地下水路

 真夜中の砂漠。

 俺達は地下遺跡への入り口を発見した。


 この中に、とつぜん水脈が枯れた原因があるハズだ。

 最低限、帝国が危険な砂漠を自由に縦断出来ている秘密はあるだろう。



 突貫で作ったであろうレンガの井戸を過ぎると、近代的なマンホールが現れた。

 この世界のテクノロジーから逸脱している。ここからが遺跡の本番だ。


 こじ開ければ、コンクリートで舗装された縦穴が現れた。

 打ち込まれた鉄の足場を順番に降りていく。


 地下は当然真っ暗で、俺は魔導カンテラの明かりを付けた。エルフ製の逸品、LEDライトみたいな強烈な明かりが、地下水路を昼間の様に照らし出す。


「素晴らしい魔道具をお持ちですな」


 羨ましがるリヨン氏の言葉も耳に入らない。水路の全容が余りにショッキングだったからだ。


「地下鉄か!」


 そこは地下鉄のホームに似ていた。ホームの下には朽ち果てた線路の残骸まで見て取れる。

 てっきり古代人が整備した水路があるモノと思っていたが、古代人が整備した路線に水が入り込み、水路になってしまったと言うのが正解か?


 帝国の商人はココを通ってやって来たに違いない。


 それから俺達は三人で地下鉄の構内を歩き回った。音を頼りに天井から水が湧き出す場所を見つけたが、肝心なのはその水がどこに行き、ドコに行かないように帝国がイジったかだ。


 魔導コンパスを使いプラヴァスの方角に水の行方を探ると、崩落したトンネルに行き着いた。

 最近の崩落には見えない。崩落自体はかなり昔に起こったのだろう。

 だが、積もった瓦礫の隙間を埋めるように、真新しい土嚢が積んであるのはいただけない。


「コイツだ、コレで水路を塞いだに違いありません」

「帝国め、オイ、コイツをどかすぞ」


 リヨンさんの号令で俺達三人は靴を脱ぎ、ズボンをまくり上げ、腰まである水位にずぶ濡れになりながらも、土嚢をバケツリレーで取り除く。


「コレで本当に水が戻るのか?」

「その可能性は高いでしょう」


 土嚢を取り除けば、瓦礫の隙間へと水が入り込み、たちまち水位は膝下まで下がっていった。


 もっとこう、ゲームみたいにバルブとかがあって水路を切り替えてるのかと思ったが、想像以上にアナログで笑えてくる。

 と、水位が下がった事で、もう一つ通路があることに気が付いた。


「きっとこの道はポンザル家へと通じています」


 俺は魔導コンパスを片手に報告する。


「つまり、この道を伝って奴らは麻薬を運んでいたワケか」

「そうなりますね」


 プラヴァスへの水脈を塞いだら水位が上がり、ポンザル家に乗り込むことが不可能になったのだろう。

 だからこそ、奴らは表からプラヴァスにやって来ざるを得なかった。そのついでにブラッド家に顔を出したに過ぎなかったと言う訳だ。

 このまま地下通路を泳いでポンザル家に乗り込んでやりたい気もするが、今やる事ではない。


「プラヴァスに帰るぞ!」

「ええ」


 水を確認する為にも、一刻も早くプラヴァスに戻るべき。


 気が急いて仕方が無いとばかり、早足のリヨンさんがバチャバチャと水を掻き分け先頭を歩む。

 その背中を見ながら、俺は今後のポンザル家の動きを考えていた。


 水でプラヴァスを支配する先は失敗、麻薬はリヨンさんが危険を啓蒙している。

 しかし一方で帝国から買った武器はある状況。


 今のポンザル家は借金ばかりが積み上がって、売る物が無い。その癖、武器だけはある。


 もっと過激にリヨンさん達、ブラッド家を攻めてくる可能性に頭を巡らせる。

 その所為か、突然歩みを止めたリヨン氏の背中に俺は衝突するハメになる。


「っとと、リヨンさん?」

「何だ? アレは?」


 リヨン氏が指差す先、俺はライトを当てる。浅くなった水位から顔を覗かせていたのは……


「ワニ?」


 思わず叫んでしまった。

 前世で言う所のワニに近い。しかし、退化した目は地下水路の生物である事を示していた。

 そして、口内にギッシリと生えた牙は肉食である事を示している。

 リヨン氏が慌てて腰のシャムシールを抜き放つ。


「来るぞ!」


 やはりワニとは大きく異なる。バカリと横に大きく開かれた口は、水深の浅い部分を根こそぎ噛み砕くだろう。

 なるほど、コレなら退化した目でも獲物を逃さない。


 足場が悪い中、回避不能の攻撃に思われた。


 ――ドスッ


 が、リヨン氏は逃げずに踏み込んだ。ハサミみたいに開かれた口の付け根に、肉厚のシャムシールを突き立てる。


 流石! だが俺の背後から悲鳴が上がる。


「ぐあぁぁぁ!」


 振り向けば、ここまで案内してくれた間者の男性が足を噛み砕かれ、水中へと引き摺り込まれて行くところだった。


 俺は助けようとライトを向けるも、そこに浮かび上がったのは無数のワニが群がる姿。

 その余りにもおぞましい光景に一瞬、思考が飛んだ。


「クソッ、手遅れだ! 早く上がるぞ!」


 リヨン氏の言葉にハッとする。浅瀬でワニと戦うのは自殺行為。間者の人には悪いが俺達は一段高い駅のホームへと駆け上がった。

 脱ぎ捨てたブーツを履き直しながら、部下を失ったリヨン氏が悔しげに唸る。


「何だ、アレは! 何故、急にあんなのが出て来た?」

「解りません……ですが」


 あんなのが水中に居ては、帝国だって悠長に土嚢など積めるハズが無い。しかし現に土嚢は積まれていたし、商隊はこの水路を使っている。


霧の悪魔ギュルドスを使っているのでしょう」

「それは……?」


 太陽の光も無い場所、エサだって少ないに違いない。

 なのに大型生物が生きていける理由は何か?


 これもまた、魔力のおかげに違いない。地下水路には魔力が満ちているのだ。

 あのワニもどきは魔力を餌にする、もしくは魔力を餌にしている微生物かなんかを食べている。


 だから他の魔獣がそうであったように、霧を嫌がり先ほどまでは近寄らなかった。

 しかし、帝国の商人が去ってから、既に数日が経過している。


「その効果が切れた途端にアイツらが来たワケか」

「加えて、土嚢を取り除いた事で水位が変わり、一気に霧が換気されたのでしょう」


 ポンザル家の地下まで水路が続いて居るにも関わらず、今までポンザル家の人間が遺跡を活用しなかった事が不思議であったが、あんなのがウジャウジャ居たならば探索など出来なかったに違いない。

 足早に出口へと戻りながら、リヨン氏がぼやく。


「魔獣が見たいなど、言うモノでは無かったですな」


 そう言えば確かにリヨン氏はそんな事を言っていた。

 口は災いの元と反省している様子だが、さっきのワニなど魔獣の中では弱い方、数で押すばかりが魔獣では無いのだ。


「いえいえ、魔獣を甘く見て貰っては困りますよ。デカイのは家ぐらいのサイズがありますから」


 実際には、そこまでの魔獣は大森林の中でも無ければ出会えない。

 俺は意地悪半分、やや誇張して話したつもりだったのだが……リヨン氏の反応は想像したモノと異なった。


「知ってるさ、丁度あんなのだろう?」

「え?」


 リヨン氏が顎で指し示す先、俺達が入ってきたマンホールの前に、深緑色の巨体がのっそりと鎮座していた。


 先ほどのワニ!


 但しサイズが全く違う!

 本当に、俺が言ったとおり、丁度小屋ぐらいの大きさがある。


「本当に……迂闊な事を言うモノでは無いな」

「……全くです」

「どうする?」

「逃げ場は無いですね……」


 地下鉄みたいとは言ったが、上への階段は見当たらないし、下への階段は水に埋まっている。他のホームに行くには水浸しの線路に入る必要があり、無数のワニに狙われる。


「少々デカいが、水の中よりマシだろうな」

「少々じゃ済まないですけどね」


 言いつつも、俺には勝算があった。出口がソコしか無い事を知っているかの様に、敵はそこから動かない。

 だったら俺は確実にファーストヒットを取れるわけだ。


「それは?」

「銃ですよ、帝国が持っているヤツよりも高性能ですが、一点物です。弾も少ない」


 抜いたのは拳銃。研究が進み、ライフリングの掘り方も進化して精度も上がっている。帝国のマスケット銃よりは遙かに強いだろう。


 ――パァン、パァン、パァン!


 乾いた音が三発。退化した目の代わり、狙ったのは鼻。だが、その巨体の前には豆鉄砲に過ぎない。



 ――ボォォォォォォォン



 喉を揺すり低音の鳴き声を響かせ、ワニみたいな生物がコチラへの突進を開始する。


 ――パァン、パァン!


 移動しながら、更に二連射。

 コレで鼻を潰せたら良かったのだが……


 ドスンドスンと地響きと共に歩む先に、怪物は俺の姿をしっかりと捉えていた。

 どうやら逃げられそうにない。


 目は退化している、どうやって俺の位置を判別している?


 耳か?

 この音が響く地下で? まさか?


 ひょっとして熱を感じているのか?


 一部の蛇が持つピット器官。赤外線感知を持っているならば、赤熱する銃身を捉えるのは当たり前だ。

 俺達はいよいよホームの端へと追い詰められた。

 ワニの口がバカリと大きく左右に開く。既にホームの上に逃げ場は無い。

 ホームの下に隠れようにも、小型のワニに群がられる。


 万事休す。


 口内にビッシリと並ぶ牙は、あたかもホラーゲームのトラップ。

 まるで針山の壁に左右から押しつぶされる様な圧迫感があった。


「前菜だ! 奢るぜ!」


 そこに俺が投げ込んだのは爆弾。

 貴重な火薬を使った虎の子の一発だ。


 そして――


「リヨンさん!」

「解ってます」


 二人で一斉にホームの下へと逃れる。


 ――バグン!


 壁の如く巨大な両顎が、ホームの下で屈んだ俺達の頭上で閉じられた。

 そのまま、口内での爆発を待つだけでも十分な威力があるだろうが。俺達の狙いはソレに留まらない。口が閉じられると同時、飛び出した俺とリヨン氏は、大型ワニが君臨するホームに再び戻った。


「押して下さい! め一杯!」

「こんな事で大丈夫なのか?」


 俺達がやったのは壁の様な両顎を左右から押し込むだけ。ワニと同じ特徴があるのなら、顎を開く力は、閉じる力と比べ極めて弱いはず。


 加えて、俺とリヨン氏は腰のサーベルとシャムシール、それぞれの剣で刺し貫き、両顎を縫い止めた。


 こうすれば、爆発の威力はドコにも逃げようが無い!


 ――ボォォン!


 くぐもった粘性の爆発音。同時に怪物の耳や鼻からドロリと体液が噴き出した。


「終わったのか?」

「流石に。コレで死んでなければ本当のバケモノですが……」


 爆弾の一発や二発で死なない王蜘蛛蛇バウギュリヴァルなんてバケモノも居たが、そんな魔獣は稀。

 実際、巨大ワニはそれ以上動かず、俺達は地上への帰還を果たす。ほうほうの体で井戸から這い出した。


 見上げれば、砂漠のど真ん中。満点の星空が美しい事。


 まだ夜明け前、地下に居たのは三、四時間ほどか?


「しかし、あんな怪物がウジャウジャ居ては調査もままなりませんな」

「そうですね……もう一度と言われてもごめんだ。さっきので水脈に水が戻っているのを願うばかりです」


 もし水が戻っていなければ、俺達は再び地下水路に降りなくてはならない。

 人を使えば良いのかも知れないが、どれだけの被害が出るのか解った物では無い。こんな所に飛び込めるヤツが居るとすれば俺には一人しか心当たりは無い。


「田中が来たら入って貰いましょう。そうしましょう」

「……タナカさんは、それ程までに強いのですか?」


 あんな化け物を見た直後だけに、疑わしげにリヨン氏は言うが……まぁ大丈夫だろう。多分、きっと。魔獣退治の専門家みたいなところがあるしな。

 さっきの巨大ワニだってサックリと切り刻むに違いない。

 俺がそう言うと、信じていないのかリヨン氏はため息を一つ漏らすだけだった。


 とにかく、俺とリヨン氏は水路を後にする。目指すはプラヴァスの北部。水が湧き出す砂漠のオアシス。

 丸一日かかる距離だったりする。


 気持ちは焦るが一睡もしないまま砂漠を渡るのは危険だと、休憩を挟みながらも翌日の太陽が沈む前に辿り付いた。


 そこはプラヴァスにとって聖地とも言える場所らしく、宗教をモチーフにした彫刻や、キッチリと舗装された小道などが整然と並ぶ場所であった。


 水が湧き出る土地と言うと、単なる岩場の様な想像をしていたが、ここがプラヴァスの要なのだと一目で理解出来る様に仕上がっている。

 ココに毒など撒けば、プラヴァスは全滅なのだから、警備の兵士だって立っているワケだ。

 俺達を見て、慌てて駆け寄ってくるのも当然である。


「リヨン様! 良いところに!」

「水は? 湧いたのか?」

「は、ハイ! ですが、なぜそれを?」


 我々が力仕事で土嚢をどかして来たワケなのだが、ソレを言っても仕方が無い。

 とにかく、湧き水が出る場所へ駆けつけた俺達は、轟々と水を吐き出すトカゲの怪物を目の当たりにする。


「えっ?」


 また魔獣? と構えるも、良く見ると石膏の彫像。

 言うならばマーライオンみたいなモノなのだが。コレは?


「我々の間で、水の守り神と呼ばれる精霊の彫像……なのだが」

「似てますね、さっきの怪物と……」


 ……気まずい。


 確かに、アイツらは水場を守っていると言える。

 ただ、帝国には役に立たなかったと言うだけで、何かの拍子に紛れ込む不埒な侵入者から、プラヴァスの水脈を守り続けてきたと言えないことも無い。

 現に、アイツらが居るから遺跡を知るポンザル家も今まで手を出してこなかったのだ。


 先人がアイツらを精霊と言って崇めたとしても不思議じゃ無い。


 ……殺しちゃったけどね。

 まぁ不可抗力だ。水場の守りをサボったアイツらが悪いだろう。


 とにかく、水は湧いた。

 ポンザル家の増長は押さえられる事だろう。それどころか、麻薬と武器を買った金で首が回らなくなるのは時間の問題か?


 とにかく一安心。


 コレで風呂にも入れるし、しばらくはゆったり出来るとリヨン氏と談笑しながら自宅に帰る途中だった。


「リヨン様! こんな所に!」


 駆け込んできた人物に心当たりは無かったが、リヨン氏の部下の一人であるらしい。


「パノッサ、丁度良い。カーリーに続いて私のミスでズィーガーまで殺してしまった。葬儀の準備と、残された者には私が謝罪に向かう。準備を任せられるか?」


 リヨン氏の言葉に思い出す。

 そう言えば、さっき死んだ間者の人だけでなく、護衛の男性も死んでいたんだった。

 僅か数日の出来事。本当にブラックな職場だわ。


 俺の周りで死にまくってるけど、責任はないよね? ……あるかも?


 ブルーになる我々だが、パノッサさんは気にも止めない。


「いえ、それどころではありません!」

「それどころとはなんだ!」


 リヨン氏が本気で怒るのも無理はない。

 だが、パノッサさんがそう言うのもまた、無理はなかった。


「カラミティ様が! 行方不明です」

「なんだと!」


 リヨン氏の絶叫が、落ち始めた夕日に溶けていく。

 うぐぐ、寝不足だって言うのに、今日もまた風呂はお預けとなりそうだった。

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