魔剣 対 日本刀 【作者視点?】

 ――魔剣とは何か?


 ざっくり言うと魔剣とは、魔力を使って切断力を発揮する剣である。


 して、その原理は? と聞かれれば説明するのは酷く難しい。

 敢えて言うならSFに良く出てくる振動剣や高周波ブレードと言われる剣が近い。

 それらはフィクションだけのモノではなく、振動で切り裂く超音波カッターとして医療用メスや模型工作カッターなどで利用されている。

 メスも、模型カッターも、どちらも慎重に切り裂く必要がある場合。


 それもそのハズ。もしも単にぶった切る事が目的ならば、丸ノコやチェーンソーの方がエネルギー効率は高いのだ。


 では魔剣は? と言うと、その構造はチェーンソーと超音波カッターの良いとこ取りに近いのだから、その威力にも納得だろう。

 魔剣は微細な運動を繰り返しているが、それはただ揺れているだけでは無く、微細な粒子が振動しながらも流れる様に剣の表面を高速で周回する。

 魔力はこうした微細な粒子の操作に優れた特性を持つ。

 結果、魔剣に触れたモノはバターの様に切り裂かれるのだ。


 しかし、魔力を原動力にしている以上、相手の健康値に掻き消されてしまうのでは?

 そう考えるのは正しい。


 だからこそ魔法の矢などは相手の健康値圏に入り込む前に十分に加速して、魔力を単純な物理エネルギーに変換している。

 では何故、魔剣が相手の肉を切り裂きながらも、その力を失わないのか?


 それには健康値の衝突ルールを説明する必要がある。

 この異世界のあらゆる生命体は、自分の周りに魔力値と健康値でそれぞれがパーソナルスペースを持っている。

 健康値が30で魔力値も30ならば、全く同じだけのスペースが自分の周りに展開される。

 そして二人の人間が近づけば、前述の通り魔力値圏は相手の健康値圏に一方的に負けて掻き消される。


 では、ぶつかった健康値と健康値はどうなるか?


 押し合いになるのだ!


 押し合いが発生した場合、二人の間に健康値の境界線が発生する。

 そして、当然だが自分の健康値であれば自分の魔力が消される事は無い。

 だからこそ、魔剣は『優れた剣士』でなくては使うことが出来ない。

 では、優れた剣士とは何か? 


 ――それは『剣を手の延長として扱える者』だ。


 熟練の剣士にとって剣は自分の体の一部。そう言えるだけ馴染んだ時に、剣は健康値を帯びる。

 だから魔獣の肉を切り裂いても、剣は自分の健康値に守られて魔力を失わない。

 特に我が強い者は健康値の押し合いに強く、有望とされている。


 それゆえ、自在金腕ルー・デルオンごと自分の腕として魔剣を使えるフェノムは真に恐るべき才能を持っていた。

 だが、フェノムは魔力が低く、魔剣の割に威力は低く、長時間は使えぬ暗殺用の技となっていた。


 ここまで聞くと魔剣がいかに便利な武器かが解るであろう。

 ……だが、意外にもエルフの中にも魔剣の使い手は少ない。

 その威力は絶大だが、魔剣が剣である以上、危険な魔獣に肉薄する必要があるからだ。

 ましてや剣を自分の手の延長と思える程に幼少期からの厳しい訓練が必要な上、それで魔剣の使い手としての才能が有るかも解らない。


 となれば、一定以上の魔力があるなら弓を使った方が安全で確実。なんせ魔法の矢は百発百中で、ライフル並みの威力があるのだ。相手が大牙猪ザルギルゴールでも無ければ過剰な程の威力と言える。

 魔剣の使い手が少ないのも当然だった。


 だが魔剣はその性質上、護身用に最適であった。

 周りに人が居る状況でも問題なく使えるし、閉じ込められても全てを切り裂き脱出が可能。

 それ故、貴族の男子の必修科目であった。

 とは言えユマ姫の兄、ステフ王子程の使い手は歴史上でも希有な存在である。通常は魔獣討伐に使う武器では無いのだから。


 そんな風に相手の健康値に強い魔剣だが、霧という形で剣や体内から直接魔力を奪う霧の悪魔ギュルドスには無力だった。

 もしあの日、霧の影響なくステフ王子が魔剣を振るえていたら、エルフの王国はいまだ健在だったに違いない。


 話を本編に戻そう、場所はエルフの王宮の中枢。謁見の間。


 そこで田中が向かい合うのはローグウッド男爵と言われる男だった。


 彼はこの世界で最強の剣士として真っ先に名前が挙がる人物。名を上げ騎士に叙勲されたのは十年以上前だが、まだ四十前。剣士として脂が乗った時期であり、衰えは一切無い。


 健康値も田中並で砂状の魔石が撒かれた謁見の間でも苦にしない。

 そして手にはステフ王子の形見、最強の双魔剣ファルファリッサ。


 およそ剣士としては究極の男が田中の前に立ち塞がっていた。


 対する田中が持つのは日本刀だ。

 異世界とは思えぬ程に、その刀身は完全なる日本刀である。


 自分の剣が劣っているとは思いたくない田中であったが、コチラだけが相手の剣の性能も太刀筋も知らないのは極めて不利だと認識していた。

 それ故に田中は下段構え。刀を低く構える守りの姿勢をとる。

 剣道ではあまり見ない型で、真剣を想定した剣術を信条とする田中らしい構えと言えた。


 田中が警戒していたのは刀を斬られる事。噂に聞くファルファリッサの威力を聞けばその程度は容易い事に思われた。

 だから剣を突き出す通常の剣道の型は取れず、自然、守りの体勢となる。

 あわよくばそのまま足を狙おうと言う構えでもあった。


 一方でじわりと距離を詰めるのはローグウッド男爵。

 彼の強みは最強の魔剣ファルファリッサが双剣であることに尽きる。さして力を入れずとも相手をバターの様に切り裂く剣が二本。

 攻撃は勿論、防御に使っても隙が無い。いっそ駄々っ子の様に振り回してもそれなりに強いであろう。

 とは言っても両の剣に健康値を纏わせる事自体が、駄々っ子どころか並の剣士では不可能であり、『使えている』と言うだけで二刀流に不慣れと言う可能性は皆無と言えた。


 田中にとって不利な戦いに見えるが、それでも退く気は無かった。


 エルフの為ではない。ココまで来たらユマ姫の為でも無い。


 田中には自分こそ最強の剣士という自負があった。日本刀を手に入れるまでは弱気になる事も多かったが、今は言い訳しようも無い程の一振りがある。

 剣士として、日本人として、逃げたくないと言う思いが強かった。


 ローグウッドが踏み込む度に、じわりと二人の距離が縮む。

 いよいよお互いが剣を伸ばせば、その剣先が触れ合う程の間合いになった。


 トンッと、軽い音と共にローグウッドが踏み込む。

 音に反してあまりにも速い。軽い足捌きに気負いは無いが、その剣先は確実に田中の顔面を捉えていた。

 ローグウッドの初手は半身になっての突き。

 フェンシングの様な突きは最速かつ最長。それを田中は沈み込む様に躱した。


(……チッ! 囮かよ)


 田中は内心で舌打ちをする。顔面を狙った突きは殺意に溢れて見えるが、違う。

 顔面を狙った攻撃は躱しやすい。躱した後は反撃がしたくなる。そして突き出された右手は斬って下さいと言わんばかり。

 だが、その時は相手の腕とコチラの首との交換になる事が目に見えた。


 田中は沈み込んだ体勢を生かし、地を蹴って飛び退く。同時に相手のすねを払う様に斬る算段であった。


 ――チィン


 しかし斬れなかった。むしろ斬られたのは田中の持つ刀。

 固い金属の澄んだ音が鳴った。


 距離をとった田中が剣先を確認すると、切っ先10センチが無く、鋭い断面を晒していた。

 呆然とする田中。無理もない。ローグウッドはただ左手の魔剣で脛への攻撃を

 だのに斬られたのは日本刀。

 逆なら解る、普通は防御に使った剣の方が斬られる。だが現実に斬られたのは田中の方、しかもその手応えが全く無かった。


(ライトセーバーかよッ!)


 まるでSFの様な魔剣の切れ味に戦慄する田中。

 一方でローグウッドは楽しげに笑う。


「良い剣の様だが、残念だ」


 少しも残念には見えない。ローグウッドは魔剣の切れ味に自信を深めた。

 田中は悔しさにギリリと歯噛みする。

 何が悔しかったかと言えば、剣の性能差ではない、気持ちで負けた事だ。

 ローグウッドは腕一本犠牲にするつもりで勝負に出た。エルフに魔法を使わせれば腕をくっつける事も可能なのだから合理的でもある。

 一方で田中は逃げ腰で、小手先の剣を放ち、結果大切な刀を折ってしまった。


「ごめんな」

「……?」


 田中は謝った。

 ……何に?


 刀に、だ。


 その行為はローグウッドには理解出来ないだろう。そもそも日本語で呟いたので理解出来るハズも無いのだが、物に謝るメンタルそのものがこの世界では異質であった。

 だが一方で伝わる物も有る。


「ほぅ……」


 ローグウッドが驚きに目を見張ったのは、田中が大上段に構えたからだ。

 非常に攻撃的、後は振り下ろすだけの構え。

 それが不思議に思えたのはローグウッドは田中が逃げると考えていたからだ、剣先10センチでも剣士には致命的な間合いのズレとなる。

 なにより剣の性能の差をここまで見せつけられれば、諦めるのが普通に思えた。

 しかし、田中は日本刀を信じた。半端で弱気な剣を捨てて、一刀に全てを懸ける構え。


(そうか……所詮、おまえも『そっち側』か)


 驚きが過ぎれば、ローグウッドには落胆だけが残った。すっかり興が削がれてしまった。


 この剣の性能を見て、どう攻めてくるか、どんな剣術を見せてくれるのか、楽しみに思っていたのだが、田中の構えには何の工夫も見られない。

 勝つ算段が付かないなら、逃げを打った方がよほど賢い。


 『剣に生きる、剣に託す』

 ローグウッドに言わせれば、全てが馬鹿らしい。


 剣士は生き残る事が何より重要だ、プライドや誇りと心中する騎士を馬鹿にしていたローグウッドは内心、田中に失望していた。


 ローグウッドは逆二刀に構える。

 左手を頭上に構え、右手を突きつける。相手が振り下ろすと解っているなら斬り合いに付き合う必要は無い。

 頭上に構えた剣で防御して、右手を突き込む。それで終わり。

 勝ちが決まった勝負に退屈さすら感じながら、相手の一撃を待つ。


 と、ローグウッドは田中との距離がいつの間にか縮んでいる事に気が付いた。

 田中は剣道特有のすり足で、密かに距離を詰めていた。

 田中とて、実戦剣術だけでなく剣道にも通じている。むしろルーツは剣道であり、最後はそれに殉じた格好だ。


「メェェェェン!」


 そして通じる訳も無い掛け声と同時、脅威の踏み込みで一瞬にして間合いに入り込む!


 ――深い!


 剣が短くなったので深く踏み込む必要があったのは確かだ、しかしそれ以上に気持ちが乗った大胆な踏み込みであった。

 がら空きの胴体を両断されたとしても、この一刀は絶対に振り抜くと言う決意の表れ。

 その太刀筋は素直で何の変哲も無い面打ち、だがソレに全てを賭けた。


 一方でローグウッドは左手の剣を掲げ、頭を守る。

 確かに胴はがら空きだが、無理をして先手を取る必要を感じなかった。

 受けるだけで田中の剣は折られ、勝負が付く


 ……そのはずであった。



 ところでココで日本刀についても語っておきたい。

 日本刀を説明する時、その特徴として良く語られるのは何度も折り返し鍛錬を行いミルフィーユ状になっているから強いと言うモノ。

 だがミルフィーユはサクサク柔らかで、固いと思った事は一度も無いだろう。

 実際、何度も折り返し鍛錬をするのは劣悪な鋼を使った時に不純物を取り除く為で、不純物の少ない良質な鋼を使うなら、むしろ折り返す度に強度が下がると言う資料を見た事がある。

 確かに何度も折り重ねるだけで強度が上がるのなら、現代の技術を駆使した自動車や自転車のフレームにはそうした材料が使われていなくてはオカシイように思う。


 だが、だからと言って日本刀の職人が劣悪な鋼を使っていただけだと、無駄な工程を重ねただけだと思って良いのだろうか?

 古代の日本刀の製法は解っていない事も多く、神秘のヴェールに包まれている。その材料さえも不明な点は多い。

 儀式めいているとも揶揄される折り返し鍛錬だが、実際に神へ奉じる儀式でもあった事は忘れてはならない。

 その時使われる鉄として、天からもたらされた隕鉄を多分に使ったのは想像に難くない。


 物理法則で説明不能な巨大恐竜が闊歩する時代、世界には魔力が満ちていた。


 そんな世界から不確定要素を減らすため、魔力を除去されたのが現代の地球。

 だが一方で地球の外には除去しきれ無かった魔力が残存していたとしたら?

 そんな宇宙からこぼれ落ちた隕石に、魔力が残っていても少しも不思議では無いだろう。

 そんな刀だからこそ、信じられない程の切れ味を誇ったとしたら?


 田中の持つカタナは魔力が濃い大森林でモルガン爺さんに打たれた物。

 使われた炭もファーモス爺が作った大森林産で、特に魔力が濃い土地で作られた逸品である。


 折り返す度に空気の層でサクサクになるのがミルフィーユだが、この『カタナ』にたっぷり入り込んだのは空気で無く『魔力』だ。


 階層状になった隙間に魔力が詰まり、『斬る』と言う意思が柄から剣先までまんべんなく刀身全体へと伝わる。

 むしろコレこそが、魔力がふんだんに含まれたこの剣こそが、本来の日本刀の姿と言っても過言では無い。




 ――サンッ!


 清涼感すらある斬撃音。

 田中が振り下ろした一刀は、止まる事も折れる事も無かった。

 ただ『斬る』と言う意思だけが乗った一閃は、その意思を尊重し全てを切り裂き床にまでもその傷跡を残した。


(馬鹿……な!)


 ローグウッドは薄れ行く意識の中ズレて行く景色を見ていた。

 魔剣ごと唐竹割りにされながら、一瞬意識が残る程に綺麗に両断されたのだ。

 真っ二つにされた体よりも先に、頭上に構えたファルファリッサの剣先がカランと床に落ちる事で勝負の決着を伝えた。

 田中は「日本刀こそが最強だ」と、魔剣を前に見事に証明してみせた。


 ――いや、違う!


 日本刀が魔剣で無いと誰が言った?


 むしろ日本刀こそ、最強の魔剣なのだ! 田中はそれを力尽くで証明した。


 もちろん当の本人は細かい理屈は知らず、自分の刀を信じただけ。


「ふぅ~~」


 昂ぶる心を鎮める為に大きく息を吐く。

 脱力しながらも油断は無い。田中は玉座のソルンを油断無く見つめる。


 ――ドチャリ


 そこで、ようやく自分が斬られた事を思い出したかの様にローグウッドの死体が崩れ落ち、グロテスクな断面を周囲に晒した。



 その時、天窓から燦々と降り注いでいた太陽光が急に陰った。

 暗くなった謁見の間、床に撒かれた魔石の砂が蒼い燐光を放っていた。

 それがゆっくりと血の朱に染まっていく光景は、幻想的を通り越し、もはや悪夢の様な狂気を孕みはじめる。


「で? 覚悟は決まったかよ?」


 その中に浮かび上がるのは、黒塗りの鎧を着た悪魔の姿。


 田中はゆっくりとソルンに近づく、そこに一切の隙は無い。

 ソルンは懐に試作品のマスケット銃を隠し持っていたが、そんなモノでどうにかなる相手でない事は明らかだった。


「オモチャを捨てな、そうでなけりゃ片腕を失う事に――」


 そのマスケット銃の存在すら田中にはバレていた。

 歯噛みするソルン。田中が途中で言葉を切って上を見たが、それは誘いに違いない。

 ソルンはとてもじゃないが、イチかバチかで銃を撃つ気になどならなかった。

 むしろ、動いたのは田中の方。


「クソッ!」


 しかし田中は距離を詰めるどころか、その場を飛び退き距離をとった。誘いにしてはオカシイとソルンが不思議に思った瞬間だった。


 ――ガシャャァァン!


 ガラスが割れる大きな音。そして言葉にならない程の破砕音が謁見の間に響き渡った。

 美しかった謁見の間は一瞬にして崩壊した。大きな天窓もろとも天井が崩落したのだ。

 その犯人は堂々と謁見の間の中央に陣取ったが、瓦礫と埃でその姿が判然としない。


 それでも風通しの良くなった謁見の間は、立ちこめた砂埃を勢いよく吹き飛ばす。

 燐光を放つ魔石の砂が舞い、折れた柱の彫刻と美しい壁画の残骸が、今度こそ幻想的な光景を作っていた。



 ――それこそ問答無用で幻想的なのだ。

 たとえ何者であっても、この光景こそが『幻想』と語るであろう。


 なにせ、破壊された謁見の間、その中央に現れたのは、誰もが名を知る

 因縁の相手に田中は叫ぶ。


「グリフォン!」


 ――ビィィィィッッ!


 甲高い咆哮が鷹の口から放たれた。

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