六章 吸血鬼の悲恋

海賊姫

 あの事件から三ヶ月。季節は秋を通り越し、初冬に入っていた。


「ふふーん♪」


 俺は姿見の前でクルクルと回る。新衣装の確認だ。


 王宮内部に部屋を貰ったので、クローゼットルームも以前より豪華だ。姿見も大型の物が前後に設置されていて、後ろ姿まで見られるのは大きい。


 クルクルと回ると、軽い体が左手の重量に振り回される。

 だが、ソレだって悪い気はしない。


「見た目に強そうだよな」


 俺は左手のフックをブンブンと振り回す。


 そう、フックである。


 ネタ装備と割り切って木村に発注したのだが、案外便利でビックリした。

 フック船長って何で腕にフック付けてるの? ネタなの?

 ぐらいに思っていた以前の自分をドヤしたいね。


 ドアノブを引っ張ったり、手すりに掴まったり、有ると無いとで大違い。

 そして、抉られた左目には格好いい眼帯。眼帯にはセレナの秘宝をモチーフにした図柄を入れた。何時だって心は一緒だぞと言う思い。

 で、ココまで来たら察する事も出来るだろう。俺は完全に海賊の格好パイレーツスタイルで鏡の前に立っている。

 頭にはトリコーン、ジャケットはジュストコール、フリル付きのドレスシャツに、コルセットスカートとロングブーツと言う出で立ち。

 ま、そんな風に名前を出されても俺にはちっとも解らない。俺から木村にオーダーしたのは『海賊っぽい衣装』ってだけ。

 若干コスプレっぽいのはご愛敬、むしろ大好物である。


「ご機嫌ですね」


 と、そこに寝室側からシノニムさんが顔を覗かせる。

 俺は顔を赤らめ身をよじり、慌てた様子でシノニムさんへと振り返る。


「み、見ていたのですか?」

「別に恥ずかしがる事は無いでしょう?」


 ……そりゃそうだけどさ。


 大体にして一人ではブーツを履くのも一苦労なのだから、殆どシノニムさんに着せて貰った様なモノ。

 「しばらく動きを確認します」と言ってクローゼットから追い出して、その間にベッドメイクを済ませて貰っていただけだからな。そりゃ見られるよ。


 でもさ、としたお嬢様が、一人だと思って浮かれている所を見られてしまい、恥ずかしさに悶える様は最高に可愛いと思わんかね? どや?


「安心しました、ユマ様も服に夢中になる事があるのですね」


 ……いや、コレ「化け物でも服とか気にするんだ!」的なやつじゃないよな? 違うよね? こちとらファッションモンスターだよ?


「私を何だと思っているのです、今まではお洋服にまで気が回らなかっただけです。それに今までと違って勇ましい衣装でしょう? どう見られるか気になってしまって……」


 俺は上目遣いでシノニムさんに感想を求める。こう言う時はゴツイフックは後ろ手に隠すのがポイント。


「勇ましいかどうかまでは存じませんが、儚げな印象は薄れたと思います」

「余り……好ましくは無いですか?」


 自信なさげにシュンとしてみせる。


 実際、気になっているのはソコだ。


 儚げで弱々しい雰囲気を押し出して得をしている場面は多い。

 なにせ、亡命した他国の姫が王宮内を我が物顔で闊歩し、現女王よりも高い人気を誇っていると言うのだから、王家の乗っ取りを企んでいると揶揄する声も少なくない。


 なので千切れた腕と抉られた目を見せつけ、儚げで害の無い被害者オーラを出しまくって何とか凌いでいる側面がある。


 かといって、正直このままではマズいと言う思いもあるのだ。


 なにせ、俺の最終目標は王国を扇動し、帝国との全面戦争に持っていく事だ。俺が痛ましい姿を見せつければ「帝国め! 許せん!」と思う人は増えるだろう。


 でも、そう言うのは思うだけ。涙するだけ。


 それで満足してしまう人が一杯居るからこそ、悲劇と言うのは楽しく消費されるのだ。

 帝国に「許せない! 悔しい! 恐ろしい!」とネガティブな印象を与える事に成功しているが、肝心の「勝てるぞ!」と言う機運が無いと戦争には至らない。

 その為にはエルフの技術を使って勇ましく戦う俺の姿も、王国の人間には見せておきたいのだ。

 相反する二つのオーダーをクリアするため、衣装で雰囲気をガラリと使い分ける事を考えたのだが、ソレはソレで『今までのは猫かぶりだったのか』と、悪い印象を与える可能性も捨てきれない。

 そこでシノニムさんの冷静なジャッジが欲しかったのだが、その言葉は俺の求める次元の話とは異なっていた。


「私としては非常に助かります。なにせ教会からは再三に泣きつかれていたので」

「教会に、ですか?」


 なんでソコで教会が出てくるん?


「ええ、姫様が痛々しい姿を見せる度に『神はどうしてユマ様を救わないのだ!』と猛烈な抗議が入ると言うのです」

「そ、そうなのですね……」

「ええ、それで頭を抱えていたのですが、この衣装で凜々しく振る舞えば『神は無慈悲だ!』と嘆く民は減るでしょう。ただし、実際に戦うのは金輪際ご自重願います」

「……はい」


 なるほど、そう言えば俺は『神から使命を授かり、この世に転生を果たしたオルティナ姫の生まれ変わりと』喧伝しているのだった。

 いや、100%真実なのだが、神とオルティナ姫の間には何の関係も無い。

 関係無い二つを並べて、関係がありそうに誤認させる。詐欺の常套手段だ。


 だが、そんな事を知らない人にとってみれば、神は余りに薄情と映るだろう。


 ……ちょっとぐらいサービスしても良いのよ? 神様❤


 と、ふざけていても始まらない。

 とにかく、勇ましい格好をするのは大丈夫そうだ。だったら残る心配は似合うかどうかなのだが……

 ひょっとしてシノニムさん的には宜しくないか? 俺の服を見て不思議そうな顔で首を傾げている。


「私としてはユマ様にはもっと可愛らしい服が似合うと思うのです、むしろその様な衣装は派手好きの伊達男といった人物が好む物かと」

「スルドイですね、神の世界でもそう言った男達が着ていた服です」

「では、何故? 勇ましい姿なら伝統的な軍服もありますが」


 ……だってアレ、焦げ茶色の作業着みたいでダサイんだもん。


「解りませんか? 私の様なか弱い女の子が、いっそ攻撃的なまでに派手な格好をする、そのギャップが可愛らしいのです」

「……そうなのですか? いえ、正直に申しますと似合っているとは思います。ただ、敢えてその様な服で無くとも、姫様は何でも着こなしてしまうだろうと思いまして」


 うーむ、これは誤解があるな。

 木村も俺と価値観を同じくしているので、簡単な指示でパッとソレっぽい衣装を作ってしまうのだ。

 今まで見なかったデザインや意匠を俺に似合うようアレンジして、異常な完成度で纏め上げてしまうので、俺が何でも似合う女の子と勘違いされてしまっている。


「それは誤解です。私には生活感のある服は似合いません。派手な刺繍だったり、可愛らしいフリルやリボンで装飾された服しか似合わないのです」

「……それは、どうなのです? そう言った服の方が、普通は着こなすのが難しいのですが……」

「そう言われましても……」


 悲しいかな、今の俺にはむしろ普通の服を着こなすのが難しいのだ。

 理由は単純、銀髪のエルフってだけで浮世離れしているのに、儚げなロリで眼帯にフックまで付いてしまえば、見た目に中二病の大渋滞を起こしている。


 もう俺は真っ当な服を着れない体なのだよ。


 かと言って全力で着飾れば凄い悪目立ちするだろう。

 今の格好だって、街中に出よう物ならどれほどの耳目を引くか……ちょっと楽しみになってきたな!


「ひょっとして、今日はその衣装で外出するのですか?」

「そうですね、服を作って頂いたキィムラ男爵に会うのですから着るのが道理でしょう」

「かしこまりました」


 シノニムさんが準備に出て行く。今でも結局木村の商会にはおんぶに抱っこだ。

 結局、殆ど専属商会と化している。短期的に見れば、色々な商会を味方に付けた方が権力争いで有利かと思っていたが、カディナールがあんな事になればもう俺達に敵は居ない。

 そうなれば長期的な視点で、キィムラ商会にグイグイと産業革命を推進して貰った方が国力が増すと言う判断だ。


「あのぅ、馬車の準備が出来たみたいです」

「では行きましょう」


 迎えに来たネルネを連れだって、俺は馬車へと乗り込んだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「す、凄い人ですね」

「こうも人が多いと進みません」


 馬車の後ろからネルネとシノニムさんのヒソヒソ話が聞こえてくる。

 頬を撫でる風が少し肌寒い、ふぅっと吐き出した息が白くなる。

 今回は新しい衣装のお披露目と言う事で、オープン馬車を手配した。しかも俺は貴人にあるまじく御者の隣に陣取っている。御者台は目立つからだ。

 逆に客席に座らせている侍女の二人から、酷く居心地が悪いと猛抗議を貰ったが無視。


 さて、肝心の市民の反応は?


「おおっ! 何と凜々しい」

「アレは本当にユマ姫なのか? 魔性の美しさに目が離せない」

「一体どんな心境の変化なのだ?」


 などと声が挙がるが、若干わざとらしい。


 恐らく彼らは詩人や記者と言った人種で、俺の事を飯の種にするべく待ち構えていたのだろう。

 道行く普通の人達はボケッとした顔を並べるだけ。あんまりに浮世離れした俺の格好に声も出ないと言った様子だ。

 だが、決して否定的な印象では無い事が、息を飲みウットリと俺を見つめる人々の顔で良く解る。往来のど真ん中で立ち止まるので、馬車の行方を遮ってしまい渋滞すら発生させるほど。


「おい! 道を空けるんだ!」


 御者は声を荒らげるが、その御者すらチラチラ俺の方を見て集中力を欠く事も、進まぬ馬車の一因になっている。

 ほぅっとため息をつく人々の表情は、完全に俺に心酔している様だった。


「もうっ! コレでまた、あの衣装はドコで買ったのかと問い合わせが殺到しますよぅ」

「ハァ、面倒なのですよね。普通の人では似合わないと解りそうなモノですが」


 唯一、後ろからは別の種類のため息だけが聞こえてくる、そう言うのはソッチで捌いてくれたまえ。

 海賊が居ない世界で、海賊フェチを作ると言う偉業を成し遂げてしまったに違いない。

 こんなに性癖を歪ませて良いのかな? と思わないでもないが、正直言って気持ちが良い。


 なんせ今の王都では、劇や小説、歌や新聞、あらゆるメディアの中心が俺だ。ユマ姫が登場しない劇などは書いても全く需要が無い状態。

 既存の劇や物語ですら、ユマ姫をモチーフにしたキャラクターがねじ込まれ猛威を振るっている程。

 馬車が中央通りの劇場前に差し掛かる。例のキィムラ商会の劇場で、俺の人気を支える中心地、当然ズラリと並んだポスターには全て俺の姿が……


「あの、スミマセン?」

「な、何でしょう?」


 バッと御者がコチラを振り向く。一言一句聞き逃すまいと言う姿勢だ。


「あのポスターは一体なんでしょう?」


 思わず突っ込まざるを得ない。なんだよあのポスター。


「ああ、アレですか。不快ならば取り下げる様に言って来ましょうか?」

「いえ、別に構いませんが……」


 ソコには鎖に繋がれた俺がカディナールに鞭を打たれ、涙を流す絵が描かれていた。


「別に鞭で打たれた訳ではないのですけど……」


 剥製にする為、カディナールは俺に大きな傷を付けようとはしなかった。そう言う意味では、鞭を打つよりもよっぽど鬼畜ではあるのだが。


 御者は、これではユマ姫が傷モノみたいではないかと憤る。


「劇場のヤツらはカディナール王子の非道を解り易くする表現だと言っていますが、姫様を見世物にしている様で私には面白くありません」


 御者は口を尖らせるが、俺に言わせればこんなエロポスターを掲げ、風紀を乱したとしょっ引かれないのが凄い。


 と言うか。既に市民の性癖をねじ曲げるどころの次元ではないのでは? 世が世なら俺の薄い本が溢れかえっているに違いない。


 だけどアレだな、やっぱり弱々しくて苛めたくなる女の子と言うイメージが先行してるみたいだ。もっと凜々しく強いイメージも欲しい所。


「姫様? 一体ドコへ行くのです?」


 俺は御者の制止を振り切って、ちっとも進まない馬車から飛び降りた。目指すは俺が鞭を打たれるポスターの前。


 ただポスターが貼ってあるだけ。なのになんと、そこには二人の護衛が立っていた。


 どうも俺の、ポスターは貴重かつ盗まれやすいので護衛が付いているのが普通らしい。


 「どうしました?」と不安そうに尋ねる彼らを無視して、俺は腰のサーベルをシャラリと抜き、抜き身の刀身でビシッとポスターを指し示す。


「おぉ!」

「やはり、過激に過ぎるか」

「品の無いポスターに姫様はお怒りだ!」


 何事かと集まったギャラリーが俺の様子にザワつくが、なにも皆が楽しんでいるいる所に水を差そうってワケじゃない。


 ――ブスッ


 俺は勢いよくサーベルをポスターへと突き刺した。狙ったのは描かれたカディナールの顔面。突き刺したサーベルは立て板を貫通して固定された。

 これだけ見るとポスターに怒っているかと思われるので、ポケットから万年筆を取り出すとササッとサインを入れる。


『不埒者には神罰が下る ――ユマ・ガーシェント・エンディアン』


「フフッ」


 俺は満足げに笑う。これでやられっぱなしの姫では無いぞと、手を出したら必ず痛い目に合うというメッセージが伝わるだろう。


「コレは、このまま残しておきなさい」

「は、ハイ」


 俺は敬礼する護衛を残して馬車へと戻った。

 一部始終を見ていたシノニムさんがため息を深くする。


「ずいぶん派手な事をしますね」

「か弱いだけの姫と思われたくは無いですから」


 澄まして答えるが、少しやり過ぎた気もする。



 後で聞いた話だが、この突き刺さったサーベルはそのまま接着剤で固定され。観光名所になったらしい。

 それどころか、立体的な広告手法として随分と広まったと聞いている。

 その後も、ユマ姫が切り裂いたポスターや引っ掻いたポスターが登場したが、それらは当然フェイクだ。

 他には、悪徳貴族に捕まった異国の姫が、義手とサーベルを振り回して復讐する小説が人気を博しているらしい。

 過激な濡れ場もあるらしいが実名を出していないので文句を言うのも難しい。


 俺はこれ以降、王都の住民の性癖を心配するのを止めるのだった。



 手遅れだ、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る