一騎討ち3

「何故、タリオン伯の暴走を止めなかったのです」


 恐怖から息を吹き返した参謀が不満を口にしても、テムザンはどこ吹く風だ。


「止められんかったのよ。止むなしじゃな、愛娘を殺され、自慢の騎士達を捕虜に取られた状況ではな」

「しかし、タリオン伯は今年で五十二、死にに行かせるようなモノでは?」

「そうとも限らんじゃろ、あやつも若い頃は帝国一の騎士として名を馳せておったのじゃぞ?」

「何年前のお話ですか!?」


 参謀は悲鳴をあげるが、テムザンは掛け値無しの本音であった。


「あやつは儂と違って地道な訓練を怠っておらん。それどころか長年研ぎ澄まされた技は円熟の域に達しておるぞ」


 言葉の通り、指差す先では王国最強とも名高いゼクトールと互角に渡り合う老騎士の姿があった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「フッ、ハッ!」


 正確で無駄のない動きで突き込まれる槍に、ゼクトールは攻め込む機会を見出せずに居た。

 身長が190センチ弱もあるゼクトールは、王国では田中に次ぐ身長を誇る。

 リーチも当然、老騎士を大きく上回っていた。


 そんな王国随一の体格を誇る近衛兵が、一回りは小さい老兵に苦戦する光景は異様のひと言。それもこれも、タリオン伯の技のキレがもたらすもの。


「元気なモノですな」

「フン、余裕腐りおって」


 しかし、タリオン伯が言う通り、連撃を受けながらゼクトールにはまだまだ余裕があった。攻め手が無くとも、若さに勝るゼクトールに体力勝負は望む所だ。

 それに、攻めて勝とうとすれば、どうしても攻めに転ずる瞬間に隙を曝す事になる。守って勝てる程度の相手であれば、それこそが最も安全に勝つ方法となる。


 だが油断という言葉は、安全に勝とうとする、その瞬間にこそ忍び込む。


「フッ、ハッ!」


 無駄はなくとも基本通りの突き込み。

 ゼクトールにとって捌くに容易い攻撃であったのだが……。


「フッ、ハッ、フッ、ハッ!」


 同じに見えて、そのリズムは不協和音の様に少しずつズレを作り出していた。

 そしてリズムが生まれれば、そこには決して見切れぬ意識の間隙が発生する。


「シャッ!」


 異質な掛け声と共に、老兵が作り出した隙間こそがソレだった。

 隠し続けた一突きが、ゼクトールの鉄壁の守りを魔法の様にするりと抜けた。


 ……だが。


「良い突きでした」


 ゼクトールにダメージは無い。

 言うまでもなく、タネは蜘蛛の糸で編み込んだエルフ製のマント。こちらは正真正銘の魔法と言える。

 銃弾すらも防いでみせるマントの前では、老兵渾身の突き込みでも、穴一つ開けられはしなかった。


「ご無礼!」

「グハッ!」


 お返しとばかり返した一撃は、老騎士が着る昔ながらの薄い鉄鎧を貫いた。矢なら兎も角、ゼクトールの様な大男が繰り出す突きの前には、鉄鎧など紙も同然。


「ぐぅ、殺すが良い。我が一族が地獄で呪い殺してくれる」

「死ぬかどうかはご自分で決めて頂きましょう」


 ゼクトールは槍に老騎士を引っ掛けたまま、全力で槍を振り抜いた。


「なにを? ぐぉぉぉぉ!」


 何という力業。振り回された老騎士は、橋の下へと落とされ水音が響く。

 元々、欄干の近くで戦っていた二人。体格差があればこその離れ業だが、言うまでも無く、ゼクトールの強力ごうりきがあってこそだ。


「生きるか死ぬかはご自分で選んで頂きましょう」


 ゼクトールは呟く。

 逃すような真似をしたのはマーロゥを助けに割って入った罪悪感と、ロアンヌの領主であるタリオンを生かしておいた方が今後都合が良いとの計算だ。

 見捨てられた騎士達の扱いを考えれば、血気に逸り決闘に出て来たタリオンもまた、体の良い在庫処分に他ならない。


 つまり、何だかんだこの戦い。ゼクトールには先の事を考える程の余裕があった。

 体格の差、年齢の差、武具の差がそうさせた。


 しかし、次はそうは行かない事をゼクトールは直感する。


「さて、次の相手は? 失礼ですが、お名前は?」

「ああ、俺はバーリアン・ローグウッド。よろしくな、ゼクトール」

「ほぅ!」


 ゼクトールが息を飲んだのは、ローグウッドの名前にソレだけの意味があるからだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「あの若造は誰です?」


 帝国陣で、参謀は再びテムザンに詰め寄った。


「ウチの騎士団の新入りじゃの」

「何故そんなヤツに大将を任せるのです!」

「そりゃ、強いんだもの」


 テムザンの回答は今回もまた、シンプルだった。


「自慢の騎士団だったのじゃが、新入りのあやつより強いのは一人もおらん。ソレほどに強いのじゃ、バーリアンは」


 悪びれないテムザンの言葉。反応したのは侍従の男だった。


「バーリアン! まさか、バーリアン・ローグウッドですか?」

「さよう、知っておったか?」

「知ってるも何も、剣聖で知られるローグウッド家の鬼っ子ですよ。十歳で熊を倒したとか、十四で盗賊団を壊滅させたとか」

「それは違うの」


 テムザンに否定され、侍従の男は面食らった。

 それぐらい広く知られた話だったのだ。


「壊滅したのは盗賊団じゃあない、騎士団じゃ」

「まさか!」

「本当じゃよ、正確には元騎士団じゃがな」


 帝国領の端にあるスールーン。そこではかつて霧の悪魔ギュルドスの健康値取得実験が積極的に行われていた。

 そのため流行り病が流行し、街は荒れ果て、人心は千々に乱れた。

 魔獣から民を守るべき騎士団は仕事を放棄して、それでも給金を要求して憚らなかった。


 そんな土地だからこそ、田中がマンティコアを退治する栄誉に預かれたのだが、一方で、仕事をしない騎士団を誅する役目を負ったのが、実家を勘当され宛ても無い旅を続けていた、当時十四歳のバーリアンであった。


「それにの、勘当されたと言うのも、ローグウッド卿でも手に負えない程強かったから、放り出されたと言うのが本当じゃの」

「いや、その……嘘でしょう?」


 ローグウッド家と言えば、一代で成り上がった武闘派。

 殆ど盗賊に毛が生えた様なモノだと貴族に揶揄される存在である。


「本当じゃ。殺人卿と恐れられ、一代で成り上がったローグウッド男爵すらも恐れた才能があやつじゃよ」

「おおっ!」


 参謀や侍従達が色めき立つ。ソレほどのブランドがローグウッドの名前にはあった。

 だが、そのローグウッド男爵を殺した男が王国には居る。


「英雄タナカは出てこんか」


 テムザンが望遠鏡で望むのは橋の先。オーズド伯肝いり騎士が大将として、煌びやかな鎧を誇っていた。


「残念じゃな、これ以上ない戦いが見られると思ったのじゃが」


 コレは本心。

 騎士団に取り込んだモノの、バーリアンは上官に逆らうばかりで、テムザンにとっても扱いにくい存在だった。

 それでも放逐するのは惜しいと思わせるだけの圧倒的な槍の腕前に、ようやっと使い道が見つかったのだ。


「それも、最強の槍が手に入ったタイミングでこの機会がやって来おった。銃などなければ、あやつだけで千の軍隊を相手取れたモノを。惜しい時代に生まれたモノじゃ」


 テムザンは望遠鏡を臨む先、魔女から貰った穂先が輝く美しい槍を見て、唸るように息を吐いた。


 魔剣、ならぬ魔槍。


 一時は誰も使えぬガラクタに思われたが、バーリアンならばと魔女が送ってきた槍だった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


『マジィな……』


 呟いたのはユマ姫、ココは対岸の王国側、装甲車の中である。

 身を乗り出して、双眼鏡でゼクトールの勇姿を観戦していたユマ姫は顔面を蒼白に染めていた。


『マジィって何が?』


 日本語で呟くユマ姫に、日本語で返したのは木村。


 ふたりは隣同士に座ってヤンヤと一騎討ちを観戦していたのだ。

 観戦用の双眼鏡を奪われた木村は、簡素な望遠鏡で戦いを見守っていた


『あの槍だよ。神槍アイフェル。まず、槍の魔剣ってのは唯一アレだけ。何故か解るか?』

『ん~森で槍は使いにくいから?』

『あ! それもあるかも』


 ノリノリで解説しようと思ったのに、出鼻を挫かれユマ姫はションボリしてしまう。


『良いから続けてよ』

『うん。でさ、槍みたいな長物だと、槍の穂先まで自分の腕の延長と感じるのは難しいんだ』

『なるほどね、自分の健康値で保護出来ないから、敵の健康値で魔力が消されて機能しないと?』

『そう、そもそも魔剣使いは小さい頃から同じ魔剣で訓練して、自分の腕の延長と錯覚する位に馴染ませるんだよ。そう言う意味で、いきなりファルファリッサが使えたマーロゥだって立派な天才なんだ』

『ふーん』


 たった今、激戦を制して見せたエルフのイケメンの名前が出た事が、木村は何となく面白く無かった。

 そんな事に気付かず、ユマ姫は話を続ける。


『んでさ、扱い辛い槍の魔剣をアイツは長くとも二年で使いこなしている。ソレだけでヤバいのよ』


 実際は、バーリアンはつい最近に魔槍を下賜されたばかり。ヤバいなんて言葉では収まりつかない鬼才であった。


 エルフから奪った魔槍を使える。

 それだけでとんでもないセンスの持ち主だと言う事。

 それは解った。


 とはいえ、木村には魔槍の怖さがピンと来ない。


『だけどさ、槍の戦いなんてそもそも先に刺さった方が勝ち。魔獣ならともかく、人間は槍の質量で刺されりゃ関係なく――』

『それがさ』


 ユマ姫は戦いを見てられないと、目を瞑る。


『アイツが着てる鎧も、特別製なんだわ』

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