかった。

 ヨルミ女王が即位して間もなく、田中がエルフの王都エンディアンを奪還したと報告が入ったのだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 そうして、夏が過ぎ、秋も越え、冬が来る。

 ユマ姫ももうすぐ十三歳。激動の一年を終えようとしていた。


「うぅん、暇ですね……」


 しかし、このお姫様は連日連夜、家でゴロゴロ出ようとしない。


「だらけすぎでは無いですか? たまには社交界に顔を出しては?」

「だって! 全然歓迎されないじゃないですか!」


 シノニムの小言に、キッと音が鳴りそうな程、睨み返したのがユマ姫だ。


「睨んだだけで殺すってだけでも酷いのに、隠し事があれば、鍵の掛かった部屋でも構わず侵入するって酷すぎません? 誰も招待してくれないんですけど?」

「…………」


 アンタは実際にカディナールの秘密部屋に入ったろがと、そうシノニムは思ったが口にはしない。

 あれはいまだに理屈が解らないのだ。幾ら本人に聞いても、普通に入れたと、それだけ。実のところ、シノニムはユマ姫が測りかねていた。

 そこに、ネルネが顔を出す。


「あのぉ、ガイラスさんがお見えになりました」

「通して下さい」


 エルフの使者である。しかし、現れたガイラスは元気が無い。


「これはユマ姫様、ご機嫌麗しく……」

「良いから! 一体何があったのです?」

「……まずはこれを」

「これは?」


 差し出された小包、中身はユマ姫の秘宝。それに、魔導衣だった。


「これがあれば、魔力が薄い土地でも活動出来ます」

「そうなんですねー」


 他人事、ユマ姫は魔力の薄さにあまり困っていなかった。魔法を使う訳でも無いので、魔力不足に陥らない。こんなモノがあっても嬉しくない。


「それに、秘宝です」

「はぁ……」


 今更手に入っても、もう誰もユマ姫をエルフの姫と疑っていない。むしろ、恐怖の対象になっていて困るぐらい。だから秘宝もあんまり嬉しくない。

 これは成人の儀をクリアした証であるので嬉しいと言えば嬉しいが、この世界ではセレナは死んでいないので、思い出の品としてソレほどの思い入れも無いのである。


「次に良くない報せなのですが……」

「うっ」


 良い報せからワンクッション置いただけに、本当にマズい報せだろう。ユマ姫は身構えた。


「実はセレナ様の容体が優れないのです」

「ええっ?」


 今までの余裕が吹き飛ぶぐらい、ユマ姫は顔色を無くした。


「それは、あのジュウの傷が?」

「いいえ、早々に回復魔法で怪我は完治しています。ですが……」


 聞けば、王都奪還戦で霧の悪魔ギュルドスの霧を吸ってしまったらしい。ただでさえ魔力が無い場所では生きられないセレナが霧を吸い。魔力が薄い土地で療養せざるを得なかった。

 そのため、体調が急速に悪化したのだ。


「それなら! 魔力が濃い古都に行けば良いじゃないですか!」

「それが、奴らが何をしたのか古都は今大変なありさまでして」

「えっ?」


 遺跡の上に作られたエルフの古都は、今や古代兵器と魔獣が闊歩する地獄になったと、耳を疑う報告だった。これは帝国の侵攻にゼナが遺跡を稼働させたからなのだが、それは誰も知らないことだ。


 残る高濃度魔力地としては、北限にある果ての山脈。しかし、コチラは危険な魔獣がゴロゴロ居る。


「それで、東のピルタ山脈で療養する事になったのですが……」

「なるほど、私がお見舞いに行けば良いのですね?」

「その通りです」


 ピルタ山脈は、今居る王都ビルダールからも近い。むしろこの山脈が魔力と魔獣をせき止めているから、王都は安泰なのである。

 そうなれば、時間が惜しい。ユマ姫だってお姉ちゃんらしいところを見せつけたい。ちゃんと頑張ってますよとアピールしなくては。


「と、言うワケで軍を出して下さい」

「なんでっ?」


 王宮に乗り込んだユマ姫は、そうヨルミに突き付けた。


「セレナの療養地を作ります。さぁ! 今までの借りを返す時ですよ!」

「えぇ~」


 セレナが気に入った場所に拠点を作ろうと、そうユマ姫は考えたのだ。

 しかし、新米女王ヨルミの財布はペラペラだ、出せる出費ではない。


「そう言うの、キィムラ商会にお願いしたら……」

「もちろん、私が出資しますよ」

「いつの間に?」


 許可もなく、堂々と王の執務室に入り込んだこの男こそ、木村であった。

 何と、ユマ姫は先回りして木村と話を付けていた。むしろヨルミへ話を持っていったのが最後である。

 木村としても、エルフと貿易する上でピルタ山脈が最大の障害となっている。魔獣が溢れる危険地帯であるからだ。そこに流通拠点を作れるなら又とない機会。

 ならばとヨルミちゃんは安心した。


「キィムラさん! じゃあ! 資金の問題は?」

「資材や輸送費、食糧は提供するので、軍は国から出して下さい」

「えぇ~」


 それでも軍を動かすにはかなりの予算が必要になる。ヨルミは渋ったが、貿易のためなら言い訳も立つ程度の予算に収まりそうだ。ついでに冬場の農閑期に行軍訓練が出来るとすれば悪くない。


「じゃあ、行ってきまーす」


 そうして、資材を集め軍を召集し、ユマ姫はピルタ山脈へと旅だった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ひぇっ! ひえぇー」


 しかし、呑気だったのは出発前まで、行軍は多くの死者と、恐ろしい程の怪我人を出す。ピルタ山脈は聞きしに勝る危険な場所だったのだ。


「ま、また! 大牙猪ザルギルゴール!!」


 巨大なイノシシに、千からの軍隊がまるで役に立たない。狭い峡谷で逃げ場もなく、次々と吹っ飛ばされて死んでいく。

 ダンプカーが突っ込んで来る様なモノだ、人間が剣や槍で対処出来るハズが無い。


「姫様、お逃げ下さい」

 ――ブオォォォ!


 ガイラスが放った矢が大牙猪ザルギルゴールの目に突き刺さる。

 結局、人間よりもエルフの魔法の矢が頼みの綱。しかし、それだけでは止まらない。人間を蹴散らしながら、大牙猪ザルギルゴールが迫ってくる。


「ひぃ~」

「え、ユマ様? こら、逃げるなぁ」


 ユマ姫は総大将。なによりユマ姫のわがままで始まった出兵なのだから、後方でデンと構えてなくては士気に関わる。なのに、ネルネを身代わりに据えて、誰よりも先に逃げ出す始末。

 そうして軍は被害を出しながら潰走し、いつの間にか異常な場所に迷い込む。


「はぁ、はぁ、ここは遺跡ですか?」

「その様ですね」

「ここは、どこでしょう? 道が解りません」

「逃げようにも、外には大牙猪ザルギルゴールが待ち構えています」


 気が付けば、ネルネやシノニム、木村、ガイラス、ゼクトール隊長など主要メンバーが揃って、遺跡の中に追い立てられてしまう。

 もう、ニッチもサッチも行かない事態になった。


 そこで、ユマ姫の決断は?


「セレナに助けて貰いましょう」


 他人任せだった。しかも、見舞いに来たはずの病気の妹に頼るというから前代未聞。

 これにはシノニムも呆れてしまう。


「あの、セレナ様は療養の為に来るんですよね?」

「はい、セレナは案外病弱で、魔力が薄い場所が苦手なんです」

「なのに、助けて貰うって無理でしょう?」


 シノニムにしてみれば、それが常識。エルフの少女と言うのはユマ姫やネルネぐらいしか知らないのだから無理もない。

 セレナの実力を知っている者は、この場ではユマ姫と、そしてエルフの諜報員であるガイラスの二人だけ。


「ユマ様? 一体、何を仰る! セレナ様の魔法……噂では聞いていますが流石にあのレベルの魔物には効果が無いでしょう?」


 ……いや、エルフのガイラスにとってもユマ姫の発言は完全に意味不明。

 魔獣には魔法が効かない。コレが常識であるからだ。


 矢を加速する事で魔力を物理エネルギーに変換して攻撃するのが関の山。魔獣が持つケタ外れの健康値に、魔力が掻き消されてしまうから。

 魔法が得意だからと言って、セレナが大牙猪ザルギルゴールを倒せるなどあり得ない。


 噂にはセレナの実力を聞いているガイラスですらコレなのだ。


 木村やゼクトール達率いる親衛隊の面々なんて、ユマ姫は恐怖でおかしくなったのかと疑ったほど。


 彼らはユマ姫が病弱な妹を見舞うと聞いて、帯同したのだ。

 その妹に軍人である自分達が助けを乞うなど、全く意味が解らない。


 彼らは兵士だけに、エルフの戦士や魔法の力をある程度は把握している。


 そうでなくてもエルフの戦士ガイラスが居る。

 その実力は噂以上のモノだったが、それでも大牙猪ザルギルゴールは規格外。現に魔法の矢が当たった所を目にしたが、矢羽根まで胴体にめり込んでいながらも、大牙猪ザルギルゴールはビクともしなかった。


 彼らはセレナを知らないが、最大に見積もってエルフ一流の戦士であるガイラスの魔法と同等を想像するのが関の山。


 ユマ姫の頭を疑うのも仕方のない場面。


 しかも、それだけではない。

 遺跡を調べていた木村は見たくないモノまで見つけてしまう。


「ユマ姫様。疑う訳ではないですが、セレナ様を呼ぶのは止めた方が良いでしょう」

「え? なんで?」

「…………」


 なんで、って言葉が出るのがむしろ信じられないシノニム達だったが、構わず木村は先を続けた。


「ここを見て下さい、この扉は最近開いた形跡がある。恐らくはこの遺跡、既に帝国軍が発見している」

「ええっ? じゃあ、私達帝国の基地に迷い込んでしまったんです?」

「間違いないでしょう」


 ここはそう、あの回復カプセルがある遺跡である。帝国軍情報部がしっかりとキープしている。中に入ればドローンや魔獣に攻撃されるだろう。

 しかし、外では大牙猪ザルギルゴールに追い回される。もう一行に打つ手は無かった。


 絶体絶命の状況に、ユマ姫の決断は?


「じゃあ、それこそセレナにやっつけて貰わないと」


 やっぱり妹任せだったのだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「この遺跡、お姉ちゃんが見つけたの? 凄ぉーい」

「ふふっそうでしょう?」


 ユマ姫達が遺跡に立て籠もって僅か一日。果たして、本当にセレナはやって来た。


「……え?」

「は?」

「んんっ?」


 しかも、いよいよ腹を括って外に出ようとした一同の目の前。大牙猪ザルギルゴールをあっさりとぶち殺して現れた。


 えいっと可愛らしい声でいきなり巨大な獣が三枚におろされたのだ。


 あまりにも常識外の光景に、ユマ姫とセレナ以外、誰も現実を直視出来ない。

 魔獣の皮膚や毛皮の硬さを身をもって知っているメンバーだけに、意味が解らない。


 ……だからこそ、いち早く正気を取り戻したのは素人のネルネだった。


「え? 何ですか? 今の? ガイラスさん?」

「あ、ああ……え?」

「さっきのセレナ様の魔法です。あれ何て魔法なんですか?」

「え? 今のって、魔法?」

「は?」


 ガイラスにして、セレナの魔法を初めて見たのだ。


 健康値が百を越えるコトもザラな大牙猪ザルギルゴールに魔法を当てるなんて、意味が解らない。

 魔力値が千あっても消されてしまう計算だ。


 それが可能なのがセレナの圧倒的な魔力。

 魔力値で二千越え。エルフのエリートの更に十倍。


 握力や腕力が十倍の人間が存在しないように、セレナの魔力は異常。兵器として作られた初期エルフの先祖返りとしても、あまりにも図抜けた魔力。


「お姉ちゃん! ここ、すっごく魔力が濃いよ! 気持ち良い!」

「そうでしょ! そうでしょ?」


 だからこそ、遺跡の濃厚な魔力をセレナはすぐに気に入った。こうなればもうセレナに敵は居ない。


 しかも、しかも。

 彼女は一人で来た訳では無い、当たり前に護衛を連れて来た。


「あ、わたしタナカと申します。この度は護衛として参じました、どうも、はじめまして」

「ご丁寧にどうも、わたしは王都で商いを営んでいるキィムラと言います。ぬるぽ」

「ガッ!」

「叩くな! 初対面だろ!」


 アホな挨拶を済ませ、田中と木村も再会を果たす。


 田中とセレナ、強力無比な二人を前にすれば、霧も王蜘蛛蛇バウギュリヴァルも意味が無い。


 帝国情報部は壊滅し、遺跡は一瞬にして制圧される。いとも簡単に。



 ただし、ソルンと魔女は今回もまた、逃してしまう。


「うそ、お父さん!!」

「そんな!」


 父であるエリプス王が、姉妹の前に立ち塞がったのだ。


 球形飛行機に乗って遠ざかる父の姿を二人は呆然と見送った。

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