神か悪魔かユマ姫か

【パレード前日、王宮にて】


「ネルネさん? あなた、こんな所に居て良いの?」

「え?」


 顔見知りの侍女が伝えてくれた話は、私にとってあまりに衝撃だった。


「ええっ? 姫様、明日帰ってくるんですか?」

「はい、先触れがいらっしゃいまして……」

「むーー」


 私、ネルネード・スピュラムは頭を抱える。

 ちなみにスピュラムはこの国の宰相の姓。私はお嬢様と言う事になるんだけれど、どうにもピンと来ない。

 なにせ養女になったばかり。同じハーフエルフと言う立場からユマ姫様の侍女を続ける以上、ある程度の身分があった方が良いと押し付けられる格好だったから。


「嬉しくないのですか?」

「そんなこと!」


 もちろん、ユマ姫様が王都に帰るのは嬉しいし、待ちわびていた。

 戦争に連れては行けないとお留守番を命じられて以来、私は王宮で肩身が狭い思いをしていたんだもの。だって、私の仕事は宰相様にユマ姫の情報を流す事だから。


 だからそう、ユマ姫が帰ったら、やっと仕事が出来るぞ!

 って喜ぶべき所なんだけど……


 今は、マズい。


 だって、もう私はユマ姫様の事も大好きだから。姫様の悪い所は伝えたくない。

 だからこそ、今の状況はマズいのだ。私はションボリと俯いた。


「……今の王都は荒れてるんですもん」

「そうねぇ……」


 その原因がユマ姫の後見人だったオーズド伯なのだから参ってしまう。


 王国は戦争に勝った。それは間違いないらしい。

 だけど総司令のオーズド伯が戻ったのに、戦勝パレードは全く盛り上がらなかった。


 当のオーズド伯が見るからにやつれ、憔悴していたからだ。あれでは負け戦の将にしか見えない。


 そして……国民の前で宣言してしまう。

 「ユマ姫は悪魔だ」と。


 もちろん、王国は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。どうもユマ姫はオーズド伯が止めるに構わず、そのまま帝国に攻め込んだらしいのだ。

 それを聞いて私は……正直ユマ姫ならやるだろうな、と思ってしまった。


 一見穏やかで優しそうに見えるユマ姫だが、一皮剥くと中には怖気おじけを震う程の狂気を孕んでいるのを何度も見てきたから。

 そんな姫様が敵を前にして手打ちになど出来るハズが無い。勝ったところで停戦し、有利な条件を引き出したいオーズド伯とウマが合うハズが無かった。


「でも、姫様を極刑に、って話ではないでしょ?」

「そこが、微妙なんですよぉ」


 私は事態の複雑さに泣きが入ってしまう。

 総司令の命令を無視し、多数の兵を引き連れて帝国に踏み込む。普通だったら即座に追放、最悪処刑モノの罪らしい。


 だが、オーズド伯が帰るに先んじて、キィムラ様の使者も王宮に届いていた。

 曰く、ユマ姫は自らを人質に敵陣に飛び込む計略を実施した。その献身もあり、王国軍は大勝。ただし多過ぎる捕虜の扱いに苦慮する。

 捕虜を虐殺するしか無いと決断したオーズド伯だが、優しい姫はそれを良しとせず、オーズド伯と袂を分かつ。

 そして捕虜の兵を連れ、自国民すら人質に病原菌を撒き散らす魔女を討つために、帝国深く侵攻を開始したと言うのだ。


 コレを聞いた軍部や議会、国民まで巻き込んで喧々諤々の大議論。ユマ姫が正しいか否か、国を真っ二つに割る論争が始まってしまった。


 総司令を無視する独断専行なれど、侵略に用いた兵の多くはユマ姫の親衛隊と、ユマ姫が敵から寝返らせた捕虜の軍隊。失ったとしても深刻な被害とはならない。


 しかも、その後も連戦連勝。帝都深くに切り込んで、良い様にかき混ぜている。

 コレにはユマ姫を応援する派閥は大盛り上がり。


 しかし、それも話が星獣の事になるまでだった。


 「ユマ姫はスールーンで魔女が用意した巨大生物を相手に、神の使徒としての力を解放、致命的な怪我を負いながら撃退し、王都へと帰還しています」

 こんな報告をされてしまうと、どこまで嘘か真かすら誰にも判断がつかなくなってしまった。


 余りにも荒唐無稽、夢物語の様な活躍にも程があったから。


 そんな大荒れの状況だから、悠長に先触れなんて出すのが私には不思議だった。

 戻るにしても姫様はせっかちで、空から飛んで帰る事すら最近は多かったのだから。


 それが先触れを出して戻ると言う事は、大々的にパレードでもして自らの帰還をアピールするつもりに違いない。


「うぅ、これは荒れますよぉ……」


 ユマ様は一騒動起こすつもりだ。

 それがお付きの侍女である私としては不安で仕方が無かった。


 でも、一方で私は、ユマ姫様のパレードが楽しみでもあった。


 久しぶりに会うユマ姫はどんなに美しくなってるんだろうって。

 だって、王都が真っ二つに割れている時に、堂々とパレードをしようって言うんだもん。


 ユマ姫はきっと、見違える程、キレイになってるに違いないのだから。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ね、寝坊した!!」


 不安で眠れなかった私は、翌朝、窓から差し込む光の強さに絶望した。


 すでに昼前の時間だったから。


 朝食どころか顔も洗わずに急ぎ着替え、王宮の城門へすべり込む。姫様の帰還となれば、街は大騒ぎになっているに違いなかったから。

 大人気であるユマ姫の帰還。

 人出を見込んで屋台も出るし、吟遊詩人がおひねり目当てにそこらで音楽を奏でる。お祭り騒ぎになるのが通例なのだ。

 気が重いドンチャン騒ぎ。でも、街を目指して城門にすべり込んだ時、不思議な事に気が付いた。


「音が、しない?」


 静かなのだ、ユマ姫が来たにしては。

 それどころか、この時間となれば普段の王都でも喧噪に溢れている。なのに、一切の音が奪われていた。


「まさか! 敵襲?」


 ピンチの帝国がイチかバチかの破壊工作を行い、街が厳戒態勢に移行したのかも!

 そう思って私は門塔を登り、街を見下ろす城壁の上に出る。


 想像していたのは戦時下の閑散とした街。


 だけど違った。

 街は人でギュウギュウ詰め、そんな中をユマ姫を乗せた車は大通りを進んでいる。


 私は今でも憶えている。


 初めてユマ姫が来た時は大騒ぎになった。

 プラヴァスから帰還した時も、だ。


 今回の人出はその時に勝るとも劣らない。

 なのになんでだろう? 不気味なまでに静まり返っている。


 その原因はすぐに解った。装甲車の上に設えた椅子の上、優雅に寛ぐユマ姫の姿が遠くからでも見えたから。


「羽が……生えている?」


 その背中には天使の羽が生えていたから。

 余りにも神々しいその姿に見惚れ、私は言葉を失った。


「み、見違えるにも程がありますよぉぉぉ!!!」


 私はその場にへたり込むしか出来ませんでした。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 人でごった返すのに、不気味な程に静かな王都。こんなのは生まれて初めて見た。

 みんなユマ姫の姿に見とれているのだ。ひと言も発せない程に。


 それは私、ネルネにしても一緒だった。

 それほどに、衝撃的なまでに美しい姿だった。天使が現れたのかと本気で思った。

 その証拠にユマ姫が城門を潜った後、姿が見えなくなってから、ようやく人々は止めていた呼吸を思い出したのだった。


「「「オォォォォ!」」」


 地を揺るがすような歓声が、石造りの城を揺らしたほど。そんな強烈な美を目の当たりにして、見慣れたハズの私まですっかり言葉を失っていた。


「ネルネ、お久しぶりですね」


 だから、言われても返事が出来なかった。馬鹿みたいに口を開けて見上げるばかり。車の上から逆光に見上げるユマ姫は天使そのもの。


「ネルネ、どうしたの?」


 大きく羽を広げ車の上から飛び降りたユマ姫が、私を見下ろす。


 そう、見下ろすのだ。ユマ姫はハッキリと背が伸びていた。

 すらりと長い足はまるでお伽噺の妖精の挿絵の様だ、まるで現実感が無い。


 いや、長すぎるんですけど?

 まるで胴体が縮んだみたいに短く見える。それ程に足が長い。


 身長自体は他の貴族のお嬢様、それこそシャリアちゃんと同じぐらいなんだけど、胴が短くて足が長いから驚く程にスタイルがよく見える。


「ネルネ? 生きてる?」


 ユマ姫が私のほっぺを両手で挟む。


「ムムゥぅぅ! 苦しいです」

「良かった、生きてた」


 痛いッ! 華奢な見た目で力が強い! 銀色の髪だから魔力は欠乏状態と思うのだけど、肌に感じる魔力のプレッシャーはむしろ以前よりも大きく感じた。


 今なら解る、城よりも大きな化け物を倒したと言うのは、たぶん嘘じゃない。


 恐る恐る私は尋ねた。


「あの、その羽は?」

「ああ、これ? 鳥ばかり食べてたら生えちゃった!」


 普通、鳥を食べても羽は生えないと思うんですけど……。


「あ、それでね……」


 困惑している私を無視して、申し訳無さそうにユマ姫が言う。


「服が色々、サイズが合わなくなっちゃって」


 そう言って振り返った背中は、雑に切り取られて大きな穴が空いていた。羽を通すためだ。


「え? シノニムさんにシャリアちゃんは?」


 あの二人が居れば、こんな服を着るなんて絶対に許さないと思うんですけど……。

 私が首を傾げると、コチラを見下ろすユマ姫の瞳と目が合った。


「二人なら戦場に残りました。向こうは全く手が足りませんから」

「……そそそ、そうなんですね」


 私は怖かった。

 見下ろす瞳の中、夜の星みたいな神秘の輝きが見えたから。


 アレは人間の目じゃない。


 きっと神とか、それこそオーズド伯が言う様に悪魔とか、そういった人間とは次元の異なる生き物の目だ。

 それが途轍もなく怖かった。


 もう、私が知っているユマ姫は居ないんだ。

 もっと恐ろしい何かが、この少女の形をした体の中に巣くっている。


「は、はい。あのその、針子さんを呼んできます」

「お願いね」


 私の声は上ずっていたに違いない。ユマ姫が怖い、けれどもう人間が戦ってどうにかする様な存在じゃないと思う……。

 そう思うと、逆にユマ姫を心配していた自分が馬鹿みたいで、いっそオーズド伯が可哀想に、私は思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る