ユマ姫観察日記2
23.帝国暦1028年 夏中月4日 6刻
最近平和だな、こんな平和がずっと続けば良いのに、
とユマ姫を見ながら綴る。今日は物憂げな表情が可愛い。
24.帝国暦1028年 夏中月4日 6刻
>>23 平和になったらユマ姫ともお別れだな。
25.帝国暦1028年 夏中月4日 6刻
>>24 そんな事言うなよ。でも、戦場でこんなのおかしいよな。
王国だって人質のユマ姫が居るから動けないだけだろうし。
26.帝国暦1028年 夏中月4日 6.四半刻
>>25 そう言えば、コッチから王国に仕掛けない理由ってなんなの?
27.帝国暦1028年 夏中月4日 6.四半刻
テムザン将軍がユマ姫を恐れてるから?
28.帝国暦1028年 夏中月4日 6.四半刻
>>27 ンな馬鹿な。
落とし所を探ってるんだろ? 将軍も。
29.帝国暦1028年 夏中月4日 6.半刻
なぁ、テムザン将軍の騎士団を最近見ないけど、ドコ行った?
30.帝国暦1028年 夏中月4日 6.半刻
魔女を捕まえに行ったらしい。
31.帝国暦1028年 夏中月4日 6.三四半刻
>>30 マジか! やっぱりアイツが全ての元凶なんだな。
32.帝国暦1028年 夏中月4日 6.三四半刻
まさか魔女を処刑ってのは無いよな? 皇帝のお気に入りなんだろ?
何にせよ、そろそろ終わるな、つかの間の平和が。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『俺、一旦帰るわ』
檻の中、『参照権』で本をぼんやり読んでいた俺に、木村が別れを告げに来た。
あっけらかんと話し掛けて来るが、ここは衆人環視のど真ん中。
どうしたもんかと囚われのお姫様らしい、憂いを帯びた流し目で一瞥し、お上品な仕草で言葉を紡ぐ。
ただし、日本語で。
『そもそも、何で来たかもワカランが?』
『心配で来たんだよ、言わせんな。で、どうやらテムザンの騎士団が戻ってくるらしい』
『へぇ?』
テムザン直属の騎士団は、持て余した俺を引き取らせる為に、魔女を探しに出発したハズだ。
それが戻ってくると言う事は、魔女が一緒に来ると言う事。
『魔女を、黒峰を捕まえたわけ?』
『どうやらそうらしい、先行して早馬が来た。黒峰さんも終わりだな』
木村は椅子に座ったまま、大仰に肩を竦めるが……嘘くさい。
『信じられないんだが?』
『だよね、俺も信じてない』
白けた様子で、帽子を目深に被ってみせる。なにせこの世界で、情報機関に誰よりも投資してきたのが木村だ。
なのにプラヴァスで逃がしてから、魔女の足取りはまるで掴めていない。素人の騎士団に見つけられるとはとても思えなかった。
それでも魔女が来るならば、俺を殺す算段でも付いたのか? 悩む俺を見て、木村は立ち上がる。
『何にせよ、応援を頼みに行くから』
『頼むわ、実は俺、結構不安よ』
『散々好き勝手してどの口で言うんだよ。一応、少数精鋭の潜入部隊は確定で、全軍での突撃準備もオーズド様にお願いしてみる』
『うむ、苦しゅうない』
『はぁ……』
露骨なため息を残して去って行く木村。
俺は涼しい顔で見送って、その裏で、沸き上がる血を抑えるのに必死だった。
ここはすり鉢の底。
檻の中から見回すと、ニヤニヤと俺を観察する帝国兵がズラリと並ぶ光景が目に入った。
コレで、全員殺せる。全部メチャクチャに出来る。
いやいや、憎いのは魔女。
俺だってなにも、帝国兵を皆殺しにしたいワケじゃ無い。
何故って、俺は別に快楽殺人者じゃないからな。
そんな風に思い込もうと努力したが、どうにも上手く行かなかった。
俺を眺めてズラリと並ぶ、鼻下伸ばした馬鹿面を、残さず胴体から斬り裂きたくて堪らない。
帝国兵と触れ合って、コイツらだって何も変わらぬ同じ人間と理解出来た。
俺の事を可愛いと好意的に観察してるのも知っている。
だけど、憎い。
俺の家族が皆殺しになって、なんでッ! お前等が! 温々と楽しそうに俺の事を観察してるんだ! 全員まとめてぶち殺してやりたくなる。
帝国兵だけじゃない。本当は王国の奴らも、むざむざ生き残ったエルフだって憎い。どうして俺たちを守ってくれなかったんだ。いっそ全部壊れてしまえと思うほどに。
『はぁ……駄目だな』
ただの八つ当たりだ。俺がロクな目に遭わないのも納得だろう。
そう考えると、ジクジクと痛み、痒みを訴える背中の傷も正当な物に思える。
……いや、コレは流石にオカシイだろ!
良く考えりゃ、なんで俺はヨルミ女王に鞭を打たれたんだっけ?
捕虜になって鞭を打たれるなら納得だけど、味方を嬲るのはただの趣味だろ。お姫様としては外道極まる衆人環視の今の環境のが、よっぽどマシってのがどうかしてる。
自嘲気味に笑った後、ゆっくりと息を吐き、俺は戦いの予感に精神を研ぎ澄ませる。
魔女、いや黒峰。
待ってるぞ、ぶっ殺してやる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
これは終戦後に奇跡的に見つかったユマ姫観察日記の最後のページである。
1.帝国暦1028年 夏中月5日 1刻
騎士団が到着したみたい。
2.帝国暦1028年 夏中月5日 1刻
嘘だろ? ド深夜だぞ?
3.帝国暦1028年 夏中月5日 1刻
マジだ! 召集掛かった。
4.帝国暦1028年 夏中月5日 1.半刻
第三部隊のロンです。
補給担当の僕以外全員が召集されたので、良く解らないけど、逐一記録します。
眠っているユマ姫が叩き起こされました。可哀想。
篝火が大量に焚かれてます。何事でしょうか? 解りません。
すり鉢状の底、ユマ姫を囲んで全軍が召集されています。
魔女クロミーネが来ているらしいです。
魔女はユマ姫がバケモノだと言っているらしいです。
発表があった瞬間にブーイングが起きました。ユマ姫の人気が凄いです。
魔女とユマ姫、真実をハッキリさせると言っています。
登場しました、テムザン将軍です。
4.帝国暦1028年 夏中月5日 1.三四半刻
第三部隊のロンです。
いよいよ魔女が出てくるみたいです。
皆、魔女が嫌いみたいで場がピリピリしています。
テムザン将軍の直属騎士団が大きな木箱を運んできました。
魔女が中に詰め込まれているみたいです。魔法の対策らしいです。
箱が開封されました。
でも煙ばかりで魔女の姿が見えません。
ユマ姫が叫んでいます。聞き取れません。ロアンヌの騎士達が抜刀しました。
見間違いかも知れませんが、魔女を運んできた直属騎士達の体が大きく見えます。
爆発しました。パニックです、逃げます。
何が起こったか解りません。
4.帝国暦1028年 夏中月5日 3半刻
第三部隊のロンです。
大変な事になりました。みんな、みんな死んでしまった。
死体がそこら中に転がっています。
……ああ、でも。
血まみれのユマ姫も、美しい。
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