公開処刑2

 いよいよ、処刑が始まった。壇上に上がるのはヨルミ女王。


 一国の最高責任者。実は王様が民の前に出るのは王国において極めて異例だ。私は前国王の姿など、数えるほどしか見ていない。

 だけどヨルミ女王は何度も国民の前に姿を晒している。それどころか、ユマ姫と劇場の舞台に立ったり、イベントとあれば挨拶を欠かさない。その分貴族のお茶会にはちょっと足が遠いとか。


 ……本人から聞いたけど、暗殺対策だって。

 いつの間にかよく似た別人にすげ替えられる恐れがあるって……恐っ!


 それに、お召し物も王様としては異例だ。


 体に張り付く真っ黒なドレス。ロンググローブにストッキング、キィムラ様が開発した異様に踵の高いハイヒールと言う靴も黒光りして、艶めかしくも不思議な威圧感がある。

 そんな王女は拡声の魔道具の前で口を開く。


「今日は非常に残念なお知らせがあります。王都を混乱に導いた不届き者を処罰せねばならないからです」


 そう宣言し、錚々そうそうたる貴族の名前を挙げていく。

 貴族派、議会派、王族派、分け隔て無くお構いなしだ。派閥を問わず、大きな利権を抱えた貴族家の名前が挙がっていく。


 一見バラバラだけど、私は知っている。


 主戦派として戦争の陣頭指揮まで執っていたオーズド伯は、王都に戻るなり穏健派に鞍替え、ユマ姫を封じ込めるため主戦派のコネを使って貴族達を纏め、ユマ姫を封じ込め、戦争を収めようとした。


 今回処刑されるのはそのメンバーだ。


 罪状は王都騒乱罪。

 だからもちろん、最後に名前を呼ばれたのは、オーズド伯……そしてユマ姫だ。


 だが、ユマ姫の名前が呼ばれた途端。広場の様子は一変した。


「静粛に! 静粛に!」


 群がる人々を衛兵達が押し返すが、混乱が収まる様子は少しもない。

 私達も背後に柵がなければぺちゃんこに潰されていただろう。


 衣を斬り裂くような悲鳴と、大地を揺るがす怒号が鳴り止まない。

 終いには兵達が銃を天に向け発砲し、威嚇によって、なんとか鎮めた。もちろん、民衆が納得した訳でなく、射貫くような視線で壇上の女王を睨んでいる。


「静かになさい! これは王国を守る為に必要な措置です」


 なのに、壇上のヨルミ様は堂々としていた。頼り無かった昔とは大違い。自信と迫力に満ちている。


 ……その変化の原因、知ってるだけに穏やかで居られませんよ。


「では、一人目、ザンガード子爵」


 キュラキュラと音がして、運ばれて来たのは巨大なハム。

 皆、訳が解らず、広場には一瞬の静寂が訪れた。


「なんのつもりです! 代々王国の酒番として、粉骨砕身、酒運上を管理していた我らザンガード家が何をしたと言うのです!」


 私は驚きに目を瞠る。


「ハムが喋った!」

「いや、違うでしょ! あなたドコに目がついてるの?」


 ラミィちゃんに言われて良く見ると、キャスター付きの吊り台に両手を縛られ、一本釣りに運ばれて来たのはハムではない。貴族のザンガード子爵だった。


「むしろ、なんでハムに見えるの? お腹減ってるの?」

「ダイエット中です、ユマ姫の隣に居ると自分の体型が気になって」

「止めなさいよ、今でも十分可愛いから。耳が長いのもあって、愛らしいわよ」

「え、そうですか?」


 照れるなぁ。

 いや、でも、ラミィちゃんの嫌疑は深まりましたよ!


「で、酒税の管理人が何の罪なの?」

「それはですね……」


 と私が解説する前に、壇上のヨルミ女王が叫ぶ。


「戦場に送る酒に関しては酒税は免除。それはお前も納得していたハズだ。だが、戦争が長引き運ばれる酒が増えるとなると、お前は戦争反対を声高に叫ぶようになる」

「いや、それは真に王国の将来を考えて!」

「問答無用! 王国の将来のためでなく自らの利権の為に戦争の是非を語るなど言語道断だ! それだけなら目を瞑ったモノの、今回、反乱を企てる会合に参加していたのが運の尽き」


 ピシャリと言い放つ。たしかに料理酒も高くなって大変なんですよ。だって戦場に運べば送料を考えても免税で安いし、買ってくれる酒飲みの兵士さんが沢山居るんですから。配給のお酒以外も一杯売れるらしいですよ。フィーゴ君曰く。

 もちろん戦場ですから、飲んで良い量は決まってるんですけど。捕虜ながら一緒に戦ってくれている帝国兵の分もお酒を運ぼうってなったので品薄で品薄で。

 お酒の量が減ると酒税で儲けていた貴族は干上がってしまいますもんね、戦争反対に回るのも納得です。


「それだけじゃないと思うよ」


 私がそうやって解説すると、ラミィさんは渋い顔をした。


「実はゼスリード平原は大穀倉地帯になりそうなの。魔女が水利を整備して、火薬の力で恐鳥リコイの群れも脅威ではなくなったから」

「え、それじゃ」

「そう、原料が採れるスフィール周辺に酒蔵が移動しそうなのよね。すると王都周辺の酒蔵で酒税管理の利権をもつザンガード子爵は衰退するって訳。短期的には耐えられても長期的な衰退は話が違うってトコでしょ」

「な、なんでそんな事知ってるんです?」

「その、ゼスリード平原の酒造りを担当しそうなのがキィムラ商会だから」

「うへぇ」


 なんですか、あの人は。商売で世界征服でもしようって言うんですかね? 手広くやり過ぎですよ。


「でも、あのハムを処刑してくれるなら面倒が無くて良いわね」


 あ、ハムって言いました!

 いまハムって言いましたよねラミィさん!

 やっぱりハムに見えるんじゃないですか!


 イチャイチャする私達を差し置いて、女王が刑の内容を宣言する。


「ザンガード子爵は、鞭打ち五回!」


 高々と宣言すると、広場にはなんだと言う空気が広がった。

 ハムみたいな貴族の尊厳を傷つける扱いにこそ驚いたものの、鞭打ち刑ならばソコまで酷い刑じゃない。痛い事は痛いしショックで死ぬ事もあるけれど、それも五回ならば滅多にない。

 そんな油断も、ヨルミ女王が鞭を素振りするまでだった。


 ――パァァァン!


 ザワめく広場でもハッキリ聞こえた、銃声に負けない爆発音。


「い、今の音、何?」

「何って、女王の振る鞭の音ですよ?」

「え? 鞭って音じゃないでしょアレ!」


 女王が振ったのは水牛の鞭。なんか上手い人が振れば鞭先は音速を超えてさっきみたいな破裂音が出るんだって。ユマ姫が言ってた。


「お、おかしいでしょ! 鞭打ちってプラヴァスにもあるけど、パピルスで編んだ植物の鞭だもん」

「あ、そうなんですか? 私達は籐の鞭で執行する事が多いですね」

「いや、あれ違うでしょ! 革でしょ! どう見ても!」


 そう、水牛の鞭なんです。それも、しなやかで凶悪に黒光りする逸品、当たったらどうなるか……


 鞭で打たれた侍女を見たのですが、大きく肉が抉れ、ショックでアーとかウーしか言えなくなってました。それをユマ姫は丁寧に精神魔法と回復魔法で治したんですよ。


 ……でも、本当に恐ろしかったのは、治った侍女がまた女王に鞭を打たれたいって言い始めた事なんですけどね。


 飴と鞭ならぬ、気持ちが良い回復魔法と激痛の鞭。交互に浴びれば精神がすっかり二人に依存してしまうのです。


 まぁ、怖い事はもう忘れましょう。

 とにかく「なんだ鞭打ちか」と言った弛緩した空気は、女王の一振りで吹き飛びました。

 皆が固唾を飲んで壇上を見守る中。

 吊られたハムに向けて、女王が鞭を振り抜きました。


 ――パァン!


 一振り目、肉が爆ぜる派手な音。豚の悲鳴みたいな声がして、吊られたままに足をバタつかせたと思ったら、ガクリと力が抜けました。


「し、死んだの?」


 違うと思います、ショックで気絶したのでしょう。


 ――パァン!


 その証拠に二振り目、カッと目を見開いた子爵は再び暴れ出し、噛まされた猿ぐつわの間から、声にならない絶叫が漏れます。

 そして再びガクリと力が抜けて、今度は目を見開いたまま動かなくなりました。


「また、気を失った?」

「いえ……」


 多分、死にました。

 あんな鞭で二度も打たれたらショック死するのも当然です。


 その証拠に三振り目、四、五と女王が繰り返すも、今度は吊られた子爵はピクリとも動きません。血飛沫が舞い、肉片が飛び散りますが、子爵は吊られたままで揺れるだけ。

 その揺れ方が鞭の衝撃を如実に表していました。


「なにこれ、なにこれ」


 怖がってると思いきや、ラミィさんは目に見えて興奮しています。

 ……私はあなたが怖いんですけど?

 でもある種の熱狂は広場の人々も一緒で、弛緩した空気はとうに霧散し、皆が処刑の残酷さに飲まれていました。


 それから続くのはひたすらに残虐ショーです。

 私はギロチンが平和的な処刑法だと言う意味が初めてわかりました。鞭に打たれ痛みにのたうち死ぬよりも、よっぽどギロチンのが良いですよね。

 鉄を買い占めていた婦人や、戦地で夫を亡くし戦争反対と行軍を邪魔した未亡人など、女性であっても構わず女王は鞭を打ちます。

 こうなってくると、二発で死ねたザンガード子爵はむしろ幸運。四発目まで生きていたチンクル伯なんて最後には気が触れて「ユピピピピッ」みたいな変な鳴き声あげてましたもん。

 そして、遂に先の戦争の功労者であるオーズド伯様までが、無惨に吊され壇上に現れたのです。


「王国の行く末に幸あれ! 私の死に様とくと見届けよ!」


 吊らされながらも大音声で叫びます。すっかり残虐ショーに興奮していた観衆も、息を飲みました。


「凄い体! ねぇ本当にあの人も殺しちゃうの? 総大将だったんでしょ?」

「え、ええ、そうなんですけど」


 他の貴族はみっともなく泣き叫び、ぶよぶよに太った体を晒して泣き叫びましたが、オーズド伯は違います。

 鍛えられた肉体は鋼のようですし、やつれて見えた顔も、吊された今となってはむしろ悲劇の被害者といった雰囲気を作ります。

 そんなありさまでも、目だけはギラギラと正義と信念に燃えているのです。


「や、やばくない?」

「やばいかも……」


 ラミィちゃんの手を握り、これからどうなるのか不安に震えます。


 オーズド伯はネルダリア領の統治も健全で、王国でも評判が良い領主様です。

 情報統制専門の部隊を持っているとも言われ、良い評判は細作の活躍で作ったモノと言う意見もありますが、決してそれだけじゃありません。実際にネルダリアは栄えているし、暫定統治しているスフィールも活気を取り戻しているのですから。


 加えてオーズド伯は男前で、武芸で鳴らしたお人柄。そんな人だからこそ、人気抜群のユマ姫の危険性を叫んで尚、誰もが耳を傾けたのです。戦場で轡を並べた者だからこそ、ユマ姫の本性が解るのではと。

 そんな大物ですから捕まえるのも一苦労、軍部で圧倒的な人気を誇るユマ姫の力で、演習に見せかけて夜中に一気に軍を動かしパーティーの途中に雪崩れ込んでの大捕物でした。


 そんな人が、命を懸けてユマ姫の危険性をこの大一番で語ろうとしている。


 下手を打てば、民衆や貴族が一斉に敵に回る可能性があるのです。

 それどころか、その頑強な体をもって鞭打ちを耐えれば、より強力な政敵になるに違いありませんでした。


「オーズド伯、あなたは主犯です、鞭打ちの数は十」


 だからこそ、他の人の倍の鞭打ちが宣言されました。

 コレなら最低限、生き残る事は無いでしょう。


 一振り目、ピシャリと鞭打つ。オーズド伯は食いしばって耐えました。

 雄々しく叫ぶのは戦場でのユマ姫の魔法、無数の雷が敵軍をなぎ倒したと。あんな力があれば我々が戦う必要など初めから無いのだと、人間同士を戦わせる事が目的なのだと謳います。


 二振り目、流石に悲鳴が漏れます。

 ですが、叫びます。ユマ姫に惑った帝国兵が残らず祖国に攻め込んだ異常事態。下手をすれば、我らが王都も同じ事になるやも知れぬと。


 三振り目、血を吐いて、それでも気絶せずに耐えました。ユマ姫の癒やしの力は人間の常識を越えていると。


 四振り目、意識を瞬間失いました。それでもカッと目を見開いて、ユマ姫に味方するタナカさんの剣の異常な冴えが、悪魔のそれだと語ります。


 五振り目、いよいよ意識が朦朧としながらも、キィムラ様のせいで変わってしまった王都の食事や、風景、古き良き王都を懐かしく語ります。


 六振り目、この辺りになると皆が固唾を飲んでオーズド伯の、いえズタボロになる一人の男の宣言を噛み締めていました、それだけ真に迫っていたのです。

 民衆の前で貴族に鞭打つ、この儀式こそが王都が呪われ始めた証拠だと。ヨルミ女王の乱心を訴えます。


 七振り目、ユマ姫を暗殺しようとした事を告白します。そして、向かわせた暗殺者が残らず無惨な死体で見つかった事も。


 八振り目、ユマ姫付きの侍女が一人、行方不明と語ります。実は自ら育てた優秀な特殊工作員だったと。実の娘の様に思っていたと、ですがその娘と連絡が取れないと。


「え、お姉様の事よね?」

「あ、いえ、違うと思いますよ」


 シャリアちゃんじゃない。多分、シノニムさんだ。

 私は心がざわざわとして胸が掻きむしられます。


 そして九振り目。オーズド様は最期に「カフェル」と言い残して死にました。


 てっきりシノニムさんかと思ったのに、カフェルとは誰でしょう?


 そして十振り目、オーズド伯はピクリとも動かず、吊られたままに揺れるだけでした。


 広場はすっかり静まり返ります。


 頭が冷えた民衆にユマ姫の恐ろしさが染み込んだみたいでした。


 ざわざわと皆が顔を見合わせます。先程まではユマ姫の処刑は命に代えても止めてやると意気込んでいた男達も、オーズド伯の覚悟を見て両成敗、ユマ姫も責任を取るべきと言う空気が出来てしまいます。


 興奮が冷めやらず、それでもヨルミ女王は宣言します。


「最後に、ユマ姫」


 そうして、いよいよ我らがユマ姫が壇上に姿を現したのでした。

 その時、分厚い雲の合間から一筋の光が刑場へと差し込み、吊られたユマ姫の姿を浮かび上がらせました。


 それは余りにも幻想的で、現実感が喪失する光景でした。民衆はあまりの美しさに息を飲み、そのまま呼吸を忘れた程です。


 そんな中、ラミィさんのうっとりした声だけが聞こえます。


「キレイ」


 思わず呟くのも解ります。両手は絡みついた鎖で吊り上げられて、純白に統一された衣装と拡げた翼がキラキラと輝き、天使そのもの。

 着ているのは肩と背中を大胆に露出したドレス。だから上半身はバニーガールとか言うのに近いでしょうか? あの破廉恥な衣装です。

 違うのは鼠径部まで曝け出したハイレグではなく、短いとは言えスカートを穿いていること。肩だって短い襟付きケープで隠していますから、最低限痴女と呼ばれる格好ではありません。鎖が巻き付いた両腕には、純白のロンググローブもつけています。


 他にも露出は決して多くありません。

 ドレスの上から白い革のコルセットでお腹を守っていますし、下半身はガーターベルトで白のストッキングを吊っています。少し透けてますけどね。素肌を晒すのはミニスカートとストッキングの僅かな隙間だけ。

 靴も純白のハイヒール。足が届かずにピンと伸ばされたつま先が、僅かに掠るだけの地面を求めて必死に伸ばされていて、とても痛々しく見えます。

 髪は銀髪のストレートヘアで、大きめのリボンを付けています。全身純白のコーディネート。リボンも含めて白の濃淡だけでコントラストを作りました。


 清楚でありながら、少しだけエッチ。

 完璧なコーディネート……らしいです。


「ああ、凄い。見えそう! 見えそう!」


 ラミィさんも体をくねらせて、舞台の上を睨め上げます。

 ……ラミィさん? その姿、客観的に見てヤバいですよ? 嫌疑十分。私、かなり黒めに見てます。


 でも気持ちも解ります。

 ミニスカートとガーターベルトがチラチラと、スカートの中、下着まで見えそうでドキドキなのに、短いケープと吊り上げられた腕で脇が見え、頑張れば肩だって見えそうな、何とももどかしい罪作りな衣装なのです。


 ……因みに角度とか相当拘って調整しました。多分オーズド伯を捕まえる為の演習よりも気合いが入ってましたよ。


「なんなの、あの衣装! 可愛い! 凄い!」


 ラミィさんは大興奮です。


「ラミィさんも着てみたいですか?」


 足の長さは合わないと思いますけど、上半身は調整がきく範囲だと思うのですけど。


「ううん、フィーゴ君に着て欲しい!」


 って照れた様子で言われても……


 私の中で、もうラミィさんは黒ですよ、真っ黒!

 かなりヤバい人です。間違いなく。


 民衆もざわざわと興奮が冷めません。何と言うかオーズド伯が命を懸けて作った、重い決意が一瞬で流れてしまいました。ここまでは狙い通りです。

 ヨルミちゃんがユマ姫の罪状を読み上げます。


「ユマ姫、そなたは司令部の制止も聞かず兵を連れて帝国に進軍。成果をあげるも命令違反を犯した。相違ないな」

「ありません」

「何か弁明は?」

「ありません」


 決意の籠もったユマ姫の瞳は迷いなく正義に輝いて見えます。とても笑いながら暗殺者を解体していた人と、同一人物とは思えません。

 ヨルミ女王の口上もどこか同情的で、その戦果を認めるようなモノでした。


「では、ユマ姫の刑を発表する」


 だから広場の民衆にもどこか期待した空気が流れます。

 せいぜいが鞭打ち一発、たとえあの水牛の鞭でも死ぬ事はなく、むしろ痛みに苦しみ、ユマ姫が悶える姿を期待している雰囲気すらありました。


「ユマ姫には鞭打ち、百回」


 だから、宣言された数字に理解が追いつかず。広場は静まり返ります。


 ――!!


 声にならない悲鳴、皆が息を飲む音が重なり、次に悲鳴。そしてパニックが始まりました。

 それもそのはず、ヨルミ女王は死んだ後も決して鞭打ちを止めませんでした。

 黒光りする水牛の鞭、それを百も叩けば、か細いユマ姫の体など細切れに千切れてしまうに違いないのですから。


 まぁ、普通はそう思います。

 でも、私はどう考えても死ぬとは思えないんですよね。ユマ姫は、オーズド伯を捕らえるまでの一ヶ月、何人もの暗殺者を返り討ちにしてきました。


 それどころか軍の演習場に赴き、戦意を鼓舞して回った訳ですが、その際、演舞中の兵士の手から槍がすっぽ抜けユマ姫の胸に突き刺さったのです。

 横で見ていた私は「あ、人間ってこんなアッサリ死ぬんだ」と呑気に思ったりしたのですが、地面に縫い付けられたユマ姫はバタバタと暴れ、自分で槍を引き抜きあっという間に体を治してしまいました。


 完全に化け物です。


 心底驚きました。それも、槍を投げた兵士はお咎めナシ。

 暗殺者じゃないかと疑われましたが、殺意があったら私は絶対に気が付いたから違うと断言していましたよ。


 どうして解るんですかね? 殺意の有無なんて。

 まぁ、そんなの今更ですけどね。


 ……因みに、今は私の方が死にそうになっています。

 現在進行形です。


 パニックで柵が折れ、民衆にギュウギュウに押されているのです。現実逃避にユマ姫の事を思い出していましたが、走馬灯になりそうな気配です。

 兵士達は盛んに空砲を撃ちますが、民衆は止まりません。


 そんな私の命を救ったのは、他ならぬヨルミ女王と……ユマ姫でした。


 パァン! と空気が破裂する音。そして可愛らしくも切羽詰まったユマ姫の悲鳴が広場に響きます。


 その声の可愛らしさ、そして悶えるユマ姫の切なさたるや。バタバタと藻掻くつま先が必死に地面を擦る様子がいじらしく、皆が言葉を忘れ見入ってしまいました。


 ヨルミ女王が容赦なく、ユマ姫に鞭打ったのです。

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