セレナの拠点
「キィムラさん! ちゃんと父様の行方、捜してくれてます?」
「あの、目下調査中でして……」
アレから数日が経った。
ここはキィムラ商会の執務室。
この男はかれこれ十日もこの部屋に缶詰になっている。だから今日は、焦れたユマ姫の方から乗り込んだ格好だ。
それもそのはず、ピルタ山脈に拠点を手に入れてから、木村は大忙しだった。
エルフとの貿易は木村の商会に莫大な利益をもたらした。魔道具のミシン、照明、なにより輸送車の存在は、物流革命を起こすに十分。
素材分野も凄い。ゴムや樹脂、魔獣の素材など、様々な分野で引き合いが強い。木村の商会はそれらを一手に引き受けている。
「ちゃんと探してくれています? セレナもやきもきしてるんですよ!」
「……承知しております」
その功労者は誰か? なんと言ってもこの生意気なお姫様、ユマ姫の妹であるセレナだった。
セレナは魔力が濃いピルタ山脈を大変気に入ったらしく、遺跡を拠点に生活を始めた。
すると、周囲の魔獣を次々と討伐していったのだ。今、ピルタ山脈にかつての様な危険は無い。それがエルフとの貿易を支えている。
ユマ姫よりも幼い少女が、千の軍勢でも歯が立たなかった魔獣を根こそぎ狩り尽くす。
この目で見ていなければ、木村だって信じられなかった。
そもそも、今回の出征、元々は彼女のお見舞いとか言う話ではなかったか?
今となってはさっぱり意味が解らない。
とにかく、木村には仕事が多かった。彼女らの父であるエリプス王の行方も気になるが今はまるで手が足りない。
なにせ、ユマ姫以外も次々と来客が……
「キィムラさーん! とんでもない事になってるんですけど?」
ユマ姫との会話が終わらぬ内に、顔を蒼くして乱入してきたのは女王であるヨルミちゃんだった。
「はしたないですよ、ヨルミちゃんはもう、王様なんですから」
「ユマちゃん! 居たの? 今はそう言うの良いから! そう言うの無理だからー! あーのね、ぜんぶあなたの所為なのよ? 連れていった軍隊? アレどうしたの? 三割ぐらいしか帰って来ないんだけど?」
「あ! そうですよ! 軍って言うのに、全然役に立たなかったんですよ! ふーん、一応、三割は帰ってきたんですね」
「は? 頭おかしくない? ななひゃくにん死んでんででんでん?」
「でんでん言われても、冷静になってください」
「なれるかぁー」
ヨルミちゃんはユマ姫を締め上げた。迷惑だからヨソでやって欲しい木村だが、見て見ぬフリは難しそうだ。
「あの、予想以上に魔獣が強力だったのは間違いありません。ユマ姫の指揮の問題ではなく、誰がやっても被害は抑えられなかったでしょう」
「そうですよ! 三割も帰って来たんですから。全滅しなかっただけ良いと思わないと」
「全滅だからね? 損耗率が七割ってよゆーで全滅だからね? ちょっとは責任感じて!」
ヨルミちゃんはギャン泣きして、木村商会の執務室でのたうちまわった。
「議会から突き上げ食らうし、遺族に補償をしないとだし、労働力不足で食糧危機が間近だよぉキィムラさーん」
「それは、問題ですね」
実際に、木村にとっても頭が痛い問題だった。
エルフとの貿易の肝は小麦などの穀物だ。エルフ達も農業どころではなくなり食糧が枯渇している。だからこそ足元をみて商売が出来るのだ。
それが、コチラまで食糧難になったら? なぜエルフに食糧を売るんだと暴動になる恐れがある。
「ただ、対策はあります」
「え? なになに?」
「うんこです」
「うんこ……」
露骨にガッカリしたヨルミだが、木村にとっては今回の遠征で最大の収穫。
そう、
今回は、セレナがピルタ山脈を平定したためずっと早く発見できた。
「これで、食糧問題は解決しますよ」
「ほんとにぃ? うんちで?」
「約束します」
懐疑的なヨルミだが、木村には勝算があった。ピルタ山脈には夥しい程の鳥の糞の化石があったのだ。
地球のナウル島は渡り鳥の休憩地で、鳥の糞で出来た何も無い島だった。それが世界一裕福な島と言われるぐらいに成長出来たのは、化石化した鳥の糞がそれだけ肥料として価値が有ったからだ。
更に言えば、地球と違ってこの世界の植物は魔力で窒素固定を行っている。だから最も足りないのはリンとカリウム、鳥の糞は特に不足しがちなリンを補うのに最適な肥料である。
「それに、フンのお陰で銃の量産も始まります」
「おぉ~」
鳥の糞の発見が早かったので、今回の木村は銃の量産に躊躇わずに済んだ。火薬の供給に不安がないからだ。
硝石を抽出するのも
帝国は魔石を使い、ハーバーボッシュ法を上回る効率で火薬を作っているのだが、良質な鳥の糞で火薬を作る木村は、ヘタすれば効率で上回る。
唯一の問題は、鳥の糞は有限であること。
地球の楽園だったナウル島は、最後には破綻してしまうのだが、木村に数十年後の心配をする義理は無い。
「とにかく、諸々心配は要りません。私が保証しますよ」
「ん~、もし革命でも起こって、私が断頭台に送られたら一生恨みますからー」
「それ、一生終わってるんじゃないですか?」
「また、ユマ姫は酷いこと言うし」
二人はガヤガヤと退出していった。なんとも騒がしい二人である。
因みに、その後、逃げ散った兵士もポツポツと帰還しはじめて、最終的な行方不明者は三割、三百人程度に収まった。なんとか国体が揺らぐような暴動は起こらず済んだのである。
農夫は数を減らしたが、
だが、木村への来客は女王だけに止まらない。
「おーっす、どう?」
田中だ。我が物顔で執務室にやってくるなり、常人なら手で触るのも躊躇する高級木材の執務机、飴色に磨き込まれた天板に、さも当然とケツを下ろす。
「飲むか?」
「助かる」
ただし、木村は嫌な顔をしない。田中は情報集めのついでに、世界中の銘酒を土産に持ってくるからだ。
今回も、田中はバイクを手に入れている。
だからプラヴァスとの往復だって苦にならない。
「くぅー! コイツはまた、キツい酒だな。だけどうっま」
「だろ? 隠し味はスパイス、それと……」
「あの田中サン? この浮かんでるのは……」
「幼虫だ。なんの虫かは知らね」
「グブッ!」
木村がこの蒸留酒に漬けた幼虫を気に入るのはもう少し先の話になる。
「で、どうなん? エリプス王や魔女の足取りは? プラヴァスで魔女を見たって噂は?」
「さっぱりだ、それよりお前が探してるコーヒーのが目がありそうだぜ?」
「え? マジで? 切実に頼むわ」
木村はコーヒーが恋しくて仕方が無かった。
タンポポっぽい植物の根っこを茹でて変人扱いされる程度にはコーヒーを渇望していた。
「それがよ、ポンザル家ってトコが独占しててな、しかも友好的じゃねぇと来た」
「マジかよちょっとぐらい手に入らねぇの?」
「薬扱いなんだよ、元々、量が知れてる」
「くぅー」
遺跡では米を手に入れて、いよいよ欲が出て来た木村であった。
当たり前だが、今回のユマ姫は米やカレーに執着しない。する理由も無い。なのでプラヴァスは情報収集ついでに、木村の趣味で調査を進めている。貴重なスパイスは木村の商会のメイン商材、エルフとの取引にも使えるからだ。
そして、田中も自分の欲に正直な男。
「そういや、俺も聞きてぇ事があったんだわ」
「何よ? 給料は十分払ってるだろ」
「そうじゃねぇよ、金なんざ手に持てる分で十分だ。俺が聞きたいのはユマ姫の護衛のエルフの話よ」
「ん? ガイラスさんの事?」
ユマ姫に専属の護衛などいない。
木村が思いつくとすれば連絡役兼、エルフの戦士であるガイラスだった。
「そうか、流石に厳つい名前だな」
「ガイラスさんがどうしたん?」
「アイツ、相当やるぜ? どんな魔法を使うんだ?」
田中は強い相手に餓えていた。
ソレほどに、刀を手に入れた田中には敵と言える相手が居ない。あまりにも強過ぎて、戦える相手を欲していた。
しかし、木村に言わせれば、もっとヤバい存在が田中のそばに居たハズだ。
「そりゃ、強いけどさ。強さで言えばお前が連れて来たセレナ姫のが圧倒的っしょ」
「まー、確かに、俺も初めてセレナの魔法を見た時ビビったわな。だがよ、戦争ならともかく一対一の戦いにアレほどの火力は必要ねぇだろ?」
「確かに、だけど、あんな魔法、躱せないでしょ?」
「どうかな? 近づけば魔力を乱せる。なにより、アレは違う。戦士じゃねぇ。火力を持った子供だ。例えばダイナマイト持ったお前が強いかって言えば、戦う相手としちゃ不足だわな」
「いや、戦わねぇし」
「そう言うなよ、とにかくアイツが初めてなんだ、俺の太刀筋を初見で見切った奴は」
「はっ?」
斬り掛かったのか? それはマズい、国際問題になると木村は慌てた。
だが、田中はパタパタと手を振って否定する。
「実際に斬り掛かった訳じゃねぇよ。そらっ!」
「ん?」
「今、斬った」
「は?」
「だから、殺気だけでな、斬れるかどうか確認してるんだ。見えねぇんだから普通は反応もしねぇし出来ねぇ」
「それで?」
「でも、アイツは初見で躱しやがった。相当やるぜ?」
「まぁ、魔法も弓矢もバリバリ使える人だからね」
「やっぱりか、ちっ、やっぱ世界は広いな」
田中は獰猛に唸る。この男は誰よりも自分が求める強さに純粋なのだ。
「なぁ、ちょっと話を聞く事は出来ねぇか?」
「いや、俺も殆ど接点ないし」
「はー、つっかえね」
物騒だから絶対に会わせないようにしようと思う木村であった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、銃の量産を進めるとして、新しい武器には訓練が必要だ。射程兵器である以上、数を揃えてキッチリ運用しなければ意味が無い。
「どうです? 中々ではないでしょうか?」
「立派ですね」
木村がユマ姫を招待したのは射撃訓練場だ。従来の弓の訓練場と違い、的の距離が遠い。50m以上の距離だ。
ズラリと並んだキィムラの商会の人間……つまりずぶの素人が、必死に的を狙って次々と火縄銃を撃っていた。
それを見て、ユマ姫は顔を顰める。
「この距離で当たるモノですか?」
「当たります。だからこそ、戦場に革命をもたらすのですよ」
火縄銃の有効射程は100mほど。ただし流石に100mとなればなかなか当たらないし、当たっても減衰して威力は無いが、50mぐらいまで引きつけて撃てば、確実に敵の機先をそげる。
和弓で一般的な近的が28mなので、50mで当たってくれるなら悪くない。
それが木村の計算である。
「これぐらいなら、ロングボウの方が射程が長いようですが?」
「しかし、それなりに訓練が必要ですし、曲射で撃つなら狙って当てられるモノではありません。なにより火縄銃は威力もありますから」
「そんなモノですか……」
ユマ姫は納得していないが、誰もが使える射程兵器と言うのが重要なのだ。農兵を使うにしても、槍で突っつかせるよりも銃を撃たせた方が確実に活躍させられる。
論より証拠と、木村はユマ姫に撃ち方を教えるのだが……
「……これ当てるの、ホントにそんなに簡単ですか?」
しかし、ユマ姫は器用では無かった。50mの的にも中々当てられない。後ろからソレを見て、うずうずしているネルネであった。
「あの、姫様、ちょっと貸してくれません? 撃ち方が違うと思うんですよ」
「えー? ネルネが撃つと、また的を壊しちゃうじゃないですかぁ」
「睨んだだけで人を殺せるエルフの姫君に言われたくないですよーだ」
「またそうやって意地悪言うし!」
じゃれ合う女の子二人。木村は大いに癒やされていた。
「大丈夫ですよ、的は壊れる為のモノですから。むしろ大いに壊して頂きたい」
「ほらやっぱり! じゃあ、姫様見てて下さいよ」
言うだけあって、ネルネの構えは堂に入っていた。重心もブレがなく、引き金を引くとしっかりと的に命中する。
「お見事!」
「ほら! こうやって狙うんですよ」
流石にど真ん中とは行かないが、しっかり当てられるだけで立派なモノだ。一方ですっかりスネてしまったのがユマ姫だ。
「むー、もう良いですよ。ネルネが的を壊しちゃうから」
「あ、そんな事言うんです? キィムラさんも何とか言って下さいよ」
「えと、ユマ様には護身用に、もっと性能が良い銃を作らせていますから」
「もう良いですー! ジュウはネルネに持たせてください」
「あーヘソ曲げちゃいました。もー」
演習を終え、かしましく二人は帰路につく。
木村は二人をニコニコと見送った。実際、護身用にしたってユマ姫が銃を撃つ事はないだろう。
……この時、木村はすっかり田中の警告を忘れていた。このユマ姫が危険な存在とは思えなかった。
そして、演習が終わってからが、いよいよ木村の仕事だ。
色々な銃の命中率を調べ、どの形状の銃が使いやすいか、的の銃痕を確認しながら運用方法を模索する。
そこで、やけに綺麗な的がひとつ有ることに気が付いた。
ユマ姫の狙っていた的だ。
銃痕はない、いや良く見ると木目のフシの部分にひとつだけ、これがネルネが当てた場所だろう。
つまり、結局ユマ姫は一発も的に当てられなかったのだ。
苦笑しながら、的を手に取る。その時だ。
――ピシッ
的が、割れた。
ひとりでに。
亀裂は細かく、そしてあっという間に伝播した。まるで傷が入ったフロントガラス。跡形も無く粉々に砕け散る。
「え?」
意味が、解らない。
木がこんな風に砕けるところを木村は見たことがない。経年劣化だろうか? 新品の的が?
頭に駆け巡ったのは、的を憎々しげに睨みつけるユマ姫の視線。そして、呪いの姫君の噂話。田中の「決して逆らうな」と言う警告。
「まさかな」
呟きながらも、冷や汗が止まらない。
だから二人の会話の違和感と、本当の犯人の存在に、思い至らない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日の夜、噂の二人は、同じベッドにパジャマ姿で揃って寝ていた。
暗殺者が襲って来た日から、度々、影武者としてネルネがユマ姫のベッドで寝る事になってるのだが、枕が変わると寝付けないユマ姫が別の場所で眠るのを渋って、結局二人で寝てたりするのだ。
もちろん、これでは影武者として全く意味が無い。シノニムにとって頭が痛い問題であった。
女の子が二人、パジャマ姿でする会話としては、愚痴めいた人間の品評会みたいなモノとなる。
その中でも、ダントツに審査員受けが悪いのが、あの男だ。
「あのタナカって人、最低じゃ無いですか?」
タナカだ。ネルネは田中を心底嫌っていた。
「えぇ……そんなに悪い人じゃないと思うけど」
一方で、論評を避けるユマ姫。
一緒に旅をして、最後にエルフの国を救ってくれたのが田中だ。にわかに信じられなかったが妹セレナが言うのだから本当だろう。
それに
「剣に生きる、ストイックな人ですから」
「でも、あの人なんか臭いし」
「ほら、ずっと運動してるし、あと燃料の運搬とかしてるから……ね?」
「それに、ガサツで荒っぽいし」
「戦士ってそう言うモノですって」
ユマ姫は、どうして自分が田中のフォローを、それも侍女にしなければならないのか、理不尽なモノを感じながら、それでもネルネの剣幕は大変なモノで、ユマ姫はなだめるしか出来ない。
「なにより、人の名前間違えるし!」
「ネルネって、言いにくいんじゃないかしら……」
「一番最悪なのは、いきなり襲ってくるんですよ!」
「えぇっ!」
流石にソレは問題だ。
ネルネだって女の子、それにネルネはユマ姫の侍女にして影武者なのだから、変な噂になっても困る。
「それは、どんな? 無事ですか?」
「ちょっと! めくらないで下さい! そう言うんじゃ無いですよ」
「じゃあ、暴力を?」
あんな大男が小さいネルネを襲う想像に、ユマ姫は顔を引き攣らせる。
「違いますよ、睨んで、シャッ! って感じでこう」
「斬られたのです!?」
「いや、なんかこう殺気が」
「え?」
「斬られそうな気がビッっと飛んで来て、ヒヤッとしたんですよ」
「はぁ……寝ますよ。明日も早いんですから」
「あっ、信じてないですね! 信じてくれないとおねしょをバラしますよ!」
「えぇ……」
ユマ姫は仕方無く、田中は無闇に人を斬りつける狂人と信じてあげる事にするのだった。
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