凶化グリフォン2

 マーロゥ少年から渡された新しい刀を見やる。


 手の中でズシリと主張する重量が頼もしい。

 日本刀の常識から考えれば図抜けてデカい。一メートルを大きく超える刀身は、日本では確か大太刀と言われていたハズだ。

 通常は馬上で使う武器と聞いたが、俺の身長は2メートル近いので徒でも扱えないワケじゃない。

 それでも腰にぶら下げていては、抜刀するのにも苦労するだろう。俺は眼前に構えた状態でゆっくりと鯉口を切った。


 するりと銀の刀身が姿を現す。

 綺麗だ、あまりの美しさに思わず見とれてしまった。

 日本で見た刀と比べても見劣りしない。むしろ色気がある。


 相変わらず飾り気のない直刃すぐはだがそれがまた良い。長くなった分肉厚で、今度は簡単に折れはしないだろう。


 鞘も渋い黒塗りだ、俺の趣味に合わせてくれたんだろうが。腰にぶら下げるにはちぃとばかり邪魔だな。


「持ってろ!」

「う、うん」


 俺は鞘を少年へと投げ渡す。鞘の長さも今までとは当然違う、ぶら下げたまま戦って何かの拍子に引っかかったらマヌケに過ぎる。


 次は柄だ、俺は握り心地を確認する。一転してココにはエルフの技術がタップリと使われていた。

 ゴムみたいな手に吸い付く素材に風情は無いが、大森林で鮫の皮を求める方がどうかしている。

 日本刀らしく無いだけで性能に関して言えば文句は無い、握った瞬間に一体感を感じる程。

 一振りすれば、ビュッっと強烈な風切り音。コイツは斬れる、間違いない。


 ――ギィョォォ! ビィィィィィ! おぉぉん!


 俺の一振りに触発されたのか、グリフォンの叫喚きょうかんが重奏する。

 いや、すでにグリフォン、と呼ぶのすら憚られる。

 怪物の体には複数の人相が浮かび上がり、どこから声がしているのか、考えるのも馬鹿らしい程。


 グリフォンの鳥頭だけでなく、肉に埋まった無数の顔が、揃ってコチラを見つめていた。


「待たせたな、やろうぜ」


 ハッ! と裂帛の気合いと共に再びグリフォンへと駆ける。

 が、今度は楽に近づけそうも無い。獣の本能でこの刀の危険性に気付いたか?


 ――シュバッ!


 例の不可視の風魔法が足元を切り裂く。先程の超火力が脳裏を掠め、思わずたたらを踏むが、それじゃあ何時まで経っても近づけねぇ。

 つーか、好き放題に撃たれれば、助けに来てくれた少年の命だってヤベェ。


「伏せて小さくなってろ!」


 後ろに向かって叫びつつも、勇気を持って更に踏み込む。だが三歩も進まぬ内にゾクリとした気配が迫る。


「クソッ」


 身を屈めて避ける。同時に頭上スレスレを不可視の斬撃が通り抜けていくのを感じた。

 極限のスリルに滲んだ手汗が、刀のグリップに刻まれた溝へと吸い込まれていく。

 悪くねぇ! 精神が研ぎ澄まされる心地よさに、自然と物騒な笑みが浮かぶ。


「ヒャァ!」


 後ろから少年の物騒な悲鳴が聞こえるが大丈夫か? 別の意味で笑っちまうから自重してくれ。


「兄貴ィ! なんでアレが躱せるのさ?」


 知らねーよ! 勘で避けてる!


 しかし厄介なのはグリフォンの魔法。威力を抑えて連射する方向に切り替えて来やがった。


 ッ! 急に目の前が熱く、赤く、染まって行く! 目前に迫るは、大火球!


「ハァァァァッ!」


 もはや防ぐ事は勿論、躱す事も不可能な距離。俺は気合一閃。真っ直ぐに刀を振り下ろす。

 馬鹿な考えは百も承知、それでもこの刀なら斬れると信じて疑わなかった。

 真っ赤な火球がスパリと割れ、吹き出した熱風が突き抜けて行く。



 斬れた! 斬れたぜ!

 生き残った事以上に、この刀に不可能が無いって事が嬉しい。


 ――ズドォォン!


 分割された火球が背後で閃光と爆風を巻き起こし、不気味なグリフォンの姿を鮮烈に浮かび上がらせた。


 ――ギョォォォン!


 ハッ! さしものグリフォンもビビってやがる!


「ビヤァァァェェ!」


 背後の少年もビビってやがる、元気そうで何より。

 ココは既に相手の魔力圏内、ノータイムで魔法が間近に発生する。

 健康値の十倍を超える魔力値が如何に恐ろしいか、セーラからうっすら聞いていたが、なるほど、コレでは勝負になんか成りっこない。

 でもやるしかねーよな? つーかヤらなきゃ気が済まねぇ!


「キェェェェイ!」


 猿叫えんきょうと共に先程と同じ、前脚に斬りかかる。脚の間をすり抜けながらに横一文字に一閃。

 一見すれば、まるで先程の再放送。魔剣の時は無惨に弾かれた。


 ――ズパン!


 しかし今度は斬れた。

 後ろ脚を斬った時より、なお固い手応え。

 しかしそれも含めて射精しそうな程に気持ちが良い。


「堪んねぇ!」


 新しい刀の感触は極上。完全に俺用にあつらえた刀だと腕が真っ先に理解した。

 左前脚を切り裂いた後、体の下を対角線に走り抜け、次に狙うは右後脚。


 ――バシュ!


 生えたばかりの後ろ右脚は想像通りに柔らかかった。

 コレで二本の脚を失いバランスを崩す……かと思いきや、グリフォンは羽を広げバランスを保つ。

 いや……違う!


「嘘だろ?」


 既に前脚が生えている……だと? 見れば斬ったばかりの後ろ脚にも触手が蠢き、新しい脚が生えようとしていた。


「クソがッ!」


 俺はうねる触手を切り裂く。が、焼け石に水だ。ドコまで斬ってもキリが無い。

 状況は最悪。しかしグリフォンは最悪の上を越えていく。


 ――ギョォォォ!

「なんだとぉ?」


 俺は呆然と見上げるしかない。

 グリフォンは翼を広げ、飛んだのだ。いや、飛べるのは知っていたが、部屋の外、魔力を奪う霧の中で飛べるとは思っていなかった。

 だが、よくよく考えれば、既に壁は無く砂煙と共に魔石も舞い散って久しい。それでもグリフォンは元気に動き回っていた。


 グリフォンは魔石を大量に喰っていた。既に霧すらも苦にしない程の過剰な魔力を体内に溜め込んでたって事かよ。

 後ろ脚が無くなって身軽な体はいっそ軽やかに宙に舞った。今までも空へと何度も取り逃してきた相手、その苦い記憶が蘇る。


 ――また逃げるってのか? いや、違う!


 空飛ぶグリフォンの周囲に火球が浮かぶ。コチラかは手が出せない高さからの爆撃! コレでは反撃のしようも無い。

 クソッ! 何か、何か無いのか?

 アイツが持っていたショットガンはどうだ? いや、今から探す時間など無い。どうする? どう……


 ――バシュ!

 ――グギッ! ギョウォオォォォ!


 キョロキョロと逆転の一手を探す俺の頭上から、突如グリフォンの悲鳴が降り注ぐ。

 なんだ? と見上げればグリフォンの左目に深々と突き刺さるはセーラの矢!

 突然の衝撃にグリフォンの体が傾ぎ、ゆっくりと落ちて来る。


「タナカァ! 決めろぉ!」


 恐らくは拡声器で響く、少しノイズが乗ったセーラの大声。


「言われなくても!」


 落下地点に滑り込んだ俺の目の前、グリフォンの頭部が落ちてくる。鷲だった頭は最早グチャグチャで何の生き物か判然としないが、流石に頭とそれ以外を見誤ったりはしねぇ!


 ――シュルン


 会心の一刀。それ故に手応えは無く、ドサリと頭部は胴体から切り離された。


「ふぅ、面倒なヤツだったぜ」


 これでグリフォンとの長い付き合いも、やっと終わった。


「帰るぞ、少年!」

「えっと、良いの?」


 少年が見やる先、敵の大将であるソルンが瓦礫から這い出して、埃まみれの姿を晒していた。


「投降するよ。抵抗をしても無駄そうだ」

「賢明じゃねぇか」


 コレで終わった、と思った矢先だ。


「動くんじゃねぇ!」


 マーロゥ少年の背後から銃を突きつける男、ノエルが居た。死んで居ないのは気付いていたが、今まで気絶でもしていたのか?

 今更出て来ても場違いだって解らねぇとは、思わず笑っちまった。


「ハッ! 止めとけよ、無駄死にするぜ?」


 この期に及んで何をするって言うんだ? 俺が少年を人質に取られて刀を捨てるとでも思ってんのかよ? ヒーローじゃあるまいしンな事しねーぞ?


「うるせぇ! 黙ってろ!」


 あ、コレ何にも考えてねーヤツだ。呆れたのは俺だけじゃ無い、ソルンだってノエルを言い諭す。


「止すんだ、ノエル!」

「でもよ!」

「でもじゃない! 我らのグリフォンが暴走したのだ、みっともない真似は止せ。僕らの負けだ」

「クソッ!」


 悔しがるノエルだが、銃を突きつけられている当のマーロゥ少年は下らないやり取りに鼻白んでいた。


「どうでも良いけど、その銃、もう撃てないよ」

「? なんだと?」


 ノエルが構えた銃を見ると同時、銃身がずり落ちてその長さを減じた。

 俺には見えた。マーロゥ少年はノエルがソルンに視線を転じた瞬間、音もなく銃口を斬っていた。

 しばらく銃が分断されなかったのは、ファルファリッサの凶悪なまでの鋭い切り口によるものだろう。


「やるじゃねぇか!」

「ま、この位はね」


 得意気な少年の頭をぐりぐりとかき混ぜる。少年は「止めてよー」と文句を言うが、まんざらでも無さそうだ。


「クソォォォ! フザケんじゃねぇ」


 その様子にキレたノエルは腰のサーベルを引き抜く。しかしどう見ても素人、俺や少年には傷一つ付けられないだろう。


「兄貴ィ! 危ない!」


 だからこそ油断した。何せ全く意味が解らなかったのだ。叫びながら突然に突っ込んで来たマーロゥ少年の勢いに、俺は思わず尻餅をつく。


 ――それで、救われた。


「グギァァァ!」


 響いたのは、ノエルの悲鳴。


 なんだ? アレは?

 見上げる俺の目の前、謎の生物がノエルの右腕を噛み潰していた。ソレは背後から長い首を伸ばし、俺が立っていた場所に長い首筋を晒していた。

 爬虫類の首、コレは俺が斬ったラプトル! そして胴は……グリフォン!


「首も生えるのかよ!」


 あのまま立っていたら噛まれていたのは俺の頭だ。少年には感謝だな。


「ありがとよ」

「うん、でもアイツは何なのさ?」

「コッチが聞きてぇよ!」


 苦情を言う相手が見当たらねぇ、生命の神秘なんてレベルじゃねぇぞ!

 あの時、俺は確実にグリフォンを殺したハズだ。一つの気配が消えたのは間違いない。

 だが、既に生き物として分裂が始まっていたのだ。その証拠にグリフォンの体からは複数の気配を感じる。

 しかし、それも微弱だ。コイツの崩壊は近い。

 問題なのはソレに合わせて俺達の気配も消えかけているって事だ! コイツが何かするのは間違いない。

 どっちにしろ、俺に出来るのは斬る事だけだ! 俺は目の前に曝け出されたラプトルの首を一閃する。


 ――ギゴガゴキィィイーーーー

「痛ぇぇぇ」


 ラプトルの首が切断され、金切り声みたいな鳴き声と噛まれていたノエルの悲鳴が混じる。しかし当然グリフォンは死なない。

 木村から「首無し鶏のマイク」って趣味の悪い写真を見せられた事があるが、コレはアレ以上に不気味な生物だぜ。

 どうする? 斬っても死なないヤツをどうやって倒す?

 悩む俺をあざ笑うかの様にタイムリミットは迫っていた。

 突然、少年が不調を訴えたのだ。


「あ、ぐ、気持ち、悪いよ……」


 原因は考えるまでも無く、グリフォンの体に集まる大量の魔力だ。


「マズイ! 自爆するぞ!」


 叫んだのはソルン。だが言われるまでもなく俺だって気が付いていた。

 ヤツの魔力値の圏内だからこそ肌身で感じる。強烈な魔力がヤツの体内へと収縮している。魔力の奔流で体の中をかき混ぜられる様な感覚はエルフにはキツいに違いない。


「マーロゥ! 隠れてろ!」

「う、うん……」


 息も絶え絶えの少年を抱え物陰に避難するも、危険な予感は高まるばかり。


「アレはどうなる?」


 一緒に逃げ込んだソルンに尋ねる。


「アレだけの魔力が爆発したら王宮ごと吹っ飛んでもおかしくはないな」

「冗談じゃねーぞ!」

「アイツの体に穴でも開けて魔力を散らすんだ」

「簡単に言うじゃネーか!」


 仕方ねぇ! やるしかない。

 ノエルってクソ馬鹿の方は腕を噛み千切られて危険は無い、気を失った少年を一旦ソルンへと預ける。


 俺は首無しグリフォンの前に躍り出る。

 頭は無いが代わりに体中から目玉を生やしていた。キモいにも程がある!

 もはや理性は無いのか、ただの魔力のカタマリをぶつけてくるだけ。


「ぐぅ……」


 だがソレが辛い。俺ですらもふらつく程の魔力の渦。近づく程に凶暴な魔力に内臓が悲鳴を上げる。


「ハッ!」


 俺は刀を振り回す、不可視の魔力が斬れると信じて。

 実際に効果は有った……気がする、どうせもう刀に全てを賭けるしかない。

 気合いで一気に走り寄って、高まった魔力ごとヤツの体を両断する! さっき火球を斬ったみたいにだ!

 もうソレに賭けるしかない、俺はふぅっと息を吐き集中を高めた。


 ……だが、俺の気負いは不発に終わる。


 ――ズパァァァン


 俺の覚悟をあざ笑う様に、グリフォンは真っ二つ引き裂かれた。

 真っ二つ、文字通りに二つにパカリと割れたのだ。

 縦に両断だぞ? その馬鹿馬鹿しさが解るか? 胴だけで7メートルはあろうかと言うバケモンがだぞ?

 真っ二つになったグリフォンが切り開かれた時、その中心に佇む男が一人。


「桃太郎ってワケじゃねぇよな?」


 思わずそう呟いてしまった俺は、とことんシリアスに向いていないらしい。でもよ、パカッと割れたグリフォンの中から生まれてきたみたいに見えるじゃねぇか。


 だが、実際には違う。俺の動体視力をもってしてギリギリで見えていた、その速度。一瞬でカッ飛んで来て、瞬間、グリフォンを両断した。


 ――あり得ねぇ! 人間の速度じゃねぇぞ?


 男の手には巨大な剣が握られていた。

 俺の大太刀も霞むような漫画みてぇなバカでかい大剣。アレは恐らく魔剣だ。それに高速移動の正体は魔法、ソレ以外に考えられねぇ。


 つまりコイツはエルフ。その顔はベール……それもキョンシーのお札みたいな謎の文字が書かれたモノに阻まれて見えないが、コイツがただ者じゃないって言うのはハッキリ解る。


「オイ、少年! アイツは誰だ! ……少年?」


 しかし、少年は既に気を失っていた。

 代わりに男の登場に反応したのはソルンだった。


「オマエは……意識が戻ったのか?」


 ノエルに肩を貸して立ち上がったままに、ソルンは半信半疑と言った様子で男へと問いかける。

 俺は完全に蚊帳の外、全く状況が掴めない。

 ただ一つ解るのは疲れ果てた中で、コイツとやり合うのは余りにもヤバい。


「痛ぇ! 痛ぇよ」


 ただ、ノエルだけは空気を読まずに悲鳴を上げていた。俺は呆れる思いだったが、意外にも男はノエルの言葉に反応し、顔を向ける。

 ノエルは更に続ける。


「助けやがれ! 早く、この場から脱出するんだよ!」


 ヒステリックなノエルの叫び。そうは言うが、どう脱出するって言うんだ?

 明らかな無茶振り、しかし謎の男はノエルの言葉に従う意思を見せた。

 いつの間に、その手に握るのは凧。マーロゥ少年が乗ってきたグライダーだ。


 凧と風魔法。組み合わせれば高く飛び上がる事は確かに可能だ!


「行かせるかよ!」


 コイツらから黒峰の事、そして帝国の狙い。全て聞き出さねぇとマズイ事になる。逃げられるのは勿論、殺されるのだって宜しくない。


「ッ!」


 しかし、駆け寄らんとする俺の機先を制する様に、男の大剣がピタリと目の前に突きつけられた。

 デカすぎる剣だ、リーチの差は圧倒的。そしてそれだけの大剣を真っ直ぐに伸ばして、小揺るぎもしない男の体幹も並じゃ無い。


「邪魔をするのかよ?」

「…………」


 俺の問いに男は答えない。いや、答えられないのかも知れない。

 先程から男は一切喋っていない。そしてベールで隠れた表情は窺い知れず、目線も探れない。

 俺は気を失った少年を見る。相手にはけが人が居るがコッチも同じ様な物。

 それに空からグライダーで逃げようとしても、セーラ達の弓が打ち落としてくれるに違いない。


「…………」


 俺が諦めたのを察したのか。男はブツブツと呪文を唱える。


「ノエル、大丈夫か? 残った片手で掴まっていろよ」

「痛ぇ、痛ぇよ」


 ソルンとノエルは脱いだジャケットでお互いの体を縛ってグライダーに捕まった。そして謎の男もグライダーに捕まるが手には大剣。


「重量オーバーじゃねぇのか?」


 俺はあざ笑うが、それだけこの男は魔力に自信があるのだろう。風が強ければグライダーの大きさに見合わぬ重量を運べても不思議じゃ無い。


 ふわりとグライダーが浮いたと共に、凄まじい突風が三人を空へと舞い上げた。

 一緒に飛び散った魔石の砂が、青白い軌跡を空へと描く。

 なるほど、魔石と共に舞い上がる事で霧の影響を抑えたか。だが、それはつまりエルフが放つ矢も障害無く迫ると言う事だ。


 高く舞い上がるグライダーにいち早く迫るのはセーラの矢だ。あんな超速度の矢をどう凌ぐ?

 見物する先で、謎の男が取った行動は剣の一振り。


「やるねぇ!」


 思わず褒めちまった。

 男は音速を越えるセーラの弓を叩き落としたのだ。

 読みか、もしくは魔法に関して俺の知らない知識で、矢が加速する瞬間を見切ったか。

 しかし、矢は一発では終わらない。続いて無数の矢が迫る。

 流石にコイツはチェックメイトだろう。

 だが、今度は魔法で矢を受け止める。セーラが禁書庫の前で見せた魔法、しかしその強度が恐ろしい。全ての矢を受け止めてみせる。


「マジかよ」


 俺はもう呆然と見上げるしかない、魔法で受け止めたに留まらず、受け止めた矢の推進力すら利用してグライダーは更に高く飛ぶ。

 そして、高く距離を稼ぐと異常なスピードで空を切り裂き飛んで行った。


「逃げられたか……」


 もう魔法の矢でも追い切れない。同じくグライダーで追おうにも敵の陣中に飛び込むのは自殺行為になるだろう。


「オイ、少年! 起きろ!」

「う……え? アイツらは?」


 俺は少年を叩き起こす。少年の気配はスッカリ普通になった。危機は脱したと見て良いだろう。本当は逃げたアイツらを追うべきなんだろうが、流石に疲労が溜まり過ぎていた。


「逃がしちまった。でもな、取り敢えず大勝利で良いだろ? 兵士達も逃げて行くが、追撃戦までは勘弁してくれ。オーバーワークだ、体が保たねぇよ」

「そうだね、仕方無いよ」


 壁が取り払われて見晴らしが良くなった謁見の間から、城内の様子を見下ろす。霧が晴れて逃げて行く兵士達の姿が丸見えだ。霧の在庫が無いのだろう。僅かな霧の悪魔ギュルドスと共に兵が引いていく様子が見られた。


「コレで決まったな、エルフの国の再興は先生にでもお任せするかね」


 俺は派手に暴れる位しか出来ねぇからな。こっからはエルフ自身の手で頑張って貰うしか無いだろう。

 ……完璧とは言わねぇが、大勝利だろう?


「あ゛~あのね?」


 だが、マーロゥは言い辛そうにコチラを見る。


「なんだよ?」

「実はさ……」

「ンだっての!」


 余りに歯切れが悪い。疲れから苛立ちが募る。


「実はさ、ドネルホーン先生がね?」

「まさか、死んだのか?」

「いや、……裏切った」

「ハァ?」


 この作戦の責任者の先生が、裏切った? いやいや。


「ンな馬鹿な」

「それがね、僕らは先生が言っていた肥料の大規模生成を止めたでしょ? 先生はアレに賭けていたみたいで、反対されたのがショックだったみたいでさ」

「だからって裏切るこたぁねぇだろ!」

「いやさ、結局世界を食料で満たせば根本的に平和な世界が来るって、交渉に現れたのが帝国の技師でさ、凄い興味津々で先生の研究を褒めるモンだから……」

「マジ? マジなの?」

「うん……エルフより進歩的な考えだって、帝国で研究するって言ってね」

「うっそだろ?」


 食糧問題を解決したら戦争が無くなるって、お花畑過ぎるだろ。

 しかし、防衛戦で一方的に敵を狩ってきたエルフには戦争の知識が無くたって不思議じゃ無い。

 むしろ地球人に戦争の知識がありすぎるとも言えるよな。


 ……それに、ヤベェ予感がする。無限に肥料が作れる魔法の技術。

 胡散臭いし、危険過ぎる予感がビンビンする、何の意味も無く禁術とされていたとは思えねぇ。


「追うかァ……」

「えぇ? さっきは取り敢えず休むって」

「そうは言ってられねぇだろ? 先生は最低限殺さねぇとヤベェぞ、絶対!」

「そ、そうだよね……」


 と、言うわけで俺は地獄の追撃戦に打って出る事になる。

 このグリフォンとの死闘は遠くからも見えていたらしく、エルフの英雄だなんだと持ち上げられてしまう事になっちまった。


 そうそう、目当てのセレナ姫の秘宝はグリフォンの心臓付近で無事、見つかった。

 あのグリフォンが異常な生命力を発揮した理由は、秘宝が核となって崩壊を防いだ結果とかなんとか。俺には難しい事はワカラネーがな。


 そんなこんなでアイツらが待つビルダール王国に旅立つのが大分遅れてしまった。

 しかも結局、学者先生や逃げたソルンとノルンを捕まえる事は叶わなかった訳だ。


 後悔しきりだが、コレが後々想像通り、いやそれ以上の危機を後々巻き起こす事になるのであった。

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