これが魔法?
豪華な客室。二人の少女が世間話に花を咲かせる。
「まさかユマ姫様って、魔法が使えないんですか?」
「そ、それはね、あの、使えるんだけど。ここじゃ危ないじゃない?」
勿論、嘘だ。
ユマ姫は、輝くネルネの目を見て、使えませんと言えなかった。
ユマ姫にとって年齢の近い初めてのお友達。ネルネにはちょっと見栄を張りたいお年頃。
ここは王都、ネルダリア領主の別邸。
中央から派遣されてきたネルネは、同じハーフエルフとして、ユマ姫の魔法に興味をもっていた。
「えぇ! じゃあひょっとして私にも使えますか?」
「えと、あの、厳しい修行が必要だから……」
勿論、嘘だ。
ハーフエルフは魔法が使えない。脳の魔法回路が不完全であるからだ。
古代人の奴隷として、魔力が濃い地底での作業を強いられていたエルフ達。彼らは魔力を顕現させる回路を脳に刻み込まれている。望む作業を口にすると、無意識に魔法回路が頭に浮かぶのだ。
エルフは魔法を使って、穴を掘ったり、明かりで照らしたり、魔獣と戦ったり、なんでもござれ。言わば歩く重機。古代人は便利に使って来たのだが、彼らに反乱されては堪らない。
そのストッパーの一つが、魔力が無くては動けない事。もう一つが、血が薄まると魔法が使えなくなる事だった。
古代人とのハーフは魔力が無くても生きていける。ただし、肝心の魔法が使えない。脳に刻まれた魔力回路が壊れてしまうから。
だから、
他の誰にも真似出来ない事だ。もちろん今のユマ姫では使えない。だからこそ、ネルネの決意に困ってしまう。
「わたし! どんな厳しい修行にも耐えて見せます!」
えぇ~! 声に出来ない悲鳴を噛み締め、眉をハの字に困ってしまう。
そんな様子をシノニムは微笑ましく見つめているのだが、本人は堪ったモノではない。
「あの、まずは弓が使えないと話になりませんから、エルフの奥義は弓矢を加速して制御する魔法ですもん」
「わかりました! 弓を借りてきます!」
「えぇ~!」
今度こそ、声に出てしまうのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「借りてきました!」
そうして、ネルネの弓の修行が始まった。
いや、借りてきた弓で遊んでいるだけだ。弦を引く事もままならない。しかしネルネはツボに嵌まったようで、文句も言わずに練習し始める。
良かったコレで解決、すぐに飽きて音を上げる。
ユマ姫はそう思って、お菓子を頬張るのだった。
「あの、ちょっと弓を見て貰って良いですか?」
「ぐふっ!」
だから、三日後にそう言われた時は、え? と思った。頬張ったビスケットが喉に詰まる程驚いた。
「まだ三日しか経っていないじゃ無いですか!」
「でも、これ以上どうして良いか解らないし……」
……ユマ姫にだってどうすれば良いか解らない。
「とりあえず、見て下さいよ。我ながら筋が良いと思うんです」
「……そうですか」
そうして、洗濯物が干される中庭で、ネルネの腕前を見る事になった。
ネルネは木の幹に、これもまた借りてきた藁的を括りつけると、弓を手にテクテクと距離を取る。
「え?」
「どうしたんです?」
「いえ、何でも」
3mぐらいの距離で矢を射るのかと思ったら、優に10mは距離を取る。ユマ姫の力では矢も届かない距離である。
「では、見てて下さい」
「わかりました」
ユマ姫の前でネルネが矢を番え、放つと、矢は真っ直ぐに的に当たった。それもど真ん中である。
「おぉ~!」
「ね、凄いでしょ」
思わず拍手。
偶然とは言え、ど真ん中だ。中々凄い。きっと毎日何時間も練習したのだろう。いや、ひょっとして次も真ん中に当ててしまったりするのだろうか? とユマ姫は焦って見ていたのだが……。
しかし、ネルネは二射目は放たず、再びテクテクと的に近づき、突き刺さる矢を引っこ抜いた。
「何してるんです?」
「だって、同じ所に当たったら矢が壊れちゃうじゃないですか」
いやいや、一射するたびに的から矢を引っ剥がしていたら練習にならない。おおかた借り物を万が一にも壊したらマズいと臆病になっているのだろう。この調子なら大して練習出来ていないなと、ユマ姫は胸をなで下ろした。
「じゃあ、次!」
「はいー」
ニコニコと見守る先、シュッ! と鋭い音がして、無情にも矢は『ど真ん中』に。
「…………」
「凄いでしょ?」
「……ええ、ええ」
偶然、なのか? いや、しかし。ユマ姫は焦った。
「あの、そのまま、もう一射して下さい」
「ええ? じゃあ、ちょっと右に当てますね」
嘘だと思ったら、本当にちょっと右にズラして矢が突き刺さる。
「…………」
「ね?」
ね、じゃない。
あり得ない。
10mだ。風だってある、洗濯物がバサバサと揺れている。
「あの……」
「なんですか、まだ足りませんか?」
「次は、完全にど真ん中を狙って下さい」
「ええ? 最初の矢がまだ刺さってますよ? 壊れちゃいますよ?」
「いいから!」
そうして、放たれた矢は、ど真ん中に刺さる矢のお尻、筈の部分に突き刺さり、ぶらぶらと揺れた。
継ぎ矢と言うヤツだ、魔法もなしでこんな事は滅多に無い。
「ほら、壊れちゃったじゃないですか! 弁償して下さいね! 怒られるのは私なんですから」
「うん、ええと……」
ユマ姫は困惑する。こんな事、狙って出来るモノなのだろうか? いや、違う。こんな事は不可能なハズ。でも現にやっている。本当に弓の天才なのかも知れない。
いやいやいや、そんな事より問題なのは、こんなに弓が上手なら、魔法を教えない訳には行かなくなった。焦ったユマ姫が苦し紛れに出したのは滅茶苦茶な課題。
「じゃあ、次はその矢のお尻に、また矢を刺して下さい」
「ええぇ? 本格的に怒られますよ! 弁償ですよ!」
「いいから!」
「知りませんからね」
継ぎ矢した場合、当たり前だが二本分の矢の長さになる。そよ風で大きく揺れてもいる。こんな所に矢が刺さるハズが……
「はい!」
刺さった。継ぎ矢に次ぐ継ぎ矢。こんなのは魔法を使ってもちょっと無理だ、聞いたことも無い。
「あっ!」
三本分の重さに耐えられず、藁に刺さった最初の矢が抜けると、三本が一緒にぽとりと落ちた。あんまりな出来事にユマ姫は矢に駆け寄って、トリックがないかと調べ始めた。
「どれも、筈のお尻のど真ん中。少しもズレてない」
あり得ない。でも、本当に?
焦ったユマ姫は、ペンを取り出して、赤いインクで木にちょんと印を書いた。
「今度はここに射って下さい」
「ええ? 木を傷つけると園丁さんに」
「良いから!」
と、いうか、ペン先で刺しただけの点、見えるだけでも驚きなのだが……もっと驚くのは、寸分違わぬその場所に矢を突き立てて見せるネルネの腕だ。
もう怖くなって、ユマ姫は青くなる。
「嘘でしょ? 嘘だよね……」
思わず駆け寄って、少しもズレていない事を確認する。だが、ネルネも慌てた。
「ええぇ! 危ないですよ」
ネルネは、当然今度も継ぎ矢をするものと準備して二射目を引き絞っていた。息を吸うように矢を番え、息を吐くように矢を放つ。染みついたリズム、突然には止めがたい。
このままではユマ姫に刺さって……刺さって?
「刺さらない?」
ネルネは目標に矢が刺さった姿を想像し、そこから逆算して矢を放っていた。
だから、ユマ姫に矢が刺さる心配が、そのまま発射のイメージになってしまう。一度イメージしてしまえば、止めがたいタイミングで矢は放たれる。
だけど、矢は放たれなかった。放てなかった。
どうやっても、刺さるイメージが湧かないから。
こんなのはおかしい、弓を持って数日だけど、今までで一度もなかった。
「なんで?」
だからネルネは矢を番えたまま、ムキになって刺さるところを探してしまった。頭、腕、背中、足。どこも刺さらない。不思議に思いながら狙い続けると、一点だけ刺さる場所が見つかった。
体のど真ん中のど真ん中、ほんの、ほんの小さな点。矢のお尻? インクの点? そんなモノはネルネにとって、巨大な的。
ユマ姫は、針の先っぽよりも小さい点で、そこから少しでもズレると当たらない。だけど、ココなら当たる、当てられる。
ネルネは喜んだ。だけど、喜べないのがユマ姫だ。
「なっなんで!」
腰を抜かしてしまう。矢の考察に気を取られ、気が付けばネルネが真っ直ぐコチラを狙っているのだから無理もない。
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
ユマ姫は、必死で謝る。嘘がバレたのかと思ったから。腰が抜けたまま、後ずさる。それでも、ネルネの構えた鏃がピッタリと追ってくる。
「ううっ」
「あっ!」
泣きべそをかくユマ姫を見て、ようやくネルネは正気に返った。
「ご、ごめんなさい」
「危ないですから! もう止めてください」
「で、でも! 弓の腕は十分でしょ、練習したんですもん!」
……ここでダメと言うと後が怖い。また弓で狙われたら堪らない。
そう思ったユマ姫は、嘘に嘘を重ねてしまう。
「もう、出来ています」
「ええ? どこが?」
「その命中率! 他の誰にも真似出来ないでしょう。保証します! それこそが魔法です」
「えー! そんなの地味ですよ」
「そう言うモノです!」
苦し紛れの嘘。
なれど、苦し紛れの嘘は本質を突いていた。
ネルネの魔力は250もある。
そして、思考に影響されるのが魔力と言うエネルギー。
だから、これはネルネの魔法。体系だった魔術回路から発現する法則と違う、思いから結果を引き出す。
言わば本物の魔法。奇跡そのもの。
だけどネルネは納得しない。
「じゃあ、その、ユマ様が使っている、矢が当たらない魔法を教えて下さいよ」
「え?」
ユマ姫にとって、寝耳に水なのであった。
「そ、それはまた今度ですね」
「えぇ~」
そうしてまた嘘を吐いてしまうのだった。
因みに、矢の弁償でユマ姫のおやつは大分減った。矢は案外高いのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます