魔女の軍勢

 グライダーで空を飛び、王剣を掲げ、叫ぶ。


「全軍! 突撃! 私に続け!」

「オォ!!!」


 街中から雄叫びが上がり、地響きみたいな雄叫びが返る。


 よしよし、士気は十分。雨が降っている今が好機。

 一斉に突っ込むぞ!


 ……滅茶苦茶だな。


 まぁ、良いんだよ。

 だって、魔女の軍勢は、騎士ではない。勢いで攻めれば倒せる。


 その辺の農民に銃を渡して、コレさえあれば恐くないと教え込んでいるのだ。


 それが、雨で使えません。やっぱり剣で戦って、と言っても無理だ。

 頼みの綱が突然使えなくなった軍隊は脆い。


 ましてや、空には俺が居る。

 グライダーに乗ったバニーガールなんて誰も見たことがない。


 神か悪魔かユマ姫か?

 精々目立ってやろうじゃないか!


 夕暮れ時、闇に染まる直前の薄暗い世界で俺は眼下に敵陣を睨む。


 雨の中でも、消えずに残った火縄銃の種火が幾つもあった。


 だが、問題ない。

 今の俺には魔法がある!


 ――さぁ、撃ってこい!!

 残らず、受け止めてやる!


 俺は前方に結界を張って待っていた。


「…………??」


 だが、敵は一向に俺へ発砲してこなかった。

 それどころか戦場から殆ど銃声がしない。


 確かに雨は降っている。

 しかし、それでも全部が撃てないって事はないはずだ。


 舐められたモノだ。


 しかし、よくよく見れば。敵陣は大混乱に陥っていた。


 コチラの陣地から、眼下に点々と転がるグリダムス隊の死体。

 その死体の列を辿ると、その先頭は見事に敵の本隊へと食らいついていた。


 ソレに気が付いた時、言葉に出来ない感情が胸を締め付けた。

 彼らは最期の最期まで戦い抜いたのだ。


 いや違う! まだ戦っていた!


 視線の先、最後まで残ったグリダムスは敵に囲まれ、剣を振るい、猛犬の如く敵へと食らいつく。


 助けたい。でも、助けられない。多勢に無勢だ。見守る中、グリダムスの最期は剣すらも手放し、本能だけで敵兵に噛み付いていた。


 良く見れば、グリダムスはすっかりゾンビに成り果て、ソレでも戦い続けていた。その首が俺の眼下で刎ねられ、転がる。


 彼に噛まれた兵士から、更に混乱が広がる。


 そうだ、健康値が削られてたのは、俺達だけじゃない。

 ブン撒いた霧で、自分達の軍隊だって健康値が減っていたハズ。


 ウィルスなんて、制御出来ないモンに頼るからだ。


 もう、敵陣はゾンビだらけ。

 大混乱に陥っていた。


「良くやりました」


 地獄で待っていろ。肩でもなんでも、好きなだけねぶって良いぞ! 俺も、じきに、ソッチへ行く!


 風の出力を上げ、更に加速。

 敵陣全てを見渡せる所まで来ると、敵が混乱するもう一つの理由が見えてきた。


「アレは? ……まさか!」


 ラクダに乗った一隊が、敵陣を真横から食い破っているのだ。


 その中心にいるのは、一際大きい白いラクダに乗った浅黒い肌の貴公子。

 リヨンさんだった。


「まさか、この雨も?」


 きっと、そうだ。


 無害化した死苔茸チリアム、フォッガを大量にばらまいた。

 コレだけの雨を呼べるのは、彼しか居ない!


 後ろからは、いよいよ味方の先陣が敵と衝突し、激しい戦闘の音が聞こえてきた。


 そうこうしている内に、俺はいよいよ敵陣のど真ん中、その真上まで辿り付いた。

 しかし、魔女の姿が見えない。


 立派な鎧の知らない男が指揮を執っている。


「まだコソコソと隠れるか」


 ココで負けたら終わりだろうに、それでも自分が戦おうとしないとは、筋金入りのゴミ女である。ならば!


 首筋にチリチリと痛む『偶然』の予感。しかし、今だけは心地よい。

 その時、薄暗い世界を強烈な光が切り裂いた。

 一拍の間を置いて、爆音。


 ――ドォォォン!


 爆弾? 違う! 雷だ!

 強烈に空が輝き、瞬間、視界から色を奪った。

 音の衝撃がグライダーを打ち、ビリビリと震える。


 ゴロゴロと遠くから雷鳴が轟き、丸焦げになったトラウマを刺激する。

 怖じ気を振り払い、俺は敵のど真ん中、指揮を執る男へ目掛け、グライダーの舵をとった。


「一緒に、死のうぜ!」


 敵の真上でグライダーから飛び降りる。

 そのまま王剣が生み出す気流を頼りに、俺は空を駆る。


 ――ピシャァァァ!


 その時、再び視界が白に染まった。落雷が、『偶然』に、俺へ直撃したのだ。


「お前等も、道連れだ!」


 だけど今回は無傷。王剣は言わばダイヤの塊。完全な絶縁体だ。


「父様、ありがとう」


 ――バシュッ!


 眩しさに目を瞑った司令官を、俺は上空から真っ二つに引き裂いた。


 ――ボッ!


 何の作用か、斬り裂かれた司令官の死体が燃え上がる。

 王剣の内部に電気が残っていたのだろう。想像以上に派手な事になった。


「ふぅ……」


 敵のど真ん中。俺はホッと息を吐く。

 殺っちゃった♪ テンションが上がって、敵のど真ん中に降り立っちゃった。


「どうした!? 何が起こった? 報告しろ!」

「解りません! 雷が! 少女に!」


 帝国兵は目の前の光景が信じられないと、すっかり錯乱していた。

 まぁ、そうだよな。空からお姫様が落ちてきて、司令官を真っ二つに分割し、ボウボウと燃やしてるんだから。


 自分で言ってても意味不明だから困る。だが、敵にしてみれば俺が恐ろしいに違いない。


 いよいよ日が沈み、闇に染まって行く世界。

 不気味な炎をバックにニッコリと微笑む。


「ごきげんよう」


 そして、死ね!

 俺は王剣で敵兵をまとめてなぎ倒す。

 景気よく首が飛び、混乱が広がった。


「何をしている! 敵は一人だ! 押し込め!」


 だが、指令系統は一つではなかった様だ。

 或いは俺が殺したのはフェイクだったのか。敵兵に指示が飛び交い、じわりと俺を包囲する。


 ……どうしよう? 王剣で飛んで逃げられないかな?


 やり過ぎた。このままじゃド派手な自殺だ。正直、後悔し始めた。

 いや、悪くない。思い直したのは、ビリビリと刺激する首筋の痛みが心地よいからだ。


 『偶然』は、まだ俺に踊れと言っている。


「神の裁きを恐れぬモノは、前に出なさい!」


 王剣を掲げ、宣言する。


 あまりに堂々とした俺の態度に、居並ぶ敵兵の顔は恐怖に歪んでいた。

 恐怖の表情だ。薄暗い夕闇の中にあっても、敵兵の顔がハッキリ見えたのは何故か?


 ――ピシャアァァァ!


 再び雷光が迸りほとばしり、掲げた剣へと突き刺さったからだ。


 俺がそのまま剣を振るうと、斬り裂かれた兵士が千切れ、燃えさかる。ただの『偶然』なんだが、二回も続くとそう言う攻撃にしか思えない。


「神だ! 神の化身だ!」

「いかづちを操るぞ! 逃げろ!」


 魔女の軍勢はたちまち恐怖に囚われた。


 意味不明にドエロい格好をした女の子が雷鳴と共に降ってきて、雷を纏った剣でバリバリ攻撃してきたら、神に見えるのも当然だろうな。


 実際は俺目掛けて飛んでくる雷を、何とか防いでるだけだ。


「神罰を恐れぬ者達よ! 神の怒りを知れ!」


 でも、ノリノリで暴れちゃう。気持ちが良いから。

 蜘蛛の子を散らす様に敵兵が逃げて行く。


「愚か者どもめ! 恥を知れ!」


 本当に神の代行者になったつもりで敵を追いかけていたのだが……


「痛っ!」


 足を取られて無様に転がった。

 スッカリ忘れていたが、俺はバニーガール姿。決して戦場に繰り出す格好ではない。


 転がった鎧の隙間にヒールが挟まって、足からすっぽ抜けたのだ。


「アガッ!」


 その上、転がった先の鎧は雷で帯電していた。すっかり油断していた所に、激しい電撃が体を駆け巡る。

 トラウマモノの刺激に、目がチカチカとして、一瞬遅れて強烈な痛み。


「イギギギギ!」


 鉄板みたいな鎧の上で、神経を灼かれ、バニー姿のままピクピクと痙攣する。焼き肉にでもなったみたいだ。


 惨めにのたうって、飛びそうになる意識をつなぎ止める。


「おい、何かコケたぞ?」

「チャンスじゃないか?」


 敵兵の声が頭上から聞こえる。しかし、体は動かない。


「おい、今のうちだ! やるぞ!」


 いよいよ敵兵が殺到するが、体に力が入らず、転がったまま突き刺さる槍を見つめる事しか出来ない。


 何だコレ! 間抜けすぎるだろ! 『偶然』の理不尽な攻撃に、俺は悔しくて涙する。

 悔しくて、ギュッと目を瞑るが、何時までも痛みはない。どうした?


「オイ、何だか色っぽいな」

「速く殺せよ」

「いやでも、勿体ねぇだろ」


 頭上では、兵士達が間抜けな議論をしているじゃないか。

 良いのか? そんな事をしていると『偶然』に飲まれるぞ?


 案の定、次の瞬間彼らはバラバラの肉塊に成り果てて、俺の上へと降り注ぐ。


「おーい、生きてるか? 勝手に突っ込んで行って死ぬ奴があるかよ」


 間抜けな声。

 田中だ!


 コイツも俺を追って、単身切り込んでいた。

 しかし、俺のピンチはまだ続いていた。


「アグッ! ゴホッ!」


 肉塊と血に埋もれて、溺れる! コッチは指一本動かせないんだぞ! 助けるならもっと優しく頼む!


「オイオイ! 完全に自業自得だろうが馬鹿が!」


 田中は血まみれの俺を抱きかかえ、バイクに乗せる。


「逃げるぞ! ってか、勝ち戦だ! 無理する理由はビタイチなかったんだけど?」

「ココまでやられて、黙って居られないでしょう?」

「やり過ぎなんだよ! ボロボロじゃねぇか!」


 いや? 血まみれなのはオマエの所為なんだが?

 ギリギリ睨むが、まるで相手にしてくれない。


 オイオイ、俺を無視する気か?


 さぁ、最後の仕上げをしようじゃないか。


「飛ばして下さい」

「オイ、何するんだよ? ふざけんな!」


 田中の苦情は無視して、俺は呪文を唱える。


「『我、望む、この手より放たれたる、強く大きく熱く疾い、炎と風の鋭き刃よ』」


 コレはセレナが使っていた魔法だ。

 成人の儀に付いて来てくれたセレナが、大牙猪ザルギルゴールを両断した魔法。

 セレナほどじゃないが、生き物に放つんじゃなければ俺でも十分使える。


「オイ、何してんだオイ! 逃げんだよ」


 田中が強烈な魔法の圧力に焦るが、無視。

 俺が魔法を放った先は、異様に厳重に梱包された帝国軍の貨物。


 炎と風の刃が、その貨物を切り裂き、火炎をまき散らす。


 ハズレか? 眉を顰めた瞬間。


 ――グガアアアァァァァン!


 耳をつんざく大・爆・発!

 思った通り、中身は火薬。


 しかし思っても居なかったのが、その爆風の凄まじさよ!


「ふっざけんな! ○×△*@”#$!!」


 田中の苦情も、聞こえない。

 タイヤが轍に乗り上げ跳ねるや否や、爆風に煽られ空を飛ぶ。


「テメェなんとかしや○×△*@”#$!!」


 解った解った。うるせーな。


「『我、望む、足運ぶ先に風の祝福を』」


 移動の魔法の風を応用して空中制御。バイクは華麗に着地した。


「いちいち爆発させねーと気が済まねーのかテメーは!」

『いやいや、こんな緊迫の脱出シーン。一生に一度あるかないかだよ?』

『オメーが爆破しなけりゃ、一度もなくて済んだんだけどな!』


 いやーマジギレである。


『怒るなよ。美女を片手に間一髪の大脱出。男なら憧れるシチュエーションだろうが』

『美女って言うには、イチイチ小せーし、ドロドロに血まみれじゃねーか』

『チューする? チュー!』

『しねーよ、ぶっ殺すぞマジ。バイク壊れたら弁償して下さいね』


 急な敬語やめろ!

 ソッチがその気なら、コッチにも考えがあるよ?


『大丈夫大丈夫! エルフの王様になればバイクのパーツなんて幾らでも手に入るって』

『……それって? え? きちぃわ』

『結婚ちゅる?』

『その辺に埋めていい?』

『まーまーまー』


 ゲラゲラと笑いながら、俺達は闇の中を二人、バイクで走っていく。

 もう、戦争は終わったと思いながら。


 事実、戦争は殆どココで終わった。


 ココからの戦いは、戦争以外のナニカになった。

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