凶化グリフォン
謁見の間の天井を突き破り現れた、新たな敵。
ローグウッドとの死闘を制した俺の前に、突如として乱入したのはあの因縁深いグリフォンだった。
「次から次へと!」
ドンドンと出て来やがる! もう十分だって程にボスラッシュを捌いたつもりだが、まだ出るかよ!
流石にここまで仕込んでいたワケじゃないだろうから、ソルンと名乗った銀髪野郎にとっちゃ、まさに天からの恵みか。
グリフォンを挟んだ向こう側、奴は必死にグリフォンの背に誰かの姿を探していた。
「クロミーネ様? いや、ノエル! 君か!」
「まぁーな! 助っ人に来たぜー」
ソルンの呼びかけに答える軽い声、よく見りゃグリフォンの背には男が一人。
ノエルと呼ばれた男の姿、なんだ? ……服装こそ乗馬服っぽい地味な姿だが、ソルンと同じ顔、同じ銀髪だと? 見分けが付かねぇぞ?
……双子か? 或いは影武者か。
グリフォンに乗ってきたって事は黒峰の関係者、間違いなく敵であろう。
ワケが解らねー状況を整理するためによくよく観察すりゃ、グリフォンは既に傷だらけだった。
羽はボロボロで体中から血が流れている。極めつけは片目に深々と突き刺さる矢だ。
ッ! あの矢羽根! セーラのじゃねぇか!
なるほどね、奴は空から駆けつけたワケだが、そんな事をすればエルフ達が放つ魔法の矢の的になるのは必然だ。
だとすりゃ助っ人ってのは話半分だな、魔法から逃げる為に強引に不時着したって可能性のがデカいと見るね。
だとすりゃ、セーラの奪還は成功している。コイツは朗報だ。後は俺がコイツらをどうにかすれば全ては解決ってワケ。
「盛り上がって来たじゃネーか!」
そうと決まれば手負いの魔獣を一匹斬るだけ。以前も退けた相手、加えてコッチは昔とは大違い。なんせ欠けちまったと言えど刀が有る!
負ける要素がねぇし、絶対に負けられねぇ!
オマエの魔石が! アイツの魔導衣には必要なんだよ! 黙って死ね!
俺は目一杯に姿勢を低くして駆ける。そのまま砂埃に紛れ肉薄するや、折れた柱を足場に高く跳ぶ。目指すはデカいグリフォンの更に上、そっから奴の素っ首を切り落とす!
「バーカ!」
しかし聞こえて来たのは男の下品な声。
砂埃から出た俺が眼下に見たモノは、グリフォンの背からコチラに銃を構える男、ノエル!
ヤベェ!
――バァァン!
火薬の破裂音、そして激しい衝撃! 俺は無惨に空中で吹っ飛ばされる。
咄嗟に顔面を両腕で守ったのだが、襲った衝撃の『種類』が想像と違った。
一点を貫く痛みでは無く、面で叩かれた様な衝撃だった。知識が無かったらさぞや混乱しただろうが俺にはその正体にあたりがついた。
――ショットガン……だと? ンなモンがあるのかよ!
考えて見ればちっちゃい弾丸を一杯入れれば良いだけ……なのか?
吹っ飛ばされながらも空中で体勢を整える。
腕は? 無事だ、動く。だが多少シビれが残る。
とは言えショットガンを間近で受けたにしちゃ深刻なダメージは無さそうだ、一方で深刻なのはプロテクターのダメージ、バリバリにひび割れて最早使い物にならないだろう。
実はエルフのプロテクターは意外にも防弾性能はそれ程でも無い。
軽くて固いのは良いんだが、一点に力が掛かるとアッサリと割れちまうんだと。魔獣対策の装備なんだから防弾性能など意識していないと言われちまった。
だから今回は鎧の下に防弾シャツを着込んでいる。それが功を奏した格好だろうか?
俺はクラックでバリバリになったプロテクターを脱ぎ捨てる。固い分だけ割れちまうと却って危ねぇとは散々聞いた。
――パァン
軽い音と共に脇腹に衝撃。ソルンの銃か!
「なぜだ? 効かない?」
なるほど、大仰なプロテクターを脱ぎ捨てて肌着みたいなシャツ一枚。流石に銃が効くかと思ったか? 甘ぇな!
っと! 危ねぇ! グリフォンのクチバシが俺の頭を狙ってバクリと閉じる。
それを間一髪、前に転がって躱す……痛ぇ! カーボンの欠片がシャツに入った! クソッ! ふざけんな! 死ねっ!
――バツン!
横一文字、足元を駆け抜け様の一閃で、太いグリフォンの後ろ足を切り落とす。あまりにも固い手応えと、生き物を斬ったとはとても思えぬ切断音。
――ビィィィィィイイィィ
響くグリフォンの悲鳴。俺は急制動と同時、振り抜いた反動のまま翻る。右脚は斬った、次に狙うは左脚!
が、目当てのモノは目前に有った。いや、眼前に迫っていた。
「ぐぉ!」
俺はグリフォンの左後ろ脚に蹴り飛ばされた。右足を失った直後だぞ? どうしてそんな真似が出来る!?
吹っ飛ばされた俺は玉座の手前、小さな階段にぶつかり
クソッ鎧をダメにしたのが早速響いて来ちまった。ぼやける視界の中でヨタヨタと逃げて行くグリフォンの姿が見える。
そうか! ボロボロの羽で右脚が無くなった分のバランスをとってやがる、器用な真似しやがって!
――とっ?
「危ねぇっ!」
嫌な予感に身を任せ、体を捻る事で、グサリと突き刺さるレイピアを紙一重で躱した。
ソルンだ! 玉座から降りて来やがったか。真っ白のもやしっ子が調子に乗るなよ!
俺はレイピアの刀身を握り、グイッと引っ張るやその反動で立ち上がる。
「は、離せ!」
「離すかよ!」
立ち上がる俺、それとは逆に体勢を崩したソルン。そこへ目がけ右手の日本刀を振り抜い――
――キィン
「なっ?」
折れた! 刀が折れちまっただと!?
魔剣とぶつかって脆くなったところにショットガンを受け、トドメにグリフォンに足蹴にされたのが決定打。
俺の振り抜きに耐える強度が残っていなかった。
斬られる恐怖に目を瞑っていたソルンがゆっくりと目を開ける。
いや、しかし相手はこのもやしっ子だ、素手で十分。このレイピアを奪えば――
「っと、動くなヨォ!」
言葉と同時、真横から突きつけられたのは――ショットガン!
チッ! コイツが居たか。
ノエルと言われたソルンと瓜二つの男、だが纏う雰囲気はまるで違った。歪んだ笑みを貼り付け、舌を突き出す相貌には品性が見られない。
足を斬られよろめくグリフォンから振り落とされる所までは視界の端に映っていたが、てっきり怪我でもしてると放置していた。
「オイオイ銃って奴は連射が出来ないだろう?」
俺はそんな希望的観測を言って相手の様子を見る。なんせこの世界の銃は基本的にまだ火縄銃レベル、火薬を入れてからシュコシュコと押し込む行程にはタップリ1分近い時間を要するハズだ。
だが、そんな事を言いながらも俺はノエルの言葉を欠片もハッタリだとは思っていない。
……だからこそ左手でソルンのレイピアを思い切り引っ張った。
「うわっ」
大きく体勢を崩したソルンの首根っこを右腕一本で背後から締め上げる。
「うぐっ!」
「どうした? 撃たないのか?」
「テメェ!」
激昂するノエルを俺は悪役さながらの笑みで挑発する。
――ちなみに、ノエルの持つショットガンには銃口が二つ有る。だからこそ二回目を撃てる確率は高いと見ていた。
そしてショットガンだからこそ躱す事は不可能と同時、俺だけを撃つ事も不可能。
「「…………」」
にらみ合う俺とノエル。千日手だが時間は俺に味方しないだろう。
グリフォンがちょっかいをかけて来たらマズイ、アイツに人質が通用するはずもねぇからな。
だが、妙にソルンは焦っていた。俺の腕の中で苦しげに訴える。
「ノエル、俺ごと撃て!」
「だけどよ……」
「大丈夫だ、死なない限りは、何とでもなる」
感動の「私は良いから撃って」って奴だ。普通はヒロインのセリフだが、女みてーな
……ん? ナンだ? 首筋にチリリと刺激が走る。
嫌な……、予感がする。
だが何があるって言うんだ? グリフォンはヨロヨロと逃げて行った。謁見の間の入り口で蹲ってやがるから、ココからは大分距離がある。
コイツ以外の不確定要素などドコにも……
だが、俺はグリフォンの様子に酷い違和感を覚え、その姿から目が離せない。
その違和感の正体は程なく判明する。
……オカシイ、どうしてだ?
どうして……斬ったはずの右脚が
――ギュオォォォォォォォォォォ!!
そして、グリフォンはあんな風に鳴いたか?
さっきからクチャクチャと鳴るこの音は何だ? 咀嚼音? だとしたらヤツは何を喰っている?
俺の疑問に答える様に、グリフォンはその顔を上げ、振り向いた。そのクチバシからハミ出しているのは巨大な蜘蛛の脚。
「伏せろ! ノエル!」
ソルンが腕の中で吠える。細い体のどこからそんな声が出るのかと思う程。
嫌な予感がしたのは俺も同じ、ソルンを抱えたままに床に転がる。
――シュバッ!
不可視のナニかが頭上を通過する。遅れてドスンと鈍い音と振動がやって来た。
なんだ? と頭を上げれば柱が残らず綺麗に切断されて、地面に転がる音だった。
――どう言う威力だこりゃ!
乾いた笑いが漏れる。だが俺は次に笑いすら出てこない光景を目の当たりにする。
――ズズズズズッ
低い振動音が木霊する。何の音かなど、考えたくも無い。
どうやら謁見の間は角部屋に位置していたらしい。なぜ今そんな事を言うかって?
そりゃあ壁が
「崩れるぞ!」
叫ぶと同時に頭を庇い再び身を屈める。天井からはスゲェ量のガラスや破片が降り注いだ。
それが終わった後に、外から響いたのは、信じられない程の轟音と振動。それらが破壊の衝撃を如実に伝えてきた。
「嘘だろ!」
ヨロヨロと立ち上がり破壊の痕跡を確認すれば、見晴らしが良い景色が広がっていた。
ここは王宮の最上階に位置しているので、大森林が遥か遠くまで見渡せる。
謁見の間、玉座側と左手の壁が横一直線に切断され、綺麗に無くなっていた。
圧巻なのは直立したままにバッサリと背もたれが切断された玉座、鋭い断面があの不可視の衝撃波の鋭さを物語っていた。
既に天井が崩落していたお陰で、ガラスの破片での致命的な怪我を負わずに済んだのは不幸中の幸いか?
いや、不幸はココからだ。なにせこの破壊をもたらした犯人はいまだ健在。
「オイッ! ンだよ!? 今のは?」
俺は腕の中のソルンに問いかける、思いがけず瓦礫から庇ってしまう格好になっていた。
「僕にも解らない。いや? アレは? まさか、凶化?」
凶化ってのは色んな生物の魔石を喰って吸収出来る状態だっけか? そうか、さっきから何をしてるかと思ったら、俺が倒した魔獣を魔石ごと喰ってやがったか!
「つっても、前からアイツは魔石をボリボリ喰ってやがったぜ?」
「そうなのか? だとしたら大分進行している事になる」
オイ!? ペットの事ぐらい知っておきやがれ!
「さっきの衝撃波は? 来るのが解っていたんだろ?」
「ヤツの口内を見るんだ。蝙蝠の魔獣の特徴的なヒダが見えるだろう?」
辺り構わず鳴き叫ぶグリフォンを指差し、ソルンは言うんだが。
「いや、ワカンネーよ」
「とにかく、あのヒダで空気を圧縮して射出するんだ。飛行生物同士の戦いでは、相手をよろめかせる効果がある。ノエルを狙って居るように見えたんだが……」
はぁ? あの威力が『よろめかせる』とは良く言ったぜ。
ソルンも自分が見たモノを信じたく無いって顔でかぶりを振った。
「あんな威力は考えられないんだ。あれじゃまるで、まるで……」
ソルンの考えは恐らく俺と同じ。認めたく無いようだから言ってやろうか?
「エルフの魔法、だろ?」
「そうだ……だけどそんな訳が……」
ハーフエルフの村で、
だが、魔法だとすりゃいくつもオカシイ所が有る。
「アイツはエルフじゃないし、呪文だって唱えられない。それに俺たちの健康値を無視して頭の上スレスレを切り裂いて行ったぜ?」
「だからあり得ないと言っただろう!」
だよな、それに口論している余裕は無さそうだ。アイツは全員殺す気で魔法をぶっ放して来た。
いや、そんな理屈抜きに目を見りゃ解る。アイツは狂っている。
腕の中、首謀者であるソルンすらもおののいている。
「なんなんだ……アレは、なんなんだ!」
「チッ! グロテスクとしか言い様がねぇな」
セーラの矢は刺さったまま、しかしその傷口から膿の様に吹き出しているのは蜘蛛の複眼か?
なんつーキモい外見だ。片方の目も血走って正気とは思えねぇ。
切り落としたハズの右脚は虎の脚特有の縞模様が浮かび上がっている。
アレらは俺がココで斬った魔獣の特徴か? それを喰って取り込んだ?
――ビィィギョォォォ
聞くに堪えない鳴き声が響く。マジィぞ? とにかくヤベェ生き物に仕上がってる。
よく見れば体毛が赤く変色していく。ボスだからって変身なんてするんじゃねぇ!
「アイツを何とかしねーと全員死ぬぞ!」
ソルンとも一時休戦としたい、それ程にアイツはヤベェ。
ソルンにも俺の気持ちが伝わったのか、親切に解説してくれる。
「妖獣は先天的に様々な生物の遺伝子が混じり合っている」
「見りゃあ解る!」
「だが、凶化した生物は後天的に喰った生き物の遺伝子を取り込めるのだ、あの吸収速度は異常だがな」
「それも見りゃあ解る!」
だからって喰った生物の体で、無くなった部位を補えるのは生き物の範疇を超えている!
……いや? ソルンが何を言いたいか。解ったぞ? だがな! 胸くそ悪ぃから言うんじゃねぇぞ?
「エルフは殆ど肉を食わない、当然だが畜産場などないのだ。しかし魔獣を養うには肉が必要だった。手に入らなかった肉の代わりに魔獣の餌に使ったのはエルフ自身。傷病兵や脱走兵もだ」
「クソがっ!」
ンなコトがあり得るのか? いや、あり得ちまうからこうなっている!
「じゃあ何か? アイツはエルフを喰ったから魔法が使えると? 俺を喰ったら剣が使えるってか?」
「無いとは言えないな、気をつけろよローグウッドの死体が無い」
「ふざけッ!」
全く喜べねぇ情報ありがとな! お礼を言うまでも無くソルンからは追加情報が。
「更に言うと、アイツの魔法が我らの健康値を貫通する理由はアイツの魔力値が高いからだろう、加えて魔石のお陰でコチラの健康値が減衰している」
「ご丁寧にどうも!」
俺の健康値が90。だが大森林では50で、魔石の砂で減衰したとして40か30ぐらいか? その十倍の魔力として400ありゃあ貫通するのか?
アレだけの威力を見れば魔力値が千を越えていても不思議じゃ無い。
「どうすんだ?」
「どうしようもないだろう、凶化の最終段階は誰にも止められない。無数の遺伝子を取り込んだ末の自己崩壊を待つしか無い」
「その前にコッチが死ぬだろうが!」
「ッ! 来るぞ!」
「クソッ!」
叫ぶと同時に、俺達は同時に跳んだ。グリフォンがコチラに突っ込んで来たからだ。
「最悪じゃねーか!」
「全くだ!」
瓦礫に突っ込んだ俺達は、互いの立場すら忘れて愚痴る。だが、ソルンは何か希望を見い出した様だ。
「いや、案外終わりは近いらしい」
ンだと? 見てみればグリフォンは玉座の右手の隙間に首を突っ込んでいる。
「アレは?」
「あそこには魔石を溜めていたんだ、ココに撒く為にね」
「なるほどな……」
「あの赤く変色した体毛を見ろ、過剰な魔力を放出している証拠だ。魔力を欲しているのに体が魔力に耐えられない、じきに崩壊するだろう」
なるほど、そうかも知れねぇがその前にコッチの命が保たねぇ。
なんせ魔石を食べたグリフォンの様子はもはや尋常じゃねぇ。体中の傷口からウニョウニョと触手が生えて体を作り替えている。
不気味なのはソレだけじゃねぇ!
――ジねぇぇぇぇぇ
最早鳴き声とは呼べない、完全に怨嗟の籠もった人間の声がグリフォンから響く。
そして空中に現れるは……無数の火球! 明らかに魔法だ!
――ドゥン!
しかし、火球は見当違いの場所に飛んで爆発した。
制御が甘いのは朗報だ、だが半端な威力じゃない、強烈な爆風に吹き飛ばされそうになる程だ。
どこかは解らねーが人間の喉があるのだろう。アレなら呪文を唱えられるだろうよ。
正に無敵の怪物。しかもコッチには武器が無い。
「使え、コレで斬るんだ!」
「っと?」
爆風で瓦礫に埋もれたソルンが投げて寄越したのは……魔剣。ローグウッドが使っていた双魔剣ファルファリッサの片方だった。
「良いのか?」
「アイツに喰われるなら、貴様に斬られた方がマシだ」
そうかよ、でも俺は魔剣なんざ使った事がねぇんだよ! ぶっつけ本番かよ。
「しゃーねぇ! ヤルか!」
俺はグリフォンに駆ける。相手の頭がオカシイのが唯一の救い、ロクにコッチを見ていやがらねぇのを良い事に、一直線に駆け寄った。
相手が回復するなら狙いたいのは首。だが位置が高すぎる、マズは前脚を頂くぜ!
――ギィィン
しかし無情にも剣が通らない! ンだよ! 俺には使えないってか?
慌ててバックステップで距離を取る……が、間に合わず、鷲の前脚で蹴っ飛ばされて転がされるハメになった。
「グアッ!」
オマケに不可視の衝撃を食らい、吹き飛ばされて空中で更に一回転。
コレがさっき言っていた蝙蝠の空気砲って奴か? 俺はベチャリと地面に墜落する。
まだ体は動く、全く神様の体は丈夫でありがてぇぜ、だが状況は最悪だ、伝説の魔剣じゃなかったのかよ!
「斬れねぇぞ!」
「やはりか、相手の魔力値がコチラの健康値の十倍を超えているんだ、健康値が消され、魔剣が効力を発揮しない」
苛立ち混じりの俺の叫びに、ソルンから冷静な返答が返る。
理屈は良く解らねぇがとにかく使えないんだな? クソッ! 刀さえ有れば叩ききってやるのに。
「息を潜めろ、こうなってはやり過ごすしかない」
ソルンは瓦礫に紛れ、生き残る道を探るが、どうだかな?
確かにアイツは見た事もない生き物に仕上がって、何を考えてるかなんぞ解りゃしないが、たった一つの感情だけはありありと伝わってくる。
アイツは餓えている。何でも良いから食いたいと顔に書いてある。
一度認識した以上、絶対にアイツは俺達を捜し出して喰らう。逃げる方法なんざ無い。
瓦礫に隠れ、俺は反撃の機会と方法を考える。しかし打つ手は皆無。
何せ攻撃手段がない。グリフォンの体はこの瞬間も更に凶悪に作り替えられている。
だがその時、ふと、グリフォンが上を向いた。
――なんだ?
つられて上を向いた瞬間に間抜けな声が聞こえて来た。
「うわぁぁぁぁぁ!」
空から女の子……じゃねぇな。アレはマーロゥ少年じゃねぇか。
人間が空から降ってくる。アニメみたいに非現実的に聞こえるが、この場に於いてはそう不思議じゃない。
王宮の裏には山が有る。ハンググライダーみたいな大型の凧を使い、王宮の最深部に直接奇襲する作戦は、レジスタンスに以前から有ったのだ。
これは俺の侵入が失敗した時のプランB。一見無謀に思えるだろうが、風を操るエルフは凧と魔法を組み合わせれば、自由に空を飛べるのだからあながち無茶でも無い。
では何故メインとして採用されなかったかと言えば、ハンググライダーの経験があるエルフが非常に少ないからだ。
なぜなら、空は
加えて、木が生い茂る大森林に離着陸に適した場所は少なく、結果、度胸試しの娯楽として以上の価値が認められていないと聞く。
だからこそ、以前からハンググライダーを嗜んでいたマーロゥ少年が作戦に選ばれていた。
だが、何故だ? 見ての通り
王宮の周囲は霧の影響下にあるはずで、魔法で自由に飛び回る事は難しいだろう。
その証拠に少年のグライダーは見事に墜落して……いや、それにしてもあんな無様な落下はオカシイ。
そうか! グリフォンが上を見たあの動作、空気砲でグライダーを打ち落としたのか!
考えながらも俺は墜落したグライダーの下に滑り込む。
「おら! 来い!」
「兄貴ぃぃぃ!」
グライダーを受け止めると同時に、少年を地面に引っ張り込む。
――シュバ!
そこを風魔法が襲うも、引っ張ったお陰でギリギリの回避に成功。代わりに今度は扉側の壁が吹き飛んだ。
「あ、兄貴。嘘だろ? あの威力! あの怪物がやったの?」
「だろぉ? マジでヤベエんだ!」
マーロゥ少年が目を丸くする。魔法に慣れたエルフにとっても常識外の威力なのだと、妙に嬉しい気持ちになったが、冷静に考えれば嬉しい事など何も無い。
「ンなコトよりどうして来た?」
「そりゃ、あの怪物を打ち落とせず、王宮に入って行ったから」
「なるほどな、って言ってもお前が来たって何にもならねーだろ! 霧はまだ晴れねえぞ?」
俺がそう言うと、マーロゥ少年はニヤリと笑って細長い包みを取り出した。
「そうでも無いよ、コレ欲しくない?」
「オイ! そりゃあ!」
マーロゥ少年が持っていたのは刀だった。それもモルガン爺の『最新の最高傑作』。
「これはデカ過ぎて
「ありがてぇ!」
日本刀は魔剣と違い、特別な材料で出来ている訳じゃない。鉄とか炭があればモルガン爺さんの頑張り次第で幾らでも打てるのだ。
俺の体格と腕力を勘案した、最強の一振りが作戦を前にして完成していた。
だが、入らなかったのだ!
それに加え、危険な作戦を目前に試し斬りの猶予もないと来れば、ここ数ヶ月使い慣れた剣に命を託したかったのもある。
だが、今は何よりコイツが欲しかった!
「代わりに少年はコレを使い給え」
「え? コレ、ファルファリッサ? 嘘でしょ?」
少年は魔剣使い。俺より立派に使ってくれる事だろう。
あー効かないんだっけ? まぁそこは伝えておく。
「マジで? 魔剣で斬れないモノとかあるの?」
「試すか? オススメはしねーがな!」
只でさえ控えめな少年の気配が薄まっている。運命を決める紙一重の瀬戸際だ、出来れば隠れて居て欲しい。
「解った、サポートに徹するよ」
「よぉし、じゃあ行くぜ!」
仕切り直しだ! 今度こそぶった切ってやる!
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