一騎討ち4

 槍を構えて向かい合っただけで、ゼクトールは相手が格上だと理解してしまった。


「ゼイッ! やぁ!」


 だからこそ、今度は自分から打って出た。何度も突きを繰り返すが、全てを見切られ躱される。

 相手が攻めてこないのは、さっきの自分と同じ理由。万が一を潰す為だと理解していた。


 しかしバーリアンは若かった。実力を見切るや否や、ゼクトールの攻撃を倍の数で返していく。


「ハッ! ハッ! ハッ! ハアッ!」


 とは言えその攻撃は速度重視、腰の入っていない軽い連撃だ。ましてやゼクトールには魔法のマントがある。これでは受けてもダメージは無いはずだ。


 ……だのに、ゼクトールは嫌な予感が拭えず、大きく飛び退き回避した。


 それがゼクトールの命を救う事となる

 ゼクトールのマントの前面には、しっかり四つの穴が空いていた。


「なんだと?」


 銃弾をも防ぐ魔法のマントが紙の如く。

 驚愕するゼクトールに、つまらなそうにバーリアンが鼻を鳴らす。


「こりゃあな、魔剣、いや魔槍ってヤツだ」

「そんなモノも存在するのか?」

「降参するなら、自分から川に飛び込みな。俺だって弱い者虐めは好きじゃない」

「弱いかどうかは、コレから確かめて貰おうか」

「いいからさ、タナカって剣士を出せよ」


 不機嫌にバーリアンが言い放つ。

 彼も、父であるローグウッド卿を殺した男に大変な興味を抱いていた。


 しかし、それは父の仇としてではない。


 彼は槍使いとして完成した暁に、正々堂々と父を倒すつもりだったのだ。

 剣などより、槍の方が何倍も強い。リーチこそが正義。実際、戦争となれば剣よりも槍こそが主役だ。


 それを証明する一心で、槍を振るってきたと言って良い。

 そんな彼の新しい目標が、父を殺した剣士、タナカだった。

 しかし、そのタナカが肝心の一騎討ちに出てこない。


 勿論、王国側としては田中が出せない理由がある。

 田中は魔獣退治に飛び回っているからだ。


 それに加え、王国側でも、田中に対して素直で居られる者ばかりではない。


 最強を目指す者ならば、今やその名はひとつのブランド。越えるべき壁。

 ゼクトールにしてみれば尚のこと、ユマ姫の思い人と噂される田中に対して思う所があった。


「あの人は、忙しいのでね。挑むなら、私の実力を見てからにして貰いましょう」

「ふん、じゃあお前を殺して引き摺り出してやるよ!」


 今までの様子見とは異なる、バーリアンの腰の入った鋭い一撃が繰り出される。

 魔槍でなくとも十分に致命傷となる一撃を、ゼクトールはヒラリと躱した。そして空中で槍の口金を弾いて隙を作りつつ、衝撃を利用して欄干の上へと着地する。

 まるでマーロゥが見せた一戦目の再現。ゼクトールは単調な突き込みを繰り返し、このチャンスを作り出したのだ。コレは二戦目でタリオンが見せた技の応用でもある。


 ゼクトールもまた、王国では若い頃から天才の名を欲しいままにする槍の名手。四十を前に、その腕は超常の域に達している。この戦いの中でも成長を続けていた。


「ハァッ!」


 ゼクトールは欄干の上、不安定な姿勢である。

 しかし、相手は槍を弾かれ体が流れた。曝け出された半身の胴は、横合いからは絶好の的。


 ――ギィン!


 しかし、固い金属音で弾かれる。


「なっ?」


 あり得ない手応え。胴に命中した穂先は僅かな傷もつけられなかった。


「わりぃな、先が長いんでよ」


 ゼクトールが作ったつもりの隙は、バーリアンが見せかけた罠だった。

 これもまた、二戦目のタリオン伯とゼクトールの闘いの焼き直し。


 いや、しかし、エルフの最新技術の恩恵を受けるゼクトールにして驚く、バーリアンが身に付ける鎧の正体は?


 彼が身に付けているのはカーボンの鎧の表面に特殊合金を貼り付けた特別製の一着だ。

 カーボンは固いが割れる。銃弾や槍が相手では不安が残る防具だ。魔獣の突進や斬撃を防ぐには有効だが、魔法の矢を放つテロリストを想定すれば、こうした鎧の必要性もエルフにはあったのだ。


 勿論、数は極めて少ない。

 なんでアレがココに? とユマ姫が愕然とするほどに。


「あばよ」


 会心の突きを防がれた後の隙。突き込まれればもはや躱す術は無い。これもまた二戦目と同じ決着の仕方であるが、ひとつだけ大きく違う所があった。


 ――バシャン!


 水音が響く。欄干に立っていたゼクトールは、自分から川に飛び込んだのだ。


「ンだよ、偉そうに実力を見ろって言ってソレか」


 つまらなそうに頭を掻いた。そこそこやる奴だと期待したが、結局命が惜しいだけの人間だった。川に飛び込む直後、ゼクトールがホッとした顔を浮かべた事に、バーリアンは内心落胆していた。


 バーリアンは命など惜しいと想っていない。


 なにせ、バーリアンは三人と言わず、このまま敵陣に突っ込み、殺せる限りの敵兵を殺すつもりでここに居る。

 強者を求め、確固たる意志で殺戮を求める狂人。ある意味で、魔女の手下だった意識の無い狂人よりもよほど恐ろしい。強烈な意志に裏打ちされた殺意。


 そう言う意味で、三人だけ相手をする覚悟だった他の者達とは、初めから見ているモノが違っていた。


 敢えてゼクトールがタリオン伯見せた勝ち筋をなぞって、余裕を見せつつ勝ってみせたのもソレが理由だ。


「オラ来いよ!」


 だから、最後の騎士へ向けても無造作にそう言った。


「オッ! おおおおぉぉぉ!」


 オーズド自慢の騎士である彼は、内心の怖気を振り払う様に叫び、突撃した。

 そして、叫び声のままに会敵し、そのまますれ違う。


「なんだこりゃ?」


 気が抜けた様にバーリアンが肩を竦める。


「一番最後に出て来たヤツが一番弱いって何の冗談だ?」


 頭部を失った胴体が、ベチャリと橋に倒れ伏す。


 その瞬間、固唾呑んで戦いを見守っていた両軍は、初めて本当の意味でバーリアンの実力を正しく把握した。


 天才ゼクトールが相手だからこそ、数合は保ったのだ。


 腕自慢の騎士が相手でも、まるで勝負にならない。時代さえ許せば、彼一人で国が滅びてもおかしくない超人なのだ。


 言葉を失ったのは王国陣営だけではない。


 帝国ですらも、大半の兵士は呆然としていた。固唾を飲んで見守ってきた一騎打ちが、帝国側の勝利に決まったというのにだ。

 本来は勝ち鬨をあげ、敵陣へと雪崩れ込む所。しかし、誰も後に続こうとはしない。


「オラ、行くぞ!」


 だから、バーリアンは単身でそのまま橋を渡る。敵が待つ対岸へ。

 それは異様な光景だった。


 数千の敵が待つ場所へ、たった一人で堂々と歩いてくる男がいる。


「ヒッ、ヒィッ!」


 パニックになったのは王国側だ。特に普段はネルダリアの農夫で、この戦いに徴兵された兵士達の混乱は顕著だった。アレほど頼もしいと思っていた銃が、オモチャのように感じてしまう。

 銃の扱い方を根こそぎ忘れ、腰が抜けたままに後ずさる。

 それだけならまだ良い。恐怖のあまり、バーリアンに向け、訳も解らず銃を構える兵士まで居た。何人も。


「あ、ああああぁぁぁ!」


 ――パァン!


 渇いた音がした。恐怖のあまり、ロクに狙いも定まらぬ銃弾だったのだが、それでも幾つかがバーリアンへと着弾する。


「痛ぇなぁ!」


 しかし、効かない! ライフル並の威力を誇る魔法の矢ですら数発は耐える特別な鎧だ。有効射程外から撃たれた火縄銃など、豆鉄砲と変わらない。


「ヒッ! ば、バケモンだぁ!」


 彼らは、銃さえあれば騎士だろうとモノの数では無いと信じ込まされていた。

 そうでなければ、突撃してくる騎士に対して、引きつけて銃を撃つのは、やはり怖い。

 その洗脳を補強するように、鎧を着た罪人を撃たせた事もあったし、この戦いでも率先して大きな戦果をあげさせた。


 だからこそ、銃が効かない相手を前に。一瞬でパニックは広がった。


「今じゃ!」


 そして、その光景に猛ったのはテムザンだった。勿論、帝国の一般兵もだ。

 一騎打ちの勝者たる英雄に、無粋な銃弾をぶつけたのだ。去年は帝国がやった事だが、ここまで盛り上がった決闘を汚した罪はやはり重い。


「うぉぉぉぉぉ!」


 全軍で、雄叫びがあがった。空気がビリビリと震え、バラバラの軍勢が一匹の魔獣へと変ずる。

 怒りはあらゆる恐怖を打ち消し、同時に相手へ恐怖を植え付ける。


 銃弾が効かないのは、バーリアンだけでは無いかも知れない。

 恐怖を忘れ突撃してくる騎士にそう思ってしまえば、隊列は即座に瓦解するだろう。


 長大な橋、こう言う時は速度と突破力がある兵が望ましい。


「行くんじゃ! お前達!」


 テムザンが檄を飛ばしたのは、彼が持つ虎の子の騎士団の一つ、重装騎士隊だ。

 僅か十騎だが、全員が特殊合金の鎧を着ている。カーボンと金属を組み合わせたバーリアンの鎧ほどでは無いが、マスケット銃が相手なら無類の強さを発揮する。


 こちらの騎士には銃が効かないと言う印象を付ける狙い。


 本来、敵の市街地を制圧するために取っておく予定の騎士達だったが、ここで切るべき最良のカードでもあった。


「おおぉぉぉぉ!」


 地鳴りの様な雄叫びと、馬たちが奏でる蹄の音が重奏する。

 騎士達が一斉に橋へと殺到し、腹に響く低音は、大きな恐怖を王国の兵に植え付けた。


 スッカリ逃げ腰になった兵を拡声器で鼓舞するオーズドだが、誰も銃を構えようとしない。

 敵の騎士が真っ直ぐ駆け込む絶好の好機に、誰も弾丸を発射しないのだ。


 このまま辿り付かれれば、散々に蹂躙される。そうなれば、まるで去年の焼き直し。何も無い平原をひたすら追い回されるだろう。

 前回その危機を救ったのはユマ姫であったが、助けを求めようにも彼女はノンビリと観戦に徹していた。


『アレ? ヤバくね?』


 双眼鏡を構え、変わらず呑気に戦いを見物してる。

 一方で木村は苛立ちを隠せない。


『ンだよ、あの鎧はよぉ!』

『エルフすごーい』

『死ねよマジ、あんなのあったら無敵じゃねーか』

『そうでも無いって、魔法の矢なら数発で死ぬよ』

『火縄銃で何発掛かるんだよ!』


 木村は頭を抱える、あんな鎧があるとは聞いていなかった。金属とカーボンを組み合わせ、衝撃にも刺突にも無類の強さを誇っている。


『いや、でも結構重いよ? 全身を守るなんて出来ない程度に』

『魔法の矢みたいに、誘導出来ねぇから十分なんだよ』


 それでもゼクトール達親衛隊は馬体を含め、全身を蜘蛛の糸のマントで防御出来ている。どちらも一長一短があると言う事。

 しかし、急所への銃弾だけでも鎧で防げれば十分に強力だ。それが解っていながら、エルフがそんな鎧を用意出来ないのは理由がある。


『ま、金属も勿論、鎧も貴重品だから数は揃わないよ、魔獣には意味がないから作れる人も限られてるし』

『やっぱそうか』

『倉庫にも全く残っていないと思う、奴らは根こそぎ奪っただろうからな』


 突然に、ユマ姫はゾッとするような声で囁き、敵陣を見つめた。やはり彼女の殺意は些かも鎮まって居ないのだ。


『そろそろ俺の出番かな』


 ましてや勢いに任せ、そんな事を言うのだから木村は必死にユマ姫を止めた。


『いやいや、まだだから! お前は陣地に戻ってろよ』

『ふぅーん? で、お前はどうするの?』

『俺? 俺は、ちょっとやることがあるからさ』


 そう言って木村は愛用のスナイパーライフルを取り出した。ソレを見て、ユマ姫はニヤニヤと笑うのみ。


『ま、出番があるかは怪しいけどね』

『え? どう言う意味よ?』


 木村が尋ねれば、ユマ姫はそっと窓の外を指差した。


 そこには砂煙を巻き上げる、漆黒の機体の姿があったのだ。

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