ユマ姫暴走記録1 【木村視点】
夜更かしして昼に起きたとき特有の、心地よい微睡み。
俺はベッドで大きくノビをした。
「ふぁ~」
おっさんみたいな声。
いや、みたいじゃなくて、俺ももうおっさんか。
手鏡に映るのは押しも押されもせぬ無精髭のおっさんだ。
自分で言うのもアレだが、すっかり悪徳商人が板に付いてしまった。
戦争に勝った。
これ以上無く勝った。
そして、ユマ姫も、田中も、俺だって死ななかった。
しかし、昨夜は酷かった。
テムザン直属の騎士達が想定よりもずっと早く到着し、夜中の内に招集を掛けたと聞いたときは、正直我を失った。
ユマ姫を置いてきた判断を気が狂いそうな程に後悔したワケだ。
一歩間違えばまんまと魔女にユマ姫を殺されていた。
そうならなかったのは殆ど奇跡だったと思う。それぐらいに、ユマ姫の居たすり鉢状の集会場は混沌に飲まれていた。
全てが『偶然』を利用してユマ姫を殺すべく、緻密に練られた魔女の罠。
しかし、ユマ姫は全ての危険を撥ね除け、生還して見せた。
そこには、俺が在庫処分と侮ったロアンヌ騎士の奮闘があるらしい。
彼らの評価を改めると同時、その冥福を祈る。
しかし、敵側の、それも主君の姫君の仇であるハズのユマ姫を、騎士が命懸けで守るのは意味が解らないんだけど?
アレはもう、呪いみたいなモノだろう。
魔女の洗脳能力とどこがどう違うのか? もはや説明が難しい。
でも、バケモノと化し、苦しんで死んだ直属騎士と、満足げに死んでいったロアンヌ騎士の死に顔を見比べれば、違いは明らかだ。
そうして、すり鉢状の土地に囚われた帝国軍の主力は壊滅した。
俺としては反省しきりだ。
アレだけ派手に戦争に勝たせてやると宣言した割りに、結局全部ユマ姫と田中が持っていった格好だ。
でもさ、田中だけでなく、俺だって結構活躍したんだぞ? 派手な音が出る爆弾を投げ込んで、帝国兵の戦意を折ったのだ。
騎兵を落馬させる為に用意したモノだが、ハッタリとしてはこれ以上ない効果があった。すり鉢の中へと爆弾を投げ込むだけで良いのだから楽なモノ。
弾丸を避ける塹壕代わりになるすり鉢状のため池予定地は、縁まで近付かれてしまえば爆弾を投げ込み放題の地獄と化す。
あのすり鉢の地形、テムザン将軍はユマ姫を閉じ込める為の巨大な檻のつもりだったのだろうが、実際にユマ姫に囚われていたのは帝国兵だったワケだ。
とは言え、無傷で近寄れたからそんな事が出来ただけ。
あそこに籠もられ、隠れながらマスケット銃を撃たれたら、コチラも大変な被害が出ていただろう。
俺達は、ユマ姫がもたらす混沌に賭けたと言っても良い。
……本当は焦って全軍を突撃させただけなんだけどさ。
しかし、それでも全てが上手く行ったワケでは無い。
心残りは二つ。
まずは黒峰さん、いや、魔女クロミーネの行方。
現在、迫撃砲の発射地点から逃げ出す馬車を発見し、斥候に追わせている最中だ。報告待ちである。
しかし、今回で魔女は帝国からも追われる身になったハズだ。補給もままならないとなれば、程なく足取りは掴めるだろう。
そして二つ目が、逃亡したテムザン将軍だ。
そう、王国軍がすり鉢を包囲する直前。テムザン将軍は見事な脱出を遂げていた。
現在は少数の部下を連れ立って、近くの街まで逃げ延びているらしい。
……いっそ魔女への復讐心を滾らせて、魔女討伐隊でも出してくれればいいのだが。
いいや、駄目だな。良い様に利用されるのがオチだろう。
名将テムザン将軍ですら、ユマ姫と魔女の前では玩具でしかなかった。
名将もネジの外れた狂人の戦いに巻き込まれれば、哀れな道化になるしかない。
肝に銘じておくべきだろう。
テムザンは魔女だけでなく、ユマ姫も恨んでいるはずだ。役者の違いを理解出来ない演者がどんな『偶然』を引き起こすか知れない。そろそろ退場願うべきだ。
……その点、俺はどうだって? 対策済みさ!
あらかじめコチラもネジを外しておけば良いんだよ!
どうするか?
まず、米を炊く。それで?
約束の脇おにぎりを作って貰うぞ! おひつを持って突撃だ!
このとき、俺は自分なりに精一杯のネジが外れた行動をしたつもりでいた。
様々なストレスが俺を奇行に走らせたと言っても良いだろう。
そうしなければ精神が保たなかったのだ。
……しかし、ネジが外れきった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ナニアレ?」
騒ぎを聞きつけ、すり鉢状の土地に再びやって来た俺は絶句した。
ビックリし過ぎておひつも忘れてしまった。
「何って、吹っ切れたんだろ?」
隣に腰掛け、何がおかしいのかゲラゲラ笑っているのは田中。
いやいや、アレはそういうレベルじゃない。怒りを込めて指差す。
「アレは脳みそゴト吹っ切れてるだろ!」
指差す先、もはや定位置になったすり鉢の底に、今日もユマ姫は居た。
しかし、檻の中ではない。
檻は爆撃で粉々に砕け散った。
代わりとばかりにユマ姫は堂々と腰掛けている。
四つん這いにさせたメイドさんの背中の上、どっかりと腰を下ろして、乗馬鞭でペチペチとお尻を叩いている。
良く見ればシャルティア嬢! いや、シャリアちゃんだ! シャリアちゃんを四つん這いにさせて背中に座っている!
鞭で打たれる度に、悩ましげに体をくねらせるシャリアちゃん。
それだけでも異様な光景だが、その背中に腰掛けるユマ姫の姿もまた異様。
「バニーガールじゃねーか!」
俺の! 秘蔵の! なんで?
白のバニースーツに網タイツ、カフスに付け襟、蝶ネクタイ、ご丁寧に白いハイヒールまで、もちろんウサギ耳も完備。
「悪くネーな、楽しそうじゃん?」
「いや、馬鹿なの?」
姿もそうだが、ユマ姫が居るすり鉢の底、その場所こそが大問題なのだ。
帝国軍の総数は万に届く数であった。その多くを捕虜としたのだ。王国軍の倍以上。捕虜として管理出来る限度を優に超えていた。
だからこそ、武装解除して両手を縛った帝国兵をすり鉢に集め、不穏な動きをするならば、すぐさま銃殺するか、爆弾を投げ込むぞと、脅して何とか制御しているのが現状であった。
俺がスヤスヤと陣内で眠ったり、お米を炊いたりしたのも、言わば現実逃避の一種。
殺すか? 解放するか?
俺達は決断を迫られていた。
今までのヌルい戦争では、民兵は見逃し、騎士だけを捕虜として身代金で解放していた。しかし、今回はどうだ?
身代金は取れるかどうか怪しく、駆り出された民兵も銃を手にしただけで、厄介な兵に変身する。
戦争が変わってしまった。
それ故に、民兵ですら油断出来ず、騎士からは身代金を取れない。
端的に言って俺達は捕虜を持て余していた。
ひとたび彼らが暴発すれば、数に劣る俺達じゃ抑えきれない。
ならどうするかと問われれば……
俺達に出来そうなのは『虐殺』しか残されて居ないのだ。
古代中国、長平の戦いでは捕虜20万が生き埋めにされたと言う。
中国はなんでも埋めちまうな! と馬鹿にして笑って居たが、自分の立場になれば全く笑えない。
予期せぬ大勝は、扱えない数の捕虜を抱える結果に至る。
……おあつらえ向けに埋め立てやすい場所に捕虜を集めてあるのが笑えない。
集められた捕虜達も不穏な空気を敏感に感じ取り、そわそわと落ち着かない。
きっと捕虜として返還される。
そう信じて、彼らは大人しくしているのだ。
もしも、コチラが殺す気だと気取られれば、ヤツらだって死ぬ気で抵抗してくる。
そうなれば『虐殺』するしかなくなってしまう。
俺は彼らが短気を起こさない事をひたすらに祈っていた。
そんな暴発寸前の兵達の中にユマ姫は飛び込んだってワケだ。
虜囚の頃と変わらず、すり鉢の底に君臨し、多くの視線に晒されていた。
しかし、今度は立場が全く逆。
ユマ姫が居並ぶ帝国兵を睥睨している。
あたかも動物園の動物と観客、檻の中と外が、ソックリ入れ替わった様だった。
しかし! 思い出して欲しい。
そこにもう『檻』は無いのだ。
ましてバニー姿など、極上の霜降り肉を猛獣の群れへと投げ込むに等しい。
斬新な自殺方法にしか思えなかった。
だのに、田中はソレを見て楽しげに笑った。
「良い顔してるじゃねぇか! アイツ、復讐だなんだ言いながら
「あったっけ? 常にメチャメチャ殺意に溢れていたが?」
「あったんだよ、ほっとけば仇討ちの為に、帝国の民間人だって殺しかねなかった。妙に思い詰めてたしな」
「で、だったら今の状態は何なの?」
俺の質問に、うーんと唸って田中は言った。
「殺したいヤツだけ殺すコトにしたんじゃない?」
「何も変わってなくない?」
俺は天を仰ぐ。すり鉢の底で、ユマ姫の演説が始まった。
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