聖女伝説3

 瞬く間に市街地を制圧した王国軍だが、第二城郭に踏み込もうとはしなかった。


 しんと静まり返った市街地に響く、侵略者たる王国兵の声。

 しかし、それは略奪によるモノではなかった。


「食糧を配る。表に出ろ!」


 王国軍は、まずは食べ物で住民を懐柔する策に出た。帝都の新たな支配者を強烈に印象付ける事が何より大切だったから。


 食べ物につられ、おっかなびっくり外に出た市民が見たモノは、メインストリートに立ち並ぶ王国兵の勇姿となった。

 餓えた野犬の群れと聞いていたのに、実に統率がとれている。我が物顔でウロつく帝国兵とは比較にならない。


 数々の悪評はプロパガンダに過ぎなかった。


 これがまず、帝都の市民にとって最初の衝撃となる。

 帝国は真実負けたのだと、認識させる一助となった。


「ユマ様がおいでになる! その目に焼き付けろ! 食糧はそれからだ」


 そして、その兵士達がズラリと並び、皆が皆、一点を見つめ、一切を見逃すまいと、城門から目を外さない。


 ユマ姫とはそれほどの存在なのだと、印象付けるに十分だった。


 こうなれば、略奪を恐れ、固く戸締まりをして家に籠もっていた市民ですら顔を出す。


 この手のパレードで食糧が配られるのは良くある事。それに、コレから姿を見せるのが噂に名高いユマ姫とあれば、配給などなくても見物であった。


 ユマ姫をバケモノとするプロパガンダが、逆に好奇心を刺激してしまった格好だ。


 気が付けば、街頭には人が溢れかえり、先ほどまでの静寂が嘘の様にザワめいた。

 誰もがユマ姫を待ちわびて、不安が期待に塗り替えられていく。



 ……集まった民衆は、まだ知らない。



 現れるユマ姫に、この世の全てが塗り替えられていく事を。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 開け放たれた城門。

 脇にそびえる門塔には王国旗がはためき、道の左右を王国騎士がびっしりと固めている。


 もはや城門は完全に王国に占領された。


 ユマ姫親衛隊隊長であるグリードが手を振ると、管楽器の音色までもが響きだす。


 いよいよパレードが始まる。

 この方こそがユマ・ガーシェント様だと、万人に見せつける示威行進だ。


 グリードは確信していた。帝都の市民がひと目ユマ姫を見た瞬間に、神格化された皇帝への信仰心は消え去り、新たな神の降臨に歓喜すると。

 その光景を想像するだけで、自然と笑みが深くなる。


 なのに、城門前、いまだユマ姫の姿は見えない。朝から装甲車の中に籠もりきりであった。

 女性のお色直しは長いと、グリードはのんきに考え、ぼんやりと遠くを見ていた。


「なんだ、アレは?」


 だから、いち早くそれに気付いた。彼方から一匹の裸馬がコチラに駆けてくるではないか。


 それは図抜けたサイズの黒毛。

 騎士ならば誰でも憧れる馬体であった。


 それがそのまま、ユマ姫が待機する装甲車へと突撃してくるではないか。


「マズいぞ!」


 それこそ異常な不運に見舞われる主君を思えば、グリードは慌てて装甲車に駆け寄った。


 それがマズかった。


 目に飛び込んだのは装甲車から突き出された、すらりとのびる『足』。

 薄い絹糸で縫い目もなく編み上げた白く透けるようなガーターストッキングに、同じく純白にキラキラと光を反射するハイヒール。


 それらが装甲車から飛び出すや、艶めかしくもくねらせて、そのまま馬上に飛び乗った。


「ご苦労」


 ユマ姫だった。

 馬上から、ひと言、グリードに応ずる。

 しかし不敬にもグリードは返す言葉を持たなかった。

 それどころか、呼吸さえままならない。



 見上げる馬上のユマ姫が、余りにも美しかったからだ。



 余りの衝撃に尻もちをつき、そのままピクリとも動けずにいた。

 どこまでも漆黒の馬体と、輝くような純白のユマ姫のコントラスト。


 切り取られた光景は、現し世と画する絶佳ぜっかを誇る。


 圧倒的な美。

 もはや暴力となった美しさを目にしたグリードは、脳の情報量が飽和し、ショック症状に陥っていた。

 呼吸も忘れ、バクバクと心臓が高鳴り、パクパクと口を動かすも、仕事を放棄した体は少しも自由にならなかった。


 見上げる姿勢に逆光となり、ユマ姫の姿をハッキリと目視出来なかった事が、グリードの命を救ったと言って良い。

 そうで無ければ、間近からユマ姫の姿を見上げたグリードは、その場でショック死したとして、すこしも不思議では無かったぐらいだ。


 いよいよ酸欠になり、チアノーゼを起こした顔がようやく酸素を取り込めたのは、既にユマ姫が城門をくぐり抜け、だいぶ後になってからだ。


 ゼェゼェと酸素を取り込みながら、グリードは命の危険を感じ、ユマ姫の後ろ姿を見送れなかった程である。


 見なくて正解と、そう言えるであろう。


 髪が風にそよぐ度、覗く背中は滑らかな素肌を外気に晒し、金の装飾が容赦なく締め付ける様は、命を奪う程の美しさと、


 ……狂気に満ちていたのだから。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 城門の向こう、市街地の広場で待っていた帝都の市民は何事と顔を見合わせた。


 高まった期待感を爆発させるように、城門からは管楽器の音が響いていたハズだ。

 いよいよ始まるパレードに、誰もが快哉を叫んでいたハズだ。


 それが急に静まり返ってしまったのだから、混乱するのも無理はない。


 帝国市民がよく知るパレードは、津波のような歓声が徐々に迫ってくるのが恒例である。

 それが逆、やって来たのが静寂だったのだから不思議でならない。


 なぜって、帝都の市民は皇帝の生誕パレードなどで、この手の行事に慣れっこだった。それだけに首を傾げる。

 ナニか事件かと、それまでと違った喧噪が場を支配していく中、それでも王国兵達は、当然とばかり微動だにしなかった。


 何かとんでもないモノが来るのだと、市民は遅ればせながら理解した。

 市民の脳裏を過ぎったのは、プロパガンダに石を投げた魔王ユマのパネルであった。


 まさかと信じていなかったユマ姫と称する怪物の姿。


 何人もの市民が、まさかひょっとするのかと、恐怖に引き攣りツバを飲み込む。

 しかし、現れたユマ姫の姿は、そんな彼らの想像を上回る程に凶悪であった。


 静寂が、場を、支配する。


 音が無くなった世界を、ユマ姫が進む。

 ゆったりと馬を歩ませる音だけが、空気に伝わる全てであった。


 まず目につくは、信じられない大きさの黒毛の牡馬だ。


 帝国市民にして、これほどの名馬、皇帝への献上品としても目にした事が無い。艶やかな毛並みは、この馬一頭でもパレードが成り立つほどに絢爛であった。

 耳聡い者ならば、この馬がロアンヌが誇る『主』だと気が付き、二度驚いたに違いない。

 かの馬は決して懐かず、人を乗せないと有名だからである。


 しかし、そんな驚きも、馬上に跨がる人物を目にすれば掻き消える。


 だが、そもそもにして、多くの人間は姫の姿を直視する事すら叶わなかった。



 生存本能が、目視する事を引き留めたのだ。

 衝撃に耐えられず、精神を壊してしまうから。



 漆黒の馬体に伸びる、白いおみ足を見るだけで脳が揺さぶられる。

 大胆に開いたスリットから覗く足は、視界に過ぎるだけで破滅的な狂乱を脳にもたらした。

 鞍も置かず、黒毛の背中に直接腰を下ろす様は何とも言えず官能的で、見てはイケないモノに思われた。


 毎年のパレードで、「高貴なる皇帝陛下を無遠慮に見るな」と言いつけられる帝国市民であるが。

 本当の高貴なる美を前にすれば、自然と頭が下がり、直視など叶わないのだと知る事となる。

 誰もが息を飲み、ツバを飲む事さえ許されず、ポカンと開いた口から唾液を垂れ流す。こうなれば市民は間抜け面を晒すしかない。


 ならば、ユマ姫を見慣れた護衛の騎士たちはどうか?

 彼らはスリットから覗く官能的な足、馬に跨がる臀部までは耐えられた。

 しかし、シャンと伸びた背筋、煌めく銀の髪、そして、大胆に素肌を晒す脇腹を見るや、自然と体が固まった。

 くびれたお腹の正面にだけ、へその形まで解る程に貼り付いた僅かな布地は、却って大きく開け放たれた脇腹の美しさを強調する。

 まして、華奢な脇腹に浮かんだ肋骨の、痛ましいまでの美しさたるや。それだけで、か弱くも儚い少女の苛烈な狂気を体現していた。


 更に、その痛々しくも浮かび上がった肋骨の隙間に沿うように、か細い金の鎖が過酷なまでに体を締め付けられているのを見て、冷静を保てる者がどれだけ居るのか。


 ユマ姫を見慣れた騎士であっても、立っているのが精一杯の惨状である。



 そんな、音が殺された広場にあって、奇妙な金属音がシャンシャンと響き始める。



 ユマ姫以外に、この場に動ける者が存在したのだ。


 それは悪魔の一団だった。

 歪んだ金属の鎧を身に纏う異形の怪物。彼らは天使ユマの信望者だ。


 元々、生きながらに多くの伝説を持つユマ姫だ。

 噂が噂を呼び、話が大きくなるにつけ。遠く離れた帝都に於いて、ユマ姫を天使や神と同列に語る信望者が生まれてしまうのは必然といえた。


 まして戦端が開かれてからは、その信仰心を補強するエピソードに事欠かない。ゾンビ退治に巨獣退治、空から隕石を降らせ、略奪に苦しむ村へと降臨してみせる。

 信望者の中で、一度も実物を見た事が無いままに、ユマ姫への妄想ばかりが大きく膨れ上がっていった。

 そこに持ってきて、木村が配布したユマ姫の物語を記述した一連の叙事詩は、『漫画』と言う見慣れない、それでいて革新的な形式で物語を彩った。


 もはや彼らにとってユマ姫とは神を越える存在となる。

 その神が遂に帝都に降臨するのだ。



 一世一代の待ちわびた瞬間。

 彼らにとって、この場に奇跡が満ちるのは当然だった。



 ひたすらに上げ続けた期待値。だからこそ、彼らはユマ姫の美にあてられて、それでも動く事が可能であった。

 鎧の音を不規則に響かせながら、壊れたゼンマイ仕掛けのロボットの様に、ユマ姫に近づいて行く。


 動けない市民も、王国騎士すらも撥ね除けて。


 なにせ、彼らの覚悟は決まっていた。これだけの一大時。ユマ姫の姿を人間に過ぎない自らの網膜に焼き付けるには、当然に命懸けになると、城門に攻め込む時よりも、なお危険を伴うと覚悟してこの場にいる。


 それどころか、彼らの中には、天使ユマと自分の世界を永遠のモノにするべく、狂気のままに武器を握り締める者も少なくない。

 ユマ姫の血肉を世界に捧げ、完全な世界を導こうとする者すらも居た。


 狂信者たちは、唇を噛み締め、歪んだ鎧が体を貫くに任せ、痛みで狂気を加速させる事で、暴力的な美に抗った。

 鎧の隙間から血を滴らせ、それでも歩みを止めない様は、真実、悪魔の集団と言える。

 彼らはあわや、ユマ姫に槍が届く距離にまで近づいてしまう。


 その行軍も、馬上で背筋を反らし、大きく突き出されたユマ姫の双丘を見るまでだった。


 肋骨が浮き出る程に華奢な体に対し、胸のふくらみは柔らかく、豊かだった。


 その優美なる曲線を主張するように、胸の上、金の鎖がゆったりと揺れている。

 金鎖が流れ落ちる双丘の狭間には、この世の神秘が丸ごと納まっているかに思われた。


 その時、奇妙な鎧の集団の接近に驚いて、馬の足が少し乱れた。


 それだけで、途端に締め上げる金鎖の痛み。

 ほぅと悩ましげに息を吐くユマ姫。

 気恥ずかしさに紅潮した肌に汗が浮かぶと、胸元に踊る珠の汗が雫となって、胸の狭間に吸い込まれていく。


 更には、身をよじる事で金の鎖が双丘を締め付け、暴力的な柔らかさを伝えてくるのだ。


 コレを見てしまえば、どんな覚悟も吹き飛ぶしかない。

 妄想と妄執で上げ続けたハードルを、加速する現実が置き去りにしていく。


 悪魔に成り果てた集団は、ブリキのおもちゃに変じてしまった。

 ガラガラと崩れ落ち、中の人間を晒して、悪夢の行軍は終わりを告げた。


 それに呼応して、広場の対面からは別の集団が姿を現した。


 ずた袋を被り、血に塗れたエプロン、ガタガタになった鉈やノコギリは血の跡が錆となりこびり付く。


 聖女ウルフィアの信望者たちだった。


 彼らに込められた覚悟、そして決意は、天使派すらも凌駕していた。

 なにせ、この瞬間は、彼らの命を救った聖女ウルフィアが命を賭して作った時間。彼らはそう信じているからだ。


 ユマ姫の正体は魔王。無数の邪悪なる権能を小さな少女の体に押し込んだのは、他ならぬ聖女である。

 この機を逃せば、聖女は魔王に殺され、帝都は、世界は、闇に閉ざされる。


 ユマ姫の自業自得ではあるのだが、そこまでの決意をもって彼らはこの場に参じていた。

 彼らに掛かっていたのは、自らの命ではなく、自らを救ってくれた聖女の命。自分の命だけを賭け、ユマ姫の美に立ち向かった天使派とは訳が違う。


 締め上げられる肋骨の痛みや、柔らかな双丘の美しさを見ても、彼らの歩みは止まらない。


 歯を食いしばる事で、痛々しくも、過酷な美に抗った。

 今も命を削り、悪魔と戦う聖女の苦しみを思えば、抗えた。


 市民の間を縫い、騎士を蹴飛ばし、ブリキのおもちゃを跳ね除けて、とうとうユマ姫に肉薄する。


 しかし、そこまでだった。


 中天に差し掛かった太陽が、金の鎖に彩られたユマ姫の肩を輝かせたからだ。

 締め付ける金の鎖は狂気そのもの、彩る宝石の淫靡さたるや悪魔の王を名乗るにふさわしい、視覚への暴力となって彼らを貫いた。

 まして、か細い首を締め付ける金の鎖が、ユマ姫に込められた覚悟と決意を物語る。それは、聖女ウルフィアの命が掛かった聖女派ですら及びが付かない狂気を示して止まない。

 苦し気に浮き出た青白い静脈は、彼女もまた命を賭してこの場に居るのだと訴えた。


 苛めたい、殺したい、食べたい。そして、助けたい。


 聖女派の決意は、欲望で上書きされ、さらには痛ましい悲哀の美しさに塗り替えられる。


 人ならざる超常の者が命を賭け、自らの恥辱すら投げうちこの場に居るならば、ただの人間が持つなけなしの覚悟も、決意も、もはや意味をなさない。


 一人、また一人と、その場に突っ伏して動けなくなる。


 今も命を削る聖女に申し訳無いと涙を流しながら、それでも頭をグチャグチャにされるユマ姫の色気と可憐さに脳を壊され、膝を折り、動けない。


 ただ一人を除いて。


 彼女は女性である事、まだ色気も理解出来ない歳である事、なにより短い人生の輝ける時間、その全てが聖女ウルフィアがもたらしたものだったから。

 零れ落ちそうだった命も、家族と呼べる仲間すら、聖女に貰った全てである。


 幸せだけでなく、絶望までも彼女は聖女から貰って生きていた。


 強そうな兵士達の命が目の前であっさりと散っていく。

 その光景は今も彼女の目に焼き付いて離れない。死に際の顔に浮かんだ苦しみ、恐怖、そんな彼らを丸ごと喰らって生きていく罪すらも、聖女によってもたらされた。それら全てが宝物。


 だから不格好な『ずた袋』を被った幼女は、とてとてと歩く。歩き続ける。


 そうして、辿り付いた。

 広場を貫く通路のど真ん中。やっと辿り付いた終着点。


 ユマ姫の行く手を、遮る様に立ち塞がった。

 まだ幼い彼女だけが、小さいナイフを握り締めてユマ姫の元に辿り付いたのだ。


 なれど、神々しい光輝を直視せぬよう、ぼんやりと一部始終見守ってきた市民にしてみれば、幼女の行為はあまりにも無謀だった。


 ユマ姫がなにもせずとも、立派な体躯の牡馬にあっさりと踏み殺されてしまうに違いない。

 幼女が踏み殺される光景は想像するだけで痛ましく。少しだけ市民を正気に戻した。


「…………」


 一方で、ナイフを構え、ガチガチと歯を鳴らす幼女が立ち塞がる様を、ユマ姫は馬上から困ったように見下ろしていた。


 そう、見下ろした。


 だから二人の目が合ってしまう。

 だから幼女は、刺し違える覚悟で構えていたナイフを取り落とす。


 見つめるユマ姫の瞳が、余りにも美しかったから。


 桃色に輝く右目と、髪と同じに輝く銀の左目、それは肩を彩る宝石と同色であった。


 整ったかんばせは、この世の全ての辛苦と愉悦を同時に体現する。


 なにより、その頭上を飾る冠の輝きは、皇帝の王冠よりも遙かに優美で荘厳だった。我こそが神だと主張するように。


 それはユマ姫の秘宝。成人の儀で勝ち取った、エルフが誇る宝であったから。


 ユマ姫は、この日にこそは、秘宝を身に付けると決めていた。

 父の王剣は馬に括り、掘り返した兄の双剣も柄だけをぶら下げている。

 そしてセレナの秘宝はユマ姫の中で輝き続けていた。


「やったよ、みんな」


 小さな呟きは、誰にも聞き取れなかっただろう。


 微笑むユマ姫は、ヒラリと馬から飛び降りる。

 (その時、高く上げて組み替えられる足の動きに幾人かの意識が刈り取られるが、彼女の知るところではない)


「ごめんなさい、ウルフィアさま」


 そうして蹲って聖女に謝り続ける幼女の前に降り立つと。首根っこをむんずと掴み、立ち上がる。


 市民は、幼女がユマ姫に食われるところを幻視した。

 あんなに美しい姫が人を食うところを想像出来てしまう。


 それが異常だと思いながらも、何故か想像出来てしまう。


 そして、思わず、目を瞑る。


 だけど、そうはならなかった。

 ユマ姫は幼女の首根っこを掴み、そのまま馬上に飛び乗った。


 そして、そのまま幼女を自分の前に乗せたのだ。


 優しい手つきで幼女の被るずた袋を剥ぎ取ると、可愛らしい幼女の素顔が晒される。

 ユマ姫は、幼女の頭を撫で、微笑む。ユマ姫は幸せだった頃の、昔の自分を思い出していた。


 一方の幼女は、突然の展開について行けない。


「なに? お姉ちゃんは? だれ?」


 悪魔だと、魔王だと聞いていた。

 だけど、幼いゆえに直感的にそれが違うと気が付いた。


 頭に手を置く優しい暖かさには覚えがあったから。


 ユマ姫はニッコリと微笑んで、黒い目隠しを取り出し、身に纏う。

 そこで、気が付いた。


「あっ、ああっ!」

「私の名前は、天使ユマ。そして、聖女ウルフィアです」


 澄んだ声での宣言は、広場の隅まで、もれなく届いた。


 瞬間、凍り付いた空気が爆発する。


 聖女は天使だった。

 全ての奇跡は、ココにある。


 人々の祝福は天へと駆け上り、爆発的な歓声が鼓膜をつんざく。

 きっと、帝城へも届いたに違いない。それはユマ姫こそが帝都の本当の主だと印象付けるに十分だった。



 その時、天使派と聖女派、それぞれが持ち寄ったパネルが独りでに切り裂かれ、吹き飛んだ事に、誰も気が付きはしなかった。


 後で気が付いたスラムの人々は、本物と比べ、まるで至らない稚拙な絵に神々の怒りが落ちたのだと結論付ける。


 幼い儚さと、溢れ出す大人の色気。

 両方を矛盾なく内包する狂気の美貌が現実にあるのだから。

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