魔女の罠
噛み砕いた魔石を口の中で転がしながら、俺は戦いの予感にテンションを上げていた。
恐らく魔女の本隊だ。コソコソ暗躍するクソ黒峰を、いよいよぶち殺せる。
邪魔なマントを脱ぎ捨ててバニーちゃんになった俺は、霧の中へたり込むマーロゥの襟を掴んだ。
「守ると言ったのに、その体たらくはなんです!」
「ハァハァ……」
息も絶え絶え。
純エルフは魔力が無くなればこんなモンだとは知ってはいたが、それでも情けない。俺は装甲車までマーロゥを引き摺った。
タダでさえ薄暗い時間。ホワイトアウトした世界では、ドコから銃弾が飛んできても不思議じゃない。安全なのは装甲車の中だろう。
装甲車にマーロゥを押し込むと、代わりに取り出したのは木村が作った爆薬だ。手に取るや否や、思い切り地面へと叩きつける。
――パァァァン
爆風に燐光が舞い、軽くなった空気に深呼吸。
コレは言うなれば魔石爆弾。
タネは単純で、細かく砕いた魔石を爆風で拡散し、魔力を奪う霧と中和させるのだ。
このアイデアを出したのは、なんと田中。
どうも同じ事をしてくる敵が居たらしい。コレで魔道具や魔剣を霧の中で無理矢理使う強敵が居たとかなんとか。
霧を使う帝国は、その対策だって同時に考え出していた訳だ。
しかし、コレが霧に苦しむエルフの特攻薬かと言うと、そうではない。
霧に負けず劣らず、魔石の魔力だって、エルフにとっても毒なのだ。
魔石の魔力は言わば他人の魔力だ。吸い込めば健康値が削れ、健康値が削れると生命力も失われる。
自分と波長が合う魔石なら大丈夫だが、そんなモノが大量にあるなら、分厚い魔導衣でも仕立てた方がマシだ。
ただ、俺は大丈夫。
なぜなら凶化しているから。体の免疫が崩れ、あらゆる魔力を吸収可能。
だから、この爆弾は完全に俺専用だ。
「姫……さま」
マーロゥが装甲車の中から苦しげに手を伸ばす。
どうやら意識を取り戻したようだ。
なるほど、魔力を奪う霧と、健康値を奪う魔石の粒子。
エルフにとってどちらが毒かがハッキリしたな。まだ魔石の方がマシらしい。
「乗って下さい、私が、守っ……」
「黙っていて下さい、ゾンビ化したら目も当てられません」
俺が恐れていたのはソレだ。
魔力を奪われた上で、急激な魔力回復。ゾンビ化する条件が揃ってしまった。
……いや、それにしてはエルフがゾンビ化したなんて聞かないな。
霧と大森林の濃厚な魔力に度々曝されて来たハズなのだが……
違和感を覚えながらも、俺は叫んだ。
「木村ッ!」
「はいよ~」
霧の中から間の抜けた声、そして、次に響いたのは気の抜けた破裂音。
――シュルルルル、パァァァン!
花火、いや、信号弾。
全軍に招集を掛けたのだ。
『姫はココに居るぞ!』、と。
「しかし、ユマ様、良いのですか? これで敵にも位置が丸わかりですよ」
「構いません。ケリをつけましょう」
確かに、ココまで濃い霧があっては魔法で戦う事など出来ない。
だが、同時に視界だってきかないのだ。
すぐソコに居る木村の顔も見えない程に。ならば、敵が揃えた自慢の射程兵器もロクに活用出来ないハズ。
そうなれば、数で勝るコチラにも分がある。
魔女の誤算はソコだ。
まさか、帝国兵が俺の魅力にソックリ寝返るとは、夢にも思っていないハズ。
そこに勝機が必ずある。
「乱戦になります! 皆で! 私を! 守りなさい!」
「オオッ!」
拡声の魔道具で叫べば、雄々しい雄叫びがそこかしこから返った。
この非常時でも士気は高そう。
「後は爆撃対策ですが……」
「ご安心を、周囲に爆撃陣地はありません」
木村が言うには、迫撃砲もそこまで射程がある訳では無く、設営にも時間が掛かり、精度もイマイチで威力もソコソコ。
前回はすり鉢状の窪地にビッシリ人が密集してたから効果があったのだと言う。
こんな場所で使っても効果は限定的だとか。
「まして装甲車は絶対に破壊不可能です、どうぞお乗り下さい」
「…………」
どうやら中で大人しくしてろと言いたいらしい。
まぁ、霧が出てる間は俺に出来る事は殆ど無い。お姫様らしく、しっかり守って貰おうじゃないか。
マーロゥと一緒に装甲車に乗り込む。
しかし、広場のど真ん中と言うのは頂けない。
「取り敢えず、脇に寄せましょう……」
「運転出来ます?」
「は、い……」
「……代わって下さい」
俺はグロッキーしてるエルフの運転手を蹴飛ばすと、代わりにハンドルを握った。
先ほど魔石を撒いたお陰で、エンジンが掛かる。
アクセルを踏めばノロノロと動き出す。しかし、霧で何にも見えない。
どれだけの霧をブン撒いたのか……
俺は装甲車の窓を開けて叫ぶ。
「どいて下さい、役場に寄せます」
「了解。私が誘導します」
木村の声が返った。
ライトを頼りに、司令部にするつもりだった役場へ横付けする。
これで、遠距離から大砲の直撃を『偶然』食らう可能性も無くなった。
とりあえず、安全だろう。
だが、こうなると敵の狙いが解らないのが気持ち悪い。
これだけ視界が効かないのでは、敵だって攻め手がないのでは?
装甲車に乗り込んだ木村に尋ねる。
「どう思いますか?」
「敵は貴重な
確かに、奴らは建物に
俺を霧に飲ませる事に成功した。
「逆に言えば、霧の中に姫を捕らえるには、この街しか無かった。そして、敵は霧が晴れる前にと、勝負を焦るに違いありません」
「敵が攻めてくると言うのですね? 敵の主力兵器は台車に乗ったガトリングガンと聞きましたが?」
「ガトリングと言っても、マスケット銃を束ねた程度のモノです。今度はコッチが建物を利用して、霧が晴れるまで守れるでしょう」
木村は自信満々だ。じゃあ俺の役目は霧が晴れるまで守られる事。
いや、何も完全に晴れるまで待つまでもない。多少薄くなってくれれば十分。魔石で霧を散らして、後はコイツの出番だ。
「グライダーです。霧が薄くなったらコレで飛んで、敵を討ちます」
霧は重く、地上付近にだけ漂う。離陸さえ出来れば、上空から敵を狙い撃ちにしてやる!
俺が覚悟を決めた声で宣言すれば、木村の舌打ちが返った。
「死にますよ?」
「死にません! 帝国を滅ぼすまでは」
「でしたら、精々霧が晴れるまではソコでジッとしていて下さい!」
バタンと音をさせ、木村は力任せに装甲車のドアを閉めて出て行った。
怒らせちまったな。
狭い装甲車の中。俺は畳んだグライダーを手慰みにギュッと抱きしめて、静寂を噛み締めた。
この状況に少しの混乱も無く、皆が息を潜めて敵を待ち構えている証拠だ。
声が無くても、目を瞑れば俺を守る兵士の運命光が花畑の様に輝いているのが解る。
その事に笑みを深めていると、ふと気になった。
「田中はドコに行きました?」
窓を開け霧に問えば、遠くから木村の声。
「アイツなら、霧でバイクが心配だって見に行きました」
……全く、お姫様を放置してバイクとは、一切アイツにその気はねーな。
オモチャが大事な子供のまんまで、いっそ安心するわ。
しかし、苦笑する俺と違って、マーロゥは本当に悲しそうな顔をしているのが何とも。
「そんな顔をしても、あの方は元々そういう人ですよ」
「……ですが」
しょげるマーロゥ。なんで俺がアイツのフォローしてるんだか。
肩を竦めると、その田中の切羽詰まった叫び声。
「ゾンビだ! ゾンビが紛れてやがる!」
その言葉にハッとする、隣の人間の顔も解らぬこの霧の中、ゾンビが紛れ込んだらどうなるか?
そんな俺の心配は、いっそ生ぬるいモノだった。
「ヤベぇぞ! 奴ら、ゾンビに、爆弾を括りつけてる!」
田中の声と同時!
ドオオォォォン!
爆音! そして衝撃。装甲車が横転する。
「くっ!」
衝撃に耐え、ひっくり返った視界の中で盛大に舌打つ。
奴ら本当に命をゴミの様に使う! 滅茶苦茶過ぎる!
しかし、有効だ。
無差別に爆弾を投げ込むよりも、ずっと効率的だろう。吐き気がするほどに!
こうなると動かない装甲車に止まるのは危険。
爆弾を括りつけたゾンビが相手なら、ドアを開けて中に入って来てもおかしくない。
そうなれば一巻の終わりだ。
そして、俺の嫌な予感は当たりがち。
横転した装甲車の天井。助手席側のドアが開け放たれた。
逆光と霧で、真っ黒いシルエットがじっとりと俺を覗き込む。
「オイ、居るんだろ? 出てこいよ」
いや、ゾンビじゃない。
田中だった。
伸ばした俺の手を二回りは大きい手で掴むと、ティッシュみたいに装甲車の座席から引っこ抜いた。
俺だけでなく気絶したマーロゥや運転手も抱え、軽々と隣の役場に運んでしまう。
その足取りは、ホワイトアウトした視界の中でも一切の迷いが無かった。
「お前らはソコでジッとしてろ! 邪魔!」
俺達を役場に押し込むと、ソレだけ言い残して出て行こうとする。
「ドコへ、行くのです!?」
「ドコにも行かねぇよ! お前が守れって言ったんじゃねぇか」
……そうだった。
扉の外で警護するらしい。
呆れた様な田中の言葉に、足手まといになっている事を自覚させられる。
マーロゥの事を何も言えない。
しかし、守るばかりじゃ……
俺が、魔女を、殺したいのに!
歯がゆさに、もう一個のカフスボタンを噛み砕く。
魔力が満ちるが、気持ちは全く収まらない。
バンッ!
そこに、役場の扉が開け放たれた。
「そうだ! 守るのがおたくの仕事。攻めるのは俺の仕事だ」
霧の中から現れた不審な人影。
「オイ……何だよアンタ? ココは立ち入り禁止だぜ?」
田中が押し止める。
だけど俺はコイツに覚えがあった。
「あなたは、グリダムス……さん?」
コイツは、こう見えて帝国軍の隊長の一人だ。
立派な騎士に混じって、しょぼくれたオッサンだったからよく覚えている。
しかし何故か、今は渋い男の色気さえ漂っている。
覚悟を決めた眼差しがそう見せた。
「ああ、このままジッとしててもジリ貧だろ。グリダムス隊は敵へと突っ込む!」
「待って下さい!」
必死に止める。
ぶっ込みたいのは俺もだが、流石に無謀だ。
霧を抜けた所で蜂の巣にされるに違いない。
ヤケになるのも解るが、霧さえ晴れればコッチに分がある。
何も焦る必要は無い。
「いやぁねぇ、時間が無いのはコッチも一緒でしてね」
ぼやきながらも、グリダムスは苦しげに何かに耐えている。
良く見れば、顔を伝う汗の量は尋常では無かった。
「どうしたのです?」
「実は、さっきから食欲に負けて意識が飛びそうなんですわ。やっぱり姫様に言われたとおり、奴らに噛まれたのがマズかったみたいでしてね。噛まれた奴らがみんなおかしくなっております」
「そんな!」
そんな兆候は全くなかったハズだ。
なんで今更?
ウィルスの潜伏期間?
いや、霧だ。
ウィルスを入れた体から、急激に魔力を奪う。
この世界には寄生虫が居ない。病気も少ない。
健康値のお陰。どんなウィルスだって、なかなか効果を発揮しない。
しかし、霧で魔力を奪ったり、魔石で無理矢理魔力を与えたり。
急激な魔力の差があればどうなるか?
健康値の守りがなくなる。そうなれば、免疫の薄い体はひとたまりもない。
現に、幼い俺はよく熱を出して倒れていた。
しかも、一旦そうなると、中々回復しない。病気で健康値が蝕まれ、健康値が減っているからまた他の病気に罹る。
だとしたらこの状況でウィルスに冒され、ゾンビになりかけてる彼らは……もう……
「自らを縄で縛って、耐える事は?」
「無茶ぁ言わんで下さい。今もアンタの美味しそうな肩にかぶり付きたくて仕方ねぇんだ。味方を襲うぐらいなら、いっそ敵を囓りに行こうかって、噛まれた奴らで話し合ったとこでして」
「…………」
クソッ、どうしようもないのか! ギリリと奥歯を噛むが、打つ手はない。
大きく深呼吸して、グリダムスの目を見る。
「わかりました。ご武運を」
「ああ、ゲスな魔女に噛みつけると思うと楽しみで仕方ねぇ」
「ええ、私の分も、お願いします」
「なっにを?」
俺は強がるグリダムスの手を取ると、バニー姿で曝け出された俺の首と肩を触らせた。
大の男がビクリと跳ねて、滑稽な程に狼狽する。
良い反応するじゃないか!
グリダムスが食欲すら忘れて顔を赤くした瞬間を見逃さず、俺は妖艶に微笑んだ。
「だけど、噛み付くのは止めておきなさい。魔女など美味しくないですよ。帰ったら口直しに、私の肩に好きなだけ齧り付いて下さい」
「ソイツは楽しみだ! 行くぞ! お前等!」
「ハッ!」
グリダムスは同じように、ゾンビに噛まれた百人前後の兵を引き連れ、敵へと突っ込むらしい。
俺はそんな男達の背中を見送るだけしか出来ない。
そんな俺をニヤニヤと見つめる田中。
「お姫様が板についてきたじゃねーか」
「茶化すな」
全くコイツは……。
文句でも言おうと思えば、田中は田中で、必死に刀を握り締めていた。
コイツもまぁ、待つのは苦手だわな。
なんだか毒気を抜かれた。
『待て』を命じられた猟犬ってのは、どうにも間抜けだ。
「んだよ……」
「私達はお姫様らしく、ナイトの帰還を待ちますか……」
「良く言うぜ、お預け食らった犬みてぇな顔してよ」
おまえもなー。
お互いに笑うと、いよいよ戦いが始まった
遠くからバララララと雨の様な銃撃音が響く。そして近くからは断続的な爆発音。
音と共に、運命光が消えていく。
銃弾に晒され、ゾンビに爆破され、皆の命が消えていく。
次から次へと。
霧に、ウィルス、ガトリングガンに爆弾。
こんな、馬鹿な死に方で!
俺は、役場の隅っこで頭を抱えへたり込む。
「お願い! もう!」
今も外ではガトリングの音が響いて、皆の悲鳴が木霊している。
バラバラと、雨音の様な発射音は激しくなるばかり。
木村め! 何がマスケット銃を一杯くっつけただけだ!
連続する発射音が衝撃波となり、ひたすらに戸板を叩いた。
鳴り止む気配は一切無い。
驚異的な火薬量を誇るかの様に、敵は弾丸を乱射する。
――バララララララララ!
「…………」
まだ止まらないのか!!
――パララララララララ!
まだか!
――パララララララララ!
……いや、流石に激し過ぎる! 止まらない弾丸などあり得ない。
コレは? 立ち上がって、木窓を開けて外を見る。
「雨! この時期のゼスリード平原で?」
去年は俺を殺す為の『偶然』だった。なのに今回は俺を救うべく、激しい雨が降っている。
「オイ? どうした? 危ねぇぞ!」
田中の制止も聞かず、俺は役場の外へと飛び出した。
「霧が、消えた!」
外は大雨。
どんよりとした雨雲で、日暮れ前にも関わらず薄暗い。
霧はすっかりと流されていた。
これで、魔法が、使える!
ソレだけじゃない、この雨で、火薬兵器の運用は大きく制限される。
現に、もうドコからも爆発音が響いてこない。
「でも、どうして?」
この季節、この地方で雨が降る事は稀だ。
まして夕暮れの夏空には、ドコにも雲なんてなかったハズ。
なんで?
解らないが、今しか、ない!
横転した装甲車に駆け寄り、王剣とグライダー、そしてスキットルに入った濃縮魔力を取り出した。
遺跡で発見した液化した純魔力! 一息に嚥下すると、体の中から燃え上がる様な力が湧いた。
絶対に体に悪い奴だコレ! 健康値が削れるのが解る程。
噛み付かれたら一発でゾンビ。
しかし、今はソレで良い!
畳まれたグライダーを手早く広げ、魔法を紡ぐ。
「『我、望む、疾く我が身を風に運ばん、指差す先に風の奔流を』」
「オイ? ちょっと待てって」
「待ちません!」
摑み掛かってくる田中を蹴り飛ばし、跳ぶ。
強烈な浮遊感。
絶好調の魔法は俺と王剣の重量を空へと運んだ。
魔力でピンクに染まった髪がたなびく。雨粒が頬を叩き、体を濡らした。
高く舞い上がると同時、そこかしこから強烈な視線が俺の体へ突き刺さるのを感じる。
「その格好でどーすんだよ馬鹿が!」
田中の呆れ声。
そう言えば、俺はまだバニーちゃんのまま。
ドエロい格好のお姫様が空を飛ぶ。冷静に考えるといっそ冗談みたいな光景だろう。
まぁ、いいや。
遠くに見えるのが敵陣か。
コッチから見えると言う事は相手からも俺の姿は丸見えに違いない。
多少は恥ずかしいが、いっそ都合が良い!
拡声の魔法で叫ぶと、俺は王剣を敵陣に向けて振りかざす。
「全軍! 突撃! 私に続け!」
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