蜂起と開門

 穏やかな秋晴れの朝。

 澄み切った空は遙か高く、雲は彼方を流れている。


 まだ微睡む者も多い時間。突如響いた砲声が、緩慢な空気を切り裂いた。

 王国軍の帝都攻めが始まったのだ。


 平和な空とは対照的に、濁った硝煙の雲からは銃弾の雨が降り注ぎ、地上には死が満ちていく。


 これまで王国軍は帝都を包囲しながらも、積極的な攻城戦に出ていなかった。

 それが、一転しての大攻勢。帝都の城門は大混乱に陥った。



 城門を守る責任者であるガーランド中将は、門塔の守衛室から戦場を見下ろして呻いた。


「奴らの狙いはなんだ? 今になって、どうして攻めてきた?」


 副官のゴスル少佐は城内の地図を広げ、答える。


「しびれを切らした、と言う事でしょう」

「今更か?」

「今だから、ですよ」


 広げた地図には拡大するスラムが詳細に記入されていた。

 今まで王国が打って出なかったのは、平和を愛するユマ姫が市民を犠牲にする事を嫌った為と言われている。

 しかし、食料不足はいよいよ深刻となり、暴動が繰り返し起きている。路頭に迷う人は増える一方だ。

 市民を巻き込まない様にと手控えする必要は、もはやなくなったと言える。


「市街地はどうなっている?」

「市民に動きはありません」


 外からの攻勢と連動し、内からは暴動が起こる。それこそがガーランド中将の恐れる所だった。しかし、動きは無いと言う。


「いっそ、アレをやるか」

「正気ですか?」


 ゴスル少佐は顔を顰める。ガーランド中将が秘かに温めていたのは悪魔の計画だ。


「名付けて『強制市民の盾』作戦、良いじゃないか」


 それは、無辜の市民を盾にして城門の防衛にあてるという、非人道的な策だった。

 炊き出しだのなんだと嘘を付き市民を誘導。戦場へと誘い出して直接的に盾にする。その悪辣さにゴスル少佐は抵抗を示したが、それも優しさからではない。下手をすれば暴動が発生し、余計に被害が拡大するからだ。


「寝た子を起こす事になりかねません」

「ふん、このまま放置しても何時かは抜かれる」


 ガーランド中将の言う事も一理あった。秋の収穫期を迎えても兵が引かないと言う事は、王国は帝都を諦める気がないと言う事。

 このままではジリ貧だった。


「今すぐ、市民を誘導しろ。抵抗するなら撃ち殺しても構わん」

「了解しました」


 そうして、悪魔の計画が実行に移される直前。外から一際大きな歓声が上がる。


「何だ? ナニが?」


 窓に駆け寄ったガーランドは信じられないモノを目にし、固まった。

 守るべき城門が、既に開け放たれていたからだ。


「内通者か!」


 それしか考えられない。城門は左右の門塔から同時に操作し、鉄格子を開ける必要がある。その上で、巨大な閂を数人掛かりで外して、やっと開門するものだ。大砲の一撃で吹き飛ぶ程に脆くは無い。

 しかし、犯人捜しにいそしむ時間など無い。既に敵の騎士が城内に雪崩れ込んでいたからだ。ここまで踏み込んでくるのも時間の問題。


「行くぞ! 第二城郭まで下がる」

「ハッ!」


 ガーランドは即座に貴族街にある第二城壁までの撤退を決断した。市街地の安全など、この男には些事である。


「ワシの馬は?」

「裏口に!」


 ガーランドとゴスルは守衛室を飛び出し、石積みの螺旋階段を早足で駆け下りる。もはや一刻の猶予もなかった。


 しかし、その足が止まる。


 階段のど真ん中、ずた袋を被る大男と鉢合わせになったから。

 手には血に染まった鉈を持ち、首のない死体をズルズルと引き摺っている。


 ガーランドとゴスル。二人が揃って回れ右をしたのは言うまでもないだろう。


「な、何だアレは!」

「アレが内通者でしょう」

「化け物ではないか!」


 叫びを上げ、今来た階段を必死に駆け上がる。

 この門塔からは、外に出られそうにない。


「閣下! コチラです!」

「早くせんか」


 二人は銃弾飛び交う城壁を這い渡り、対面の門塔に転がり込んだ。


「コチラは安全なのだろうな?」

「こちら側には精鋭が詰めてますので、それに一人や二人なら私めが」

「ふんっ」


 先ほどは、たった一人の大男に尻尾を巻いたではないかとガーランドは鼻を鳴らすが、自分も逃げ出したため文句は言えない。


 それほどに、不気味な相手だった。

 まさか斬り合いたいとは思えない。


「あんな化け物、そうは居ないでしょう」

「まさしく、騎士の一人や二人ならワシの剣の錆にしてしんぜよう」

「おぉ! 音に聞こえたメルモンドの金獅子の剣捌きを見られるとは、役得ですな」

「ハハッ、任せておけ」


 そうして駆け下りた再びの螺旋階段。階下で待ち受けていたのは、ギシギシと不気味な動きで這い回る、異形の怪物の群れだった。

 金属の外殻に、奇妙な唸り声。悪魔の軍勢と形容するのがピッタリな威容である。


 ガーランドとゴスル。

 二人が揃って回れ右をしたのは言うまでもないだろう。


「な、何だあれは!?」

「アレは、天使ユマの信望者ですっ!」

「何だと? アレが天使派? あのナリでか?」

「は、ハイ。あの? ……それで、金獅子の剣技は?」

「馬鹿モン! あんなモノを斬れるか! 剣が汚れる」


 前を走るゴスルは舌を出すが、ガーランドから見えはしない。

 再び階段を駆け上がり、また別の塔を目指して城壁の上を駆け出した。

 しかし、城壁の上、ガーランドとゴスルの前に、一人の王国騎士が立ち塞がる。


「よぉ! お二人さん。そんなに焦ってどうしたんです?」


 ごく軽い調子で二人に話し掛けてくる。

 そこに、強者が持つ凄みは感じられない。手に持つ槍も酷く簡素で、それすら持て余している様に見えた。


 ガーランドは笑みを深くして、今度こそ剣を抜く。


「貴様は、一人か?」

「まぁ、そうっスよ」

「よくもノコノコとワシの前に立ったな、後悔させてやる」


 獰猛に笑うガーランドに対して、立ち向かう王国騎士は酷く悲しそうだった。


「あの? 僕の名前、知りません?」

「ハッ! キサマなぞ知るか! お前こそワシの名前を知らん様だな」

「いや、ガーランド中将ですよね?」


 騎士は中将を知っていた。それでいて、つまらなそうに頭を掻く。

 その仕草を弱気の現れと判断し、気をよくした中将の舌は良く回る。


「ほぅ、ワシをメルモンドの金獅子と知って挑むとは、見上げた奴だ。その勇気に免じ、見逃してやっても良いのだぞ?」


 既にしてやる気満々、ガーランド中将は剣をひけらかす。

 すると益々、相対する騎士は悲しみを深くし、肩を落とした。


「はぁ……」

「どうした? 今更怖じ気づいたか?」

「逆ですよ」

「?」

「どうして、僕には怖じ気づかないんですか?」

「なにを?」


 瞬間、距離が詰まった。


 城壁の上、遙かに居た騎士が、既に目の前。

 慌てて剣を振ったガーランドだが、まるで速度についていけない。気が付けば騎士はガーランドを置き去りにして、既に背後に立っていた。


「お疲れ」


 それどころか、騎士はガーランドの背に隠れていたゴスル少佐の肩を叩いて労ってみせる。それほどの余裕ぶり。そして、その手には武器がない。全くの丸腰であった。


 いつの間に追い越して、背後から声を掛ける。余りにも馬鹿にした行動だ。


 瞬間、頭に血が上ったガーランド中将は、振り向きざまに剣を振るおうとし……

 動かない体に気が付いた。ここまで全くの理解の外。

 いや、そこで初めて思い出す。この騎士は、先ほど声を掛けてきた時、手に槍を構えて居たハズだ。あの槍は何処に行った?


 まるで理解が及ばなかったガーランド中将は、いっそ幸せだったと言って良い。

 不幸にも理解をしてしまったのは、背後から全てを見ていたゴスルだった。


「あ、ああっ」


 か細い悲鳴をあげる。一本の槍が彼の腹を貫いていたからだ。


 ――前に立つ、ガーランドごと!


「な? あ゛りえな゛い!」


 死に瀕し、ガーランドは貫かれた腹を見る。中将として恥ずかしくない上物の鎧を着て戦場に参じている。それがアッサリと貫通し、まして背後の少佐ごと貫くとは、考えられない威力。どんな腕自慢でも到底出来る事ではなかった。


 不可能を当たり前にやってのけた騎士はボリボリと頭を掻きむしる。その顔は苦渋に満ちていた。


「折角、練習したのに相手がこんなザコとはなぁ」


 その槍は、魔槍。エルフが名付けるは神槍アイフェル。かつてゲイル大橋の一騎討ちでバーリアン・ローグウッドが使っていた槍だった。


 死に瀕したガーランドが血を吐きながら尋ねる。


「お、オマエは?」

「グリードですよ、ユマ姫親衛隊の隊長に納まっちまった男です。知らないですか?」


 勿論、名前だけは知っていた。だが、タナカやゼクトールと比べると影が薄く、これまで注目されていなかった。

 帝国軍は、ユマ姫親衛隊なぞ色物と高を括って来たが、守るべき姫を思い描き、怪我を恐れぬ練習に明け暮れる騎士団の練度は群を抜いていた。


「ま、さか……」


 戦う相手を間違った。


 死の間際、ようやくガーランドは気が付いた。

 一方で、勝ってなお、ショックを隠せないのがグリードだ。


「はぁ、隊長はともかく、あの変な奴らに負けるとは」


 通常、決して扱えない魔槍。グリードは血を吐く練習の末にモノにした。

 それなのに、奇妙な格好をしたスラムの一般人にすら、強者の貫禄で負けている事が少なからずショックであったのだ。


「髭でも生やそうかな」


 後悔を口にするが、もう戦争は終わる。


 それこそ後の祭りだと、戦火の上がる帝都の街並みを見下ろして、グリードはぼんやりと思うのだった。

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