思惑を探って?

「どうやら、継承争いが激しくなっているようですよ」

「ふぅん、そうですか」


 ユマ姫は気のない返事、意識はプリンに釘付けだ。

 皿に盛られた大きなプリン、早く食べたくて仕方が無い。帝国への復讐なんて頭から抜け落ちている。

 ユマ姫だって最初は考えていた、いや夢見ていたと言うのが正しいか。人間の王子様と恋に落ち、手と手をとって帝国へと攻め込む未来絵図。

 だけど、憧れの王子様は十二歳のユマ姫にとっておじさんに見えたし、挨拶にだって来てくれない。コレでは憧れだってしぼんでしまう。


「ダックラム家の抑えが効かなくなったカディナール王子は力を失い、昼行灯と言われていたボルドー第二王子が活発に動き始めました。王都は今、混迷を極めています」

「へぇ……」


 ユマ姫も混迷を極めていた。

 目の前のプリン、悩ましげに震える様を必死に目で追う。コレは食べて良いのか? いやでも、まだ話の途中だし……。

 集中力を欠いたユマ姫に、シノニムはプリンを遠ざける。


「ああっ!」

「そこで、重要になってくるのがユマ様の動向です」


 ユマ姫が気になるのはプリンの動向だ、恨めしげに見上げるお姫様に、しかしシノニムは釘を刺す。


「事と次第で、プリンがもう食べられなくなるかも知れませんよ?」

「ええっ! なんで?」

「このプリン、どこからの頂き物だと思いますか?」

「それは、キィムラ商会です」

「そう、そのキィムラ商会が問題なのです」


 勢いづくボルドー王子は軍部からの支持層は厚いモノの、貴族からの支持は極めて少ない。みやびを心得ぬ者と敬遠されてすら居る。


「ユマ様も貴族の端くれ、生まれてこの方、ご機嫌伺の連中は多かったのでは? どんな贈り物が心に響きました?」

「あの、私はハーフで継承権も低くて、なので、そういうのはあんまり……でも、怪しい贈り物に心動かされたりしませんよ!」


 このお姫様はとことんポンコツ。顔には出さずシノニムは続ける。


「そうですか、では、このプリンこそが付け届けと言ったらどうします?」

「うっ?」


 心動きまくりである。


「ええっ? コレ、そんな陰謀めいた贈り物なんですか?」

「ある意味では……」


 全く陰謀めいたモノではない。

 木村はユマ姫が遊びに来る度、お土産にお菓子を持たせるが、必ず一つはその場で食べて意見を聞きたがる。

 表向き、エルフの味覚が知りたいとの依頼だが、だったらハーフエルフのユマ姫では片手落ちだ。

 幸せそうに食べるユマ姫の様子を見て、木村が癒やされたかっただけ。シノニムはもちろん気が付いている。けれども、それで収まらなかったから問題なのだ。


「キィムラ商会は流行りの食品、衣料品、化粧品を扱っている。プリンみたいに貴族だって中々手に入らないモノを多く抱えている」

「そうでしょうね……」

「ボルドー王子にしてみれば、貴族と渡りをつけるため手が出るほど欲しい商会です。ですが如何なる勧誘も断っている。その断り方を知っていますか?」

「さぁ……」

「キィムラ商会は『ウチはユマ姫派だから』と断っているんです」

「え? ユマ姫派なんてあるんですか?」

「ありません」

「ないんだ……」


 無いのである。


 お気楽なお姫様に付いていこうなんて派閥、あるはずが無い。


「体のいい断り方に使われているのです、商人ゆえに勝ち馬がハッキリするまで保留と言う事でしょう」

「へぇ……、それって問題が?」

「だから! お鉢がコッチに回ってきました。ボルドー王子がウチと同盟を結びたがっているのです」

「えぇっ!」


 ここでプリンに支配されていたユマ姫の脳みそがようやく動き始めた。


 念願の王子からのお誘い。

 嬉しい事は嬉しいが所詮は第二王子、勢力は? 失敗すればどうなる? 考えるほどにリスクが高い。


 ユマ姫だって、勝ち馬に乗るために保留にしたい。


「……あの、ウチはプリン派ですって言って下さい」

「…………」


 シノニムは、呆れた。


「なるほど、プリン派ですか……」

「プリン派です!」

「でしたら、ご自身で使者にそうおっしゃって下さいね!」

「えぇ~」


 恥ずかしいし、言えるはずがない。


「それに、キィムラ商会を勧誘しているのはボルドー王子だけではありません。第一王子、カディナール様もです。新しく発表された婚約者、ルージュ様が足繁く通ってらっしゃるとか」

「ほへぇ~! でも実際、凄い商会ですよね? 今まではどうしていたのです?」

「今までものらりくらりと、しかし、商会長のキィムラ様は変わり者。どんな女性にも靡かないとか」

「あ、そうなんですね、ふふっ♪」


 ふふっ♪ ではない。


 コイツは自分の色気でキィムラ商会を籠絡したとでも思っているのか? 小動物扱いの癖に。


 何故か得意気なユマ姫に、シノニムは苛立ちが抑えられない。


「そこに現れたのがユマ姫です、そして降って湧いた継承権争い。王の体調不良も重なって、大変な事になってます」

「あの、それで私はどうしたら……」


 ユマ姫は悩んでいた。

 現状はお姫様の証拠すらなく、全く動けないでいる。そんな自分に出来る事などあるのだろうか?


「どちらの王子につくか、考えても良いのではないですか?」

「それこそ危ないでしょう? 仮に私がボルドー王子に夢中になったとして、シノニムさん、果てはネルダリアのオーズド伯は納得してくれます?」

「それは……」


 シノニムにしたって、動きたくても動けず苛立ちが募っているのは同じだった。現状はカードが少なすぎる。


「下手な賭けに出る前に、情報を集めません?」

「それは……情報部は全力で動いてくれていますが、予断を許さない程に二つの勢力は拮抗しているとか……」


 それも、拮抗の仕方が異なる。明日にでも王が死んだとして、単純に貴族の投票で継承者を決めたなら間違いなくカディナールの勝ちだ。

 しかし、第二王子ボルドーが軍部を動かしてクーデターを起こしたらどうなるか?

 そうなってくると、状況が読めない。なにより、国を割る事態は主戦派にしたって望む所ではないからだ。


「だったら、状況をコントロールする方法を考えた方が良いんじゃないです?」

「それは?」

「まずは、ネルネに話を聞きません?」

「……なるほど」


 シノニムはユマ姫を見直した。


 やはり王女、やはり姫。こう見えて賢い少女だ。

 侍女として送られたネルネード、友達の様に振る舞いながら、中央の紐付きだと理解している。だからこそ、彼女が流す情報で場をコントロールしようと言う話。


 ただ、ひとつ気になるのが急にネルネを付けで呼び始めた事。


 一体二人になにがあったのか……。


 ひとまず、ネルネを呼び出すことに決めた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ネルネ、私達はあなたを尋問しなくてはなりません」

「じんもんっ!? なんで? 私悪い事なんて、してないですよ?」

「本当に?」

「ええ? なんですか? この前、勝手にプリン食べちゃった事ですか?」

「あっ、アレやっぱりネルネだったんですね!」

「姫様、今は控えて下さい。そうでは無く、あなた、宰相へ我々の情報を流しているでしょう?」

「うぅ……」


 シノニムが問い詰めると、ネルネは涙目でぽつりぽつりと語り始めた。


「私は確かに宰相様から派遣されてユマ様にお仕えする事になったのですが……」

「宰相に? 直接ですか?」

「は、はい。あの、元はグレインビルド様の所で侍女をしてて、宰相様と仲が良い方で今度やって来る森に棲む者ザバのお姫様の為にって事で派遣されたのです、優しそうでおじいちゃんみたいだったのに……」

「続けて下さい」

「で、ですね。ユマ様が何を考えているかとか、森に棲む者ザバの戦力とか、後は魔法の力の秘密とか、何でも良いから教えてくれって」

「そう! それです! 正にスパイじゃ無いですか」

「うぅ、で、私言われたとおりに色々伝えたんですよ! 優しそうなお爺ちゃんだと思ったのに、それなのに……」

「それなのに?」


 痛くなるほど膝を握って、ネルネは声を絞り出す。


「それなのに、聞き取りの担当は別の人で、その人はすぐ怒るんです! 全部本当の事なのに、信じて貰えないんです!」

「……えっと、ネルネ、あなた何を報告したのです?」

「あの、ユマ姫様はロクに魔法なんか使えませんよね? 全部嘘ですよね?」

「うっ!?」


 バレていた。


 ユマ姫は誤魔化せているつもりだったが、流石にずっと一緒に居ればネルネだって気が付いた。


「でも、信じて貰えなかったと?」

「そうなんです、なぜだか中央ではユマ姫が恐ろしい魔法の使い手と言う事になっていて……」

「えぇ~!」


 驚いたのはユマ姫だ、寝耳に水。魔法なんてちっとも使えない。それこそ妹のセレナなら一日で王都を焼け野原に出来るけど、自分がそんな風に恐れられる日が来るなんて、夢にも思っていなかった。


「それは、どうしてそんな事に?」

「まず、ゼスリード平原です。ユマ姫は並み居る帝国兵を恐鳥リコイに襲わせて、悠々とその真ん中を駆け抜けたって話になってて」

「あぁ~」

「それにスフィールの破戒騎士団も魔獣でボコボコにしたって」

「…………」


 『偶然』なのだが、誰もそんな話は信じなかった。なぜか?


「なにより、ダックラム公が逃げたのは、ユマ姫を一目見るなり、恐れをなしたって事になってるんですもん!」

「え! 私、そのダックラム公って人、会ったこともないんですけど……」

「でも、なんでか、そう言う事になってるんです!」

「えぇ~」

「あれですよ、私も知らなかったんですけど、宰相が言うには、この前死んじゃった暗殺者もダックラム家の人間らしいですよ」

「あの、ネルネの包丁に慌てふためいていた人ですよね? 凄腕なんです?」

「……あれは、シノニムさんが倒したんだと思いますけど」

「即座に自害したので、実際にかなり訓練された者だとは思いますが」


 相対したシノニムとしても、凄腕の雰囲気は感じていた。

 しかし、その手応えと、実際の結果が伴わない。隙だらけのユマ姫一人殺せないなんて。

 だけど、コレは考えようだ。


「ひょっとしたら、これはチャンスかも知れませんね」

「な、何がです?」


 ギョッとした顔で、ユマ姫はシノニムを見上げた。プリンを忘れるぐらいに嫌な予感がしたからだ。


「いっそ、ユマ姫を恐ろしい魔法の使い手として宣伝してしまうのはどうですか?」

「うぐっ!」


 逃げようとしたユマ姫は、シノニムに首根っこを掴まれた。ネルネを利用しようとして、利用される側に回ってしまった。


「むり! 無理でしょ?」

「しかし、結果は出ています。結果だけみればユマ姫は恐ろしい魔法の使い手と言って良いでしょう」

「あの! 私、あんまり嘘は得意じゃなくて……」


 ネルネも控え目に手を挙げる。

 実際に嘘を吐くのは自分の役目になるからだ。


「嘘は必要ありません、ただ大袈裟に事実を伝えれば良いのです」

「どう言う事ですか?」

「そうですね、凄腕の暗殺者に襲われてもどこ吹く風、怪我一つ負わなかった。ココまでは本当ですよね?」

「はい」


 ネルネはコクコクと頷いた。満足したシノニムは、ユマ姫に指を突き付ける。


「ユマ姫はどんな事をしても死なない、不死の呪いに掛かっていると言えば良いのです」

「えぇ? ユマ様って呪われてるんですか?」


 素直に信じたネルネの横で、ユマ姫がプルプルと高速で首を横に振る。苛立ったシノニムはゆっくりと首を振る。


「違います。でも、コトは呪いなんですから、根掘り葉掘りは聞かれません。暗殺者に狙われて無傷だったのは事実なんですから、そのぐらい話を大袈裟に盛ってしまえば良いのです」

「それって……」

「ユマ姫は呪いの力で不死になっている。どんな武器でも傷ひとつ付けられない。だからこそ帝国兵に囲まれたエルフの都から一人脱出出来たのだと」

「あっ、それなら大丈夫そうです」

「…………」


 ココまで盛ると丸っきり嘘。だけど察しが悪いネルネが、妙に自信をもって頷いた。

 それにちらりと違和感を持ったシノニムだったが、悪い事ではないと気にしなかった。


「あとはそうですね、中央はユマ姫がどんな魔法を使うと考えていますか?」

「あの、絶対に外れない魔法の矢がどこまでも追ってくるとか、死の呪いが周りの人に降りかかるとか、そんな荒唐無稽なのを信じてるんですよぉ」

「それは良いですね。逃げる敵は魔法の矢で撃ち抜く。殺そうとすると死の呪いが降りかかる。無敵じゃないですか」


 それなら暗殺者も減るだろう。シノニムは満足げに微笑んだ。


「わたし、弓矢なんて引けないのに……」


 片や、やるせなくぼやいたのはユマ姫だ。それを聞いたネルネは飛び上がる。


「えっ? 弓も引けないのに魔法の修行と称して私に弓の練習させたんですか?」

「だって、魔法を教えてくれってせがむから」

「ひどい! 私、手を豆だらけにして練習したんですよ!」

「上手になったから良いじゃないですか!」

「はぁ……」


 二人の低レベルな争いに、シノニムはため息が漏れた。

 彼女は知らないのだ。


 低レベルどころの話ではない。

 ネルネの弓は人間の範疇を逸した腕前になっている事を。


 まして、ネルネは知るはずが無い。

 「ユマ姫付きの侍女へと貸し出した弓矢が、尋常ならざる様子で返却された」と大きな噂を呼んでいる事を。

 同じ所にだけ何度も刺さった的と、三本に連なった矢。

 それを見た中央の人間が、ユマ姫の魔法と誤解したなどと。


「取り敢えず、一人だとボロが出そうなので、私も一緒に話を付けに行ってきます」


 シノニムはそう言うと、ネルネと二人で出て行ってしまう。ネルネの所属を主戦派に変えてくれと交渉に行くわけだ。

 残念ながら、それまでおやつはお預け。


「結局、プリンは食べられませんでした」


 一人残されたユマ姫は涙目だ。一気に暇になってしまった。

 他にお菓子はないかと、キィムラ商会からの贈り物を漁り始める。


「これは、何かの衣装ですかねー」


 見つけたのは服。それも、見たことも無いデザイン、装飾。

 木村が見ていたアニメ、エルフの美少女リューナのモノだった。婚約衣装ではないのでほど手の込んだ作りではないが、それでも安っぽいコスプレとは隔絶するクオリティを誇っていた。

 婚約衣装ではなく、今回はあくまでお遊び。だからこそ、杖などの小道具までフルセットで揃っている。

 今にも魔法が飛び出しそうなデザインである。


「でも、ちょっと似合わないかも」


 今のユマ姫はショックを受けておらず、髪はピンクのまま。決意を秘めた銀髪エルフのリューナの衣装は、あんまり似合っていなかった。

 木村は、ユマ姫が昔は銀髪だったと聞いてイメージを膨らませて衣装を作っていたが、ふわふわした印象のユマ姫にはあんまり似合わない。


 だけど、浮世離れしたデザインは面白い。

 元がアニメだからこそ、全く異なる世界から来たのだと、説得力のある造形。


 図らずも、でっち上げたばかりの『不死と呪いの姫君』の二つ名に相応しいイメージ。


「良く見ると、カッコイイかも!」


 ユマ姫は、ワクワクしながら鏡の前でファッションショー。杖を構えたり、カードを並べたり、ご満悦である。

 そこに、ガヤガヤと、中央から二人が帰ってきてしまった。


「複雑ですよぉ、私の報告は何にも信じてくれなかったのに、なんで睨んだだけで人を殺せるとか、鍵の掛かった部屋にも侵入出来るとか、どう考えても嘘なのに信じちゃうんでしょう?」

「そう言うモノです、後はブランディングをしませんと」


 その時、ユマ姫はマジカルファッションショーの真っ最中。


「『我望む、天と地を揺るがす原初の火』あっ!」


 ……これは恥ずかしい。


 ユマ姫はノリノリで呪文を唱え、カードを投げたタイミング。バッチリ二人に見られてしまった。


「なっ! なんですか! ちゃんとノックをして下さい!」


 顔を真っ赤に猛抗議。


「開きっぱなしでしたよ……」

「その格好! 本当に魔法が?」


 呆れるシノニムと裏腹に、ネルネは目を輝かせる。こう言う衣装は彼女の憧れるところだった。


「はぁ、ネルネ。違います! コレはキィムラ商会からのプレゼントに混じっていた服で……」


 言いながらも、シノニムは気が付いた。

 コレは使える。


 この衣装でユマ姫を踊らせて、ちょっとした光でも魔道具で浮かせれば魔法使いの完成だ。


「ユマ姫様。ご自慢の魔法、たっぷりネルネに見せてあげましょう」

「えっ? あの、そういうのはちょっと」


 シノニムの邪悪な目で睨まれて、ユマ姫はすっかり腰が引けてしまった。


「コレで色々抑えが効きます。ひょっとして私達がダックラム家のポジションに収まる事も……」


 ソロバンをはじき始めるシノニムだが、そう言えばキィムラ商会のお土産には鍵を掛けていたハズと思い出すが……。


 あまり深くは考えなかった。

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