コレ、何の勝負ですか?
二体目の
遙か遠くに切り取られた青空が見える。先程まで真上にあった太陽は既に、その姿を隠している。
青白い魔力灯の明かりを残して、周囲は一気に暗くなっていた。
黒峰を乗せた巨大な球体ドローン(ポーネリアの記憶ではザルザカートと言うらしい)はもうとっくに脱出した後だろう。いまさら階段で登ったところで、間に合うとは思えない。
だとしても、ココから脱出する必要があることに変わりはない……か。
……階段、嫌だな。
見上げるだけで気が遠くなる。
当然だけど、この施設だってエレベーターぐらいある。
しかし、省エネモードで稼働していない。エネルギーを集めて無理矢理に動かしたとして、何年もメンテナンスしていないのだから、乗るのはごめんだ。
結局、歩くしかない。
いや、歩きたくない!
「おんぶして!」
「はあ?」
だから田中を頼ろう。そうしよう。
俺はぺたんと女の子座りのままに、右足首をさする。
「あの……わたくし、足を捻挫したみたいで……」
嘘だけどな! でも歩けないのはホントだよ? 俺、体力無いのよ。気力の限界って奴だ。こちとら死にたてホヤホヤだよ!
俺は田中を見上げる。田中は立ったまま、ジッと俺の足を見下ろす。
「そうか……」
「そうなのです!」
運んでくれよ。王道を征くお姫様抱っこでも良いぞ。
いや、むしろそれが良い!
俺の味方として側に居てくれるとしても、敬語とか使えるようなタイプじゃないからな。そう言うのが嫌で帝国で叙勲を断ったとも聞いている。
こんな奴を側に置くのは危険と、まぁ普通に考えたらそう言われるのが当たり前。周囲の反発を想像するだけで頭が痛い。それを俺が健気に庇えば庇うほど、ボルドー王子が死んで間も無いのに次の男をくわえ込んだと、そんな陰口を言われるに違いないのだ。
だったら、田中には誰もが一目置く英雄になって貰わなければ困る。
そうして誰にも頭を下げない不遜なキャラクターを皆に認めて貰うしか無い。幸いにして今のビルダール王国は気さくなお姫様が統治してるし、皆の認知さえあれば他の貴族だって抑え込めるハズだ。
まずは俺の支持基盤である軍部にお披露目したい。そして、丁度良く外の陣には軍の偉いサンが揃って居る。
後は面白おかしく、盛れるだけ盛ってやれば良い。
――帝国の卑劣な罠に掛かり、絶体絶命(※絶対に絶命していたの意)のピンチを迎えたお姫様は地下深くへと囚われてしまう。
そこに、演目にもなった『黒衣の剣士タナカ』その人が地獄の底から颯爽と現れ、絶世の美姫(※ただし胴体のみ)と再会。二人で力を合わせ脱出する。
所々オカシイ部分はあるが、大筋は王道のストーリー。俺を抱きかかえての凱旋となれば、なんとまぁ、絵になるでは無いか。
欲を言えばステフ兄様みたいなキラキラの美男子だと良かったが、まぁ田中でも美女と野獣感があって良いんじゃ無いかな? 知らんけど。
田中サンや、君は中々オイシイ役どころですよ? 俺を地上へエスコートする栄誉を与えよう!
「ん!」
俺はずいっと右手を差し出す。恭しく引き上げて、抱き上げてくれたまえ。
俺はニッコリと微笑むが、しかし、田中は迷惑そうな顔。
「……また今度な」
「え?」
今度とか意味不明なんだが?
『何言ってんの? お姫様だよ?』
日本語で猛抗議だ! いや、コッチだって階段を上るのが面倒だからってだけで言ってる訳じゃないよ? オマエの事を考えてのお願いだからね? 8対2ぐらいで。
『しょーがねーだろ? 今回のヒーローはコイツだからな、このまま野ざらしって訳には行かねーだろ?』
そう言って田中が担ぎ上げたのはマーロゥ君だ。安心したのか彼はスッカリ眠りこけている。睫毛長い。
……なるほどー、そう来たかぁ~~
ふむふむ、理解理解。俺はコクコクと頷いた。つまり、アレだろ?
『ホモなの?』
『ちげーだろうが!』
いや、だって女の子より男の子を取るワケじゃん? でも確かにマーロゥ君をココに放置するのはいただけない。
……仕方無い、歩くか。
女の子座りから、ゆっくり立ち上がろうとしたのだが……
「う?」
「……なんだよ?」
「歩けない!」
「……嘘くせぇ」
そう言うなよ。いや、気が抜けた所為か、冗談抜きで力が全く入らない。死にかけた後遺症の可能性もある。普通にヤバい。
「マジだ!」
「マジかよ。仕方ねぇ、木村におぶって貰え」
「いや、俺も無理」
なんと、甲斐性が無い事に木村さんまで拒否とな? 良いのか? 今ならドサクサにおっぱい揉めるんだぞ?
って言うか、よく見ると顔が青白い。どうした?
「俺は寝てないの! フラフラで俺がおぶって貰いたいぐらいよ」
「寝れる時に寝ねぇからだろ」
「ア・レ・が、寝れる時だぁ? あの状態で寝れる方がどうかしてんだろ!」
聞けば、木村は俺の体が再生されるところをヤキモキしながら見守ったらしい。
なるほどね、理解理解。そりゃ俺のおっぱい程度じゃ動かないワケだわ。
「寝る間も惜しんで私の全裸を見続けたのですね?」
「言い方ァ!」
どう言いつくろっても事実なんだが? ちょっと恥ずかしい気がしてきたぞ? 何時間も裸をじっくり鑑賞しました宣言は、流石にね。
俺は上目遣いで、頬を赤らめ木村をなじる。
「……エッチ!」
「エッチじゃネーよ! 急にラブコメ感出そうとしてんじゃネーよ! つーか、あんなの見て何が嬉しいんだよ!」
いやいや、木村さんソレは無いだろう?
「嬉しいでしょう? 私はスタイルだって悪くないハズです!」
ツーンと言い放ってやると、木村は頭を掻きむしった。
「スタイルって何だよ! 小顔だってか? 頭が無いのは小顔と言わねー!」
一理、ある。
ちょっと面白いのが悔しい。
いや、待て、まだ俺には武器が残っている。
「すらりと伸びた手足とか……」
「千切れてた! 足はねぇし、右手もグチャグチャ! 左手はかろうじて無事だったよ? 金属製のフックじゃ! たわけ!」
捨てるなんて勿体ない! それは期間限定のレア装備だぞ!
「……胴体は、胸とか?」
「炭化してたがな! 黒乳首どころか、黒胴体だよ!」
失礼な! 俺はキレイなピンク色だぞ❤
マジレスすると、むしろ色素が薄すぎて青っぽいかも知れん。まぁ、ソレは良いや。
今更だけど、俺の体は酷い状態だったんだなーと思ったら田中から注釈が。
「そう言えば下半身だけは比較的、無事だったな。木村が大切そうに抱えてたからビビったぜ。十年も経てば趣味も変わるんだなって」
「うぜぇー」
木村が叫ぶ。ガラに無く照れていらっしゃる。なるほどね、木村の趣味も理解した。
「オナホが好きです?」
「クソが!」
仰け反って感極まっている。そんなに嬉しいか? そうと決まればエルフの魔導文明で何か協力出来そうだ。ゴムとかシリコン素材? あると思います。
しかし女の子をオナホにするって、フツーは好き勝手に性欲処理に使うぐらいの意味だよ?
胴体だけを切り取って使うってハイレベル過ぎませんか? 不安になってきた。膜の確認とかして良いか?
「ふざけてないで行くぞ」
と、遊び過ぎたのか田中から突っ込みが。見れば鎧は脱ぎ捨て、バックパックにマーロゥ君を縛り付けている。これは?
「お姫様抱っこは無理だがお前一人ぐらいは抱えて帰れる」
「だいしゅき❤」
「チッ!」
舌打ちされた! 美少女なのに舌打ちされた!
……まー冗談を言う気力もそろそろ残り少ない、田中へ必死に抱きついた。
だが、俺の体力は想像以上に限界だった。腕に力が入らずズリ落ちていく!
「だいしゅきホールドして良い?」
「? 気持ち悪いから嫌だ!」
心底嫌そうな顔しないで頂きたいね。木村さん説明してあげて!
「足を絡めて抱きつくだけだから、犬に噛まれたと思って気にするな」
「俺は噛まれたく無いんだが?」
犬じゃねーだろ! 噛まれたいのか? ゼクトールさんなら大喜びだよ?
言いながらも木村の表情は抜け落ちて、マジで余裕が無さそう。田中は「気持ち悪い言い方するなよ」とかぶつくさ言いながらも足を掛けるロープを用意してくれた。
俺の足は田中の胴に絡めた状態で固定、腕は首の後ろに回して密着した。正統派「だいしゅきホールド」である。挿入は御免だが。
そうしてようやく俺達は地道に階段を上り始めた。
「しんど。重い」
田中が愚痴る。そして木村は既に一言も喋らない。相当に追い詰められている。
「…………」
マグロかな?
そんな様子を眺めていたら田中からクレームが入った。
「キョロキョロすんなよ、髪の毛が邪魔だ」
「……ごめんなさい」
俺がしおらしく謝ると、田中はビミョーな顔をした。
「いや、髪自体より、臭いがなぁ」
「……臭い、ですか?」
「メチャメチャ甘い匂いがするんだよ」
ふーむ、俺の体臭は変わらずか。
なんでか異様に甘い匂いするんだよな。俺の体なんか異常なのかな?
そこに表情をなくした木村の掠れた声。
「桃みたいな香りはラクトン10と言って、女性特有の体臭です」
説明セリフありがとな、オナホと女性の体臭に一家言ある木村さん。
取り敢えず俺が病気じゃない事が解って嬉しいよ。病気はお前だ木村ァ!
そう言えば幼少期の王宮ではまるで汗をかいてないし、石鹸とか香油の匂いもあって体臭を意識したことが無かったね。
まぁ堂々と体臭の話されて、無反応ってのもアレだよな。サービスしまっせ。
「か、嗅がないで下さい。恥ずかしいです」
恥ずかしそうに耳元で囁くと、ますます田中はビミョーな顔をした。
「エロゲーのセリフ?」
「違います!」
もうちょっとマシな反応しろよ。
そこに木村から無慈悲な告発が。
「高橋が好きだったASMRのセリフだと思うよ」
「お前らの趣味も大概業が深いな……」
……おうおうおう、お前らがその気ならコッチにも考えがあるよ?
俺は田中の耳元でお気に入りのセリフを囁く。
「うう、私の事、はしたない女の子だと思いますか?」
顔を赤らめ訴えかける。
破壊力ばつギュンだろ?
「思ってるけど?」
「ハァ?」
台無し! 台無しです!
「私が誰にでも股を開く様な女だとでも言うのですか?」
「現在進行形で開きまくってるじゃねーか!」
一理、ある。
だいしゅきホールド!!
「あと、尻が軽い」
……揉むなや!
「触らないでくれますか?」
「実際、体重軽いぜ? ちゃんと食ってる?」
「食ってるよ、脳とか」
「……友達は選べよ?」
選べるなら真っ先にお前を切ってるよ! って田中と話してると木村が羨ましそうに見てくるんだけど? 俺はお前のマグロスタイルでの移動が楽しそうで羨ましいよ? そう言えば木村には頼みたいことがあった。他ならぬユマ姫として。
「そう言えば木村さん、曲を作っていただけませんか?」
「曲を? ですか?」
「ええ、父様に聞かせたいのです」
「父様……あの、ベールの男ですか?」
「そうです」
家族は全員死んだ。そう思っていたけれど、父は生きていた。父様こそがエルフの王だ。
俺がそう言うと、田中は本気の舌打ちをした。
「言いたかねぇけどよ、そんなんで正気を取り戻すとか、そんな甘いモンじゃないぜ?」
「解っています、ただ、最後に、聞いて欲しいのです」
「……そうかよ」
田中も、嫌われ役を買ってくれたのだろう。だけど、俺だって一曲歌えば父が正気を取り戻すとは思っていない。覚悟は……出来ている。
それでも木村は任せて下さいと了承してくれた。
「ですが、その時は僕も一緒ですよ、自慢のギターを披露します」
「……そうですか」
いや、何でだよ? と思わなくもないが、
「そんで、お嬢さんを僕に下さい、とでも言うのか?」
「いや……それはちょっと」
木村氏、ノーセンキューの構え。
『それはちょっと……じゃねーだろ、なんで俺がフラれたみたいになってんだよ』
なんたる理不尽。俺が怒りに震えていると、何故か田中までノーセンキューの構え。
「引出物に脳みそ渡されても嫌なんだけど?」
『渡さないし、結婚式も開かねーよ!』
なんで、俺が喰人鬼みたいな扱いなんだか解らない。シャリアちゃんだけだからね? 俺は付き合いで食べただけだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
なんだかんだ、地上まで残り五階ぐらいまで来た。
田中は穴の天辺まで上がろうとしていたが、入ってきた通路を使えばそこまで登る事も無い。
ここまで来ると、疲れから全員が無言であった。
「ハァ、ハァ……」
耳元で囁かれる田中の呼吸音も乱れているし、抱きついて感じる体温も高い。湯気が出そうな程であった。
何より臭い。
抱っこされてる側だから言いにくいが、体臭は俺の比じゃ無いだろ!
汗だくで男が駆けずり回って、ここ数日水など浴びていないだろうから、お察し下さいと言う所。危険な程に獣臭がする。
余りの匂いに頭がクラクラしてきた。
「ふぅ、ふぅ……」
そんで、抱きついている方だって楽じゃ無いのよ。残り少ない体力はすり減って、田中の呼吸に合わせて吐息を吐き出す。
「…………」
すると田中が迷惑そうな顔をする。どうやらくすぐったいらしい。そう言われても疲れてるんだから仕方が無い。
アレだけの激闘の後、人間二人ぶら下げて二十階上がってくるのが辛いのは解るけどな。
俺だって振動が体に響いてキツい。
「ンッ、アッ」
「…………」
いや、変な声出ちゃったけどさ、そう睨むなよ? 極限状態なのは俺も一緒だよ! あ、こいつチンコ勃ってる? 死にかけると勃つヤツ! ぬへへ、俺も前世で車に撥ねられそうになった時に覚えアリ。
そんで田中の首筋にはビッシリと玉の汗。テカテカ光って旨そうだな。
うまそう、囓りたい、旨いぞ絶対。お腹減った。食う、囓る、お腹すいた。
「痛ぇ!」
叫ばれた、お腹減った、囓る。美味しい! オイシイ!
「どうしたんだ? 急に? オイ! クソッ! 正気じゃねぇ! 口に突っ込むモノ無いか?」
あああああ、お腹減ったぁ! ぐぇ、ナニコレ?
「それでも囓ってろ!」
おいしくない、コレじゃ囓れない。仕方無いので首筋から流れた血を舐める。
ペロペロ、オイシイ!
「ヤベェな、完全に狂ってるぜ」
「吸血鬼に浸食されてるのかも知れないな、落ち着くまで血を飲ませてくれ」
「キツいぜ、ある意味、助かったけどよ」
あああああ、俺は俺は? 『高橋敬一』だああぁぁぁ!
意識が消えそうになる側から、俺は参照権で上書きした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ふががげ?」
気が付いたら遺跡の外だった、ふかふかのベッドには覚えがある。ココは出口の近くに張った野営地の中に違いない。
「なんわこへ?」
口から出て来たのは布? コレ! 真っ赤に染まった俺のパンツ? ひもぱんっ!!
しかも赤いのは血! 血で染まった自分のパンツを口で咥えてるって恐怖でしかないんだけど?
「気が付かれましたか?」
と、そこにシノニムさんが入ってきた。
「何が、あったのです?」
俺がそう尋ねると、シノニムさんは言い辛そうに目を伏せた。
「それが……私にも何が何だか……」
聞けば、シャリアちゃんがクロミーネに手傷を負わせるも、父様の反撃を受けピンチ。そこに颯爽と駆けつけたネルネが……え? ココまでで既に俺の理解を超えてるんだけど?
とにかく、ネルネ様の活躍で皆は無事らしい。
「そこに、姫様達が現れたのですが、ユマ様はタナカ様に噛み付いたまま離れず、ソレを見たシャリアさんが怒り狂い、キィムラ男爵が説得を試みるも限界とばかりに倒れて、それをネルネに運ばせるも、寝ぼけて抱きつき……」
トンッでも無いカオスであった。
しかし、口の中のコレは一体?
「ああ、それは姫様がタナカ様に噛み付くので口に含ませたそうです」
口にパンツとか! レイプモノのエロゲーみたいなマネは辞めろよ……
と、そこに美味しそうな匂いが漂ってきた。俺のお腹がきゅーっと可愛らしい音を立てる。それを見たシノニムさんは俺の着替えに取りかかった。
「……朝食にいたしましょう」
朝食か……どうやら長い事寝ていたみたいだな……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
朝食の席には田中と木村、マーロゥ君とシャリアにネルネ。あと変わったところではソルダム軍団長が揃っていた。
「帝国の待ち伏せに遭ったと聞きましたが、ご無事で何よりです」
「無事とは程遠い状況でしたが、またこの方に助けられました」
俺は田中をチラリと見る。挨拶は済んでいるみたいだが、ソルダムさんには不審な男に違いない。
「驚きましたよ、この方がタナカさんなのですな?」
「ええ、スフィールで別れて以来です」
「まさかここまで熱烈な歓迎を受けるとは思ってなかったけどな」
田中は包帯で巻かれた首筋を見せつけてくる。マジで空気読まないね、コイツ。
「犬に噛まれたと思って諦めると言ったではないですか」
「本当に噛む奴があるかよ」
などとやり合っていると、その様子を愛おしそうに見つめてくるソルダムさんに気が付いた。
「どうしました?」
「いえ、本当に手や目が治ったのだと……」
「ええ、おかげさまで」
ただ、残念ながら皆の怪我に使って貰える程、薬品などの在庫が無い事を伝えると「いえ、その様な奇跡は我らには勿体ない」とまで言って貰えた。
今、寝込んでいるゼクトールさんは俺の魔力が戻り次第、回復魔法を使ってあげたい。戻らないなら遺跡からポーションを探すしか無いな。
で、気になるのがシャリアちゃん。
憎きクロミーネに一矢報いた功労者なのだが、なぜだか必死に黒い布をしゃぶっている。あれ田中のマントじゃ無いか?
どう言う事だと目で田中に尋ねると、心底嫌そうに説明してくれた。
「コイツ意味が解らないんだよ、噛み付かれている俺を見て「私はまだ舐めて貰って無いのに!」とか怒り出すし、挙げ句自分の首を切りつけてお前に舐めさせようとするし」
「ええ?」
シャリアちゃんまで首に包帯を巻いてるのは激戦の証かと思っていたのだが……ただの自傷行為だったらしい。
「で、お前もお前で構わず舐めるから、奪ってやったぞとばかり、勝ち誇った様にコッチを見て来るしよ」
……うーん。謎空間。
「とにかく安静に寝かせるべきだってのにな、そこでコイツが脳みそ好きだって思い出したから、マントにお前の脳髄液ついてるぞって教えたらあのザマよ」
「な、なんてことを」
肉食獣に俺の味覚えさせるようなモンだろ! やめろよ、マジでやめろよ……
ってか、ソルダム軍団長が居るんだよ? 俺以外はキチガイしか居ないのがバレちゃうじゃないか! とにかく話を変えよう。
「とにかく、ご飯にしましょう! 私お腹が減ってしまって……」
「それなのですが……」
俺だって、空腹のままだと何をするか解らない。今だってフラフラなのだ。なのに木村から横やりが入る。
「灯油を探している際、こんなモノを見つけたので、炊いてみたのですが」
「コレは……!?」
まさか? 米? ご飯? なんでこんなモノが? 結構探したけど、この世界には無いハズじゃない?
あ、ポーネリアの記憶にもある! 古代にはあったのか! 現地名でトネル!
「ご飯! ご飯ーーー!」
俺は反射的に身を乗り出していた。
はしたない女の子だからね、仕方無いね。
「……と、取り敢えず塩むすびを作ってみました、毒味をしたら姫様にも……あっ!」
関係あるか! そんなもん! 毒があるならわざわざ施設で保存してねぇよ!
俺は椅子を蹴倒し、テーブルの上に乗り上げる。そうして木村の手の上にあるおにぎりに齧り付いた。
「うまっ! うまい! 味が、解る!」
それが何より嬉しい。うまい! オイシイ!
「ハッ! ハッ! ハッ!」
「あの! ちょっと?」
呼吸も忘れて、犬のように手の上の米を貪る! この味、ああ、ずっと、ずっと食べたかった!
あっという間に食べきって、手の平についた塩味ですら愛おしい。
「いや、もう無いですから、舐めないで下さい」
オイシイ! オイシイ! ペロペロ、止まらない。もう、ずっと木村の手の平を舐めていたい。
「どうやらこの勝負、木村の勝ちみたいだな」
「悔しいですが、その様ですわね」
「これそう言う勝負だったのかよ!?」
舐めるのに必死な俺を余所に、皆の声が聞こえてきた。
「ハァ……酷い光景です」
シノニムさんのため息だけが、やけに耳に残っていた。
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