家出少女を探せ

 リヨン氏の部下、パノッサさんは歯噛みする。


「カラミティ様は思い詰めた様子でした、私がもっと良く見ていれば」

「いや、厳しく言った私にも責任がある。学友の家や、行きそうな場所を洗い出せ」

「解りました。平行して水が湧いた事を大々的に喧伝すれば、ポンザル家も大人しくなるでしょう。カラミティ様も出てくるかも知れません」

「……ちょ、ちょっと待って下さい!」


 俺は慌てて割り込んだ。


「カラミティちゃんが自分から家出したって前提で話が進んでいますが、書き置きとかは?」


 その問いに、ため息と共に答えたのがパノッサさんだった。


「いえ、お恥ずかしながら、家出は今までも何度かありまして」

「あれで、お転婆なのだ、アイツは」


 リヨン氏によれば、望まぬ婚約などを命じれば家出するのは目に見えていたと言うのだ。

 だが、俺に言わせれば違う。カラミティちゃんは確かにお転婆な所があるだろうが、家の為に必要だと言う婚約を無下にできる様な娘ではない。

 でなければ溌剌はつらつとした若さを無鉄砲さに置き換えて、とっくに彼女は家を出ている。

 更に言えば、俺と共にカラミティちゃんが襲われたのはつい最近だ。家出と断じる方がどうかしているだろう。


 俺がそう言うと、リヨン氏は考え込んだ。


「黙って居てもアイツはボイザンの元に嫁ぐことになっていたハズ、襲われた時とは状況が違うのでは? 水が戻った今となってはまた状況が異なるが、それは今日の話。アイツが消えたのは昨日、辻褄が合わない」

「でしたら二人は家出の線で洗って下さい。俺は誘拐の線でポンザル家を洗います。異邦人の俺が疑うなら角が立たない。そうでしょう?」


 俺は一息に言い切って、死んでしまった間者のズィーガー氏が乗っていたラクダに飛び乗った。

 ソレを見て、目を剥いたのがリヨン氏とパノッサさん。


「待つんだ! ラクダは外の者が簡単に操れるモノでは無い!」

「馬とはコツが違う、落ちたら踏み潰されますぞ!」


 揃って止める二人だが、俺には勝算があった。


「ヨシ、良い子だ」


 初めはムズがったラクダだが、たてがみを撫でると途端に大人しくなった。


「ここ数日、ラクダの乗り方は特等席でたっぷり観察させて貰いましたから」


 俺が得意気にそう言うと、二人はあんぐりと口を開いた。


 まぁ自慢だけど、俺は見ただけで大抵の事はマネできる自信がある。


 品の無い笑顔を見られまいと、俺は手早くポンザル家へと馬首をめぐらす。


「行ってきます!」


 ラクダを蹴ってプラヴァスへと走らせると、「器用な男だ」とリヨン氏の感心半分、呆れ半分の呟きが背後より聞こえた。


 それに対し、アイツが好きだった小説になぞらえ「それが俺のチート能力だからな!」と内心で笑うのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 さて、ラクダの操縦が難しいと言っても、実は速度を出すのは鞭を叩くだけ、子供でも出来るぐらいに簡単なのだ。

 問題なのはむしろ止め方。そしてコブを意識した重心移動だ。


 ちなみに、実はコブは脂肪のカタマリで、案外柔らかい。

 ……どうでも良いな。


 取り敢えず俺が向かったのはカラミティちゃんと共に、ボイザンに襲われた通学路。

 並の馬鹿なら同じ場所で二度襲うなんて事はあり得ないが、ボイザンと言うのはすこぶる付きの糞馬鹿だった。俺の常識で測るのは危険と見た。


 が、まだ日暮れ前。通学路の様子は人影もまばらだったあの時とは随分と違う。

 学生の姿も見かけるし、店じまい寸前とは言え屋台もまだ開いている。俺も空腹だ、腹ごしらえを済ませることに。


 と、そんな折り、トカゲの串焼きを頬張る俺の視界をフラフラとした足取りの男が横切った。


 人がごった返す中だって、フラつく足取りは存外目立つ。男はフラフラしたままに酒場へと吸い込まれていった。


 通学路だってのに酒場があるってのは頂けないな。


 そんな事を思いながら焦げたトカゲを飲み込んだのだが……良く考えればおかしくないか?

 まだ夕暮れ時だ、ベロンベロンになるにはフライングが過ぎる。


 俺は男の後を追って酒場へと飛び込む。まだ人はまばらな酒場、むしろ夕食をつまむ客が大半だ。


 男は? ……居た!


 俺が自然な仕草で男の顔が見える席に陣取れば、すかさずおばちゃんがやって来た。


「ご注文は?」

「リムガとニューノス、それにフォッガだっけか? 芋も頼む」


 蒸留酒にスパイスの利いた幼虫は俺のお気に入り、芋に見えるキノコのフォッガは田中のお薦めだ。


「あいよ、フォッガは焼きで良いね?」

「焼く以外にあるのか?」

「蒸しても美味いよ」

「いや、焼きで頼む。それにしても太陽が隠れる前に出来上がってるお大臣が居るんだな」


 俺がベロベロの男を指し示せば、おばちゃんは苛立った様子で男を睨んだ。


「嫌になっちまうよ、ウチで酔うならお大臣だが、余所でベロベロになった後にやってこられちゃ迷惑なだけさ」

「へぇ、昼間から飲める場所なんざあるんだな」

「この辺には無いねぇ、家で飲んだんじゃないのかい? ああ見えてポンザル家のラクダ番らしいからね、つまみ出せない分タチが悪いよ」

「へぇ?」


 思った通りだ。アレはきっと酒酔いじゃない。


 フラフラの割に顔はそこまで赤くない。なのに多幸感に包まれた顔は弛み切っている。


 ――麻薬だ。


「まだアイツは注文していないのか?」

「いつもエール一杯で粘られちゃって、迷惑ったらないよ」

「そりゃ災難だな、しかしそんだけ金が無い奴でも酔える所があるとは興味があるね、一杯奢れば教えてくれるかな?」

「さぁね、ウチとしちゃ代わりに頼んでくれるなら大歓迎だけどさ」

「よしきた」


 おかみさんの了承を得た俺は、男の卓に相席する。


「よぉ、こんな時間から出来上がってるとは景気が良いじゃネーか」

「あぁん?」


 男の目は焦点が合っていない、そして、酒臭さも全く無い。――確定キマリだ。

 突然話し掛けられた男は大げさな程にビクリと肩をふるわせた。こういうセリフは絡まれる時のお約束、一瞬警戒するも、相手がひょろひょろの優男オレだと見るや、安心したのかやに下がった。


 そう言えば、脂下がるの語源はタバコをキセルで吸う仕草だったな……


 突然こんな事を思った理由は、男が虚空に見えないキセルを握った様が、まさに脂下がった仕草だったからだ。


 日頃から相当にキメているに違いない。


「オイオイ、なんだぁ? 俺に話かぁ?」

「ああ、金が無くても酔える方法があるって聞いてさ」

「ほほー、良いぜ? ただし、無料って訳にはいかねーや」

「勿論だ、一杯奢るぜ」

「リムガでもか?」

「勿論! 俺もリムガを頼んだ所だ、乾杯と行こうぜ」


 リムガは蒸留酒。ブラッド邸で出るだけあって、ここらで一番の高級品だ。


「んだよオメー! 見所あるじゃねーか!」


 高級酒をポンと奢れる奴が、安い酔い方を求めて絡む。

 冷静に考えれば矛盾だらけだが、男には不審に思えるだけの注意力が残されていなかった。

 男をベロベロに酔わせると、事態は思った以上に悪かった。


「ボイザンが薬を持って逃げた?」

「そーなんだよ、プラヴァスに逃げ場なんてねーのによぉ」


 オイオイオイ!


「そんで、いま奴らはドコに居る?」

「あー女を攫ってな、今頃ヨロシクやってるんじゃねーか? 追い出されちまったよ」


 ――ガタッ!


 俺は思わず席を立った。

 ギョッとした男が見上げる。


「どぉしたぁ?」

「ああ、スマン、女と聞いて興奮しちまった、ずっと女日照りでよ」


 スグにでも飛び出して行きたいと思うが、場所を聞き出すのが先。深呼吸をひとつ、冷静に頭を働かせる。


「変な奴だぜ、酒を買う金があるなら女を買えよ」

「馬鹿言え、素人女だから良いんじゃねぇか、オイ、俺にもひとつ噛ませてくれよ」

「それが、攫ったのはガキなんだよ、何考えてやがるんだか」

「益々羨ましいや、ガキはスラムの汚ぇのしか買えないからな、ウロついてる女学生を見る度にぶち込みてぇと思ってたんだ」


 俺は下卑た笑いを浮かべながら、運ばれて来たリムガを注ぐ。

 ゴキゲンになった男が、売り言葉に買い言葉で案内すると言うまでさしたる時間は掛からなかった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 案内されたのは町外れのうらぶれた一軒家。


「オイ、お前はソコで待ってろよ、俺がナシ付けてくる」

「おおよ、頼んだぜ」


 男にはリムガの瓶を四本も持たせている。足取りはフラフラでも、酒だけは絶対に落とさないと豪語していた。

 俺の覚えを良くするために、護衛に瓶ごと渡してくれと強く言い含めてある。俺の狙いは瓶を持たせて手を塞ごうと言うモノ。


 ……だが、そんな策すら無用であった。


 ――パァン! パァン! パァン!


 しばらく待ってから部屋に踏み込むなり、リボルバーで三連射。ソレで三人が死んだ。


 護衛とは名ばかり、完全にアヘン窟と化していた。


 護衛だったであろう男達は床やソファーに寝そべり、ひたすらにアヘンを貪っていた。

 そこに蒸留酒まで飲んだとあっては、最期の瞬間まで幸せ気分だったに違いない。

 俺をココまで案内した男だけは、銃床でぶっ叩くに止めておいた。情けである。


 しかし、本当にコイツらは麻薬を持ち逃げしたポンザル家の一員なのか?


 総じて危機感が無い。


 銃声を聞きつけて飛び込んでくる奴が居ると身構えたが……来ない。


 狭い部屋では銃のアドバンテージが生かせない。広い一階のリビングでカタを付けたかったが仕方が無い。


 俺は二階への階段を上がる。

 二階に上がるや、更にキツいアヘンの匂いがした。

 アヘンは基本無臭だったと思うが、この世界では少し甘い、お香の様な匂いがする。


 正直言うと嫌な臭いでは無いのだが、ココまで濃いと気持ちが悪くなる。


 ……ココまで吸ったら急性中毒一直線じゃないか?


 俺の疑問は二階に上がってスグの扉を開けた時点で氷解した。


 ――最悪の方向に。


「アイツら!」


 敵地のただ中であると言うのに、怒りを抑えられない。思いきり壁をぶん殴るが、痛みよりも尚、憎しみが勝った。


 汚いベッドに縛られていたのはカラミティちゃんだった。

 着衣が乱れ、乱暴に外されたカフタンの布が散らばるのは良い。攫われたんだ、覚悟はしていた。


 だが、焦点が合わない瞳と、収縮する瞳孔。噛まされた猿ぐつわを外しても安定しない呼吸。


 ――中毒症状だ!


 全く麻薬を知らない生娘に、コレだけ強烈なアヘンを嗅がせれば無理も無い。

 アイツら! 攫うだけじゃ飽き足らず、薬漬けにして手懐けようとしたのか!


 ……違うな、カラミティちゃんは中毒症状で死にかけている。そんな繊細なコントロールを試みたとは思えない。単純に女を薬漬けにして、行為を楽しんだだけだ。


 ぶっ殺してやる!


 俺の中でらしくない純粋な殺意が渦巻くと、それに答える様に目当ての男が現れた。


「てぇめーどっから入って来やがったー!」


 部屋に入ってきた薄汚い男には見覚えがあった。

 間延びした口調、青白い肌。たった数日で見違える程に痩せた体。

 前とはまるで印象が違う。それでもコイツはボイザンだ! 二人と居ねぇ間抜け面、見間違うハズが無い!


 俺は、コイツを殺す! だが、楽には殺さねぇ!


「そうかよ、俺はお前に会いたかったぜッ!」


 ――パァン!


 言うと同時に一発、ボイザンの肩を打ち抜いた。


 頭を打ち抜かなかったのは痛みを味わわせる為、そして雑魚に過ぎないコイツに対して、少なからず余裕があったから。


「ンだ! てっめぇ!」


 ……だが、俺の目論みは外れた。

 ボイザンは肩に空いた大穴をポカンと見たが、痛がりもしない。

 そのまま苛立ち紛れに腰のシャムシールを抜き放つ。


 ――完全にキマっている。


 俺は苛立ちながら更に一発、乾いた炸裂音と共に今度は足を打ち抜く。


「おらぁ!」


 しかし、止まらない!


「グッ!」


 振り下ろされたシャムシールの一撃を紙一重で躱した。人の命を奪う一振りだが、そこには一切の躊躇が見られない。

 余裕カマしてる場合じゃ無い! とっととカタをつける! 腹に向かって二連射、だが、それでも止まらない!


 何故だ? 痛みに鈍かったとしても、銃弾をコレ程受けて動けるモノか?


 そうか! ストッピングパワーが足りないんだ!


 ストッピングパワーとは銃弾が命中時、行動不能にするための力を指す。


 地球で初めてストッピングパワーが問題になったのは、フィリピン=アメリカ戦争の時。

 アメリカ軍が銃弾を当てても、フィリピンの原住民は構わず突っ込んで来たと言う。


 当時の弾は黒色火薬を使った小口径、原住民族は麻薬で痛みを飛ばしていた。


 まるでこの状況の再現じゃ無いか! 間抜けな雑魚と、甘く見すぎた!


「オラァ!」


 ボイザンの躊躇無い突きが、俺の肩を掠る。

 この躊躇の無さも麻薬のお陰だ、素人は瞬時に覚悟を決められない。そうで無くても剣先に迷いが出るハズ、ソレが無い!


 クソッ! 無敵にも思っていたのに拳銃が、突然オモチャに変わってしまったみたいに感じる。

 元来、拳銃で撃たれた時の衝撃は大した物では無いらしい。

 それでも俺が今まで撃った相手は、たった一発の弾丸でも動きを止めてきた。


 撃たれた事実と、体に穴が空いたと言う心理的プレッシャーが、人間を行動不能に至らせると聞いたことがある。

 コイツは、と言う事実すら、正しく認識していない。


 残るは二発、至近距離だが銃の方が早い。狙うは頭! これならストッピングパワーもクソも無い!


 ――パァン!


 だが……当たらない! 酷く頼り無い炸裂音と共に、弾丸は壁へと吸い込まれた。


 正気を失ったボイザンは頭部を意味も無くフラつかせていた。ただでさえ頭部は案外に当てにくい場所、首を傾げるだけで躱されてしまう。


 最後の一発! 狙うのは股間だ。


 土壇場で思い出した! ストッピングパワーが無い場合、股間を狙うべきだと聞いたことがある。

 多少外しても太い血管に当たる場所。


 ――パァン!


 最後の弾丸は、ボイザンの股間を正確に撃ち抜いた。

 ……だが思い出すのが少々遅かった。

 大量の出血。それでもボイザンは引かなかったのだ。撃たれた事を気にする様子も無く、シャムシールを振り上げる。


 体が動かない! 気が付けば部屋の隅、逃げ場が……無い!


 薄暗い部屋、逆光に浮かび上がるのはシャムシールを振りかぶるボイザンのシルエット。俺は死ぬ寸前だと言うのに、部屋の埃がキレイとか、ボイザンの髪型が変だとか、いっそ笑える程に間延びした時間を感じていた。


 コレが……走馬灯! 脳のシナプスが爆発的に暴れ回り、助かる方法を探す。


 だが、手は無い! ナイフもサーベルも間に合わない!


 俺はただ、振り下ろされるシャムシールの動きから目が離せない。


 ――死が、迫っていた。



 呼吸が止まり、汗はピタリと引いていた。


 俺は死ぬのか? こんな雑魚相手に?


 悔しさ以上に、恐かった。コイツに殺されるなど、夢にも思っていなかった。まるで覚悟が足りていなかった。完全にこの世界を甘く見ていた俺のミス!


 ゆっくりとした世界の中、シャムシールが俺の顔面に到達し、


 ――そのまま通り抜けた。



 は?


 斬られたのか?


 こんなにも、

 こんなにも……何の衝撃も無いモノか?


 困惑する俺の耳に聞こえたのは、カランと金属が転がる音。

 それが、切り取られたシャムシールの剣先だと気が付くのに、しばらく時間を必要とした。


「あ、ゲッ!」


 今度こそ剣閃が通り抜け、体を真っ二つに切り裂いた。


 しかし、ソレは俺の体では無い。逆光で真っ黒なボイザンのシルエットが、ズルリと音を立ててて行く。


 得体が知れない事態、パニックに陥る俺に艶やかな声が掛けられた。


「何を遊んでいるのかしら?」


 バラバラに崩れたボイザンのシルエットの向こう側、現れたのは縦ロールのお嬢様。


「アナタの魔力を追ってきたら、つまらないことしてるのね」


 呆れた目で、シャルティア嬢が俺を見ていた。

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